第五十三話【何も得られず】
あの子供について、フィリアと話がしたい。そう思ってフィリアの部屋でしばらく待った。
そして、暇過ぎてイライラし始めたころになってから、やっと足音が近づいて……帰ってきて……
「……ま、まだお説教が続くのですか……?」
「……そういうとこだぞ、本当に」
部屋に入って俺を見るや否や、フィリアはまたアホなことを言い出した。本当の本当に、どうしようもないアホだな。
「……最初会ったときはこんなんじゃなかった気がするんだけどな。もっとこう……優しそうだけど、怖いって言うか……」
「私が……怖い……ですか……?」
気のせいだった……んだけどさ、結果としては。でも、第一印象は……ちょっと怖かったんだ。
まあ、デカいし、目つきも悪いし、そういう意味でも怖かった。でも……それ以上に、俺に対して笑顔を向けてたことが怖かったんだ。
その笑顔が、俺を安心させるためだけにあるものだってすぐにわかったから……わかる状況がそこにあったから、それが……
「……それより、どう思う。あのガキ」
「へ? あの女の子……ですか? そうですね……」
って、それはいい。問題はフィリアのアホさ加減じゃ……アホさ加減は問題だけど、気にしても治らないから一回無視する。
重要なのは、アイツが……あのとんでもなく強いやつが、このヨロクから近い場所にいたってこと。
盗賊団も、そいつらが戦ってる別の何かも存在する、この北の街から遠くない場所に。
としたら、どっちとも無関係とは考えられないだろ。
遠くないって言っても、馬車では行けないのに、歩いて行くには時間がかかる、あんな変な場所にいたんだから。
「貴方と少しだけ似ている……と、思わなくもないですね。身体が小さくて――」
「――小さくないし似てない。ってか、そうじゃなくて。アイツが何に関わってると思うかって話だ」
無関係とは考えられない……と思うんだけどな、俺は。フィリアはそう感じてないらしい。少なくとも、全然どうでもいいことに気を取られるくらいに。はあ……
「アイツ、盗賊団と関係があるのか。それとも、北にあるっていう別の組織と関係があるのか。どっちも関係ないのか。フィリアはどう思う」
「それは……そうですね……」
言われてからやっと考え始めるの、本当に危機感が……いや、違うか。フィリアとしては、あらゆる危険を考慮してるつもりなんだろう。
それでも考えが食い違ってるのは、フィリアと俺とで目的が違うからだ。たぶん。
「……こちら……街へではなく、より北へ――魔獣と戦う為の部隊に組み込まれているのだとしたら、盗賊団の一員である可能性は高いでしょう」
あれだけの戦力を当たり前に有しているのならば、盗賊団が魔獣を抑えられているのにも納得出来ますから。なんて、フィリアはちょっと難しい言いかたをする。
つまるところ、あれが盗賊の中では普通なんだとしたら、ランデルへのあの攻撃も、アイツらにとっては普通……ってことだろう。
「俺よりは流石に弱いけど、軍隊の誰よりも強い……と、思う。少なくとも、一対一で戦ったら誰も勝てないだろうな。あんなのがたくさんいるんだとしたら……確かに、魔獣を抑え込むなんて簡単なのかも」
出来る出来ない……のさらに上の段階として、それが簡単か難しいかの話が出るくらい、あの子供はめちゃくちゃに強かった。
もしあれが何人もいるとしたら……いや。たぶん、ひとりだとしても、無茶なやりかたでも魔獣を制圧出来ると思う。
それこそ、魔獣の群れを追い払いながら移動する、とか。ゲロ男が言ってたように、商団を護衛するには十分な強さだろう。
「私達よりもずっと強い軍事力を持っているのだとすれば……むしろこちらが取り込まれて、いいように使われてしまいかねませんね」
「……俺がいるから、簡単にはやらせないけどな」
フィリアはあくまでも和解を目指してるから、どうもピントがボケたようなことばっかり言ってるように感じるな。
手助けになれないなら受け入れて貰えるわけもない……のはわかるけどさ。そもそも、仲良くなれずに敵対した場合の危険性を考えるべきだと思うんだけど……
まあでも……そのくらい強いやつが味方になってくれたら。って、そう思う気持ちはわかるけどさ。
俺ひとりはこの世界で一番強いけど、だからってここにいるままランデルの魔獣を倒せるわけじゃないし。
悔しいけど、味方を守る仲間は欲しい。敵を倒すのは俺ひとりでもいいけど、広い範囲を守るのは……ちょっと難しいから。
「……策を練りましょう。あの少女ともう一度会う為の――話をして、確かめる為の策を。そして、盗賊団の首魁の居場所を突き止めるのです」
「アイツがそんな情報吐くとは思えないけどな。やるとしたら……尾行するとか。でも、アイツがこっちに気づくの、かなり早かった。もしかしたら、俺が気づくより先にこっちに気づいてたかも」
俺が見たときにはもうこっちに走って来てたから、とっくに気づいて追い払いに来てた……って、そう考えるべきだよな。
だとすると……アイツ、とんでもなく目がいいんだな。俺もかなり遠くまで見えるし、そもそも気配を感じ取れるけど。それより遠くからわかるんだろう。
そのことを伝えれば、フィリアはいつも以上に驚いてたけど……まあ、そうか。この世のあらゆるものより……なんて力をくれたのはフィリアだからな。
それがまさか、視力とか感覚とか、そういう分野だけとはいえ、あんな子供に負けてる可能性があるなんて聞かされれば、驚くし、がっかりもするか。
けど……だからこそ、だ。だからこそ、俺はアイツと戦いたい。戦いたかったんだよな、本当は。戦えば強くなれるから。まあ、ダメって言うならやらないけど。
でも、アイツの強さを近くで見るだけでも違うハズだ。デカい魔獣と戦うイメージをしたみたいに、アイツを倒すイメージをするだけでも、ちょっとは経験値が入るハズ。
じゃあ、どっちにしてもアイツともう一回話をするってフィリアのアイデアには乗っかるべきだろう。
まあ……問題は、それが簡単には叶いそうにないってことなんだけど。
だって、もう向こうはこっちに突っかかる理由もないわけだしな。かかわりたくないくらい変なやつだってわかったし、俺のほうが強いことも思い知っただろうし。
じゃあ、それでもアイツともう一回話をする方法は……
翌朝。結局、何もいいアイデアは浮かばずに、タイムリミットだけがやって来てしまった。
いきなり今日帰るって話じゃないけど、もういつでもここを出発出来るように準備だけはしておこうって話になったんだ。
また、ランデルが襲われるかもしれない。その不安は、恐怖は。俺とフィリアだけのものじゃないからな。
誰よりも心配してるのは、ランデルに住んでる普通の人だ。戦う必要もない、普通に暮らしてるだけの人。俺が、守らなくちゃいけない人達。
「フィリア、こっちは終わったぞ」
「ありがとうございます。手際がいいですね」
じゃあ、不本意でも、そのせいで前に進めなくても、無視は出来ない。しちゃいけない。
だって、それをしなかったら俺は、ただ力が強いだけの怖いやつになっちゃうからな。そんなダサいやつになるのだけはごめんだ。それはずっと変わってないから。




