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異世界転生  作者: 赤井天狐
第一章【信じるものと裏切られたもの】

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第五十話【新しい強さ】


 林の奥から現れたそいつは、自分の身体よりふた回り以上大きい剣を振り回して突進してきた。

 そいつ自身の背は俺より小さくて、ひと目では巨大な鉄の塊を振り回せるようには見えない。


 でも……鉄板を縫いつけた服の隙間から見える腕や脚が、そいつが子供じゃないことを教えてくれる。

 同行した兵士と変わらないくらい身体を鍛え上げた、れっきとした大人の戦士だ、こいつは。


「――何モンだテメエら――っ! ンなとこで軍人が何してやがる――っ!」


「私達は――え、ええと……軍の……は、はい。軍のもので……」


 俺が剣を避けたのを見て――ひと振りで死ぬ相手じゃないと知って、そいつはドスの利いた威圧感のある声で叫んだ。

 疑問を解消するため……じゃないと思った。たぶん、これは威嚇だ。本当に素性を知りたいわけじゃないだろう。

 なのに……フィリアはアホだから。それにいちいち返事をしようとして……アホ過ぎる。話をするための言葉じゃないことくらいわかれよ。


 って……俺もそれ見てボケてる場合じゃないな。こいつ、魔獣よりずっとずっと強いぞ。

 少なくとも、一緒に来たギルマン達じゃ相手にならない。もしかしたら、ちょっと前の俺と変わらないくらい強いかも。


「――ッオラァア――っ!」


「っ!」


 そしてやっぱり、フィリアのボケた返事を待つこともせずに、そいつはまた剣を振りかぶって俺に向かってきた。

 そいつの振るう剣は刀身の幅が広くて、分厚くて、とてもじゃないけど俺が持ってる剣では受け止められそうにない。

 そのうえ、切っ先はボロボロになって、丸く……ってより、もう四角く平らに潰れていた。かなりの数の敵を、障害物を、叩き壊してきたんだろう。


 ヤバいな……いくらなんでも、こいつを倒さずに逃げるのは無理だぞ。


「――フィリア、ちょっと黙らせる。襲われたんだ、ちょっとくらいは殴っても平気だよな」


 攻撃を躱して、いなして、どうにか追い払う方法を考えるけど、いい案なんてひとつも浮かばない。

 だから、殴っていいかって許可を取ったんだけど……


「アァ――っ?! テメエ! このクソガキが! テメエみたいなチビガキがオレを殴るだァ――っ!? やれるもんならやってみろよ!」


 しまった。そんなこと言われてキレないわけないよな、こういうやつが。

 そもそも、殴るのに許可が必要なのもよくわかんない。まあ、殴ったら、攻撃したら、和解が難しくなるかも……ってことだから、我慢はするけどさ。


「ちょこまかと逃げ回るんじゃねえっ!」


 我慢……するけど、限界はある。こいつ、ちゃんと強い。ちょっとでも目を離せば、俺は平気でも、みんながどうなるかわからない。

 早くなんとかしないと。なんとかして取り押さえるか、どうにかして逃げ切るか。早く、なんとか……


「――フィリア! 早く決めろ!」


「っ。な、殴ってはいけません」


 攻撃を避けながら急かせば、フィリアは当初の予定を変えない選択をした。

 フィリアらしいけど……今はちょっとそれが……邪魔だな、もう。殴れば話は早いのに。


「退きましょう! ユーゴ、撤退です! この場は逃げます!」


「っ。わかった」


 でも、フィリアがそう決めたならそうしてやる。でなくちゃ約束と違うからな。


 としたら、とにかく俺が時間を稼がないと。フィリア達が逃げる時間を。

 こいつ、こんなデカい剣持っててめちゃくちゃ速いんだ。素直にまっすぐ逃げたって追いつかれる。


「フィリア! 先行ってろ!」


「ユーゴ――っ!」


 ああもう、心配そうな顔すんなよ。これくらいは信用しろ。アホ。まぬけ。デブ。


 目の前のこいつはたしかに強い。強いし、速い。狭い林の中でもデカい剣を器用に振り回してて、ただ力が強いだけじゃないこともハッキリと見て取れる。

 それでも、俺のほうが強い。だって俺は、この世のあらゆるものよりも強いんだ。だったら、みんなを逃がす時間くらいは……


「――何を――ごちゃごちゃと――ッッ! 言ってやがんだ――ッ!」


「――っ!」


 ガリ――ミシミシ――バキ――ッ。と、鈍い音がした。それは、そいつが巨大な剣を林の木にぶつけた音だった。

 逃げ回る俺達にフラストレーションが溜まって、頭に血が上って冷静に武器を振り回せなくなった……わけじゃないことは、それからすぐに思い知らされる。


「……マジか……っ」


 決して切れ味のいい武器じゃないのは見ての通りだ。そして、たとえ切れ味鋭い日本刀だったとしても、そうはならないことも想像に易い。

 そいつが振り回した剣は――分厚い鉄の板は、幹へと食い込み、力ずくで断ち割り、そして木を一本丸ごとなぎ倒す。

 俺でも出来るかわかんない力技で、逃げる俺達を追い詰めようとしてるんだ。


「なんという……っ。ユーゴ! その……な、なんとかなりませんかっ⁉」


 ヤバいな、こいつ。本当に……本当の本当に、ヤバい。今までに見たどの魔獣よりも……それこそ、林から頭が出るあのデカい魔獣よりも、さらに強い。

 今までに戦った何よりも強い……強い、こいつと……


「オラオラァ――っ! 反撃して来いよ! クソガキ! ビビッて声も出ねえかよ!」


