第四十八話【一度置いた憂いを】
ゲロ男のところから帰って、フィリアは一度役場へ顔を出してから部屋へと戻った。
俺は……俺も、一緒に役場へ行って、心配してたみんなを安心させることも出来ずに、フィリアと同じように自分の部屋に戻った。
俺が貰ったのは、この世のあらゆるものよりも強い力。けど、まだこの世のあらゆるものより強いとは誰も信じてくれていない。
まあ、そういう説明をされてないからさ。そんないい加減な単位の強さがあるとか、誰も考えないだろうけど。
それでも、俺が一緒なら大丈夫だろうって思って貰えるようにはなりたいんだけどな。
少なくとも、不審者ひとりくらいはなんの障害にもならないって、安心して送り出して貰えるくらいに。
「……ムカつく」
俺は、強い。鍛え抜かれた兵士が束になっても叶わないくらい強い。人間よりもずっと大きくて強い魔獣さえも蹴散らせるくらい強い。
俺は強い。そうだ、俺は強いんだ。そして……ゲロ男は、それを見抜いていた。
見抜いたうえで……あいつは、俺がフィリアの近くにいることを警戒しなかった。俺のことなんてこれっぽっちも問題にしてないように見えた。
俺は強い……んだよな……? 魔獣をいっぱい倒したし、一緒に戦ったことのある兵士からは頼りにしてるって言われることも増えた。
でも……強い……ハズなのに。俺はフィリアの隣にいて、まだ何も出来てない……ような気がする。
きっと王様を守ってくれるだろうって、信じられたい。こいつは敵に回すと厄介だって警戒されたい。
味方にも敵にも、俺の強さを見て知ったやつには、それなりにちゃんと認めさせたい。
今のところ、あまりにも信用も警戒もされないから、これっぽっちも意味なんてないのに、そんなことを願う瞬間が一日の内に何回もある。
ムカつく。ムカつく。ムカつく。ムカつく! でも、腹を立ててもなんともならないのが余計にムカつく。
こんなに腹が立ってる原因は、そもそも盗賊団のボスがどこにいるかわからなかったせいだ。
みんなから信用されるために活躍しなくちゃいけないのに、その活躍の場が全然手に入らないのが悪い。
じゃあ……やっぱり、それをなんとかするしかないか。
とは言っても、俺が何したってボスが見つかるわけじゃないんだけどさ。
でも、イライラを解消する方法がまったくないわけじゃない。
「フィリア、まだ寝てないよな。入るぞ」
「ユーゴ? はい、どうぞ」
やるべきことはやれない状況にあって、それを解消する手段もなくて、出来ることがないから部屋でゴロゴロして。そうして、気づけば夜になっていた。
これじゃつまらない。しかも、ずっとこのままだ。そう思ったら、もう日も暮れたあとなのにフィリアの部屋を訪ねてた。
「珍しいですね、貴方から訪ねてくれるのは。どうかなさいましたか?」
「別に、明日のこと聞きに来ただけだよ。また今日みたいに街の中歩き回るだけじゃ、流石に飽きたし」
それで……どうしたもんかな。別に用事らしい用事はないんだ。いても立ってもいられなくて……ってやつか、これが。
でも、それを伝えるのはなんか悔しかったから、文句のひとつくらいはぶつけてやろうと思って明日の予定を聞いたんだけど……
「……すみません、ユーゴ。まだ……明日も……」
フィリアは申し訳なさそうに頭を下げてしまった。別に、謝られたくてこんなこと言ってるわけじゃないんだけどな……
「……盗賊団のボスの居場所がわかんないから、もうしばらくは我慢……か。ふーん」
嫌味を言ったつもりはなかったけど、フィリアはまた困った顔になって、まるで罰を受け入れる子供みたいに委縮してた。
怒ってるわけでもないんだけど……なんか、フィリアには変なふうに勘違いされてる気がする。短気だと思われてそう。ムカつく。アホ。
