第五十五話【護る】
魔獣がヨロクに集まってる気がする。そんなあいまいな俺の言葉を信じて、フィリアは馬車を戻す決断を下してくれた。
そうと決まれば、さっさと先行して道を切り拓かないと。馬車より前を走って、邪魔な魔獣を蹴散らすんだ。
「……っ。やっぱりこいつら、街に向かってる。間違いない」
ヨロクを出発して南へ進んでるときには、北へ向かう魔獣と正面からぶつかる形になった。だから、違和感はなんとなくのものでしかなかったけど。
でも、こうして後ろから追いかける形になってみれば、異常なことが起こってるってハッキリとわかる。
こいつら、俺達にも、馬車にも、何にも興味を向けてない。ヨロクの街へ行くことに夢中になってて、周りのものなんてどうでもいいって感じだ。
こんなこと、今までに一度でもあっただろうか。魔獣が……凶暴で、知能が低くて、同族だろうと構わず襲いかかるような怪物が、ひとつの目的のためだけに動くなんて。
もしかしたら、とんでもないことが起ころうとしてるのか……?
魔獣を呼び集める何かがいる……のか。それとも、すべてを無視してでも優先するほど魔獣にとって価値のあるものがヨロクにあるのか。
こればかりは考えてもらちが明かない。急いで街へ戻って、守って、最後にその原因を突き止めるしかない。
街の近くにいる魔獣が全部街に押し寄せたりしたら、いくら大きな砦があっても耐えられないぞ。
「――フィリア、もうちょっと中で待ってろ! 街の中も見てくる!」
「っ。わかりました」
そして、街の近くにまで戻ったところで、一旦馬車に顔を出してフィリアに指示を……釘を刺しておく。
そこまでアホじゃないとは思ってるけど、万が一があったら問題だ。だから、絶対に馬車の中で待ってろって。
出来ればみんなにも待ってて欲しかったけど、フィリアが指示を出したのか、それとも自分で判断したのか、馬車からふたり飛び出してきた。
出てきたのは……ジェッツとグランダールか。まあ、あの中なら強いふたりだから、簡単にはやられないと思うけど。
「……俺が全部蹴散らす。誰にも危ない思いはさせない」
でも、強いのも所詮は普通の範疇の話だ。俺はもちろん、あの林で見つけた子供とも比べ物にならない。
せめてあのくらいの強さがあったら、こんなとこでもほっとけるんだけどな。まあ、そんなやつがゴロゴロいるわけないけど。
なら、ふたりがやられないように、しっかり片づけて最速で元凶を見つける。それしかない。
それが出来る力を俺は持ってるんだ。俺だけが、そういう強さを貰ってるんだから。
「うおお――っ! こっちだ! 雑魚! かかってこい!」
大丈夫。やれる。魔獣の数はとんでもないけど、どいつもこいつも雑魚ばっかりだ。
それに、こういう状況での戦いはこれが初めてじゃない。ランデルで一回経験してるから、指示を出してくれるパールはいないけど、それでもちゃんと戦える。
門をくぐって街の中へと飛び込むと、そこにはもう魔獣がうじゃうじゃ入り込んでた。
でも、そこまで大きな被害が出てる感じじゃない……街の中を無差別に攻撃してるわけじゃなさそうだ。
やっぱりこいつら、何かの目的があって、そのためだけにここへ集まってるんだ。としたら……
「急げ……急げ……っ。その目的が何か次第で、この状況も一気に……」
目的を達成したら……そのあとは好き勝手に暴れ始める……んだろう。まず間違いなく。
それに、もしもその目的ってのが、たとえば……強くなること……だったとしたら。
わかんないけど、とんでもなく強いやつがいて、そいつから力をわけて貰うとか、反対にそいつに自分を食わせてもっと強くするとか、そういうことだとしたら。
今見えてるよりもずっとずっと大きな敵がこの街を襲うことになりかねない。そうなると……ちょっと、俺でも手間かかるかも。
「――っ。ふたりとも! 先に行ってもいいか⁉ 出来るだけ倒してくから! ここはふたりに任せても大丈夫か⁉」
ヤバい。そうなってからじゃダメだ。そうなる前に、全部なんとかするんだ。
そのためには、あんまりゆっくりしてられない。不安でも、ふたりを置き去りにして急ぐ必要がある。
だから、確認した。確認……してしまった。そんなこと言われて、子供に心配なんてされて、無理だから守ってくれなんて言えるわけないってわかってたハズなのに。
ふたりは一瞬も迷うことなく頷いて、俺を送り出す言葉をくれた。わかってた、知ってた反応を、そのままに。
じゃあ俺は、その期待に応えるために、急いで元凶を……って、本当にそれでいいのか。本当に……
「……っ。任せ……」
よくない。だって、まだ街の外からは魔獣が入ってくるんだ。だとしたら、ふたりはうしろから襲われることになる。
