第七十七話【酒場と女王と盗賊】
「――あっはっはっ! それで、訳知り顔で店入って来たっての!? ぶふっ――いっひっひっ! ふぃ、フィリアちゃんって本当に天然だよね!」
「そ、そんなに大きな声で笑わなくてもいいではありませんかっ」
酒場で見つけた酔っ払いゲロ男は、どうやらこっちを誘い出そうって意図があったわけじゃないらしい。
まあ、そりゃそうだよな。明日約束してるのに、わざわざ前日に、それもこんなとこで、真面目な話なんてするわけないもんな。
ただ……それは納得したけど、勘違いをこうもゲラゲラ笑われてるのはムカつく。お前が紛らわしいのが悪いんだろ。
「ひぃ……ひぃ……はあ。まさか、こんなに早くに来るとは俺も思ってなかったから、まだなんにも準備してなかったよ、ごめんごめん」
「ってか、ユーゴは相変わらずどうなってんだよ。俺がいるってわかったこともだし、たった今のそれもだし」
こっち見んな、キモい。って、そういう態度のことを指してるのか、ゲロ男は笑いながら俺を指差した。
それを見たフィリアが困った顔で説教始めるから……ムカつく。お前がなんでそっちの味方するんだ。和解したって言っても、信用していいやつかはかなり怪しいんだからな。
「ユーゴ。あまり失礼な態度を取ってはいけませんよ。貴方の警戒心の高さにはいつも助けて貰っていますが、しかし礼儀は弁えないと……」
「あー、いいよいいよ。それ自体は普通、当たり前の判断だからさ」
「仲良くしてこうねって取り決めがあったってさ、全員が全員疑わなくなったんじゃ危なっかしくて仕方がない」
「こういう空気読めない冷めたやつも、ひとりくらいはいたほうがいいんだって」
うちにも姉さんがいるしさ。って、ゲロ男はそう続けて、空いたジョッキを突っついた。
姉さん……って、マリアノのことか。なんか、変な呼びかたしてるな。それだとまるで、アイツのほうが歳上みたいに聞こえるけど。
「……あの、ジャンセンさん。マリアノさんはまだ幼いように思えるのですが……その姉さんという呼びかたは……?」
「うん? ああ、やっぱそう思う? 変だよね、これ」
変だろ、どう考えても。お前の顔の次くらいに変だ。ムカつく。
でも、フィリアもまったく同じ疑問を持ってたんだな。それもそれで……なんかちょっと腹立つな。俺がフィリアと同じくらいアホだって言われてる気分。
と、まあそれは置いとくとして。マリアノが姉さんって呼ばれてる理由は、なんとなく予想もつく。
歳が上だからついてる敬称じゃなくて、頼りにされてる証なんだろう。あの強さだし、盗賊団にとっての主柱みたいな……
「姉さん、俺より歳上だぜ。笑っちゃうよな、あんな小さいのに。なんだったらフィリアちゃんより歳上だと思うぜ?」
……主柱みたいな存在なんだろう……って、そういう話だと思ったのに。なんか……そうじゃないと思ってたほうが正しいって言われてしまった。
「……お、大人……? あのガキがか……?」
「おう。大人も大人、お前の倍くらいは生きてるぞ、多分。詳しい歳は知らねえけどよ」
え……え? う、嘘だろ。だって、俺よりチビだぞ。それが、フィリアより歳上……俺の倍くらい生きてるって……あり得ないだろ。
そりゃ、小さい大人もいるけどさ。でも、なんか、だって、アイツ……ガキみたいに沸点低いし……
「そ。意外だった?」
「い、意外と言うか……予想外と言うか……てっきり、ユーゴと変わらないくらいの子供かと……」
誰が子供だ、アホ。なんかあるとすぐに俺のこと子供扱いするんだよな、フィリアは。ムカつく。
でも、フィリアに怒ってる暇がないくらい驚いてるから……いや、まだ信じない。信じていいやつじゃない。こんなしょうもないところでも嘘つくかもしれないし。
「姉さんとは古い付き合いでさ、ガキの頃から面倒見て貰ってんだ」
