第六十八話【対話】
ヨロクに戻ってきて、何回も林の調査に出て、それでもなんの手がかりも得られないままの俺達の前に、あの大剣の子供……マリアノが姿を現した。
そして、俺とフィリアだけを街から連れ出して、ほかに誰もいない、誰かが隠れられる場所もない荒れ地で……いきなり、襲いかかってきた。
正直、襲われるくらいは想定してた。ていうか、そこを警戒しないとかありえない。そもそも、最初からいきなり襲って来るようなやつだったし。
でも……どうにも腑に落ちないのは……
「――さっさと剣を抜け――クソガキ――ッ! でねえと――このままぶっ潰されるだけだぜ――ッッ‼︎」
「っ! 待て! ああもう――お前――嫌いだ――っ!」
その攻撃に、殺意も敵意も、それどころか警戒心さえも乗っていないことだった。
「――ダァラアッ! 死ね――潰れろクソガキが――ッ!」
「――っ! そんなの――食らうか――ッ!」
フィリアよりもデカい大剣を思い切り振り下ろしたり、振り回したり、たぶん、魔獣だったら問題なくぐちゃぐちゃに出来てるような攻撃が繰り出されてはいる。
けど、どうしたことか、それだけやっておいて、熱が俺のほうへ向いてない感じがするんだ。
最初に見たときは、もっともっと苛烈で、有無を言わさずに殺すくらいの勢いがあった。
勢いって言うか、殺す以外の選択肢を持ってない頭のおかしいやつにしか見えなかった。
それが今は、見た目こそ派手な攻撃を繰り返してるけど、それで俺を仕留めようとか、捕まえようとか、ましてや殺してしまおうなんてことはこれっぽっちも考えてない。
街で魔獣をさんざん殺し回ってたアイツの姿からは想像出来ないくらい、萎え切った心情がダダ漏れになってるように見える。
「――死ね――死ね――死ね死ね死ね――ッ! ぶっ潰れろ――ッ!」
死ね……か。潰れろ、か。その言葉も……なんか、気味が悪いくらい変なんだよな。
「……殺す、潰す――じゃなかったのか。そんな運任せの攻撃にやられるかよ――っ!」
「――――ッ! クソ――ガキが――ァア!」
何か企んでるのか……? 俺とフィリアを誘導して、半壊状態の街を別動隊が攻撃するつもり……とか。
いや、でも……だとしたら、フィリアが一緒にいる意味がわからない。むしろ、街を攻撃したついでに殺してしまうのが一番手っ取り早いハズ。
まあ、そうなる可能性がある以上、俺がフィリアのそばを離れることはあり得ないんだけどさ。
だけど、そうしようって画策した様子すらないのは……街を狙ってるわけじゃないから……か?
「――クソがァア――ッ! 潰れろ――ぶっ潰れろ――ッ!」
なら、やっぱり俺が狙い……だとしたら、殺意がないのはなおのことおかしい。だったら、フィリアか? でも……ううん。それにしても、敵意がなさ過ぎる。
マリアノは本気で剣を振ってる……一緒に魔獣と戦ったときに見たのと変わらない強さを発揮してる……とは思う。
なのに、それが俺に届くことはなく、届かせようって強い意志みたいなもの……執念とか、そういう言いかたをされるものも感じない。
今も、潰れろ、死ね、って、まるで自分でそうするつもりはないみたいな口ぶりで、むしろそうならないようにと願いながら剣を振り回してるようにさえ見える。
まあ……うっかり避け損ねたら本当に潰れて死ぬだろうけど。それくらいの本気度ではあるから。
けど……本気だったとしても、それはきっと、俺を殺すことに……じゃない。
「――――クソガキが――ぶっ潰――――ッ」
「――潰れてろ――っ!」
身体を横に倒しながら振り下ろされた渾身の一撃を俺が避けると、マリアノはその勢いのまま上体を捩じって剣を振り上げる。
そうして巻き上げられた砂埃を煙幕代わりにして、今度はこっちから間合いの内側へと踏み込んだ。
そして、振り上げられた腕を掴み、浮いた上体をそのまま持ち上げるように投げ飛ばして、うつぶせに組み伏せて背中側で腕を縛り上げる。
前にやったのと同じように倒して、捕まえて……って、わざわざこれが再現されたのは……意図的なものか……?
