第五十四話【踵を返す】
そして、盗賊団の手がかりを得られないまま、ランデルへと帰ることになった。
準備した荷物を馬車に積み込み、帰り道の確認をして、来たときと変わらない人数でいつも通りに街を出発する。
本当はここを離れたくない。手応えがあったわけでもないけど、それでももがいていたいと思ってしまう。
だって、時間をかけたらかけただけ不利になるんだ。もしもまたランデルが襲われれば、次にはこうやってほかの街へ出かけることも出来なくなるかもしれないし。
それでも、そのもしもが起こってしまったら……起こったときに、俺がランデルにいなかったら。その時点でとんでもない被害が出てしまうかもしれないから。
だから、戻ってる時間なんてないってわかってても、戻って安全を確認するしかないんだ。
悔しいし口惜しい。けど、これはもう諦めるしかない。
そうだ。盗賊を捕まえて、ランデルを安全にする。その一番いい結果を諦めないためには、今の不安を解消することは諦めるしかない。
そしてそれを諦めたからには、さっさと行動するべきだろう。そんなわけで、一度戻ろうと決めたそのすぐ翌日に馬車を動かしたわけだ。
「じゃ、またちょっと出てくる。フィリア、おとなしくしてろよ」
「わ、わかっていますよ。では……お願いします、ユーゴ」
で……ヨロクからランデルへ向けて出発する場合、どうしてもその道中には魔獣が多く待ち受けるから。
どうせ出てくるのは確実だし、見つけてからじゃなくて最初から外で見張っておこう……って、ひとりで馬車の前を走ることにした。
まあ……そういう細かい説明はしてないけど。だからたぶん、もう魔獣がいると思われたかも。まあ、いるのはいるから、いないと思われるよりはいいか。
「……っと。まあ、いないわけないよな。いいけどさ、別に。そういう前提で出て来てるし、こっちも」
で、馬車から離れてすぐ、魔獣の気配が前のほうから近づいてきた……いや、こっちが魔獣に近づいてるのか。
まだ、向こうはこっちに気づいてない。あんなに凶暴で、かつ警戒心の高い生き物でも、俺が感知するより先に動き出すことはないんだよな。
それを思うと、林で襲ってきたアイツ、いったい何者なんだよ。魔獣よりも目がよくて、気配に敏感って……
「……もし、アイツが仲間になってくれるなら……」
フィリアは盗賊団を味方にしたいって……和解して、その力を借りたいって言ってた。その意味が……そのアホみたいな考えが、よくわかるような気がした。
結局、俺はひとりしかいないから。前にランデルが襲われたときは、パールのおかげでなんとかみんなを守れたけどさ。でも……まだ、大勢を、全部の街を守る強さはない。
でも、もうひとり同じくらい強いやつがいたら……って。そうしたら、ランデルを守るのと魔獣を倒すのとで役割分担出来るのにな。
「――はっ! よし、とりあえずはこれで大丈夫……か」
なんて、そんなこと考えてもしょうがないんだけどさ。アイツ、めちゃくちゃ敵意剥き出しだったしな。とてもじゃないけど、仲間になんてなってくれそうにない。
しかもその敵意が、勝手に縄張りに入ったから……じゃなくて、フィリアがアホ過ぎたから……っぽかったのがな。
そりゃ、最初は警戒心からだっただろうけど。でも……フィリアがあまりにもアホだから、それにイライラしてああなってた感じだし。ううん……じゃあ、無理か……
「……じゃない。あんなやつのこと考えてどうするんだ。今は魔獣を……」
そんなこと考えてもしょうがないって思ったそばから考えてちゃアホ丸出しだ。フィリアのこと言えなくなっちゃうぞ。
まあでも、よそごと考えながらでも平気なくらい雑魚ばっかだからいいんだけどさ。意識しなくても倒せる。
自分でやっといてなんだけど、いつの間に死んだんだ、こいつら。気づいたら倒してた……って、危ないやつみたいで嫌だな……
それに、今は馬車を無事にランデルまで守り通すことが優先だ。あんまりぼーっとはしてられない。
だから、それ以外のことは……まあ、でも……やっぱり、暇つぶしくらいの考えごとくらいは……
「……? なんだ……なんか……」
考えごとする余裕はある。ヨロクの近くなのに、魔獣の数はそこまで多くない。いや、多いけどさ、ほかの場所に比べたら。
でも、今は俺も強くなったし、そもそも数も減ってるから。だから、こうやって無駄な考えごとをする余裕はある。ある……けど……?
