第七十三話【俺が歩く道】
街へ戻って、宿に帰って、それで……ひとりにするのが怖くて、フィリアの部屋に入った。
殺されるかもしれなかった。俺が、守ってやれなくて、もう一緒に戻って来られなかったかもしれなかった。それが怖かった。
怖かった……のは、それだけじゃなかった。
ひとりになるのが怖かった。フィリアと別れて、自分の部屋に戻って、ひとりぼっちになるのが怖くてたまらなかった。
ひとりになって、次の日の朝が来て、それで……もういらないって、フィリアよりも弱いなら、誰も守れないなら、もういなくてもいいって、言われるのが怖かったんだ。
わかってる。そんなこと言われないって。フィリアはそんなこと言わないって。
それに、俺が弱かったとしても、俺の力がないと魔獣を倒すのに苦労するんだから。だから、俺が必要なくなることはないって、わかってはいるんだ。
わかってても……怖くてしょうがなかった。フィリアに、みんなに、必要とされなくなることが。
この世のあらゆるものよりも強い。そんな力を貰って、それだけが自信で、そういうふうに生きるって決めたから。だから……
そして、日が昇った。気づいたら寝てて、朝になってて、それで……普段よりもちょっとだけ遅くに目を覚ました。
慌てて周りを見れば、そこはフィリアの部屋で、フィリアは……静かに寝てた。いつもと同じように、のんきな寝息を立てて。
「……」
ちょっとだけ、身体の奥のほうがしびれた。けど、昨日に比べたらずっと楽になった。
俺は……弱いけど、でも、フィリアを守らなくちゃならない。守る……ためには、強くならなくちゃならない。
強くなるには、弱いことを自覚して、何をすればそれを克服出来るのかを考える必要がある。
そういう意味で、昨日の一件はよく効いた。ムカつくけど、ゲロ男のおかげで目が覚めた気がする。
味方が増える、増やすってことは、そのまま裏切られる可能性を増やすって意味でもある。
和解を受け入れてくれたアイツらを疑い続けるわけじゃないけど、でも、パールやリリィに比べて信用出来ない相手だってことは忘れちゃいけない。
マリアノが悪いやつじゃなさそうだと思っても、アイツはゲロ男の指示に従うわけだから。なら、ゲロ男の本性を見抜くまでは気を抜いちゃいけなかったんだ。
俺はそこを勘違いしてた。考えが足りてなかった。マリアノを信用したとしても、盗賊団はまだ信用出来る相手じゃない。そんな簡単なこともわかってなかったなんて。
「……よし」
もう気を抜かない……って、思ってても、結局どこかで隙を突かれるんだろう。悔しいけど、アイツらは俺より賢いし。
なら、隙を突かれても平気なようにすればいい。具体的な作戦とかは思いついてないけど、気を許さずにいればそれでいいハズ。
だって、俺のほうが強いんだ。たぶん、アイツらの中で一番強いだろうマリアノよりも、俺のほうが強い。直接戦えば俺が勝つ。
だったら、いつでも戦えるようにしておけばいい。もう、昨日みたいなことを起こさせなければいい。
フィリアはアホだし、危機感ないから、きっと簡単に近づいて、信頼して、隙を見せるだろう。
でも、俺がそれをカバーすればいい。そうすれば、攻撃されても守れるし、そもそも俺が強いのは知られてるから、手出し出来なくなるだろう。
「おい、フィリア。いつまで寝てる気だ。いい加減起きろ。準備しなきゃいけないんだろ」
そうと決まれば……じゃないけど、それを決めたから、もう躊躇する必要はない。
フィリアをさっさと起こして、またアイツらのところへ行くんだ。今度こそ、真っ向から話をする……いや。フィリアに、話をさせるために。
「ふわぁ。おはようございます、ユーゴ」
「……さっさと顔洗ってこい。めっちゃバカみたいだぞ」
そうだ。王様であるフィリアに、盗賊団であるゲロ男達と話をして貰う……んだけど。なんか……いつもそうだけど、寝起きのフィリアは、普段に増して……アホっぽい。
ちょっと怖いくらい鋭い目つきも、寝ぼけてるとただ開いてないだけに見えるし、せっかく身体がデカいのに、しゃんとしてないから縮こまって見える。
なんて言うか……いや、こっちのほうがフィリアらしいんだけどな。昨日はちょっと……怖いくらい強い姿を見せたのに、どうして今朝は……
「……ユーゴ。その……大丈夫ですか? 今朝の具合は……」
……今朝は、いつもよりちょっとだけ早く真面目な顔になって、昨日の一件を心配してくれた。
俺が弱いところを見せたから。頼りないって知ったから。だから……
「大丈夫だ。別に、昨日だって何もなかったし」
でも、それは否定しなくちゃ。だって俺は、強い力を求めて召喚されたんだから。
フィリアからはもう信用出来る相手じゃなくなったかもしれない。それでも、必要なのは魔獣を倒す強さだ。なら、信用出来なくてもアテにするしかない。
