第六十六話【不穏】
ランデルに戻って、カスタードに調査を依頼してから……結構経った。なのに、俺達はまだ、ヨロクに向けて再出発出来ないでいた。
理由は大きくふたつある。ひとつは、ランデルを守るためだ。
ヨロクに魔獣をけしかけたのが、前にランデルを襲わせたのと同じやつらだった場合。もしかしなくても、もうここを攻撃する準備も整ってる可能性が高い。
そして……次に攻撃してくるときには、ヨロクにやったように、ある程度大きな被害が出ることも厭わないものになると覚悟するべきだろう。
そういうわけだから、情報もロクに得られていない今、むやみやたらに動き回るべきじゃない……って、なんとなくそんな感じのことを言ってた、フィリアが。
まあ、俺が勝手に補完した部分も多いから、本当のところは知らない。アホだからな、フィリア。意外とこんないろいろ考えてない可能性もある。
そしてもうひとつの理由は、こっちに戻ってすぐ、俺からフィリアに伝えた話がきっかけになってる。
それは、俺の強さを……フィリアがくれた、この世のあらゆるものよりも強いって力を、ちゃんと使いこなすため、だ。
この力は、強さは、俺のイメージや理想の精度によって伸び幅が決まる……ような気がする。
なら、今までみたいに強いのが出てからそれを想像するんじゃなくて、弱い相手に強くなる練習をするべきじゃないか、って。
タヌキ魔獣相手に苦戦してるからな、ヨロクで。練習なんて必要ないって言いたいところだけど、それでよしとして貰える信用を失ったわけだ。
ただ……残念なことに、雑魚魔獣とどれだけ戦っても、戦う前にどれだけ強さをイメージしても、それが発揮されたり、進化したりすることはなかった。
もしかしたら、ただイメージするだけじゃなくて、イメージした強さが必要にならないとダメなのかもな。
まあ、その必要かどうかを判断するのは誰なのか……って話になると、それはきっと俺だろうから……雑魚相手じゃ気分が乗らないのが悪い……のかも。
と、そんな理由で、ランデルからそう離れず、街の近くの魔獣を倒しながら時間を潰して、そして……
「よく来たのであーる。もてなすのであーる」
「遊んでる暇ないだろ。カスタード、さっさと話を進めろよ」
宮に手紙が届けられ次第、またカスタードのところを訪ねていた。あいかわらず変な顔でまぬけなこと言ってるな、こいつは。
「バスカークであーる! そちは人として色んなものが欠如し過ぎているのであーる!」
それと、敬えとかなんとかうるさいのもそろそろ飽きたな。そんなに敬われたかったらこんなとこ住むなよ。
伯爵なんて名乗ってるけど、客観的に見たらただのホームレスおっさんだぞ。
「むぉっほん。しかし、本題を急がねばならぬのもまた事実なのであーる。フィリア嬢、先に注意しておくのであるが、今日のこの場で交わされた話は、全て他言無用であーる。くれぐれも外には持ち出さぬよう」
「それだけ繊細な問題なのですね……承知しました。必ず約束は守ります」
で、その変なおっさんが勝手に仕切って話を進めてるから……ちょっと腹立ってきた。
そちもよろしいであるか? とかなんとかこっち見て……ぷっ。顔は面白いんだよな……笑うとまたうるさいから、我慢しないと……ぷぷっ。
「では、まず……件の人物、マリアノという少女について、情報を開示するのであーる」
っと、笑ってる場合じゃない。どうやら、本当にマリアノについて調べがついたっぽいな。
何もわからなかったけど、とりあえず途中報告……とかじゃなさそうなのは、やたら自信満々な表情からも間違いない。
「端的に……あまり好ましい話しかたではないのであるが、結論から申すのならば、やはりフィリア嬢の睨んだ通りだったのであーる。盗賊団の拠点への出入りが確認されたのであーる」
「やっぱりか。となると、ヨロクの街は守りたかったけど、林の奥へは入られたくなかった……ってことだよな」
それはつまり……林の奥に、盗賊団の拠点があった……のか。あるいは、地図の上ではそっちのほうに砦跡はないから、別の重要なものがあったのか。
フィリアも同じような疑問に辿り着いたのか、カスタードに突っ込まれるまでちょっと上の空で考えごとをしてた。アホ。ちゃんと話聞け。
「しかし、彼女自身が盗賊団の一員であるかはまだ不明なのであーる。というのも、盗賊行為については確認出来ていないからであーる」
