第七十四話【手は取り合わない】
「……来たか。おい、クソガキ。今朝はちびってねえだろうな」
支度を終えて宿を出た俺達は、約束があったわけじゃないけど、昨日と同じ場所でマリアノと落ち合った。
一応、ここに来ることだけは信用されてたんだな。昨日の今日で逃げるようなことはしないだろう、って。
あるいは……もし逃げたら笑いものにしてやれ……くらいの腹でいたのかもしれないけど。
「ちびってねえよ、昨日も。ぶっ飛ばすぞ」
「はっ。やれるもんならやってみろ、ガキ」
ただ、やっぱりマリアノは悪いやつじゃなさそうだ。嫌なやつと一緒にいるけど、本人はまっすぐな性格をしてる気がする。
だけど、俺のことをガキガキって……ムカつく。マリアノのほうがチビなんだから、ガキはそっちだろ。
「言っとくが、オレはまだテメエらを認めてねえ。どうしようもねえ、救いようもねえようなバカ女王と、ただのヘタレガキ。そういう認識しかまだ持ってねえ」
「ジャンセンがなんと言おうと、オレはテメエらを頼りにはしねえ」
「はい、わかっているつもりです。私達の評価は、これから自分で築き上げていくしかない。きっとジャンセンさんの期待に応えられるように精進します」
っと、変なとこで張り合ってる場合じゃなかった。それと……悪いやつじゃないは、心を許していい理由じゃない。それも忘れちゃいけないな。
俺が昨日のことから立ち直ってるのを確認したのか、ちょっとだけ満足げな顔で頷くと、マリアノはもう視線を俺からフィリアへと移した。
そして、ちょっとだけ厳しいことを……でも、妥当なことを言う。まだ、俺達のことは信頼出来ないって。
フィリアはそれに、胸を張って堂々と答えてた。信頼はこれから勝ち取るつもりだ、って。
俺が壊した信頼を、自分達でもう一度積み上げるつもりだ……って。
「……っ」
ふと、頭が痛くなって、それから自分が思いっきり奥歯を食いしばってるのに気づいた。
言いたいことを我慢してる……わけじゃない。ただ、悔しくて、歯痒くて、無意識にそうしてしまってたらしい。
そうだ。俺が壊した信頼を、また積み上げ直さなくちゃいけない。そのチャンスをくれたのは、ほかでもないフィリアなんだ。
あんなダサいのはあれっきりだ。もう二度と、フィリアに守って貰うようなことは起こらない。起こさせない。俺が、フィリアを守るんだ。
「……ま、ガキのほうはちとマシになったみてえだけどな」
「よく覚えとけ、クソガキ。テメエが死んだら終わりじゃねえ。そっちのバカが死んだら終わりなんだ。テメエがどれだけ強かろうが――オレがどれだけ強かろうが関係ねえ」
「――っ。わかってる、そんなこと。昨日は……っ。もう、あんな真似させない」
わかってる。わかってるよ、そんなこと。昨日だって、わかってたんだ。
でも、そんなこと言えない。言わない。ダサいし、恥ずかしい。出来なかったことをいまさら言い訳したって、信用は得られっこない。
とっくにわかってることに釘刺されるの、マジでムカつく。でも……ムカついても、これはマリアノが正しい。
わかってなかったらこの時点で切り捨てる。そのくらいの気持ちがあったんだろうな、マリアノには。そういう目をしてた気がする。
けど、俺はそれをわかってた。ちゃんと覚悟もしてた。だから……なのか。マリアノはちょっとだけ笑って、昨日よりも一歩だけ離れて前を歩き出した。
それは……置いて行く心配なんて必要ないだろうって信頼でいいのか。それとも、俺が警戒してることに警戒してるのか。
わかんないけど……気は緩めない。ほんのちょっとでも隙を見せたら、こいつには勘づかれるからな。
それからまたあのツギハギ砦まで連れて来られて、重たい扉をマリアノが開けたら、昨日と同じように……いや。昨日と違って、普通のかっこしたゲロ男が待っていた。
「おはよう、フィリアちゃん。それに……? おーい、ユーゴ? 何やってんだ、お前?」
「――フィリア。あんま近づき過ぎるな。また何されるかわかんない、ゲロかけられる可能性だってあるぞ」
こいつは絶対に信用しちゃいけない。一番気を許しちゃいけない相手だ。ムカつくし、キモいし、臭いし、汚いし、うざいし、嫌なやつ。