俺がどれだけ街の中の魔獣を倒しても、それとは別のところからいくらでも湧いて出てくるんだ。そんなの、いつかは絶対に耐えられなくなる。
じゃあ、やっぱり俺もふたりと出来るだけ近くで戦うべきだ。そう思って、それを決めて、やっぱり残るって伝えようと思った。そのとき……
「……っ!」
ふたりは小さな銃を取り出して、それを空に向けて撃ち上げた。それは……赤い煙の信号弾だった。
「……任せるからな」
それの意味は知らない。教わってないし、必要ともしてなかったから。でも、それがきちんと意味を持つものだってことはなんとなくわかる。
今の信号はきっと、俺がいなくてもなんとか出来るようにするための合図だ。街の兵士と、そしてギルマン達に伝えるためのものだろう。
細かい意味は知らなくても、それで出来るようになることは俺にもわかる。あの信号の下に集まって、大勢で魔獣に立ち向かおうって、きっとそういう合図だ。
大丈夫だ。ふたりは……みんなは、ちゃんと戦える。戦えるように鍛えてるし、戦うための工夫もいっぱい知ってる。
だったら任せろ。任せて、それでも不安なぶんは急いでなんとかしろ。それが今、俺に出来る最大のことだ。
「っ――うぉおおお! どけ! どけぇ!」
雑魚だ。雑魚だ。ここに集まってる魔獣は、どいつもこいつも雑魚だ。俺なら簡単に全滅させられる。
半ば確信として、半ば祈りとして、強くそう念じながら剣を振るって、街の中心を……魔獣が向かっているほうを目指す。
とりあえず、ここに来るまでの街並みは、そう大きく壊されてる様子もない。役場なんかも無事だったように見えた。
じゃあ、やっぱりこの先にある何かが目的なんだ。街を襲うことは後回しで、通りがかった障害物を蹴散らす程度の攻撃しかしてないっぽい。
けど……っ。
「どけ――どけ! どけ――っ! 邪魔だ! どいてろ!」
魔獣が攻撃してくる気配はない。でも、だからこそ、全部追いかけて倒す必要がある。
時間がかかる。雑魚なのに、蹴散らすのに手間がかかる。
気づけば俺の周りには魔獣が群がってて、なのにどいつも攻撃してくる様子はない。
この異常な状況をなんとかするには、前にあのデカい魔獣を倒したときみたいな特別な強さを手に入れるしかない。
なのに、剣を振っても、魔獣を蹴り飛ばしても、あのときみたいな進化は起こらなくて……起こせなくて……っ。
「――ユーゴ! ユーゴ――っ! まだ――まだ、諦めるような状況ではありません! 策はあります! この街を――ヨロクを、皆を守る策が! だから――だから……っ。な――なんとかしてください――っ!」
「――――っ! うるさ――い――っ! この――バカ――アホ――まぬけ――っ!」
このままだと時間がかかり過ぎる。目的が何かはわからないけど、それを達成して、魔獣が街の中で暴れ始めたら……って、そんな焦りが生まれたころ。
突然……でもないか。なんとなく予想してたよりもちょっとだけ早く、フィリアがいつもみたいにアホなことを言って応援してくれた。
「なんとかしろって……アホ。デブ。そんな大雑把な指示なら、言われなくても――っ!」
剣を振るう……んじゃない。剣で、見えてるものを全部斬るんだ。一個一個じゃない、一頭ずつでもない。目の前にある景色ごと、まっすぐに、全部。
出来る。あのデカいのを倒したときには出来た。そして、それが出来なくなった感覚もない。だから――
「――はぁ――っ!」
それまでは焦って乱暴に振り回すしか出来てなかったのか、意識して剣を振ったら、さっきまでよりもずっと多くの魔獣を斬り倒せた。
それでもまだまだ数は多い。この数を全部……ってなると、今のままじゃちょっとだけ効率が悪いな。
だったら考えろ。想像しろ。たぶん、俺の力はそういうものだ。必要なぶんだけ強くなる……必要以上には強くならない力だ。
だから、明確に思い描け。ここにいる群れを今すぐに蹴散らさないと、大きな被害が出るって。今の力だけじゃ足りないって。もっと、ハッキリ――
「――ァア――? ンなとこで何やってんだ――テメエら――」
「――っ! この声――」
もっと。もうちょっと。ほんの少しでもいいから、進化しろ。そう願いながら剣を振るう俺の耳に、聞き馴染まない、けど聞き覚えのある声が届いた。
そしてすぐ、バカみたいに乱暴な音と、そして突風が辺りを薙ぎ払う。そして、その出どころには……
「――クソガキ――テメエ、手ぇ抜いてんじゃねえよ――っ!」
「お前は――っ!」
あのとき林で襲ってきたあの子供が、魔獣の死骸を踏み潰しながら立っていた。
俺が倒したのとは違う、ぐちゃぐちゃに引き千切られた――そいつが蹴散らした魔獣の中で、剣を担いで立ってたんだ。




