第五十八話【この世のあらゆるを】
昨日より、今朝より、さっきより、今より、次の一秒のほうが圧倒的に強い。
仕組みを理解して、その引き出しかたを理解して、俺はやっとその力の実感を得た。
この世のあらゆるものよりも強い。フィリアがくれたその力は、この世で想像出来るすべてを実現してしまえる力だったんだ。
「――はっ――はっ――はっ……ふー。よし」
剣を振るった。いつもよりも力いっぱい、身体ごと、全身を連動させて。とにかくそういう、技みたいなものをきちんとイメージしながら、剣を振るった。
その結果、俺が手にしていた普通の剣は、特別大きくもない武器は、俺の手の届く距離をはるかに超越した範囲の魔獣を斬り飛ばしていた。魔獣だけを、倒していたんだ。
そうなるようにって、そうじゃなかったら困るって、願った通りに。
「……ガキ、テメエいったい……」
「……話はあとだ。お互い、この先に用事があったハズだろ」
けど、まだ終わってない。まだ成し遂げてない。まだ、この街には魔獣が残ったままだ。
まだ名前も知らないアイツは何か言いたげに俺を睨んでたけど、文句のひとつも言わずに、もちろん返事のひとつもしないで、イライラした様子のまま北へと走り出した。
俺も行かなくちゃ。別に、競争してるわけじゃないけど。でも、俺が守るんだ。アイツに任せるのは違う。俺が、フィリアに――王様に力を貰った俺が……
「……っ。痛……な、なんだよ。ちゃんと筋肉痛みたいなのはなるのか……っ」
急いで追いかけよう。って、そう思ったときに、腕がびりびりしびれてるのに気づいた。たぶん、さっき剣を振り回した衝撃で傷めたんだろう。
でも、走ったり跳んだりしても足はなんともなかったのに、どうして今回だけ。前までだって、ありえないようなことはいくらでもしてたのに。
「……痛いけど、なんともならないほどじゃない……な。なら問題ない」
もしかしたら、限度はあるのかな。今まではたまたまそれが問題にならなかっただけで、実は身体の内側はボロボロになってた、とか。
そんな不安はちょっとあったけど、でも……それどころじゃない。今はそんなこと気にしてる場合じゃないんだ。
幸い、足は平気だ。足のほうが疲れてるハズなのにな、馬車より速く走り続けてるんだから。けど、どうしてか足は痛くもなんともない。
理由がわからないのは不安だけど、今はそれで都合がいいから考えないでおこう。相談はあとでフィリアに……フィリアに相談してもしょうがないか……
とにかく、今は北へ……魔獣が集まってる場所へ急ごう。元凶をなんとかしないと、街に魔獣が集まるばっかりだ。
「……っ⁈ び、びっくりした……なんだ、ほかにもいたのか」
急いでアイツを追いかけよう。って、剣を納めた瞬間に、いきなり大きな破裂音が聞こえて……ちょっとビビった。ムカつく。
で、その音がしたほうを急いで振り返れば、そこには七人くらいの兵士が固まって……その中のひとりが拳銃みたいなのを空に向けてる姿があった。
そして、銃口が指してるほうを見上げれば……そこには、青色の煙が打ち上げられていた。
「……それ、敵を倒した合図でいいのか? だったら、さっきあっちのほうで見えたやつは、助けを呼んでるわけじゃない……んだよな?」
「……ああ、そうだ。ありがとう。さっきの口の悪い子供にも礼を言っておいてくれないか。君達が来なければ、私達はここに立っていなかったかもしれない」
本当にありがとう。って、兵士のひとりがそう言えば、みんなが揃って頭を下げた。俺に向かって。俺と、もう姿の見えないアイツに向かって。
もしかして……アイツがここに留まって戦ったのは、ここにいたみんなを守るため……だったのかな。
「……わかった。なんか、北のほうにもっと魔獣が集まってるっぽいから、俺はそっちへ行く。たぶんアイツもいるから、話聞いてくれたら伝えとくよ」
やっぱり、悪いやつじゃない……のかな。少なくとも、街を守ろうとしてくれてるのは間違いないもんな。
前に林で襲ってきたのも、俺達が部外者だから……街を脅かすやつらかもしれないと思ったから……なのかも。
あれ、いや、でも、アイツ……国軍だって気づいてたよな。じゃあ、街の敵じゃないことはわかってたよな……?