あるいは用心棒――盗賊団が契約している武装組織が別にあるのかもしれない。北の問題を考えると、それでもおかしくはない。って、カスタードは嫌そうな顔でそう続けた。
盗賊団と一緒にいるけど、同じ組織の人間かはわからない……って、なんか……奇妙な話になってきたな。
北にある別の敵のこともそうだけど……この国、管理が行き届いてないところでいろいろ起こり過ぎだろ。まあ、いろいろ起こるから管理出来てないんだろうけどさ。
「……なら、彼女をまた見つけ出して話をしても、盗賊団の首魁の居場所を突き止められるとは限らない……ということですね。もしも直接繋がっているのならば、彼女を介して協力の意思があるのだと伝えて貰おうと思ったのですが……」
「そうであるな。そこについては一切の保証がないのであーる。全くの無関係ということはないのであろうが、しかし盗賊団の首魁は相当警戒心の強い人物のようであーる。なら、他組織の人間の前には、早々顔は出さんのであーる」
警戒心の強いやつ……か。そういえば、ゲロ男もそんなこと言ってたな。盗賊団のボスは誰も信用してない……とかなんとか。
となると、マリアノでも顔さえ知らない可能性があるのか。ううん……
出来れば、アイツから盗賊団に繋がってくれたらな……なんて思ってたけど、やっぱりそれは甘い考えだったか。
そして……と、まだ情報に続きがあるみたいで、カスタードはちょっとだけ落ち込んだ声色で話を再開した。
ま、まだなんかあるのか。こいつ、こんなふざけた見た目と声と喋りかたと生活してるくせに、なんでそんな能力高いんだよ。
「どうやらあの少女には、特別な力というのはないらしいのであーる。フィリア嬢の話では、姿に似つかわしくない桁外れの膂力を誇った……という話であるが、しかし……驚くことに、それにはこれといった特別な裏づけを確認出来なかったのであーる」
つまり、その力の出どころは全て純粋な筋力……鍛錬にのみ依存するもののようであーる。って、カスタードはガッカリした顔でそう言って……なんで落ち込んでるんだ……?
よくわかんないけど、ただの筋力なら話が早くて助かるだろ。特別な力で強い……とかだと、またよくわかんないとこでもっと強くなる可能性もあったわけだし。
ただ……まあ、カスタードは俺の強さの秘密について見抜いてる様子もないしな。
としたら、マリアノにも俺と同じような方法で力が与えられてたら、それもきっと同じように見抜けないんだろう。ううん……あんまりアテにならないのか……?
「……して、もうひとつ……北方の組織についての情報であるが……こちらは、残念ながらあまり期待に応えられなかったのであーる。わかったのはほんの僅か……組織に属する数人の、特異な様子を確認出来ただけであーる」
「っ! だ、えっ、そ――こほん。組織の人間を見つけられたのですか?!」
アテにしていいのか不安になってた矢先に、なんかとんでもないこと言い出したな、このおっさん。
今まで何もわからなかったのに……それこそ、組織なのかもわかってなかったのに、もう何人も組員を見つけたのか。
なんか……いや、ううん。前までなら、やっぱりすごいやつだったのか……って思ったけど。今日はより一層変なおっさんだから、本当に見つけたのか……? って気持ちが……
「やはり、盗賊団に……と言うよりも、およそ全てに対して攻撃性を持つ組織のようであーる。より北方……盗賊団も国軍も足を踏み入れない地では、恐らく魔獣とも戦っているのだと考えられるのであーる」
「ええと……盗賊団に因縁があるのではなく、ほかの目的のために盗賊団とも敵対している、と? それはまた……」
でも、カスタード以外にアテもないしな。情報が間違ってる可能性はあっても、頼りにしない理由もないか。
どっちみち推論っぽい言いかただし、そういう懸念もあるくらいにはちゃんと聞いておこう。
「我輩が見たものが先兵なのか、それとも幹部なのかはわからんのであーる。しかし、誰もまともな行動原理では動いていなさそうなのであーる」
「特異な様子……というのはそれですね。聞かせてください。その人物は、いったいどうおかしいのか」
そんなわけで、カスタードの報告と、それを受けたフィリアの質問を交互に聞いてるんだけど……なんか、ちょっと難しい話になってきたな。
理解が難しいんじゃなくて、俺の生活にはなかった……元いた世界にも、今の暮らしにも、ほとんど縁のない話題だから。想像が難しいんだ。
ええっと……とりあえず、見つかったのは変なやつらだった……ってことか……?
