第六十話【つまずきながら】
街に入り込んだ魔獣の、北に集まってた群れは全部倒した……ハズだった。
油断したわけじゃない。目で見て、気配を探して、耳を澄ませて、もう飛びかかってくる魔獣の生き残りはいないって、ちゃんと確認した……ハズだったのに。
現れたのはタヌキみたいな小さい魔獣で、それがどうしてか、小さい癖にやたらと速くて、重くて、その動きを捉えきれなくて。
俺だけじゃない。近くにいた兵士も、魔獣の群れを軽々と薙ぎ払ったアイツでさえも、翻弄され、攻撃のきっかけを掴めないまま後手に回ってしまっていた。
そんな、とてつもなくヤバい状況だってのに――
「――ヤバい――ヤバい、ヤバい……っ!」
南方――この街の中心部。重要な施設の集まる場所。そして……フィリアがいる場所に、バカみたいにデカい魔獣の気配が現れた。
ものすごい勢いでそこに向かってるんじゃない。もういるんだ。もう、いる。気配なんてずっと感じなかったのに、今、いきなり、その場所に現れたんだ。
「――っ! くそ! くそっ! どけ! お前に構ってる場合じゃない!」
ダメだ。あの場所には、そんなデカい魔獣と戦えるやつなんていない。この場所からでもわかるくらいデカい気配の魔獣から、フィリアを守れるやつなんていないんだ。
急げ。急げ。急げ。急げ――っ。このタヌキ魔獣をさっさと倒して、早くフィリアのところへ――
「――っ⁉ うわぁ――っ!」
急げ。って、そう念じて、強く願って、イメージして、思い切り剣を振り下ろす。
けど、切っ先が魔獣を捉えることはなく、それどころか、大振りになった隙を突かれて、突進の直撃を食らいそうになってしまった。
ヤバい。ダメだ、冷静にならないと。ちゃんとイメージするんだ。俺のこの力は、強さは、しっかり想像しないと発揮されないんだから……
「……っ。フィリア――」
目の前の魔獣を倒すイメージを。このタヌキみたいな、さして強くもなさそうなこいつを、今すぐに倒してフィリアのところへ駆けつけるイメージ……を……っ。
何度も何度も強く念じて、願って、祈っても……もうひとつのデカい気配が邪魔をして、悪い想像ばかりが膨らんでしまう。
現れた気配は、いつか倒したバカみたいにデカい魔獣のものに近い……気がする。
もし、もしも、万が一にも、あんなのがフィリアのすぐ近くにいるんだとしたら。あんなのが……俺のいないところで、みんなを襲いでもしたら――
「――ぼさっとすんな! クソガキ!」
「っ! わ――っ⁈」
突然、身体が地面に引っ張られて……違う。背中を突き飛ばされて、そのまま前のめりに転んだ。
それからすぐ、頭の上を何かがとんでもない速さで通り抜ける音が聞こえた。
どうやら俺は、魔獣の攻撃が見えてなかったらしい。そこを、アイツに助けられたんだ。
俺と同じように魔獣の攻撃をまだ見極められてないアイツに、自分の身さえ安全と言いきれない状態のやつに……っ。
「早く……早く、フィリアのとこへ……っ」
急げ。早く。倒せ。進化しろ。そんな命令形の単語だけがぶつ切りで思考回路を飛び交って、必要なイメージがまったく浮かび上がらない。
それどころか、目の前の魔獣の行動を見ている余裕すらなくて、守られるまで自分が危なかったことにも気づけなかった。
まずい。これは本当にまずい。俺、こんなに余裕ないの、初めてだ。だっていつも、簡単に倒せるから。こいつだって、簡単に倒せる……ハズだから。
だって俺は、この世のあらゆるものより――
「――走れクソガキ――っ! テメエ! 気づいてんだろ! 中心部にヤバい気配がもうひとつありやがる! 止まんな! 全員殺されてえのか!」
「――っ! う――るさい――っ! 言われなくてもわかってる!」
弱い――っ。俺は……今、こうやってパニックになってるときには、どうしようもなく弱い……っ。ムカつくけど、認めたくないけど、覆せない真実だ。
イメージ出来ないと俺は進化出来ない。強くなれない。強くなれないと、想定外の敵を倒せないんだ。こんな小さいのも、蹴飛ばせば簡単に倒せそうなやつすらも。
それでも、俺しかフィリアを守れない。フィリアを――みんなを、この街を、俺以外の誰にも守ることは出来ないんだ。
だって俺が、俺だけが、この世のあらゆるものよりも強い力を貰った戦士なんだから。
「――お前! こいつの弱点とかわかんないのか! デカいやつも倒さないとやばいけど、そいつとこれが合流するのはもっとヤバい!」
「わかったらとっくに殺してるに決まってんだろ! バカガキが! それと、ここでオレ達が足止め食ったって結果は同じだ! 走れ!」
っ。ちょっとアテにしたけど、やっぱりアイツも打つ手なしか。くそっ。
でも、今のやり取りで吹っ切れた。もうどうなってもこいつを簡単には倒せない以上、最優先はフィリアの安全だ。
フィリアは王様だ。フィリアがいなくなったら、この国はもう形を保っていられなくなるかもしれない。
でもそれ以上に……フィリアだけは、俺が守らなくちゃいけないんだ――っ!