「子供の頃から……ですか。なるほど、それであの信頼関係があるわけですね」
いや、だから、簡単に信じるなって。フィリアはどうしてそう単純なんだ。
そりゃ、こんな嘘ついてなんのメリットがあるのかって言われたら、これっぽっちもないって言うしかないけどさ。それでも、こいつは人間のクズで……
「うち、あんまり大人いないからさ。そういう意味でも、姉さんは姉さんなのよ。うちの姉さん、全員の姉さんってわけ」
「大人がいない……ですか? それは……ええと……」
信じたってしょうがない……とは思うんだけど。なんて言うか、騙されてもデメリットがあるわけじゃないなら、まあ……話くらいは聞いてもいいか。
それに、もしも本当のことを話してくれてるなら……自分達のことを知って貰おうとしてるなら、それは……ちゃんと聞いてやったほうがいいもんな。
人情の話じゃなくて、協力するからには、ちゃんと力を使えるようにしないといけないし。なら、性格とか、性質とか、ちょっとのことでも情報は欲しい。
別に、盗賊団の話に興味があるとかじゃないし。こいつらの過去とか、普段とか、知りたいとかは別にないけど、でも……まあ、聞いといて損ないだけだから。
「ああ、えっと……俺より歳が上の……って意味ね。俺がガキの頃に作った組織だからさ、俺より歳上のやつなんてほとんどいないんだ」
「今じゃもう俺もガキじゃないからさ、ちゃんとそれなりに大人な歳のやつはいるよ」
そうしてゲロ男の話に耳を傾けると、ちょっとだけ盗賊団の……敵だと思ってた連中のイメージがちょっと変わった。
政治の外に弾き出された街で、子供が生き残るために作られた組織……か。だとしたら、マリアノが頼られてるのも余計に納得だよな。
「あんまこういうとこでする話でもないけどさ、まあいいよね、周りも全員酔っぱらいだし」
「おっほん。最初はこんなデカくなかったんだ、俺達も。俺と姉さんと、それから同じように貧乏してた仲間が三人。最初は五人だけで始めたんだ」
そして、ゲロ男は上機嫌で話を続ける。
アルドイブラって北の街で……ヨロクよりもずっと遠い場所で生まれて、魔獣と飢えに怯えて生きていたこと。護ってくれる大人もいなかったこと。
盗んででも、奪ってでも、自分だけが生き残らなくちゃならない過酷な環境にあったこと。
その中で……そんなつらい生活の中で、生き残るための答えを導き出したって、それを成し遂げるために集まった五人だって、ゲロ男は誇らしげに語った。
その答えは、分け与えること。盗んで、奪って、自分だけが生きる世界で、分けて与えることこそが、たったひとつの正解だったんだ、って。
「……別に、開き直るつもりはない。しっかり悪党だと思ってるよ、自分のことは。でも、これが俺の……俺達の正義だった」
「裕福なやつから奪う。そして、それを貧しい奴ら全員で分け合う。こうすれば、俺よりも小さい奴らを護ってやれる。護ってやれば、そいつらは俺の為に働いてくれる」
「組織を作ろうとして作ったわけじゃない。一番利益の出る方法を探っていったら、いつの間にか大きい塊になってたんだ」
ゲロ男の理屈は……ちょっとわかるものだった。でも……それがよくないことだってのも、よくないことを自覚してることも、ちゃんと伝わってきた。
裕福なやつならひどい目に遭ってもいいわけじゃない。裕福に見えるやつがつらい思いをしてないとは限らない。だから、この正解が間違ってないわけじゃない。
それでも、ゲロ男は……そのころまだ子供だった盗賊団は、そうすることでしか生きられなかったんだ。
「……そうしなければ生き残れないから……いいえ。そうすることで、最大数が生き残れるから。やはり、貴方の……貴方達の行動原理はそこにあったのですね」
フィリアも同じ答えに至った……いや、違うか。その答えに対して、俺と同じことを思った……んだろう。
