第七十一話【乱世の王】
マリアノが連れて来たのは、前にゲロ男と会わされたのとはまた別の林だった。
でも、どうやら今度は、この中にアイツが隠れて待ってるわけじゃないらしい。気配もないし、マリアノがそっちを気にするそぶりもないから。
「……ヨロク北方、最終防衛線よりも外。ダランの砦が目的地でしょうか」
しばらくみんな黙って歩いてた中で、その場所に覚えがあったのか、フィリアはマリアノに尋ねた。
これから行く先は……これから連れて行かれる盗賊団のアジトは、ダランの砦ってところなんじゃないか、って。
「――元――な。元、ダランの砦だ。あそこはもう国営の砦じゃねえ。テメエらのもんじゃねえよ」
そんなフィリアに、マリアノはキツイ返事をする。捨てといて持ち主づらすんな、って。
いつもイライラしてて、口調も強いマリアノだけど、今のは……結構、気持ちが昂ってた感じがした。
それこそ、魔獣と戦ってるときよりも強く苛立ってるようにさえ見えたのは……やっぱり、国に対して嫌な感情を持ってるからなのかな。
フィリアに……じゃなくて。フィリアも含めた、この国の政治に。
「……そうですね。でも、そこはダランの砦です。ずっとそう呼ばれていた、暮らしがあった町です。そこだけは……」
「……チッ」
そういうの、言われたらさすがにフィリアもへこむかなって思ったんだけど。イライラした様子のマリアノに対して、フィリアは案外まっすぐに立ち向かっていった。
俺からは意外に思えたけど……でも、こういうのもフィリアっぽさなのかな。
マリアノのことは立てるけど、それ以上に、そこにあった暮らしを無下にはしたくない……か。
マリアノもその返しに苛立った顔はしたけど、それ以上食ってかかっては来なかった。
だからたぶん、そういう考えかたは認めてる……のかな。今、認めてくれたのかもしれない。
「わかってんなら間抜けな顔やめろよ。こっから先はオレ達の領地だ。あんまりだらしねえと、誰に殺されるかわかんねえぞ」
「っ。は、はいっ」
マリアノもわかったのかもしれない。フィリアはこういうやつだって。王様らしくないけど、そういうところが王様っぽいんだって。
威厳もないし、偉そうにも出来ないけど、変なところで欲張りなんだよな。傲慢って言うのか。
それからもうちょっと歩いて到着したのは、かなり大きな建物……砦跡だった。
フィリアの言うダランの砦……なんだろうけど、でも……ヨロクやほかの街で見たのとは違って、なんか……工事が雑に見える。
無理矢理取ってつけたような部分がいくつもあって……これ、こいつらが自分で増築したのか。
「――さ、オレ達のボスのお出ましだ。それなりに礼儀は尽くせよ。でなきゃ、隠れてる全員がテメエらを殺しに飛びかかるぜ」
「っ! 承知しております。この場において、私は王にあらず。ただの客――それも、あまりに立場の弱いもの。故に――」
そして、マリアノに案内されるまま砦の中へと踏み込めば……さすがにフィリアも緊張した顔になる。
俺も……これはちょっと、ピリピリするな。戦って倒すわけにはいかないって言われてるけど、万が一があれば全員蹴飛ばして逃げ出さなくちゃいけないんだし。
それでも、フィリアが胸を張って前に進むから。俺もそれに続いて……一歩だけ後ろに控えて、その視線の先にいるそいつを待つ。
帽子を被って、仮面を被って、マントまで羽織って……なんか……めちゃくちゃ怪しいかっこしたやつを……
「――よくぞ参った、フィリア=ネイ=アンスーリァ」
「…………? あの……ジャンセン……さん……?」
めちゃくちゃ怪しいかっこ……しなくちゃならなくなったゲロ男を、フィリアが躊躇なく見破るのを……待ってたのはこういうのじゃないんだけどな。
おい。フィリア。なんで今回だけは察しがいいんだ。そして、なんでそう察しが悪いんだよ。
「あの……マリアノさん……? その……貴方達の……この団の首魁に引き合わせていただけると……」
「――なんで――っ! なんでなの――っ! フィリアちゃん! なんでなの――っっ! なんで俺には気づいて、そこには気づかないの――っっっ!!」
まあ……そうだよな。そうなるよな。ゲロ男としては、こんな理不尽にはキレるしかないよな。
昨日、あんなに堂々と正体を現したのに、素性を打ち明けたのに、伝わらなくて、肩透かしを食らったんだ。
それで、しょうがないからと日を改めて、改めたからにはそのままやり直すのもおかしな話だから。フィリアが勘違いしてる通りに、別のボスを準備したんだろう。変装で。
なのに。なのに、だ。フィリアはその変装をあっさり見抜いて……変装だけを見抜いて、ゲロ男がボスだってところにはどうしても頭が辿り着かない。
なんでだ。なんでなんだ。なんでフィリアはこんなにも……こんなにもアホなんだ……
「――気づいてよ――っ! ってか! 気づかないでよ――っ! なんなの! 鈍いの!? 察しがいいの!? どっちにせよ察しは悪かったけど! どっちなの!」
「え、えっと……ジャンセンさん……? これは、その……」
帽子も仮面も床に叩きつけてキレるジャンセンに、目を覆って天を仰ぐマリアノ。そんなの見たら……俺も、ちょっと……くらくらしてきた。立ってられない。
そこにいたみんなして心底ガッカリして、なのにフィリアはひとりで勝手に混乱して……アホ……
