第七十五話【もうひとつの端で】
結局、ゲロ男は……盗賊団は、フィリアの要求を全て飲んだ。と言うよりも、断る理由を見つけるのが難しいくらい、向こうに有利な条件を提示した……か。
盗賊団は解体される。けど、中身は換えずに女王の傘下に加わり、新たな組織として公的な事業を受け持つことになる。
そして、その組織で働くことを、これまでの盗賊行為の償いとする。
償いが終わって、部隊が役目を終えたら。あるいは、部隊での活動が難しくなった隊員は、なんらかの形で国が雇用し直す。
フィリアが提示した条件はそれで、そして……それを拒む理由があるとすれば、それはきっと国に対する怒りや憎しみから来るものだけだろう。
少なくとも、生きていくうえで、仲間を守るうえでなら、この要求を飲まない理由はない。
生活を保障されるだけじゃなく、これまでの盗みを事実上の無罪として貰えるようなものなんだから。
だから……まあ、なんて言うか。もしかしたら、反撃も出来ないのに対立する羽目になるかも……なんて懸念は、杞憂に終わったわけだ。
そして、盗賊団との和解協定を結んでから……何日だ? 三日かけてランデルへ戻って、それからしばらく街の近くで魔獣を退治して……四日経ったのか。
前みたいにランデルの街を魔獣の大群が襲うことはなかったけど、それでも近くに魔獣がいることの証明みたいなもんだからな、アレは。
だから、雑魚ばっかりだけど、念のためにと倒しておいたんだ。
フィリアは宮での仕事も多かったし、そもそも盗賊団と和解したことについてもいろいろ問題になってたんだろうな。ずいぶん忙しそうにしてた。
ただ……忙しそうにしてた割には、毎日毎日魔獣退治に出かけてたんだよな、一緒に。
俺ひとりでいいのに、わざわざついて来るんだもんな。いや……どっちかって言うと、俺がフィリアの気晴らしにつき合わされてた可能性もあるのか……?
と、まあ、そうして数日をランデルで過ごしたわけだけど。何も、問題の全部が解決して、のんびり手近な問題だけ相手してるわけじゃない。
盗賊とは和解したけど、そいつらが戦ってた別の組織とか、そもそも国中にいる魔獣とか、なんとかしなくちゃならない問題は山ほどある。
それでもランデルでのんびりしてたのは……のんびりはしてないな。フィリアには宮でやらないといけない仕事が、それこそ山よりもいっぱいあるわけだから。
だから……えーと、そうだな。順番が逆か。忙しいのにランデルでのんびりしてたんじゃなくて……
「――出発します。揺れにお気を付けください、女王陛下」
「はい。今日もよろしくお願いします、アッシュ。それに、皆も」
忙しくしている合間に、ほんのわずかな日数だけランデルに戻ることが出来た……って、そう言うべきなんだろう。
和解を果たしたその日に、ゲロ男は言った。十日後に、カンビレッジで合流しよう、と。
カンビレッジは南の一番端の街……つまり、ヨロクと同じ、かつて国が切り離してしまった領土を目前にする街だ。
となれば当然、北と同じように盗賊団が占拠している街も多くあるんだろう。その境界線を踏み越えた向こうには。
ゲロ男の真意はわからない。でも、手を取り合うと決めて最初に提案されたことだ。それをフィリアが無下にするわけもない。
もうちょっと警戒はして欲しかったけど……まあ、それを求めるのは難しいしな。アホだし。
「また一緒だな、ユーゴ。頼りにしてるぜ」
「別に、頼られなくても最初から俺が全部倒すつもりだし。横から変なことするなよ、ギルマン」
真意はわからないけど、だからこそ確かめる必要がある。ゲロ男が……盗賊団が、俺達と手を組んで、いったい何を果たしたいのかを。
そういうわけで、俺達はまたみんなと……ギルマンやグランダール、いつもの面々と一緒に、馬車に揺られて南へと出発した。
別に、文句なんてないけどさ。でも、毎回同じやつらなのはなんなんだろう。カスタードのとこへ行くときなんかは、割といろんな人が一緒なのにな。
あれかな。遠くへ行ける人員は決められてるのかな。それとも、フィリア的に信頼出来るメンバーを選出してる……とかか?