「……だったら、北へ――この前、進むの諦めたとこへ行こう。あそこ、早いとこ見に行ったほうがいい。倒すにしても、ほっとくにしても、知らんぷりは絶対にヤバい」
アホなフィリアを見てたら、そう言えば一個やり残したことが……フィリアに頼んだけど、今はやめとこうって言われたことがあったのを思い出した。
ここ、ヨロクの街から北東へ進んだとこに、道が荒れ過ぎてて馬車だと近づけない林があったんだ。
それで……ゲロ男から聞いた話と、俺がなんとなく感じたものとで考えると、ちょっと危ない場所かもしれない……って、そう思うんだ。
ゲロ男いわく、この林がある方角には魔獣がいない……らしい。そして、実際に見に行った結果、魔獣とは一頭も遭遇しなかった。じゃあ、これは本当なんだろう。
でも……魔獣のいない荒れ地のその向こうにある林を見て、俺は……魔獣の気配を感じたわけでもないのに、嫌な胸騒ぎがしたんだ。
俺は前に、林から頭が出るくらいデカい魔獣を見つけられなかったことがある。気配がわかるハズなのに、近くにいたそいつを感じられなかったことが。
俺はそれを、気配を感じ取っていたのに、そんなデカいのがいると思ってなかったから、感じ取ったものをちゃんと理解出来なかったんじゃないか……って、そう解釈した。
もしも、そのときの胸騒ぎが、あのデカい魔獣の気配と同じ種類のものだとしたら、って。
何も感じてないことが悪い予感に思えて、そこは調べるべきだって、近くに行って目で見るべきだってフィリアに伝えたんだ。
そのときは、万が一があれば街に被害が出る可能性も考えられるからって、盗賊が逃げ隠れるようなことが起こっても困るからって、延期にしたんだ。
でも、こうもすることがないなら、せめて盗賊以外の問題を一歩でも進めておきたい。そう思って、もう一回こうして提案してるんだけど……
「……そうですね。ただじっと待つだけでは、進むものも進みません」
よし、フィリアも乗り気だ。じゃあ、明日はそれで……って思ったところで、フィリアがまだ難しい顔をしてるのに気づいた。
「しかし、そうなると問題がいくつかあります。あの地点よりも奥へ進もうと思えば、当然馬車を降りなければなりません。ですが、あそこまで行くのにはどうしても馬車が必要になる。となれば……」
「馬車はあそこで引き返させる。あんまりいないけど、だからって魔獣が出ないとも限らないし。あそこまで送って貰って、そこからは俺達だけで行けばいい」
まあ、最初から徒歩でもいいけどさ。でも、それだと林に着くのが夜になっちゃうか。それじゃ調べるにも効率悪いな。
でも、馬車を出して貰うぶんには問題ないだろ? だって、俺達がここまで来るのに使った馬車と、一緒に来たみんながいるんだ。なら、勝手に使っても怒られないだろ。
「……いくら貴方の力が皆に知れていたとしても、護衛の全てを引き返させるわけにはいかない。誰も許してはくれないでしょう。しかし、そうなると……」
ああ、そういうことか。みんなで行ったら、フィリアを心配してみんなもついて来ちゃうもんな。
カスタードの洞窟は狭過ぎてみんなは入れなかったって経緯があるから、半ば黙認されてるけど。でも、あそこ行くとみんな不満そうな顔してたしな。
「別に、それでいいよ。全員俺が守る、それだけだろ」
でも、ギルマン達なら俺の強さを知ってるし。ついては来るだろうけど、止められることはないだろ。
なら、いつも通りみんな守ればいい。それくらいは大丈夫、想定内だ。
それを伝えれば、フィリアはちょっと呆れた顔をして、でも……笑ってくれた。
俺の強さについては、フィリアが一番知ってるからな。それに関しては信用してくれるんだろう。
それと……フィリアを安心させるための方便……じゃないんだけど。ちょっとだけ、大丈夫だと思える根拠が俺の中に新しく生まれてるんだよな。