「……考えてる場合じゃないな、今は。みんなは役場のほうへ行って欲しい。そこで別の指示出されるかもしれないけど」
「わかった。どうか、無事で。最悪の場合、住民の避難が済めば街は放棄したって構わないんだ。無茶だけはしないでくれ」
放棄なんてしない。避難はして貰うけど、みんなまたここに住めるようにする。そのために召喚されたんだ、俺は。
でもまあ、そのことは言えないから。とりあえずわかったとだけ返事して、今度こそアイツを追いかけて北へと走り出した。
「……魔獣、戦った形跡もないな。アイツも先回りを優先したのか。それとも……足止め食らってたのはアイツのほうだったのか……?」
追いかけ始めてすぐ、その道中に……行先に魔獣の死骸があんまり転がってないことに気づいて、ふと嫌な可能性を思い浮かべる。
盗賊団は俺のことを知ってたわけだから、同じように厄介なアイツのことも知ってても変じゃない……よな。
それで……この場所で俺とアイツを足止めして、そのあいだに北で何かをしようとしてた……とか。
ランデルに魔獣をけしかけたのが盗賊団なら、今回の一件も同じかもしれない。
だとすると……かなりヤバい罠にハマっちゃったのかも。
「……ふー……っ。もしかしたら……」
ヤバいかも。そう思ったら、どうしてか頭が急に冷たくなった。急激に……冷静になった……らしい。
そして、ちょっとだけ前の考えごと、疑問、不安がよみがえる。どうしてか、腕だけが筋肉痛みたいになってたな、って。
「……強く踏み込む……地面を蹴り上げるんじゃなくて……足を突き刺して、身体を前へ突き飛ばすような……」
もしかしたら、漠然としたイメージじゃだめなのかもしれない。
剣を振ったときは、きちんと技のイメージが出来てたからこそ、威力も、反動も、大きかったのかもしれない。
なら……裏を返せば、今でもこんなに速く走れてるのに、もっときちんとイメージが固まれば――
「身体を――前へ――ッ!」
時間はあんまりかけられない。さっきほどしっかりイメージする暇はない。それでも、きっと――っ。
想像した。さっきまでよりも明確に、速く走る……コツみたいなものを。小さいころに夢中になってた、速く走る裏技みたいなものを。
ぐわ――っと、全身の血液が身体の後ろ半分に寄せられたような気がした。けどそれは、錯覚ではなかった。
「――ッ! く――ぁ――」
一歩。たった一歩を思い切って踏み出しただけで、俺の身体は何十メートルも……吹き飛ばされた。自分の足で踏みしめた地面に、思い切り突き飛ばされたんだ。
その勢いが強過ぎて、速過ぎて、まるでジェットコースターみたいに制御が利かなくて……
「――お――らぁああ――ッッ!」
まったくブレーキもかけられないまま、ただまっすぐに突き進んで、そして……運よく魔獣の群れとぶつかったから、そのまま思いきり蹴り飛ばしてやった。
よ、よかった……避難所とかにぶつからなくて。それと……アイツに見られなくて……
「はっ……はっ……いっ――てえ……っ。そっか……やっぱり、ちゃんとイメージしたぶんだけ……」
それで……魔獣をクッションにしたおかげでようやく止まった身体は、やっぱりひどい筋肉痛みたいな痛みに襲われた。
主に傷んだのは腰から下……だったけど、これもやっぱり動けなくなるほどじゃない。だったら、もうちょっと加減を覚えさえすれば……
「……って、もう走る必要はないっぽいな」
さっきのスピードをちゃんと制御する方法もあるハズ……だけど。残念ながら、どうやらそれを試す機会は今じゃなさそうだ。
蹴飛ばした魔獣の死骸よりもちょっとだけ先を見れば、また魔獣の群れが大きく固まってるのが見えた。そして、それが何かによって薙ぎ払われてるのも。
「――オラァア――ッ! クソガキ! 来やがったならぼさっとすんなァ!」
「うるさい、ムカつく。お前に言われるまでもない」
さっき一緒に倒したのよりももっと多い。それに、もっともっと多くの魔獣が集まって来てるのがわかる。
じゃあ、ここを片づけたら解決だ。剣を握り直して、息を整えて、俺もアイツと同じように……いや。アイツよりももっと早く、多くの魔獣を薙ぎ払った。




