第七十九話【踏み出す一歩】
「――じゃ、やろうか。今日のこの瞬間が記念すべき第一歩。俺とフィリアちゃんの――俺達とアンスーリァの、共同戦線の記念日だ」
南端の街カンビレッジの、そのさらに南の砦跡。その一室で、ゲロ男は……元盗賊団のボス、ジャンセンは、ムカつくくらい元気にそう言った。
なんでお前とフィリアの……になるんだって、文句がまず浮かんだけど、まあ……そうか。取り込まれた組織の元ボスと、王様だもんな。そりゃあ……中心か、そこが。
だから、文句は飲み込んで言われるまま席に着いて……そして、その場にふさわしい人間が揃うのを待つ。
まずはマリアノが部屋に入ってきて、それから……たぶん、盗賊だろうな。大人の……けど、まだ若い男が何人も入って来た。みんなフィリアより歳下っぽいな。
「おら、挨拶しろお前ら。相手はこのお国の君主様、女王フィリア=ネイ陛下だぞ。間違ってもナンパなんてしようと思うなよ」
「おはようございます、マリアノさん。それと、初めまして、皆様。フィリア=ネイ=アンスーリァと申します」
ゲロ男に紹介されると、フィリアは立ち上がって挨拶をした。なんて言うか、王様っぽくない、普通の挨拶を。
でも、フィリアが王様で、それが今日来るってことは、前もって聞かされてたんだろうな。みんなすごい緊張した様子で、フィリアの一挙手一投足にいちいち慌ててる。
「姉さんはこっち座って。おい、ピート。こっち座れ。他、お前らは立ってろ。女王陛下と同じ席に座れると思うなよ」
けど、そんな緊張したやつらも、ゲロ男に指示を出されればテキパキと働き始めた。地図持って来たり、余計なもの片付けたり。
こういうとこはさすがにリーダーっぽいな。ムカつく。
「さて、お待たせしました、フィリア陛下。堅っ苦しい挨拶をわざわざ全員にしてやる必要はありません。早速ですが、本題……今日これからすることと、これからの方針をきちんと話し合いましょうか」
「はい。よろしくお願いいたします」
あいかわらず胡散臭い、鼻につく喋りかただけど、とりあえずちゃんとした会議をするつもりはあるらしい。
なんか……いや、うん、そうだ。人間のクズだと思ってるし、それが間違いとは決して思わないけど……やっぱりこいつ、国を出し抜いてた組織のボスなんだな。
頭いいのはなんとなく知ってたけど、こうして仕切ってるとこ見ると……ムカつくな。かっこつけやがって。
「えー、お恥ずかしい話ながら、うちは陛下が思ってらっしゃるほど大きくて立派な組織じゃあありません」
「魔獣を抑えていられるのは、そこなる姉さん、マリアノの手腕……もとい、彼女ひとりの特級な戦闘能力によるもの。彼女の指導によって踏みとどまるだけの戦力こそ整ってますが、残念ながら魔獣を蹴散らすのはほんの一部の特殊部隊のみ」
「まず、そこんとこを念頭に置いて貰って……」
ムカつくけど、まあ、ちゃんと聞かないとな。なんかのときに裏切られたとして、それを対処するのは俺の役割だし。なら、こいつらの戦力は把握しておくべきだ。
ゲロ男が最初に話したのは、現時点での戦力……盗賊団の持つ戦闘能力について。
そして、それを前提として導き出される、最初に達成すべき目標……ひとつの最終地点について、だった。
その目標とは、カンビレッジから南にあるすべての砦の機能を完全なものにすること。
つまり……盗賊団が乗っ取った、かつては国を守るための砦だった場所を、もう一度使えるようにすること……だ。
「魔獣なんてのは野生の生きもんですんで、殺しても殺してもキリなんてない。魔王が討たれた……と、そう聞いたときにはちっとは期待もしたもんですが、その勢い、生息数に陰りなど見える気配もなし。なんだったら増えてる地区さえある始末」
「なんで、うちの戦力だけじゃ、それを相手に安全圏を増やすなんてやりかたは出来なかった。もちろん、お国の力を借りてもそれは無理でしょう」