「……なんのつもりか知らないけど、まだ林で会ったときのほうがおっかなかったな。なんだったら、魔獣と戦ってるときのお前は、もっと強く感じたけど」
「――ッ。クソガキが」
勝った。俺が、また勝った。でも……勝った気はしない。そもそも、勝負だったとすら思えない。
今だって、抜け出そうとか、本気でひっくり返そうとか、そういう意地を感じない。暴れてはいるけど、それもただポーズでやってるだけ……みたいな。
「……チッ。じゃあ……しょうがねえか。さっさと降りろ、クソガキ。いつまでオレを踏んでやがる。叩き潰すぞ」
「お前が襲ってきたからこうなったんだろ。ったく……」
うざ。なら襲わずに最初から話をしろよ、ムカつくな。
でも、俺を攻撃することに……俺と戦うことに意味があったんだろう。どんな理由かはまったく想像出来ないけど、意味ないことはしないだろ、こいつ。
なら、まあ、どけって言うならどいてやるか。もう襲う気もなさそうだし、腕も解いて……
「……フィリア……いや、まあ……うん。もうちょっとだけ黙ってろ」
「……っ!?」
なんか、フィリアがひとりで混乱してるな。してるけど……して、変なこと言ってマリアノがキレるとめんどくさいから、もうちょっとこのまま静かにしてて貰うか。
マリアノもそれには賛同してるのか、俺をちょっとだけ睨んでから、微妙に苦い顔をフィリアへと向けた。さすがにもう理解したか、フィリアが変なやつだって。
「……オレにはとても……だが、まあ……約束だからな。ついて来い、二度は試さねえよ」
「約束? おい、結局何がしたかったんだよ。好き勝手暴れて言うこと聞けって、本当に子供だな、お前」
事情の説明なしに好き勝手やっといて、なんか譲歩してやった感出すなよ。ムカつく。
こいつ、強いし、悪いやつじゃなさそうではあるけど、偉そうなんだよな。そこだけムカつく。
でも、ムカついてる俺のことなんてお構いなしにどんどん進むから……文句言う暇もなく、ただそのあとを追いかけるしかない。ほんとムカつく。
「ユーゴ……その……」
「ん。大丈夫、たぶん。コイツ、騙すつもりはないらしい。少なくとも、さっきも俺を殺すつもりなんてなかった。そこは前とは違う」
っと。さっさとどこかへ向かって歩き出したマリアノを追ってると、フィリアがそろそろ説明しろって顔で……でも、何も言わずに俺の手を引っ張った。
その……静かにしてろって言ったのは俺だけどさ。そんな子供みたいなやりかたで……
まあでも、マリアノももうフィリアにいちいち腹立てたりしないだろう。それより優先することが……したいことがあるっぽいから。
だから、とりあえず今のやり取りの意味を……意味は俺もわかってないから、あのやり取りが大丈夫だったってことだけ説明した。
それで……歩いて歩いて、しばらく歩いて、マリアノが足を止めたのは、誰かが隠れるにはうってつけの、薄暗い林の手前に着いてからだった。
「……ここだ。もうちょっと待ってろ。多分、すぐだ。すぐ来なかったら……まあ、半日以上は来ねえけど」
どっちだよ。って、つっこんでもいいやつか? それとも、本当にそういうめぐり合わせみたいなものでしか会えないようなやつが来るのか?