「う――ぅ――う――ぉおお――ッ!」
剣を振りかぶるのをやめた。跳び回る魔獣の着地地点を先読みしようとするのをやめた。
今するべきは、魔獣の攻撃ルートを見極めること。そして、自分の身を守りながら、こいつを引きつけて逃げること。
ほかの誰かが狙われるようなことになったら、俺もアイツも、この魔獣の攻撃を止められない。俺達でなんとかしなきゃ。
俺のその思惑はどうやら伝わったようで、アイツも全速力で逃げることはせずに、ギリギリまで誘いながら街の中心部へ――フィリアのところまで走り出した。
そうして中心部へ向かい始めたそのとき、何かが爆ぜる音が聞こえた。それは、タヌキ魔獣が突進する音……だけじゃなかった。
空を見れば、赤い煙の信号弾が何発も撃ち上げられて、異常事態か緊急事態を報せようとしているのがわかった。
「――っ。バカ……今はそういうのいらないのに」
それがもしも避難信号なら問題ない。でも、もしも救援要請だったら……タヌキ魔獣の的が増えるだけ、最悪も最悪だ。
けど、放たれたものを今からどうにかする方法はない。じゃあ、ここに誰かが来るのを食い止めるしか……
「――余計なこと考えんな――クソガキ――っ! 走れ! テメエは最速で向かえ! こいつはオレが連れて行く!」
「っ! お前……っ。うるさい! かっこつけんな!」
怒鳴られて、託されて、背負って貰って、俺はやっと全速力で走る方法を思い出した。いや……その力を、やっと意識する余裕を持てた。
大丈夫。アイツは強い。あのタヌキは厄介だけど、アイツを倒せるほどじゃない……ハズ。
だったら言う通りにする。ここはアイツに任せて、俺は一刻も早くフィリアのところへ戻るんだ。
前だけに集中したら、気配をより鮮明に感じ取れるようになって、現れたのがあのときのバカデカいのと同じ種類の魔獣だってすぐにわかった。
それと同時に、まだフィリアは……フィリアも、ほかのみんなも、無事でいることがわかった。とりあえず、嫌なニオイはしない。
そして、思い切り走り出してからほんの数秒、大きな建物をいくつか追い越したところで、バカデカい魔獣の姿を見つけた。
でも……もしかして、動いてない……のか? 動かない……動けない? それとも、動きたくないのか?
事情は知らないけど、こっちにとっては都合がいい。もうちょっとだ。もうちょっとで着く、それまでに暴れられなければ――
「――ガキ――っ!」
「え――わっ⁈」
いきなりムカつく声が聞こえて、それに振り返ったら……いきなり、目の前にタヌキ魔獣が吹っ飛んで来た。
間一髪のところでギリギリ躱せたけど……おい! 任せたんだからちゃんとそっちで引き受けろよ! なんでこっちに攻撃させてるんだ!
「バカガキ――っ! 足止めんな! こいつ――この魔獣、あのデカいのを狙ってやがる――っ!」
「っ⁉ あの……デカいのを、この小さいのが……っ⁈」
狙ってなんになるんだよ。厄介だけど、でも、あんなデカいのをどうにか出来るほどのパワーはないぞ。って、そんなことはどうでもいい。考えるのはあとだ。
重要なのは、アイツの言う通り、タヌキ魔獣が突進の勢いそのままにデカい魔獣のほうへとすっ飛んでったことで……
「クソガキ! こうなったら足止めは出来ねえ! 先に着いて――」
「――デカいのを倒すしかない――っ!」
それを俺が見て理解するよりも前に、アイツはまっすぐにデカい魔獣のもとへと走り出した。こうしちゃいられない。俺も早く――速く、フィリアのところへ。
大丈夫。走りかたはもうイメージを固めてある。アイツよりも速く走れる。思い切り地面を踏みつければ、俺の身体は何よりも速く前に進む。
タヌキのスピードはかなりのものだけど、跳ね回ってるからまっすぐには進まない。これなら、俺達のほうが早く着く。
早く着く。早く着く。先に着く。今すぐに――着け――ッ!
「――ッ――オラァア――ッ!」
「――っ! フィリア――無事か――っ!」
迫る。デカいのが、バカみたいにデカい魔獣が、大木みたいな足が、ぐんぐんと迫る。
そして――そのもとに辿り着いた瞬間に、アイツが魔獣の足を斬り倒して、そのまま倒れ込むデカい胴体を俺が真っ二つに断ち切った。
タヌキの到着よりも先に、フィリアを、みんなを、街を壊しかねないバカデカい魔獣は倒せたんだ。
「――ユーゴ――っ! 信じて――必ず街を救ってくれると信じていまし――」
でも――まだ、何も解決してない――っ。
「――フィリア――逃げろ――っ! まだいる――っ! もっとやばいのがいる!」
俺が見つけるよりも先に聞こえて来たフィリアの声に、早く逃げろと怒鳴りつける。
そして……背後から、またしても何かが爆ぜる音が聞こえて――
「――ガキ――っ! よそ見してんじゃねえ――ッ!」
「――っ。くそ――」
迫ってくる。さっき、俺達がデカい魔獣にしたように、タヌキ魔獣が俺達を殺すために背後から迫って――襲って来る――っ。




