第六十三話【激戦を終えて】
街を襲った魔獣はすべて撃退され、大きな被害が出ることはなかった。そのことを知ったのは、翌朝になってフィリアと街を見て回ってからだった。
建物のいくつかは大きく壊されていたし、道路も結構ボロボロになってた。それでも、人への被害はほとんどなかった……って、そう報告されてるらしい。
それの意味は、少なくとも住民全員の無事が……ひとりも死者が出なかったってこと。
あれだけの魔獣が押し寄せたにもかかわらず、誰ひとり命を落とさなかった、命にかかわる大けがをしなかった、って。
それを聞いたときには、安心よりも先に、得体の知れない不安感でいっぱいだった。
あのとき……ううん、違う。昨日、ずっと。引き返してヨロクの街で戦い始めてからずっと。俺は、いつもに比べて全然うまく戦えなかった。魔獣を瞬殺出来なかったんだ。
敵はいつも以上に多くて、俺はいつもよりずっと手間取ってた。なのにもかかわらず、被害が出なかった……のは、なんだか作為的なものを感じてしまう。
最初は、ランデルを襲った魔獣とは違う、制御されてないただの魔獣の群れだと思った。
そして、それが何かに引き寄せられてるかもしれないってわかったら、余計にそうだと思えた。
なのに、被害は出なかった。出ないように……意図的に制御されていた……? んだとしたら……
「……街、もう元気になり始めてたな。魔獣はいないとはいえ、結構ボロボロになったのに」
「そうですね。皆、こういった窮地に慣れているのでしょう。それを良いことと捉えていいのかは分かりませんが」
わからない。なんか、手がかりなしでいろいろ考えてたこと全部吹っ飛ばされた気分。結局、何もわからないまま考えても答えは出ないってこと……なのかな。
何もわからないから、とりあえず街を見て回って、宿に戻って、フィリアとふたりでちょっとだけ落ち着いて。
それで……お互いに言いたいことはあるんだろうけど、何から確認したらいいかわからなくて、揃ってため息ついて黙ってしまった。
「……魔獣、多かったんだ。前にランデルを襲ったのよりも、ずっと多かった。でも……たぶん、総数は変わらないと思う」
「総数は……ええと……それはつまり、ヨロクがランデルよりも狭いから、ひとところに集まる魔獣の数が多かった……ように感じられたということでしょうか?」
でも、黙っててもしょうがない。しょうがないからと話し始めたけど……俺もまだまとまってない話を聞き返すな。アホ。まとまってないまま話し始めたのが悪いんだろうけどさ。
「なんて言うか……ううん……全部の数は、ランデルを襲った魔獣のほうが多かったんだ。でも、あっちは……ちょっとずつ襲ってきたって言うか……」
「少しずつ……なるほど。あちらの魔獣は、何者かによってその行動を制御されていた節がある……と、バスカーク伯爵もそうおっしゃっていましたから……」
総数はランデルに現れた魔獣のほうが多かった。でも、今回のほうが一気に攻め入った感じがした。
でも、これが本当にそうだったのかはわからない。フィリアが言うように、狭いから数が多く感じたのかもしれないし、焦ってたから錯覚しただけかもしれないし。
だけど、そこらへんはどっちでもいいんだ。問題なのは、あんなに大量の魔獣が出たのに、人には大きな被害が出なかった……ってこと。
つまり、結果だけを見るなら、ランデルで起こったのとまったく同じだった……ように見えることだ。
「前はあからさまに調整されてて、だから大きな被害が出なかったのにも納得がいった。でも今回は、そういうの抜きに被害が出なかった……ように見えてる。これってどうなんだろ」
なら、そのまま素直に受け取って、今回も誰かが意図的に魔獣をヨロクへけしかけた……って、そう思ってもいいのか。
前と同じように、フィリアか俺か、あるいは宮や国そのものに、脅しをかけるため、動きを縛るために、大きな街へ威嚇攻撃をしたって、そう思っていいのかな。
