第五話【ひとり】
この世のあらゆるものより強い。そんな力を与えられて、俺は異世界で生き返った。
死んだと思った。死んだつもりだった。でも、俺はこうして、この世界で生きている。
俺をこの世界に連れて来てくれたのは、本当にそんなことが出来るのかと疑問も尽きない、どうにものんきなフィリアだった。
フィリアは俺に……じゃなく、誰でもいいから別の世界の人間に、どうかこの国を守って欲しい……って、そういう願いをかけて、無作為に召喚を行ったらしい。
だからこそ、この世の……なんて途方もない規模の力を与えられたんだ。
それで……そういう力を貰ったからには、俺は危険な敵と戦わされる運命にある。当然だよな、そりゃ。
それが出来るだけの強さも貰ってるし、俺としてはそれに文句なんてない。
むしろ、想像の中ですらしたことのないような刺激的な体験は、元の生活よりずっと楽しいと思える。
ただ……そうじゃない部分に、どうしても文句……と言うか、不満、不足感、不自由さを感じてしまう。
「……暇だ」
まずひとつ。俺はたしかに力を貰って、誰よりも強いけど、だからってひとりで旅をしながら敵を倒していいわけじゃない。
フィリアにも目的があって、それを達成するための作戦があって……とにかく、敵を倒すのにも順番があるんだ。
だから、いつでもその作戦を実行出来るように、俺はフィリアのそばにいなくちゃならない。
それにくっついた問題として、フィリアはいつでも戦いに行けるわけじゃないのが厄介。
フィリアは王様で、戦う以外の仕事のほうが圧倒的に多い。
そうなると、フィリアからあんまり離れられない俺は、フィリアが暇になるまでずっと部屋にいなくちゃならないんだ。
フィリアは王宮内なら好きに出歩いていいって言ってるけど……ここは偉くて忙しい人が大勢いる場所だから。
そんなとこを勝手にうろうろ歩き回ったら、きっと迷惑がかかるし、みんな嫌な気分になるかもしれない。
俺が異世界から来たなんて事情は打ち明けられてないから、分不相応な子供がこんなところで遊んでる……とか、そんなふうに思われるのは嫌だし。
それと、王宮を出入りするのには門番の許しがいる。フィリアがいればそれも問題ないけど、俺ひとりだとそうもいかない。
だからフィリアも、王宮の中でなら……って条件で自由を許してくれてるわけだ。
つまり、周りの迷惑にならないように外を散歩することも出来ない……と。
そんなわけで、フィリアが忙しくしてる今は、ご飯のときにフィリアが声をかける以外、誰とも話さず、誰とも会わず、ひとりでゴロゴロしてるしかない。
そしてそれが次の問題。部屋でゴロゴロしてるしかないのに、ここにはゲームもスマホもテレビも漫画もないんだ。
フィリアが気の利かない人だから……じゃない。この世界にはそもそも、そんなに発達した文明が存在しないから。
電気もロクに通ってなくて、明かりはランタンで……って、そういうレベル。だから、俺が知ってる遊びはほとんど出来ない。
それでもフィリアは、俺の暇をちょっとでも緩和しようとしてくれた。
大きな本棚には山ほど本が詰め込まれてるし、チェスみたいなボードゲームも置いてくれた。紙とペンもあるから絵も描ける。
けど……ボードゲームの対戦相手はいないし、絵なんてそもそも描かないし。
本は読むけど……それだって、なんか堅苦しい本ばっかりで、漫画とか小説みたいなものじゃない。
だから、いろいろ準備してくれたけど、フィリアがくれたものの中に退屈を紛らすものはほとんどなかった。
文句はない。フィリアは準備出来るもの全部持って来てくれただろうし、本当にこれ以上の娯楽はないみたいだから。
でも……だからって退屈で平気なわけでもない。どうしても暇で暇でつらいときもある。
そして、どうしようもなく暇なときは……本を開いて、面白くなくてもそれを読むことにしてる。
内容は……本当の本当につまらない。せめて歴史の本とか、物語性のあるものだったらいいのに。全部何かの研究レポートみたいなやつなんだよな。
でも、そのつまらない本の中にも、ちょっとだけ面白い部分がある。内容じゃなくて。
それは、その本に書かれている文字……つまり、この国の言葉だ。
俺はこことは別の世界に生まれ育った。知ってる言葉なんて、日本語と、授業でやった英語だけ。挨拶だけならもうちょっと知ってるけど。
だから、そんな俺にこの国の本が……それも、研究書みたいなものが読めるわけないし、読めても理解出来るわけがない。
うん……そこのところ、フィリアはどう思って準備してくれたんだろう。そういうところもどんくさいって言うか……じゃなくて。
でも……現実として、俺はその本が、研究をまとめたものだ……と、理解している。そのレベルでなら読み解けてるんだ。
これは、ずっと気になってたことで、だけど誰にも確かめられないことでもあった。
俺はこの世界に来てから、この世界の、この国の言葉なんて習ってない。
それでも、フィリアは当然として、護衛の兵士や、すれ違う大人の言葉をちゃんと聞き取れてる。
そして反対に、俺の言葉が……別世界の外国語でしかないハズの日本語が、フィリアにもほかの人にも通じてる。
そう。この国にはこの国の言葉があって、それは決して日本語ではないハズなのに、俺の言葉は通じるし、文字を読むことも出来ている。
こんな奇妙なことはそうそうない。それだけはギリギリ……ギリギリもギリギリ、授業中にシャーペンの芯を積んでるときくらいは面白いから。
だから俺は、どうしても暇で耐えられなくなったときには、本を読んで、それがなんで読めるのかを考えて……必死に時間を潰してる。
で……またその次の問題は、その唯一と言っていい娯楽が、本当の本当に……ギリギリ面白いか面白くないかの瀬戸際でしかないから……
「……暇だ……はあ」
結局、暇を潰せるものは部屋の中にひとつも存在しない……ってことだ。
せめて話し相手がいれば……って思うけど、話題も通じないし、仲がいい友達なんてまだいないし。
フィリアとだって、魔獣の話くらいしか出来ないから。面白いこと、本当に何もないんだよな。
「――ユーゴ。食事を持って来ました。入りますよ」
っと。なんとかして時間を潰そうとしてたら、ノックの音とフィリアの声が聞こえてきた。
もうご飯の時間か……とは思わないし、思えない。待ちに待った、ぼーっとする以外の数少ない時間だ。
「おい、フィリア。明日は戦いに行けるんだろうな」
そして、ご飯を運んで来たフィリアに、ついついせっかちに聞いてしまう。明日こそは遊びに……じゃなかった。魔獣を倒しに行けるんだろうな、って。
で……そんな問いに、フィリアは目を伏せて……
「……あ、明日は……明日も……」
「デブ。出てけ」
がっかりだよ。そんなに忙しいのか、王様って。まあ……忙しいか。王様だもんな。
でも、がっかりはしたし、イライラもするから、つい悪口を言ってしまった。
それで……フィリアは申し訳なさそうな顔で頭を下げて、ご飯を置いて部屋を出て行ってしまった。
「……ちぇっ」
まあ……フィリアは悪くないんだけどさ。でも、せっかくこんな力を貰って、普通じゃあり得ないモンスターと戦えるのに。そして、それが人の役に立つのに。
なのに、戦えるかどうかはフィリアが忙しいかどうか次第……なんて。つまんないし、ムカつくばっかりだ。
それで、結局その日は面白くない本をぺらぺらめくって時間を潰した。
しかも……フィリアのあの様子、もうしばらくずっとこのまま……かもしれないな。はあ……