 こいつと戦ったら、俺はどれだけ強くなれるんだろう。


「――ッ! フィリア! なんとかしていいんだな!?」


 空を飛ぶ魔獣。林よりデカい魔獣。とにかく、それまででは考えられないような敵と戦ったとき、いつも俺の力は強くなってきた。

 じゃあ、このとんでもなく強いやつと戦ったら、俺はいったいどれだけの力を手に入れられるんだ。


 そんな期待を込めて、なんとかしろなんていい加減な命令をするフィリアへと目を向ける。

 なんとかしていいんだな。戦って、強くなって、こいつを倒してもいいんだな、って。


「で――出来れば怪我をさせないようにお願いします!」


 そしたら……また、アホでまぬけな指示が飛び出した。この、とんでもなく強いこいつを、怪我もさせずに無力化しろ。なんて、無謀にも思える指示が。

 けど……それを聞いたとき、俺の中に生まれたのは……イライラじゃなくて、わくわくだった。


「――っ! バカ! アホ! デブ! わかった、やってみる!」


「――ァア――? クソガキ――テメエ――っ! ナメンのもいい加減にしろよ――ッッ!」


 ガボ――ギシ、バキバキ――って、また、鈍い音が続いた。今度は、一本の木が根っこからひっくり返された音だった。

 こんなことも出来るのか、こいつ。武器で木を切り倒すだけじゃなくて、力だけで根っこから引っこ抜いてひっくり返すなんてことまでやっちゃうのか。


 魔獣とは違う。人間だから、そりゃ全部違う。でも、そうじゃなくて。こいつは、ただ力が強いとか、身体が大きいとか、そういう簡単な強さじゃない。

 鍛え上げた技で、戦い続けた経験で、それらを使いこなす知性で、魔獣とは比べ物にならない強さを身につけたんだ。

 見てるだけで、向かい合ってるだけで、まだ戦ってもない今の時点で、俺は――


「――っ⁉ テメエ――このクソガキ――――」


 振り下ろされる剣の、その平たい面に手のひらを押し当てるように避ける。いいや、違う。除けるんだ。


 こいつの剣は刀身の幅が広い。つまり、振り回したときに空気の抵抗を受けやすい。

 だからこいつは、どれだけ乱暴に見えても、きっちり刃筋を通して剣を振ってる。振り回してるんじゃなくて、空気もろともに切り裂いてるんだ。


 そういうのが全部わかる。全部伝わってくる。こいつの強さが、すごさが、ひとつも余さずに見えてくる。見えてくるからこそ――


「――うるさいんだよ――お前だってガキだろうが――っ!」


 まっすぐに、丁寧に、最速で振り抜かれた剣を手で払い除けると、巨大な鉄の板はそのままあらぬ方向へと吹っ飛んで行った。

 こいつが磨き上げられた技で振るっているからこそ、その剣筋を歪めるだけで攻撃をいなすことが出来る。

 今まではただ単純に倒す力だけを手に入れて来たけど……そっか。めちゃくちゃ強いやつ相手には、ちゃんと防御の強さも手に入るんだな。


「――っ! ク――ソガキが――っ!」


「だから――お前だって――っ!」


 そして、剣を払い除けられたそいつは、その重さに体勢を崩し、こっちからの反撃に備えられない一瞬の隙を生んだ。

 そのわずかな瞬間に、剣を提げるベルトで腕を縛り上げ、前のめりになってるそいつをその勢いのままに投げ飛ばした。

 それで……


「――離せ――っ! 殺す――ぶっ殺してやる――っ! このクソガキがぁあ――っ!」


「だから――お前だってガキだろ――っ!」


 ねじ伏せて、縛り上げれば、いくら強いやつでももう動けない。約束通り、怪我させずになんとかしたぞ。

 でも……なんか、こいつ口悪いな。ガキとかなんとか、ムカつく。お前のほうがガキだろ。いや、俺より長いこと戦ってそうだけどさ。

 けど、別に本当に大人なわけじゃないだろ。なのに、一方的に俺のことガキだなんだって……ムカつく!


「お、落ち着いてくださいっ、ユーゴっ」


「落ち着いてるよ! このデブ! アホ! 間抜けなこと言いやがって! バカ!」


 フィリアはもうちょっとちゃんとしろ! アホ! デブ! 危機感みたいなのが足りなさ過ぎだ!

 って、今はフィリアを叱ってる場合じゃなかった。戦わずになんとかするところまでは言われたとおりにやったから、このあとをどうするか早く決めないと。

 こいつを捕まえて連れて行くのか、それともこのまま逃げるのか。はたまた、林の調査を再開するのか。


「手荒なことをしてしまってすみません。私はフィリアと申します。貴女の言う通り、私達は国軍です。この林を――この魔獣のいない地域を調査に来ました。こちらとしては、対話を望むのですが……」


「――軍がこんなとこになんの用だって言ってんだ――っ! テメエ――っ。この――離せ! このクソガキ――っ! ぶっ殺す――っ!」


 決めないと……フィリアに決めさせないといけない……んだけどな。

 その肝心のフィリアがいつもみたいにボケたことばっかり言い出して……はあ。


「あ、あの……すみません、お名前を教えていただいてもよろしいですか? その少年はユーゴ。そして、こっちの背の高い兵士が……」


「呑気に自己紹介なんかしてんじゃねえ――っ! 殺す! ぶっ殺してやる! 離せこのクソガキがぁあ――っ!」


 なんか、せっかく盛り上がったのに、たぶんめちゃくちゃ強くなったのに、すごく……やるせない感じになるな。

 フィリアのこれはもう才能のひとつだろう。なんて言うか……気が抜ける、気を抜かせる、まぬけの天才だ。はあ……


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