「姿を見たのは三人……男がふたり、女がひとりだったのであーる。そしてそのうちのひとり……女のほうは、どうやら魔術を行使するらしいのであーる。ただ、その魔術……だと思しき能力が……」
何やら、人に直接干渉するもののようであーる。って、カスタードはちょっとだけ自信なさげに、首をかしげながらそう言った。
自分で言っておきながら、本当にそうなのか? って、誰かに聞いてるみたいだった。
「……その……それはその、魔術によって他者を攻撃していた……というだけの話ではないのですよね……? それは……貴方の言いたいのは……っ。魔術によって、他者の行動、心理――精神、或いは肉体に直接干渉する……と……」
そんなカスタードの態度を見てなのか、話を聞いてなのか、フィリアもまた、頭の上にハテナをいっぱい浮かべた顔で聞き返す。
なんか……ふたり揃っていきなりアホになったみたいだな。元からアホだけど。
「……フィリア、それって変なのか? その……まあ、魔術なんて俺は見たことないけどさ。なんか、そういうの出来そうな感じあるけど。洗脳とか」
しかし……カスタードの話を聞いて、フィリアの質問も聞いて、俺なりに出した答えは……そんなに変なことなのか? ってものだった。
だって、魔術って……割と変なこと出来そうじゃん。洗脳とか、催眠とか、魔術ってより超能力とかそういうのなイメージもあるけど……まあ、似たようなもんだろ?
そんな俺の質問に、フィリアは上手い答えを見つけられずに困り果てていた。
聞いてる限り、変な話じゃないように思えるけど。全然違うように見えるっぽいな、実際に魔術を知ってるフィリアからは。
「フィリア嬢は魔術に精通しているのであーる? ならば話は早いのであーる。組織由来のものか、それともその女だけが奇妙なのかはわからんのであるが、しかし存在するものは存在するのであーる」
「人を操る魔術……ですか。それは……そんな話があってしまうのですね……」
しかし……それが変かどうかはさておき、人が操られるってなると……かなり厄介だな。
それこそ、マリアノとか操られたら……それは俺が倒せばいいか。じゃあ……俺が倒せない……うーん……パールとかが操られたらかなり困るな。
それに、操られた人がただ攻撃してくるだけならいいけど、それこそリリィが操られて、宮の情報を持ち出されたら……かなりどころじゃない問題になりそうだ。
「……我輩から出来る話は以上であーる。では、くれぐれも他言は控えて欲しいのであーる。まだ……まだ、不確定な要素が多いのであーる。もしかすると、フィリア嬢の周りにも内通者がいる可能性もあるのであーる」
「っ! そうか……既に使役されている人物が紛れ込んでいるかもしれない……と……っ」
うっ。そ、そうか……操られたらどうしようじゃなくて、もう操られてるかもしれない……って話か。それは……きついな、かなり。
でも……俺よりカスタードのほうが危機感持ってた感じになったのはムカつくな。アホな顔してるくせに。
だけど、ムカついてる場合じゃない。もしも本当にパールやリリィが操られてたら……っ。
単純に苦手だからとか、攻撃したくないから……じゃなくて。一番フィリアに近い人だから、俺でも守ってやれない場面が出てきかねない。それは……本当にヤバい。
「……フィリア嬢。報酬についてであるが、この件の早急な解決によって対価とするのであーる。我輩も可能な限り手を貸すのであーる。北の組織は、或いはこの国の全てをおかしくしてしまいかねない不穏さがあるのであーる」
「っ。はい、任せてください。必ず……必ずや、このアンスーリァの全てを解放してみせます」
結構……しんどい話だったな。聞いてなかったらもっと危なかっただろうけど、聞かされたせいで精神的に追い詰められる……なんてことにもなりそうだ。
それでも、知れたおかげで対策を考えることは出来る。相談出来る場所、時間もかなり制限されるけど、フィリアとふたりになる瞬間はそれなりにあるしな。
それからまた洞窟をあとにして、馬車に乗って宮へと戻った。
けど……馬車に乗り込むとき、乗ってるあいだ、降りて宮に入ってからも、フィリアはどこか挙動不審だった。この……アホ……