それしかないんだ、フィリアには。なら、なんとかして応えてやらないと。俺は、そのためにここにいるんだから。
「……ジャンセンさんは既に協力の意思を表明してくださいました。しかし同時に、現時点での私達の価値が、貴方にしかないとも」
「悔しい話ですが、厳然たる事実です。ユーゴ。私達にとって、貴方という存在は本当に特別なものなのです。と、それを今また念頭に置いてですね……」
「……? なんだよ。似合わないぞ、そういうまじめなこと言うの」
そんな考えを見透かしたのか、そうじゃないのか、フィリアはちょっとだけまじめな顔で話を始めた。
昨日の出来事……昨日の、ゲロ男の態度、言葉、要求について、俺に言い聞かせるみたいに。
たしかに、アイツは言ってた。俺が使い物にならないなら、協力関係は結ばないって。魔獣を倒す俺の強さだけが必要で、それ以外には魅力を感じないって。
それはきっと、交渉を優位に進めるための牽制……ではなかったと思う。本当にそれ以外の要素は問題に思ってないから……じゃなくて。
アイツらは、マリアノがいてもなお苦戦するようなやつらとも戦ってる。北にいる、また別の組織と。
だから、そこを打破する力が何よりも欲しい。ブラフじゃなくて、本音で要求したんだと思う。一緒にそれを倒して欲しいって。
なら、なおさら俺がちゃんとしないと。俺が弱いって思われたら、本当に役に立たないって感じられたら、協力関係なんて成り立たない。
そうだ、そこはちゃんと自覚しないと。役に立たないだけじゃなくて、下手すると足を引っ張りかねないんだ。俺がちゃんとしないと、フィリアののんきな理想も……
「……けれど、どうかそれを重荷と捉えないでいただきたいのです」
「特別であり、貴方でなければ出来ないことが多いことは、何も貴方が無理や無謀を繰り返さなければならない理由にはなりません」
「苦しければ、嫌ならば逃げてください。それだけは約束してください」
「……なんだよ、いきなり」
だから、フィリアもそれを忠告してる……んだと思ったんだけど。でも……なんか、そうじゃないらしい。
フィリアはやっぱり心配そうな顔で……大人が、子供を心配する顔で、俺を見てる。俺を見て、無理するくらいなら逃げろって、そう言ってる。
これは……俺が悪いよな。俺がちゃんとしてれば、昨日もちゃんと守ってやれてれば、こんな心配させないで済んだのに。
信用を得て、子供扱いをやめさせる……って、ずっと考えてたけど。それもずいぶん遠のいちゃったんだな。
「昨日ちょっとヘマしたからって、そういうのやめろよな。フィリアなんか、俺がいなかったらとっくに……」
「はい。ユーゴがいなければ、私はおろか、この国の多くの人々はとうに命を落としているでしょう。その自覚を、もっともっと強く持って欲しいのです」
「責任感や重しとしてではなく、栄誉として。貴方のおかげで多くのものが救われた。それを自覚して、前向きに歩いてください」
けど、それを認めるようなこと言うのは悔しいから。ついつい負け惜しみみたいなことを言っちゃって。
でも……フィリアはそれを咎めるでもなく、またさらに別の心配をしてるようなことを言う。まるで、出来てることだけを褒めるような、そんなことを。
「……変なやつ」
俺はそれを理解出来なくて、どう返していいかもわからなくて、フィリアから視線を外して、部屋から出て行った。
逃げた……って、それを自覚したのは、ドアを閉めてからのことだった。俺は……フィリアに子供扱いされるのが嫌で、悔しくて、逃げるしか出来なかったんだ。
「……そうなのですよ。貴方を呼んだのは途方もなく変な王なのです。変であるから……異質であるから、貴方の心の内が――震えが、恐れがわかってあげられない。言葉にしてください、ユーゴ」
そんな俺に、フィリアはドア越しにまた声をかけた。
もう聞こえてないって思って、泣き言を……聞かせたくない言葉をついこぼしたって感じじゃなく、ちゃんと、俺に向かって言ったんだ。
震え、恐れ、か。それは……やっぱり、昨日のこと……だよな。昨日、俺がどうしてあんなに怖がってたのかって、フィリアは不思議に思ってるのか。
当然……だよな。だってフィリアは、あんなのこれっぽっちも怖くないって顔してた。マリアノが自分を殺す気なんてないって、わかってたんだ。
やっぱり、怖がってたのは俺ひとりだったんだな。それがわかったら……これ以上何か言われるのが怖くて、たまらず部屋を離れていた。
どうせこのあともまた一緒にいるのに、またアイツらのとこへ行くのに。逃げたって、信用されるわけでも、強くなれるわけでもないのに。わかってるのに。
それでも、ただ……フィリアに、これ以上弱いところを見せたくなかった。弱いって思われたくなかった。
それは……信用されなくなるから……だ。信用されなくて、子供扱いのままになるから……だけ……じゃない、のかな。