「バンガムまでの道のりには、そう多くの魔獣は目撃されていません。以前同様、到着後に少し街の周囲を窺う程度で済むでしょう」
「ですが、それはあくまでも推測――そうなるだろうという話です」
と、よそごと考えてたのがバレたのか、フィリアはちょっとだけ真面目な顔で……それだといつも不真面目みたいになるから違うか。言い聞かせるような口調で俺に言った。
前にも通った道。魔獣の多くない地域。それでも、危険がまったくないわけじゃないから、注意はしておくように、って。
「分かってる、ちゃんと見てる。全然いないよ、魔獣なんて。なんなら前より減ってるかも」
けど、それはさすがに俺もわかってるよ。ちゃんと周りの様子は窺ってるし、感知したうえで魔獣の気配がないからのんびりしてるんだっての。
このあいだのマリアノにもやられたけど、わかってることに釘刺されるの、本当にムカつくよな。まあ……それだけ信用を失ったってことなんだろうけどさ。
しかし……近くに魔獣なんていない、いても前よりずっと少ないのが遠くにいるくらいだ。って、それを伝えたら、フィリアは途端にのんきな顔になってしまった。
ううん……自分でちゃんと注意してろって言ったばっかりなのに……
「……フィリア、あんまり呑気な顔すんなよ。前に言ってた話……あれ、アイツらに確かめてないだろ。なら、まだわかんないぞ」
「……? 前に……アイツら……っ! そう……ですね。気を引き締めておかないと」
はあ。たぶん、和解が成立したから浮かれてるんだろうな。それと……こうして遠征に出ちゃえば、宮での仕事からもしばらく逃げられるから。
でも、だとしたら俺が締めておかないとな。パールとリリィに申し訳ないし。って、そういうことで、ちょっとだけ脅しみたいなことを言ってみる。
もちろん、なんの根拠もない口先だけのものじゃなくて。そんなのじゃフィリアはピリッとしないからな。
俺もフィリアも、内心ではなんとなく解決したんだろうって気持ちになってる問題。それは、前にランデルを襲った魔獣の大群のことだ。
アレは盗賊団によって制御されていたもので、だから和解が成立したあとには街も襲われなかった……って、今はそう考えてる。でも、そうとだけ考えるのは危険だ。
だって、本当にそれをしてたかどうかをまだ当人に確かめてない。確かめる余裕まではまだなかったから。
まだ信頼関係も希薄な状態だから、いきなり疑いの目を向けて関係がこじれたら面倒だった……のもある。
でもそれ以前に、和解の取り決めだとか、当面の行動についてだとか、最初に決めなくちゃならないことが多かったから。
だからこそ、カンビレッジで集まるのかもな。お互いに確認したいことも多いから、より安全な場所で、本格的に会議をするつもりなんだろう。
「しっかりしろよ。お前がダメになると、全部がダメになる。マリアノに言われただろ」
「……はい。肝に銘じます」
マリアノはそれを、フィリアが殺されたら……って前提で俺に忠告したけど、死ななくてもダメになるパターンは考えられるからな。
それこそ、フィリアがなんでもかんでも信じ過ぎて、警戒しなさ過ぎて、フィリアは生きてるのに指揮系統が機能しなくて街を守れなかった……とか。
そこまでアホじゃないとはわかってるけど……でも、ちょっとしたゆるみも見せないほうがいい。
ゲロ男がそうだったように、俺達よりもずっと賢かったり、あくどかったりするやつばっかりが敵にいる可能性がかなり高いんだから。
そんなわけで……言ったからにはと、いないのがわかってる魔獣への警戒をちょっとだけ強めて、馬車が街に着くまできちんと見張りをこなした。
その日のうちに着いたのはバンガムって街。前と同じように、一日ではカンビレッジまでは行けないから……めんどくさいな、ほんと。新幹線とかあったらいいのに。




