第六十九話【ワンクッション】
街から離れた林の前でマリアノが会わせたのは、ゲロ男……ジャンセン=グリーンパークだった。
かつては商人を名乗り、俺達の前に現れた……わけじゃないか、こっちから話かけたし。
ともかく、盗賊団と縁のある男……って話だったけど。なるほど、こうなってみれば、違和感も不信感もない。
偶然出会ったことも、ヨロクで再会出来たことも、素性を知り、話を聞くことになったのも、全部……
「――ジャンセンさん――っ! ど、どうして貴方がここに――」
こいつの計算通りだったんだ…………って、そういう話だと思ったんだけど。
なんか……あれ? フィリアは……普通に驚いてるな。いや、驚くところではあった気もするけど。
でも、なんて言うか、意外なやつが現れた……みたいなリアクションなのは……あれ?
「……えーっと……フィリアちゃん? ていうかフィリア陛下? あのさ、俺の素性にはもう……」
「ジャンセンさんの素性……ああっ! そ、そうでした……なるほど、そういうことだったのですね」
え、今気づいたの? まあ……いや、そうか。状況証拠だけでそれを決めつけるのは迂闊だもんな。
俺の強さを見抜いていた。俺達の行動を把握していた。盗賊団についても事情を知っていた。それだけ揃えてても、まだ完全にクロと決めつけるわけにはいかない、か。
「ジャンセンさん。貴方は盗賊団と通じている……と、以前教えていただきました。同時に、その首魁についても、人柄という面でお話を伺いましたね」
「そして今、貴方がこうして私の前に現れた――盗賊団を探す女王としての私の前に現れたということは……」
「……うん。流石にもう察するよね、いくらフィリアちゃんでも。そう、俺が――」
そうだ、こいつこそが――このゲロ男こそが、俺達の動向を窺いつつ、要所で探りを入れて来た、盗賊団の――
「――その首魁のもとへと案内していただけるのですね」
盗賊団の……ボスのところに……案内……あれ? なんか……フィリア……あれ?
やたらとうれしそうに笑って、アホみたいに目をキラキラさせて、それで……ううん?
いや……えーと。まあ、決めつけるのはよくない……と思う。思うけど、もう自白してたようなもんだったろ、今。
なのに、それが……どうして、そうなったんだ? まさかとは思うけど……フィリア、お前……
「……? あ、あの……ジャンセンさん……? どうなさったのでしょうか。その……」
本当に気づいてないのか……? こいつが……ゲロ男が、盗賊団のボスだって。ボスだってことに……じゃなくて。ボスだって、打ち明けたことに。
「……あの……いや、あのさ。うん……フィリアちゃん、ちょっと……」
「ジャンセン、無駄だ。このデカ女、本気だ。本気で言ってやがる」
そんなフィリアを見て、ゲロ男は……両手で顔を覆って天を仰いでいた。マリアノも……めちゃめちゃキレた顔でフィリアを見てる。
俺も……なんか、頭痛くなってきた。察しが悪いアホだとずっと思ってたけど……フィリア……
「……うん、そうだね。俺は盗賊団の関係者として、フィリアちゃんを迎えに来た。明日、その首魁のもとに案内するよ」
「そこで正式に対話をして、手を取り合えるのか取り合えないのかは……そのときのフィリアちゃんの頑張り次第……になっちゃうかな」
「っ! やはり……ありがとうございます、ジャンセンさん。きっと……きっとわかっていただける筈です」
「彼らは今、間違いなく人々を守ってくださっている。私達と同じ方を向いている。なら、きっとわかっていただける筈ですから」
無理だと思う。少なくとも、フィリアがわかってやれてない以上、わかり合うことはないと思う。
ぽろっとこぼしてしまった泣き言が聞こえたのか、マリアノがめちゃくちゃ憐れんだ顔で俺を見てる。
お前……そんな顔出来たのか。いつもいつもなんかにキレてばっかだと思ったのに……そんなお前が、そんな顔するほど、フィリアは……
「うん、じゃあ今日はお開きにしよう。また酒場に飲みに行っても良いんだけどさ。明日大事な話があるってのに、夜遅くに遊んでたんじゃ示しがつかないよね」
「おい、ユーゴ。フィリアちゃん、ちゃんと送ってやれよ……って、同じ宿に泊まってんだっけ」
「……なんでそんなこと知って……いや、知らなくてもわかるか。はあ……わかってる……明日までは絶対安全なんだろうけど……」
それで……ゲロ男もゲロ男で、すごい申し訳なさそうな顔で俺に近寄って……頼んだぜ。って、背中を軽く叩いた。
言われなくてもわかってるし、汚いから触んなって言いたいけど……その元気もない。はあ。
それからゲロ男はマリアノと一緒に林の中へと消えて行って、その場には俺とフィリアだけが残された。
打ちのめされて頭抱えてる俺と、アホみたいにやる気に満ちた顔のフィリアだけが。
「帰りましょうか、ユーゴ。今日は早くに休んで……っ?! ユーゴ……? ど、どうしたのですか……?」
そのアホみたいにやる気に満ちた顔のフィリアが、うれしそうに帰ろうとか言うもんだから……つい睨んでしまった。