「俺だよ! 俺がここのボスだよ――っ!」
そして、もうこれ以上どれだけのことをしても伝わらない、察して貰えないと堪忍したのか、ゲロ男は一番わかりやすい言葉で説明した。
いや、もう、いまさら言いたくなかっただろうな。言いたくなかっただろうけど、言わないと本当に何も進まない可能性があったせいで……はあ。
「え……ええっ!? だ、だって! ジャンセンさんは商人だと、色んな街を渡り歩いてものを売り買いするやり手の商売人だと、酒場の皆さんも……」
「――嘘に決まってんでしょ――っ!? 堂々と盗賊団の頭張ってますなんて言いふらす盗賊はいないよ――っ! 嘘でしょ!? フィリアちゃん、もっと賢い子だったよね!? いつの間にこんなことになっちゃってたの!?」
あまりにもごもっともな説教を一息で吐き終えると、ぜえはあと乱れた呼吸を必死に整えて、ゲロ男はやっとフィリアと向き合った。
いや……向こうはずっとフィリアを見てたんだけど。フィリアのほうがどうにも焦点合わせられないもんだから……
でも、そうなってみれば、この場にあるのは明確な対立だ。片方は王様で、片方は盗賊。どうあっても相容れない、敵対する組織の、その長がふたり。
さっきまでのアホなやり取りが嘘みたいに冷たい目で、ゲロ男はフィリアを睨んでる。
表情は柔らかいし、息づかいも穏やかだけど。でも……ハッキリと、拒絶の意志を向けていた。
「――フィリアちゃん、わかるよね。俺のことはもうそれなりに話したからさ。だから――ごめん。俺達はアンスーリァとは仲良く出来ない」
「俺だけじゃない。みんな――ここにいるのも、ここ以外にいるのも、全員。みんな――国に捨てられた人間なんだ――」
そしてそれは、言葉としても差し向けられる。もう、伝わらなかったなんて言い訳をさせないように。ハッキリと、残酷に。
ゲロ男の素性は……過去は、他人事として本人から聞いてる。それが嘘じゃないのなら……コイツは、生まれたときからこの国の“外側”にいた人間だ。
国を恨まない理由はない。フィリアを拒まない理由もない。協力をする理由なんてもっとないやつなんだ。
それでも、まっすぐに対峙したフィリアを尊重するように、一言一言を丁寧に伝えて――
「――姉さん――」
――言葉で――力ではなくて、言葉で拒絶を明示した――って、思ってた。でも、そうじゃなかった。そうじゃなかった……ことに、俺は……気づけなかった。
ゲロ男が声をかけたら、マリアノがものすごい速さでフィリアへと詰め寄ったのがわかった。殺気ひとつ発してなかった、ずっと静観してたマリアノが……いや……
今も……殺気をわずかすらも感じ取れないマリアノが、袖の下から取り出したナイフをフィリアの喉へと突きつけて……
「――テメエ――ナメてンのか――っ」
「――いいえ。私は――私は、ここに対話をしに来ただけです――」
ほんの数センチ。手を、足を、身体を、ほんの数センチ前に出すだけで、フィリアは殺されていた。そういう結果が、今、目の前にあった。
それを見て、気づいて、知って、それから……それからやっと、俺の身体は震え始めた。
その兆候を見抜くことも出来ずに、ただされるままを見てるしかなかった俺は――
「……ユーゴ。安心して、待っていてください。大丈夫です。大丈夫ですから」
「――っ」
ビク――と、肩が跳ねた。マリアノの凶行にじゃなくて、フィリアの声に。
俺が守るハズだった、守らなくちゃいけなかった、なのに守れなくて……本当なら、殺されちゃってたかもしれない、フィリアの声に。
俺は……フィリアの声に……フィリアの無事に……怯えていた。
「――デカ女――っ。テメエ、なんなんだよ。ボケっぱなしだったと思ったら、突然……っ。死ぬとこだったんだぞ……? 頼みの綱のそこのクソガキが間抜け晒して、テメエの首はたった今ここに転がるとこで――」
っ。そう……だ。そうだ。俺が……俺が、のんきなやり取りにちょっとでも気を抜いたから。マリアノが悪いやつじゃなさそうだって、思ったから。
だから、フィリアを守れなくて……殺されそうになって……だから……
「――いいえ、殺しません――マリアノさん、貴女は――貴方達は、この機会をみすみす見逃したりはしません」
「ジャンセンさん――いいえ、盗賊団の長、ジャンセン=グリーンパーク。私はここに、交渉に参りました。情ではなく、利を以って。私達と貴方達が手を組む意義をしっかりと持って、協定を結びに来たのです」
なのに、フィリアは真剣な顔のまま――俺を責めるでも、マリアノに怯えるでもなく、交渉をするつもりのまま、ゲロ男に向き合っていた。
それが……余計に怖くて、すくんだ足が余計に震えた。マリアノがナイフを引っ込めて、ゲロ男よりも後ろに引っ込んだのを見ても、まだ。
「――本気なんだね、フィリアちゃん。いいや――フィリア=ネイ=アンスーリァ王――」
「――はい。私は貴方と――貴方達の力と共に、この世界を救済します――」
このときになってやっと……やっと、いまさら、理解した気になった。
フィリアは王様なんだ。命を狙われるくらい当たり前の、乱世の真っただ中にある王様。
その覚悟を……心の強さを、狂いかたを、俺は今になってやっと理解したような気がした。