「任せろ。なんか……最近、また強くなった気がするんだ。多分、そういう力なんだと思う。必要になったらなっただけ強くなる。フィリアに貰ったのは、きっとそういう力なんだ」
「必要に応じて成長……いいえ、進化する力……ですか。確かに、これまでの貴方の活躍を思い返せば納得ですが……」
ヨロクに着いたとき、フィリアにはちょっと見抜かれてたんだよな。俺がまた強くなったって。
確信があるわけじゃないのと、魔獣の数が減ってたこともあるから、そのときは明確には肯定しなかったんだけど。
同じような魔獣と戦ったときに、前よりずっと楽に……元から一撃だったけど、その一撃がより簡単に、疲れずに振るえるようになってた気がするんだ。
結構前、空を飛ぶ魔獣と戦ったときに、いきなり壁を駆け登れるようになったことがある。
そのときからなんとなく考えてたんだけど、フィリアがくれた力は、必要な強さを手に入れるもの……なんじゃないかな、って。
飛ぶやつを倒すために、空まで剣を届かせる強さが手に入る。大木より大きい魔獣を倒すために、剣よりも遠いところまで斬れる力が手に入る。
今までにハッキリ変わったように思えたのはこのふたつ。でも、ふたつもこんな例があったらほぼ間違いないだろ。
だから、今ならなおさら危なくないと思う。それと、今ある強さをちゃんと図りたいとも思う。そして何より、もっともっと強くなりたいと思うから。
どうせ何も進まないなら、ちょっとでも何かが変わるようなことをしたい……って、そう考えてるんだけど。
「……信じていないわけではありません。貴方を信じない理由はありません。けれど、それでも……」
でも、フィリアはすぐには首を縦に振らなかった。いつもよりずっと悩んでる様子だ。
信じてくれてないわけじゃない……とは思う。それでも、ついこのあいだランデルを襲われたばっかりで、こっちの動向が盗賊団に見張られてる可能性とかもあるから。
そうでなくても、あの林は本当に危ない気がするからな。どうしても不安なんだろう。
「……ユーゴ、これだけは約束していただけますか。貴方の基準ではなく、私達の基準で危険を判断する。貴方が誰かを守らなければならないほどに追い詰められる状況を作らない」
不安で……でも、行き詰ってるってフィリアも感じてるから。条件をつけて林の調査を許可してくれた。
他の誰よりも先に魔獣を探知出来る貴方が、その分別をつけて欲しい。そう言ったときの顔は、目は、ちょっとだけ大人っぽいものだった。
「……わかった。倒せばいいだけじゃないのも知ってる。なら、そこはわきまえる」
じゃあ、俺もちゃんと応えないと。絶対に誰も傷つけさせないし、街に被害が出るような状況は引き起こさない。
ほんのちょっとでも違和感があったら……感じ取れそうなものが感じられない瞬間があったら、その時点で街に戻るくらいの気持ちで集中しよう。
「では、出発は明日の昼過ぎに。少し役場へ顔を出してきます。前にも言った通り、もしものときの備えは必要です」
貴方を信じていないわけではありませんよ? と、ちょっとだけ不安そうな顔で念押しされると、信用されてない気がするからやめて欲しい。
まあたぶん、いざってときに街を守れるように、街の兵士に見張りを頼んだりするんだろうな。
ずっとは無理でも、明日の調査中くらいはそれする余裕もあるだろうから。
そして、フィリアと一緒に部屋を出て、それから自分の部屋へとひとりで戻る。
明日はやっと聞き込み以外のことが出来る。やっと何かが前に進むようなことが出来るんだ。
それを失敗させないために、失望されないためにも、今日はさっさと寝るか。出発前にあくびとかしたら、みんな不安になるだろうし。