「……現時点では、何を考えるにも証拠が不足し過ぎています。そもそも、ランデルへ魔獣を差し向けたのが盗賊団であるという話すら、確証は得られていないのですから」
俺が打ち明けた悩みを聞いて……いや。聞くまでもなく、フィリアも一緒になって頭を抱えてしまった。
状況証拠すらロクにないんだから、考えても考えても余計に迷うばっかりだ。
「……ですが、ひとつだけハッキリしていることがあります。悪いことでなく、前を向ける明るい事実が」
「明るい事実……? なんだよ、それ」
頭を抱えて、うつむいて、ため息をこぼして。それでもフィリアは、時間が経てば顔を上げて、俺の手を握った。
その手は暖かくて……俺の手が冷たくて、フィリアはもう不安から踏み出していることが伝わってきた。
「二度の大きな襲撃があったにもかかわらず、ランデルも、ヨロクも、大きな被害を出すことなく守られた。そしてそれは……ユーゴ。貴方のおかげ、なのですよ」
「……? 俺の……いや、だから。そのどっちも、被害が出ないように調整されてたかもしれないって話で……」
いいえ。と、フィリアは自信満々に……なんか、いつもはちょっと及び腰なくせに、アホなこと言ってるときだけに現れる妙な強気で首を横に振った。
そうじゃない。被害が出なかったのは、盗賊か、それともほかの組織か……って、そんな話じゃないんだ、って。
「貴方ですよ。街を守ったのは、国を救ったのは、貴方なのですよ、ユーゴ。いいえ、貴方だけではありません。貴方と共に、この国の民の大勢が勝ち取った結果なのです」
だから……って、反論しようと思ったけど、なんか……フィリアが必要以上に自信ありげだったから……それ以上は突っ込まないことにした。
その勝ち取った結果が、勝ち取れるように調整されてたかもしれないんだぞって、そういう不安を前にしてるって話なんだけどな。はあ。
でも……みんなで勝ち取った結果……って言いかたは、ちょっとだけ心地よかった。
そう、か。そうだよな。事情はどうであれ、そこを知らないみんなからは、俺が先頭に立って、みんなで街を守り抜いたように見えてるんだもんな。
なら、そこはそれでいいのか。そのほうがみんなもうれしいし。
「……それはいいけど、そこから先もちゃんと考えないとダメだろ、アホ。もし前も今回も同じやつが裏で糸を引いてたなら、予想よりもっと規模が大きいかもしれないんだし」
「うっ……そ、そう……なのですが……そう……ですね……」
みんなはそれでいいけど、それはそれ。俺達は……裏に事情があるかもしれないって知ってて、そうだと困る俺達だけは、そこで笑って満足してる場合じゃない。
ったく。フィリアは能天気過ぎるんだよな。そもそも今回に関しては、マリアノがいなかったら本当に守れたかどうかもわからないってのに。
「とりあえず、早く帰ってカスタードのとこ行こう。今回の件について調べて貰って……それで、出来ればアイツの……マリアノの素性も調べて貰わないと」
「そうですね。この一件の解決には、彼女の助力も欠かせませんでした。ならばこそ、その素性を明らかにし、引き入れられるものなら味方に引き入れてしまいたい」
味方になってくれるかはわからないけど、とりあえず敵じゃないことをたしかめないと。
魔獣を倒す目的だけは合致してるから、今すぐにまた戦うことにはならないと思う。思う……けど。場合によっては、いつかまたぶつかる可能性はあるんだ。
そうなってから対策したんじゃ、たぶん手遅れになる。俺なら倒せるけど、俺じゃないと倒せないやつがいるのは問題だ。
けど、まだ馬車は出せる状況にない。たぶん、明日の昼間には片づけも終わるだろうから、早くてもそのあとだろうってフィリアは言ってた。
なら、ちょっとでも早く帰るためにも、先に支度だけ済ませて、作業の手伝いでもしてくるか。めんどくさいけど、待たされるほうがダルいしな。