とにかくその意識を強く持って、フィリアが必要以上に近づかないようにとゲロ男とのあいだに割って入るように立った。
そんな俺を見てか、ゲロ男は目を丸くして首をかしげて、そして俺の言葉にちょっとだけムッとした。
でも……ため息ひとつつくと、呆れた顔でフィリアへと視線を映してしまった。あんまりフィリアのこと見るな、キモい。でもこっちも見るな、うざい。
「ま、立ち直ってんならなんでもいいけどさ」
「おい、こら、ユーゴ。俺達はこれから仲間だ、味方同士だって。昨日のはフィリアちゃんの覚悟を試したかっただけ、本気で攻撃するつもりなんて一切ないよ」
「姉さんも、凶暴だけど勝手はしない。そうピリピリすんなって」
「うるさい。信用出来るか、お前みたいなやつ」
自分で先にだまし討ちしておいて、そんなのが通るか。マリアノは悪いやつじゃないけど、お前は根本的なところがクズだ。絶対に信用なんてしない。
フィリアは俺のそんな態度を諫めるようなことを言うけど……アホ、まぬけ、デブ。お前がそんなだから、俺も釣られて騙されそうになったんだ。反省しろ。アホ、デブ。
「ユーゴ、いけませんよ。これからは協力していくのですから。もう、ユーゴったら」
「ままま、フィリアちゃんも落ち着いて。ユーゴの言い分はもっとも……ってか、むしろ安心だ」
「あんなことがあったんだ、警戒すんのは普通。むしろこれで上出来。女王様の身を護るナイトがぼさっとしてたんじゃね」
ムカつく。お前のせいでこんなに警戒しなくちゃいけないのに、何をそんな……ムカつく!
勝手にだまして、勝手に測って、勝手に満足した顔して、ひとりだけ上から目線なのがめちゃめちゃムカつく。クズ。人間のクズ。死ねばいいのに。
でも、フィリアはこんなやつとも和解することを望んだ。なら……ムカつくけど、一応は我慢してやる。
もしもまた変なことしようとしたら、そのときは絶対にぶっ殺す。なんの容赦も躊躇もなく、ボコボコにして魔獣の餌にしてやる。
「んじゃ、早速だけど……俺達の待遇について聞かせて貰おうかな。フィリアちゃんが考えてる、俺達盗賊団を飼い慣らすための策ってやつを」
「飼い慣らすだなんて、そんな……こほん」
「皆さんの待遇については、私の――女王の私設部隊という形に収めるつもりです。特別な階位は与えられませんが、国や宮に属するよりも自由に動けるでしょう。しかし同時に……」
そして、フィリアとゲロ男との話し合いは始まった。って言っても、会議室みたいなところへ行くこともせず、立ち話なんだけど。
立ち話なのに、結構重要そうな話してるのはなんなんだ。待遇とか、盗賊行為の罰則についてとか、そういうのはちゃんとした場所で話し合えよ。
それからフィリアは、半ば一方的に条件を説明した。説明だから、そりゃフィリアばっかり話すことになるんだけど。でも、そういう意味だけじゃなくて。
ゲロ男は、フィリアが提示する条件のすべてに対して、意見しようって顔をしてなかった。
悪い条件じゃないから……だけじゃないんだろうな。また何か企んでるのか、このクズ。
提示された条件は、盗賊団は解体し、フィリア直属の部隊として再編成されること。解体されてもその罪状は消えないこと。部隊の活動によって、罪の償いとすること。
そして……すべての罪を償ったとみなされた暁には、国営の兵団や役場で再雇用すること。つまり、全員を公務に就かせることが目的だって、フィリアはそう言った。
それは……俺には、ちょっと良過ぎる条件に思えた。仮にも盗賊だったやつらを、わざわざ王様直々に雇って、しかもそのあとの仕事まで面倒見るなんて。
でも……そうまでしてでも味方に引き入れたいんだな、こいつらを。そして……ムカつくことに、ゲロ男もそれを理解してるんだ。
ただ……フィリアは、それを不平等な協力だとは思ってなさそうな顔をしてる。それが当然だって、そういう……アホなこと考えてる顔を。
まあ、フィリアがいいなら俺は文句言わないけどさ。言わないけど……俺以外の人はめちゃめちゃ文句言うだろうから……はあ。