脅威は多くない。危険度は高くない。少なくとも、俺が感じ取れるもので厄介そうなものはひとつもない。
なのに……妙に引っかかるものがあった。違和感……って言うよりも、それが普通だよな……って。普通……だからこそ、変だなって……
「……魔獣……ヨロクに向かってる……のか? いや、まあ……ハルのほうにはあんまりいなかったんだから、そりゃあ……」
感じ取った魔獣の気配が、どれもこれもヨロクのほうへ……今来た方角へ向かってる気がする。
でも……いや、そうだ。そもそも、ヨロクは魔獣に襲われやすい場所で、だからこそ砦とかもしっかりしてて……
「……これ、もしかして……」
普通のことだ。普通の、今までの報告書とかを見た限りでは、何回も繰り返されたこと……だと思う。
けど、引っかかった。何かが、胸につっかえた気がした。そしてその感覚は……俺が貰ったこの強さの、何かを感じ取る部分は、あんまり無視しちゃいけないものな気がする。
「まさか……とは思うけど。念のためだ」
無視しちゃいけない気がする感覚がヤバいって言ってるなら、それに従うべきだ。
そう決めて、俺は急いで馬車へと戻っ……ああもう、よそごとに気を取られ過ぎた。魔獣が馬車に近づいてる。
全然間に合うけど、みんなから見える距離まで来てるじゃないか。ムカつく。
「――フィリア。ちょっと待った、馬車停めろ。後ろの魔獣倒したら戻ってくるから、馬車停めとけ」
「っ! な、何かあったのですか⁉ まさか――まさか、やはり貴方は――」
俺……は? 俺は何もないけど。なんか変なこと考えてたのか? ちゃんとしろ、このアホ。
でも、フィリアに説教してる時間も惜しい。馬車に迫ってた魔獣をさっさと倒して、それからまた馬車へと戻る。戻って、今度こそ報告する。
「戻ったほうがいいかもしれない。なんか……なんか変だ。変な感じがある」
「変な感じ……っ。ユーゴ、一度こちらへ。馬車の中へ入ってください。そして……ゆっくりでいいです、貴方が何を感じているのか……どう考えているのかを話してください」
変な感じじゃそりゃ伝わらないよな。でも……俺もそれがどういうものなのかを理解出来てないから、これ以上に伝える言葉がない。
じゃあ、せめてこの変な感じのもとになった違和感を……違和感のなさを伝えよう。判断はフィリアにも手伝って貰えばいい。
「……魔獣、こっちに向かってくるのが多い。ハルのほうからヨロクのほうへ。わかんない、そう感じるだけかもしれない。だけど……変だ。前はこんなのなかった。何かがあって、魔獣がヨロクに集まろうとしてる。そんな気配がある」
説明しながら、自分の中にもその答えを落とし込もうとする。でも……やっぱり、それらしく纏まったイメージは掴めない。
ただ、違和感の末端についてはちょっとだけ理解したかもしれない。すらっと言葉に出てきたから。
魔獣はハルからヨロクへ……南から北へと向かってるような気がする。そして、それは前に行き来したときにはなかった動き……だったと思う。
うん、そうだ。魔獣はどっちかに向かってるって感じじゃなくて、このあたりに棲みついてるって感じだった。前までは。勘違いかもしれないけどさ。
けど、勘違いならそれでいい。何もなければ、一回戻ったあとにも再出発する時間はある。
なら、今は確認しに行くべきだ。って、俺はそう思ってる。だから、フィリアにそれを見定めて貰うんだ。
「……っ。わかりました。アッシュ、馬車をもう一度ヨロクへ。ユーゴの感覚は頼りになります。それに、何もなければ徒労で済みますが、何かがあっては大問題になってしまいます」
ヨロクは今のこの国の北端だ。それに万が一があれば、国はもっと小さくなってしまうかもしれない。
そのことも念押しして、フィリアは戻ることを決断した。俺の判断に従ってくれたんだ。
よし。それじゃあ、今来た道をまた戻るために。安全に、確実に、かつ素早く戻るために。もう一回、道中の魔獣を蹴散らさないと。
勘違いじゃなければ、魔獣はヨロクへと集まってる。つまり、街に近づけば近づくだけ数が増えるハズ。
大丈夫、大したことない。大したことないから、さっさと片づけて、この違和感を解消しに行こう。
この、むずむずするような、イライラするような、奇妙な引っかかりを。




