第四十七話【ある男の話】
「――はぅあっ?! はあ……はあ……ゆ、夢か……またバケモンに吞み潰されたかと思っ……」
「気がつかれましたね。気分はどうですか? 今、冷たい水をお持ちしますね」
結局また、酔い潰れたゲロ男を宿に運び込んで、起きるまで介抱し続けた。
そうまでしてこいつから話を聞かなきゃダメか……? とは、もう思えない。どれだけキモかろうと、こいつ以上に盗賊団の情報を持ってそうなやつはいないから。
で……まあ、そこはもう納得したんだけどさ。それはそれとしても、目を覚ましたゲロ男が怯えた顔でフィリアを見てるから……
「……ば、ばけもん……っ。フィリアちゃん……もしかしなくても、頭か身体のどっちかがおかしいんじゃないの……?」
「っ!? ど、どこもおかしくありませんっ」
なんか……クズだってわかってても、こうまで怖がってるとかわいそうになる。
まあ、かわいそうだとしても助けたりはしないんだけどさ。汚いし。
「って、ここ……また俺の部屋……はあ。フィリアちゃん……それさ、マジで勘違いされるから気をつけたほうがいいよ。ほんと、俺みたいにプライドある男じゃなかったら襲われてるよ?」
「……? ええと……大丈夫です。その為にユーゴについて来ていただいていますから。誰に襲われようと、彼が負けることはないでしょう」
それにしても、どうしてかゲロ男とフィリアの話はいつもすれ違ってるな。いや、噛み合ってもいいことはないけどさ。
言いたいことがこれっぽっちも伝わってないがわかると、ゲロ男は頭を抱えてため息をついてしまった。
「……で、今回は何。結局あれでしょ、話が聞きたい……とかでしょ。もう期待しないからね。さあ、なんでも聞きなよ。俺にわかる範囲、話せる範囲なら教えてあげる」
「え、あ、はい。その……」
けど、二度目ともなれば流石に……ってやつか。観念した表情でもうひとつ大きなため息をこぼすと、どかっと座り直してフィリアと向き合った。
「あの、盗賊団を纏めている人物がどこにいるか、わかりますでしょうか」
「……あー……ごめん、マジでごめん。今日酔うの早かったなぁ……浮かれ過ぎたかなぁ……」
向き合った……向き直した、仕切り直したけど……そもそも、何を教えて欲しいかは店にいたころにもう伝えてあったから。
それを言い直せば、ゲロ男は申し訳なさそうな顔をして、誤魔化すような咳ばらいをひとつした。だっさ。
「盗賊団の首魁がどこにいるのか……って問いに対しては……ごめん、望む答えをあげられそうにない。って言うのも、基本的に動き回ってるんだ、そいつ。色んな拠点をうろうろして、現場がどうなってるのかを常に把握しようとしてる」
「なるほど。指導者自らが現場を訪れ、状況を把握し、そして的確な指示を出す。盗賊と言うには妙に統制の取れた立派な組織だとは思っていましたが……」
優秀な人間が、その末端にまで直接指示を出していると、これほど成果に直結するものか。って、フィリアが感心そうにするから、ゲロ男のほうが困ってしまった。
まあ……そうだよな、その反応になるよな。なんか……こいつのことは嫌いなのに、フィリアが変なやつ過ぎて、こういうとこだけは同調しそうになる。ムカつく。
「そんなわけだから、パッと行ってさっと捕まえるのは無理だと思うよ。俺が知ってるだけでもかなりの拠点があるからね、手当たり次第にぶつかって見つかる相手じゃない」
しかし……そっか。今の話が本当なら、ボスを見つけてとっ捕まえる……ってのは、ちょっと無理そうだな。
ただでさえ誰がボスかも知らないわけだから、どこにいるかもわからないとなったら、特定のしようもない。
こればっかりはカスタードの力を借りても無理だろうな。探す範囲も絞れてないのに、誰を探すのかさえあいまいだなんて。
「ジャンセンさんはそのかたとお会いしたことがあるのですか? よろしければ、その人物の特徴を教えていただけると幸いなのですが……やはり、難しいでしょうか」
「うーん……そうだね。外見なんかを伝えちゃったらさ、こっちもまあ世話になってる身だし、あんまりかっこいいやりかたじゃないよね。だから……ごめん。恩は裏切れない」
せめて顔くらいはわかったらな……って、フィリアも同じこと考えたのかな。そういうたぐいの質問をゲロ男へとぶつけた。
でも……まあ、そうだよな。恩もあるし、そもそも捕まって得をするわけでもないから。そこまで踏み込んだ情報は話せないって、ゲロ男は頭を下げてそう言った。
「その代わり、どういう奴か……については教えてもいいよ。これから立ち向かう相手がどんな性格なのかは知っておきたいでしょ」
「っ! ぜひお願いします!」
けど、その代わり……なのか、もともとそこまで話してくれるつもりがあったのか。ゲロ男は別の情報を提案する。
この際、どんなわずかなものでも欲しくてたまらないのが現状だ。フィリアも食い気味に返事をして、どうか聞かせて欲しいと頭を下げた。
「名前は言えないけど、出身とかは別にいいでしょ、きっと。そいつはここよりもっと北、アルドイブラの生まれで、ガキの頃に魔獣に襲われて家族を亡くしてるんだってさ」
「アルドイブラ……ですか。それは……っ」
アルドイブラ……って、街の名前か。今までには聞いたことないけど、ここよりももっと北……だから、そこは……もう、この国の内側じゃない……んだよな。
すぐには理解出来なかったけど、街の名前を聞いたフィリアのリアクションから、なんとなくそんなことを推測する。