なんにしても、やっぱりマリアノは俺達に用事があったっぽいな。
倒すつもりじゃなくて、ええっと……そう。今から来るらしい誰かに、会わせても大丈夫かを試す……みたいな。
「――誰か来るな。フィリア、一応俺の近くから離れるな。マリアノからは危ない空気は感じないけど、もうひとりからは……」
「っ。は、はい」
それで……たぶん、林の中に隠れてたんだろう。それが今、俺達の到着を確認して……嫌な空気を発し始めた。
最初に会ったときのマリアノよりももっと強い警戒心を向けられてる。これは……結構ヤバいやつかも。もしかして、マリアノの上司とかか?
なんにしても、万が一にもフィリアがアホやったときが怖い。出来るだけ近くに、目の届くところにいさせて……ち、近い! そんなに近づかなくていい! デブ!
「……おい、デカ女。オレの質問に答えろ。お前――盗賊団と協力関係を結びたいってホントか? どうしてンなバカなこと考えた」
林の中の、まだ暗い場所にそいつはいる。敵意を向けてはいるけど、顔は見せてない。
そんなやつに何かを聞かせたいらしくて、マリアノはフィリアに質問した。俺じゃなくて、フィリアに。
いくらアホでも、この状況はフィリアにも理解出来る。いや……フィリアのほうが、より重たく受け止めてるハズだ。
俺の近くから離れずに、けれど俺の陰に隠れることはせず、フィリアは堂々とマリアノと向き合った。そして……
「……私は、この国を救う為に。民を守る為に、彼らの協力を望みます。民を守る、国を救うと言うのならば、彼らに手を差し伸べないという選択はあり得ません」
王様として、その質問に答えた。そんな気がした。いや……そうに違いない。
「――この国にあるもうひとつの脅威――既に彼らが戦っている未知の脅威に対して、手を取って立ち向かいたい。そうでなければ申し訳が立たない」
「私は女王として、彼らに協力を要請します。そして同時に、ひとりの愛国者として彼らに力を貸したい。この国を守ってくれている彼らに報いたいのです」
王様としてのフィリアの返答に、マリアノは何も言わなかった。言うべきじゃないと思ってるんだろう。その言葉は、自分に向けられたものじゃないとわかってるから。
だから、フィリアも真剣な表情のまま、林のほうをじっと見つめていた。その言葉を届けたい相手がそこにいると信じて。
「――それ、本気で言ってる? フィリア=ネイ=アンスーリァ女王陛下。貴女はそれを本気で――」
「――本気です。口から出まかせのように聞こえたのならば、何度でも宣言します」
そして、その言葉は届けられた。届いたことが、暗闇からの返事で示された。
軽薄な声だった。けど、真剣な声だった。飄々とした男の、けれどまじめな返事だった。返事で……そして、繰り返された問いでもあった。
そしてフィリアは、その問いに即答した。ほんのわずかな躊躇もなく、考える余地なく答えをもう一度提示したんだ。
「私は――この国は、彼らを何よりも頼もしい国民だと思っています。その権利を保障し、これまでの罪を償わせる。逆賊ではなく、民として。彼らを受け入れ、共に歩みたい。これが、私の本心です」
こういうとこ、フィリアはすごいよな。なんて言うか、物怖じしない……とは違うな。ブレーキ壊れてて、ためらうって選択肢が最初から存在しない感じ。
でも……それが間違ったほうへ飛び出さないのが凄い。いや、たまに間違えてるけどさ。しかも、間違ってるときに限って自信満々だけどさ。
だけど、王様らしくないフィリアの、数少ない王様らしい部分でもある。
だからなのか、マリアノもちょっとだけ感心した顔をフィリアへと向けていた。初めてイライラしてない顔でフィリアを見たな。
で……そんなフィリアを、林の向こうにいるそいつは、どんな顔で見てるのか。
がさがさと足音が聞こえて、声も近くなって、そして……
「――やっぱダメだってそれ、その考えかた。絶対に後悔するよ、フィリアちゃん」
「――それでも、私は彼らと手を組んで…………え? ジャンセンさん――っ!?」
薄暗闇の中から現れたのは、かつて盗賊団のボスについて話を聞いた、軽薄で人間性が終わってる、あのゲロ男……ジャンセンだった。