お前がもうちょっと察してやれてれば、この場で話をまとめられたんだろうに。ゲロ男なんかに気を遣われて……
「いや……うん。お前はそういう奴だった。それに……多分、そういうとこもきっと長所だから……」
「っ!? な、何故、私は励まされているのでしょうか……?」
それがわかってないあいだはずっとそうなんだろうな。はあ……アホ、まぬけ、デブ。
もう帰ろう。って、魔獣の群れと戦ったときより疲れた足取りで歩き出せば、フィリアはちょっと心配そうな顔でついて来た。
なんて言うか……また変な勘違いしてそうだな。マリアノと戦ったのがそんなに疲れたのかとか、警戒し続けてくたびれたのかとか。はあ……
翌朝、目を覚ましてすぐに俺を襲ったのは……途方もない虚無感だった。
これからフィリアを起こして、ゲロ男のところへ行く。もう盗賊団のボスだってわかってる男のもとへ、盗賊団のボスだって打ち明けて貰いに。
「……はあ」
今までもいろんなことに悩みながらアイツを探してたんだけどさ。まさか、正体がわかってからの悩みのほうが大きいとは思わなかった。
それも、そういうことなら協力は難しいだろうな……みたいな悩みじゃないの、本当にどうなってるんだ。
「……フィリア、起きろ。入るぞ」
そんなわけだから、ドアを叩く手にもちょっとだけ力が入って、いつもより大きな音でフィリアを叩き起こす。
でも、返事はすぐにあったから、察しが悪いとはいえ、フィリアも今日が重要な日だって理解はしてたみたいだな。
「おはようございます。いよいよ……ですね。いったいどのような人物なのでしょうか、あれほどの組織を纏める首魁というのは」
「……そうだな。どんなやつなんだろうな」
昼間から酒場に入り浸って、ゲロ吐くまで酔い潰れるようなクズだよ。それはもうわかってるんだよな。
ただ……まあ、フィリアの意図してない部分を補完するとすれば、アイツの本性はどんなもんなのか……って、警戒する必要はある。
俺の強さを知ってて、そのうえで俺達の前に現れた以上、何かしらの手立てがあると思っておくべきだろう。
フィリアをうまいこと懐柔する交換条件を突きつけるのか。それとも……マリアノみたいなやつがもっと大勢いて、力ずくで俺を倒しに来るのか。
後者だったら余裕でなんとかするけど、前者なら……フィリアを騙しにかかられたら、ちょっとどころじゃなく……
「……っと、そうでした。ジャンセンさんは今日とおっしゃっていましたが、迎えがいらっしゃるのでしょうか。それとも、昨日のあの場所に向かえば……」
「……あー、どうだろうな。あの感じだと、そのうちにマリアノが迎えに来そうな気もするけど」
ヤバいかもしれない……んだけどな。フィリアは本当に、アホでのんきだな。
まあ、それがフィリアのいいところ……いいかどうかはわからないけど、前向きな部分ではあるから。懸念は代わりに俺が持っておけばいいし。
なら、あんまり深刻に考えさせないほうがいいか。変に悩ませると、また奇妙なところで暴走しかねないしな。
なら、まあ、今日のことはフィリアが思ってるように進ませてやろう。
「となると……下手に動かないほうがいいでしょうか。しかし、この役場へ直接乗り込めば、彼女にだって危害が及びかねません。それをわかっていないとも思えませんから、やはりどこか落ち合う場所を決めておくべきでしたね」
「……そこは大丈夫だろ。アイツが簡単にやられるとは思えないし。あんま言いたくないけど、めっちゃ強かったからな」
フィリアが思ってるように……ことが進んだら、宮も役場も、この国の全部があいつらに乗っ取られそうだな。
なんて言うか、マリアノの強さは目の前で見てるよな……? 俺のほうが強いとはいえ、林の木をなぎ倒すやつなんて、役場の人間がどうにか出来るわけないだろ。
本当に大丈夫か……? フィリア、本当にあいつらのこと、厄介な相手だって認識出来てるか……?
「もしかしたら、マリアノと同じようなのが何人もいるかもしれないんだけど。そこのところ、本当にわかってるか……?」
「なるほど……では、なおのことしっかりしなければ。絶対に協力関係を結ばないといけませんし、何より……そんな組織が本格的に敵対してしまったら……」
そこは大丈夫だと思う。敵対したって俺よりは強くないし、そもそも敵対するならゲロ男が顔出してないだろうし。
そういうところなんだよな。そういうところが全部わかってない。察しが悪い。この……アホ。
さて……でも、このアホを連れて行かないと話が始まらないんだ。なら、さっさと支度して、マリアノと落ち合って……今日はどこで話をするつもりなんだろうな。
とりあえず部屋を出て、接触があるまで街を歩き回って……
「……マリアノの気配だ。アイツ、俺が見つけると思ってこっちから動くの待ってやがる。多分、昨日の場所……よりももうちょい手前かな。行こう」
「っ。はい」
それで……街はずれから嫌な殺気が漂ってきたから、そんな合図の出しかたがあるかってちょっとイラつきながらそっちへ向かうことにした。
なんか、フィリアよりあいつらのほうが俺のことわかってそうでムカつく。そんなに手の内見せたつもりなかったんだけどな。