そして、ゲロ男はそれにつけ加えて、ボスの人格についてもちょっとだけ教えてくれた。
生まれた環境のせいか、魔獣に対して強い執着心があって、代わりに子供には情を向けるやつだ、って。
「警戒心が強くて、基本的には誰も信じていない。仲間は大勢いるけど、それだって信用し切ってない。打算と計算に裏打ちされた協力関係しか信じないし、それだっていつかは切れるもんだって前提で動いてる。冷酷な男だよ」
けど、そのうえで、情によって動くような男じゃない……って、釘を刺されたんだろうな、これは。
和解なんて話を聞いてるからには、それが出来そうな相手じゃないとか、無理だからやめとけとか、そういう意味も含めてると思う。
そんなゲロ男の……ゲロ男から見る盗賊のボスの話を聞いて、フィリアは難しい顔をしてうつむいてしまった。
無理もないことだって。国に裏切られた過去があって、どうして他人を信じられるものかって、呟きながら。
まるで自分がそいつを裏切ったみたいに、後悔してるようにさえ見えた。
まあ……国がやったことで被害を受けてるなら、フィリアが完全に無関係ってわけにはいかないのもわかるけどさ。
でも、それをやったのはフィリアじゃないんだろ。なら、そんなに重たく受け止め過ぎなくてもいいと思うのに……
「そんなわけだからさ、あんまり期待はしないほうがいいよ。手を取り合えたら……なんて、さっきは言ってたけどさ。無理だよ、絶対に。そういうふうに出来てない」
そういうふうに出来てない……か。それは……ちょっとだけ、嫌な言葉だな。
ゲロ男が言ったからじゃなくて、なんて言うか……嫌な気持ちになる、抑えつけるような諦めの言葉に聞こえたから。
自分が諦めるんじゃなくて、誰かを諦めさせるような。諦めて欲しい……って、そういう意図がこもってるのがわかるから。
でも……
「……いえ、いいえ。ならばなおさら、私がそのかたと話をして、そしてより良い明日のために手を取り合わねばなりません」
でも、フィリアはそれに気づかない……あるいは、気づいてても構わずまっすぐ進むんだろうな。って、思ってるうちにもう答えを返してた。
それがいいことかはわからないけど、まあ……フィリアらしいことだとは思うから。
正義感が強いとか、そういう意味じゃなくて。良くも悪くも、やっぱり……アホなんだよな、フィリアは。
「……と、私が張り切っても仕方がないのですけどね。測量士に出来ることなど限られますから」
「……あはは、フィリアちゃんは面白いね」
本当に、アホだよな。今は王様って身分を隠してるのに。まるで自分が全部の決定権を持ってるかのような口ぶりなんだもんな。
それに自分でも気づけたのか、大慌てで誤魔化してるけど……大丈夫……だよな? まあ、流石に王様がこんなとこにいるとは思われないだろうけど……
「……そう、結局ひとりに出来ることなんてたかが知れてる。アイツもそれに気づけば……気づいて、それを受け入れられれば、もうちょい楽な顔で生きていけるのかもな」
気づかれてないよな? 怪しまれてないよな? って、全部顔に出てるフィリアはもう諦めるとして、だ。
俺も俺で様子を窺ってたら、ゲロ男はちょっとさみしそうな顔で、悩みを打ち明けるみたいに話を続けた。
「これくらいなら平気だろうから言っちゃうけど、そいついっつもしかめっ面してんの。眉間にさ、彫刻かってくらい深いしわ作ってさ。馬鹿みたいにイライラしてんだよ、いつも」
さみしそうな顔……だけど、笑いながら。悩みを相談するみたい……だけど、諦めたような口ぶりで。ゲロ男は……ジャンセンって商人は、フィリアに盗賊の話を聞かせる。
もしかして……こいつとそのボスは、ただの協力関係じゃない……のかな。それこそ、同じアルドイブラって街の出身の友達だ……とか。そういう、深い関係……に思えた。
少なくとも、ただの知り合い、仕事上の関係ではないように見えるけど……
「ま、俺から話せるのはこんなもんかな。もし、マジでアイツを捕まえに行くんだったら、本気も本気で警戒してったほうがいい」
でも、ゲロ男の話はそこで終わってしまって、代わりにいつものうざい笑顔で忠告をしてくれた。
行くのは少数のほうがいい。大勢を相手するのは慣れた組織だから、罠にかけられて被害が大きくなるばっかりだ、って。
なんて言うか……そこまで深い関係なら、今の忠告も本当はしないほうがいい……したくないものだったんじゃないのかな。
でも、話してくれた。ってことは……もしかしたら、こいつは盗賊と国が……フィリアが、和解することを望んでる……のかもしれない。
そうすれば、誰も信用しないそのボスの何かが変わるかもしれない……とか。そういうことを期待してる……とか、さ。
「……忠告ありがとうございます。もし……もしも、私の望み通りにことが運んで、そのかたとも手を取り合えたなら、次はそのかたも交えて三人で話をしましょう」
フィリアもそれがわかったのか、出来るだけ楽しい未来を予感させるような言葉でお礼を言った。
また、お酒を飲んで、料理も食べて、今日と同じように楽しく話をしよう、って。
でも……まあ、ゲロ男は青い顔で苦笑いしてたから、結構……かなり、嫌な思い出になってそうだな。ざまあみろ。
とりあえず、ボスについての小さくない手がかりは手に入った。
ただ……その情報でボスを探せるわけじゃないから、今はそんなに有益でもないのが問題で……ううん……