納得した顔で、けど……どこかつらそうに、眉間にしわを寄せてうつむいていた。
たぶん、そうしなくちゃいけない原因を作ったのは国だから……って、負い目を感じてるんだろうな。
フィリアじゃないのにな、それを決めたのは。なのに、そういうの全部背負おうとするんだ。そこまでしなくていいハズなのに。
「国営の施設や役場からは盗みを繰り返し、しかしその一方で、街に迫る魔獣は排除する。思っていた通り、貴方達の行動には一本の筋が通っている」
「気付けて良かった。貴方達を優しい人々だと、きちんと目を向けられて本当に良かった」
「筋が通ってるかどうかは知らないけどね。役場から盗めば当然税は増えるからさ、結局その街の弱い奴らは救われない」
「無法やってる時点で何言っても言い訳だよ。でも、フィリアちゃんがそう言ってくれるなら……」
ちょっとは報われるよ。って、そんなゲロ男の言葉を聞いたときには、フィリアもちょっとだけ穏やかな顔になった。なった……けど、それでも、まだ……
どうにか出来ないかな、これ。フィリアのせいじゃないのに、それでずっとつらそうにしてるの、見ててこっちもしんどいんだよな。
変なとこで図々しいんだから、こういうところにもそれを発揮してくれればいいのに。
ただ、事情はどうあれ、やっぱり盗賊団が街を守ってたこと、そしてこれからは一緒に国を守ってくれることがわかったから。
まだ悩んでる様子ではあったけど、フィリアは笑顔をゲロ男へと向ける。
「ジャンセンさん。よろしくお願いします。これから、ずっと。ずっとです」
「カンビレッジが解放されれば、次は更に南へ。そして東へ、西へ。この国の全てを解放するまで――北の組織との対立も全て終わらせるまで。力を貸してください」
「……こっちのセリフ……って、言うつもりだったけどね、最初は。俺達が主体、そっちが合わせて、って。でも……まさか姉さんより強いのがいるとはなぁ。そこだけはほんと、想定外だったよ」
そして、深く頭を下げてまた頼み込んだ。どうか、一緒に戦ってくれ、って。
和解は成立した、協力関係も結ばれた。それを、もう一度噛み締めるように。
そんなフィリアにゲロ男も笑顔を向けて、そして……こっち見て……
「全力で補佐するから、頼むぜ。想定外の存在には、想定外の成果を持って来て貰わないとな」
「うざい、キモい、汚い。こっち見んな。お前はいらない」
なんかいい話っぽくまとめてたけど、それはそれ。俺はお前のこと信用してないし、これからもしない。
こんな時間から飲んだくれてるようなやつ、いないほうがいい。死ねばいいのに。ムカつく。
「ユーゴ、いけません。これからは共に戦うのですから、もっと仲良く……」
「嫌だ。少なくとも、コイツとマリアノは嫌いだ。嫌いなもんは嫌いだ。だから、仲良くするとかはない。絶対ない」
マリアノも、悪いやつじゃないかもしれないけど、こんなやつの言うこと聞いてる時点で同じだ。せっかく強いんだから、その力はちゃんと使うべきだろ。
そもそも、戦うのは俺だけでいい。俺がいればどんな魔獣も瞬殺なんだから。どっかで雑用してろ。俺の近くに来るな。汚い。
なのに、なんか知らないけど、ゲロ男はへらへら笑って肩を組んできて……臭い! 酒臭い! 汚い! ゴミクズが伝染る! 寄るな!
「嫌い! お前嫌い! お前ら嫌い! ほんっとうに嫌い! フィリア、帰るぞ! もういいだろ!」
「あっはっは! やっぱいいな、お前。わかりやすくて」
わかりやすく明確に拒否してるんだから、寄るな! うざい! キモい! 死ね!
もうこれ以上こいつと話すことなんてない。フィリアを連れて、俺はさっさと酒場をあとにした。
協力関係なんて、やっぱりやめとけって言えばよかった。これからしょっちゅう顔合わせるとか、マジでムカつく。