地図を広げて、盗賊が使ってる砦跡がどこにあるのかも説明しながら、ゲロ男は話を続ける。
魔獣討伐には、目に見えるゴールがない。だから、現状を維持するだけでも手いっぱいた……って。
そして……そのうえで、嫌な目を俺へと向けた。敵意とか、差別とか、そういうのじゃない。利用価値があるものを見る……見定める、そういう嫌な温度の視線を。
上等だ。こんなやつにうまく使われてやるつもりはないけど、目的が同じなら、後ろに続いて歩くくらいは許してやる。
少なくとも、フィリアと目的を同じくしてるなら、ムカつくやつでもまとめて守ってやろう。
「――そこの少年、ユーゴの力については、マリアノからしっかり報告を貰ってる。まさか、姉さんをも押さえつけるだけの力があるなんてね」
「そんでそれは、対人でのみ発揮される力じゃない。この認識で間違ってないよな?」
っと。そっか、そういえばそこから情報を共有しなくちゃいけないか。
まあ、俺が強いことは知られてるから、その再確認くらいは…………平気だよな? なんか、それが原因でフィリアが不利になるとか、そういうのは……ないと思うけど……
念のためにフィリアへと視線を向ければ、ちょっとだけ悩んだ顔をされたけど、すぐに事情を汲み取ってくれたらしい。
まじめな顔で小さく頷くと、代わりに説明すると言わんばかりに視線をゲロ男へと向けた。
「はい。彼の……ユーゴの力は、魔獣を相手にするときが最も強く発揮されます。彼の性格的な部分もあるのでしょうが、危険で凶暴な相手を前にこそ、何度も進化を繰り返してきました」
俺の強さには、力には、穴がある。進化出来ない場合がある……って部分以前に、何がどうなって強さが発揮されているか、まだわからない部分が多いって意味で。
だから、伏せられる範囲ではまだ伏せておきたい。けど、伏せ過ぎても信頼関係を壊してしまう。
丸投げするつもりはないけど、そこら辺のさじ加減はフィリアにしかわからないから。こういう場以外でも、なんか聞かれたときは出来るだけ黙っておくようにしよう。
「その力があるからこそ、女王陛下はこの国の完全統一……元あった形への回帰に踏み切った、と。魔獣を蹴散らして、俺達を蹴散らして、全部を取り返す。そういう道へと踏み出したわけだ」
そんなフィリアの説明に、ゲロ男はちょっと嫌な顔で、嫌なことを言った。
あとになってみれば、それは揺さぶり……駆け引きのうちだったのかもしれない……って、そうも思えたけど。でも……それをすぐには見抜けなかったから。
それは違う。って、つい、ちょっと大きな声が出てた。気づいたときには。
それだけは否定しないといけないなって、そう思った……感じたから。これまでフィリアと一緒に戦ってきた俺には、そうじゃないってハッキリわかってたから。
「魔獣は全部倒す、そこは間違ってない。でも、フィリアはお前らを倒すとは言ってない。バカだから、協力して貰うとかそんな呑気なことばっか言ってる。そこは間違えんな」
「……なるほど、ね。やっぱいいな、お前。持ってる力の割にはタフじゃないけど、だからって見た目ほどガキじゃない。今の件はしっかり謝罪するよ。雑な駆け引きだった。心ない言葉をかけて申し訳ない」
うざ。やっぱり、煽られてたんだな、今。ムカつく。死ねばいいのに。こんなときにまで挑発しやがって。クズ。
でも……なんかちょっと満足げな顔でこっちを見てるから、俺の反応は思ってたのと違った……期待以上だった……のかな。それもそれでムカつく。死ね、クズ。
「ごほん。話が逸れました。そんなユーゴの力があるからこそ、まず真っ先にやっておきたいことがある」
「マリアノの姉さんひとりじゃ無理だった、流石にリスクがデカ過ぎたから避けてた問題……」
ムカつくクズのくせに、ちゃんとした話もするから余計に腹が立つ。立つけど……キレてもしょうがないしな。ムカつく。
そしてゲロ男は、俺とフィリアを交互に見てから、地図の上をなぞって……指を北へと進める。
その指が止まったとき、そこに記されていたのは……俺達も知っている、かなり厄介な問題を抱えていそうな場所だった。
「――ヨロク北方の林、その奥に潜む何か。あの場所に魔獣が住み着いていない原因となっている謎の脅威、ですね」
「そう。んでもって、そういう場所は何もあそこだけにあるわけじゃない。そうだね、これは非常に残念で、同時に泣きたくなるくらい厳しい話だ」
「現在確認出来てるだけでも三か所。そのうちのひとつが、ここカンビレッジからほど近い場所にある。もしかしなくても、一回見に行ったりしてるんじゃないかな?」
っ! そう……だ。最初にこっち来たときにも、魔獣がまったくいない場所が……ってより、街の南東側には、これっぽっちも魔獣の気配を感じなかったんだ。
そのときは、盗賊団が……こいつらが、全部倒して街を守ってるのかも……なんて話もしたけど……
「……そうか、そうだったのですね。ここもあの林と同じように、また別なる脅威によって魔獣が住み着かなくなって……」
そうじゃなかった……か。いや……そりゃそうだよな。
いくらマリアノが強くても、街に近づく魔獣を根絶やしにするなんて出来っこない。それが出来るなら、ヨロクが襲われることもなかったんだから。
「今日すべきことは、まずそれの確認。って言うか、本当ならもっともっと早くにやりたかったんだよね」
「でも、やれなかった。どんだけのもんが出てくるかわからなかったから。姉さんを失えば、俺達はもう引きこもって耐えるしかないからね」
代わりにもっと強いのが手に入ったなら、それを使って試さない理由はない。ゲロ男はそう言って、また俺のことをじっと睨んだ。
けど……それの意図はもうさっき見抜いたからな。ムカつくだけで、もう挑発には乗ってやらないぞ。
でも、ムカつくのは本当にムカつくから、やめろ、それ。死ね、クズ。ゴミ。
「おっしゃる通りです。その問題については一刻も早く調査すべきでしょう」
フィリアも、俺がキレたりしないことを確認すると、すぐに快諾の返事をした。そう、確認してから。
ムカつく。ちょっと俺のこと見て、様子窺ってから返事したの、めちゃくちゃムカつく。そんなにガキだと思ってるのか、アホ。デブ。アホ。
でも、フィリアにもゲロ男にもキレてる場合じゃない。これからやるのは、今やってることの延長……俺達の力を確かめることが目的だ。
だから……ある意味では、ここが唯一だろう。この一回で、どっちが上か……どっちが主導権を握るか、立場がハッキリする。
本当ならフィリアが……王様が圧倒的に偉いハズなんだけど、フィリアがアホだから。やたらと向こうに有利な条件を渡し過ぎちゃったんだよな。
そこを対等に……いや。こっちが優位になるように引っ張り返すためにも、俺の力を見せつけてやらないと。
そして、ゲロ男はそのまま全員に……俺達も含めた全員に指示を出し、遠征の準備を始めさせた。
目的地は、あの魔獣が一切存在しなかった地点。そこで、魔獣が近寄らない原因になっているものを突き止め……出来ることなら、打倒する。
こんなやつの言いなりで動いてる感じになるのは腹立たしいけど……ちょうどいい。ヨロクでは不完全燃焼だったし、最近は雑魚ばっかり相手してたからな。
今度こそ、この力をきっちり使いこなして、あのデカいのとか、タヌキ魔獣よりヤバいやつもボコボコにしてやる。
それから全員が慌ただしく準備を始めて、そして……テメエも支度しろ! って、怒鳴り声が聞こえた……のは……マリアノか。マリアノ……が、ゲロ男を蹴飛ばしたっぽい。
アイツ……ボス……だよな? いや、まあ、マリアノのほうが強いし、歳上らしいけど……ボス……蹴っ飛ばしてやるなよ。




