第四十六話【夢絵空事】
盗賊団の首魁はどこにいるのか。その質問を、どうして俺にしようと思ったのか。
尋ねたのはこっちなのに、反対に問い返したゲロ男の顔は……フィリアを見ている目は、どうしてか全然別のものを見ているように思えた。
視線はまっすぐにフィリアに向いている。意識も間違いなくこっちへ向けている。
それでも、まるで違うものと向かい合ってるような、前に話をしたときとは違う、奇妙な温度差を感じた。
「俺が色んなこと知ってるから……って、それだけじゃないよね。もしそうだとしたら、流石に呆れちゃうんだけど」
フィリアはそれを感じ取っただろうか。そして、ゲロ男はそれを感じ取らせようとしてたんだろうか。
単に俺がこいつのこと嫌い過ぎて寒気がしてるんじゃなければ、こうまで変わったことにはきっと意図がある。でも、その意図を透かしたかどうかは俺じゃわからない。
ひとつだけわかってるのは、たとえこの変化に気づいたとしても、フィリアは何も変わらずまっすぐに向かい合うだろうってことだけだ。
「貴方は、このヨロク以北での特産品を、特別な方法で仕入れて販売している……と、そうおっしゃいました。それは……それには……」
失礼があるかもしれない。って、そう前置きして、フィリアは質問の根拠を……質問をこいつにしようと思った理由を説明した。
危険な場所でも商売をしている。仕入れをしている。そう聞いて、ならそれを成立させるだけの後ろ盾があると思った。
そしてそれは、例の盗賊団ほどの強さが――国軍でも捕まえられないほどの実力がなければ成し遂げられないと思った。
全部推論で根拠らしいものも薄い話だけど、でも、それ以外に見えているものがないから、そう考えるほかにない。
そんな切羽詰まった事情もちょっと打ち明けることになったけど、そういう話をちゃんと……何も偽ることなく伝えていた。
それで、そんな推理を聞かされたゲロ男は、ちょっと困った顔でジョッキの酒を飲み干して……
「ま、俺もちょっと迂闊だったかなって思わなくもない。でも、あの様子じゃ誰にも言ってないんだよね。そこ、マジで感謝するよ。フィリアちゃん、ほんとにいい子だよね」
次には、笑顔を見せてそう言った。それは……やっぱり、盗賊との繋がりを認める発言なんだろう。
「……そう。俺は盗賊団の力を借りて色んなとこの物資を手に入れてる。もちろん、盗んだものを横流しして貰ってるとかじゃない」
国の馬車が行けない場所へ食料を届ける。その場所で得られるものを買い上げて、また別の場所で売り払う。
あくまでも、自分達がやっているのは交易で、ただ、そのための移動を盗賊団にサポートして貰っている。って、ゲロ男はそう続けた。
「……やはり……やはり、そうだったのですね……」
それを聞いたフィリアの顔は……正直、喜んでるとは言い難かった。
自分がやらなくちゃならないことを、他人に……目の前のゲロ男に、そしてそれを守る盗賊団に任せっきりにしてしまったって、それを悔やんでるんだ。
「……でさ。フィリアちゃんが……軍の関係者がそれを聞くってことは……盗賊団、そろそろ本気で捕まえるの? 俺としては……ちょっと困るけど、まあ理解は出来る。やめろとは言えない。国民だし」
そんなフィリアに、ゲロ男は困った顔でまた尋ねた。その質問は……答えを求めてるってよりは、一方的に都合を伝えてるって感じだった。
言葉が……ってよりは、声色が、表情が……雰囲気が。
でも、フィリアはそれにもちゃんと答えを返す。捕まえるって部分に関しては間違いないって。けど、そのうえで……
「ですが、私は……私自身の望みとしては、可能ならば手を取り合う形に収まって欲しい……と。そう思っています」
これもやっぱり、まっすぐに、和解っていう最終目的を伝えた。
そこまで教える必要があったのか……教えちゃって大丈夫なのかはわからない。けど、そこを伏せたら、協力して貰えるとも思えないしな。じゃあ、間違いじゃないのかな。
南の街、カンビレッジ。そして北、ヨロク。今のこの国が治めてる北と南の端のどちらの街でも、盗賊団によって街が守られている節がある。なら、それは国の味方だ。
政治とは敵対関係にあるかもしれないけど、国に住んでいる人々を守ろうとしていることには変わりないんだから。
フィリアはそう続けて、和解を求める理由を、根拠を、正当なものだと主張した。
「……私は、そんな頼もしい組織が国と手を取り合ってくれれば……と、そう願っています。そんなことを測量士の私が言ったとしても、何も変わらないのですけどね」
「……手を取り合う……か。それ、本気で言ってるんならさ……フィリアちゃん、本物のおバカさんだよ。子供でも言わないよ、そんな夢物語」
そんなフィリアを見てるゲロ男の顔は、目は、今度は目の前のフィリアをちゃんと見てる……ような気がした。
少なくとも、さっき感じた温度差みたいなものはない。だとしたら……さっきあったその差は、いったいなんだったんだろう。
「……」
こいつ、いったい何を考えてるんだろう。何を考えて……フィリアの言葉に、何を感じたんだろう。
盗賊団が国と和解したら……たぶん、こいつらは損をする。
盗賊のやりかたに制限がかかって、国の事業も手伝ったりするようになるだろうから。そのぶん、こいつらの護衛をする余裕はなくなっていく。
それに、こいつらだけの優位性もなくなる。こいつらだけが危険な場所へ出られるからこそ出来てることがいっぱいあるだろうから、それがなくなるのは損だろう。
じゃあ……やっぱり、フィリアの願った通りにはなって欲しくない……って、そう思ってるのかな。
でも、そういう雰囲気でもない。フィリアに対して嫌悪感を向けるでも、やめてくれって拒む様子もないんだよな。
こいつは……商売をしているこのジャンセンって男は、今の話を聞いて何を考えるんだろう。
「……それにしても……っく。フィリアちゃんはいいね。なんて言うか、そういう明るい話をしてくれる人ってさ、貴重だから。みんな苦労話を吐き出すばっかりで」
それが悪いとは言わないけど。って、ゲロ男はそう言いながらまた酒を飲んだ。もう何杯飲んだかわかんないけど、結構……ふらふらしてる。
ただ、それでも目はちゃんとフィリアを捉えてるし、フィリアを見ながらも俺から意識を切ってない感じがする。やっぱり、こいつはただ者じゃない……のかな。
「どこ行ったって変わんないよ。ここより危ない街でも、平和な街でも、その場にあった苦労をこぼすばっかり。人ってどこでも同じように生きられるもんだね」
「どこでも同じように……ですか。しかし、その苦労の大きさは違うわけですから……」
フィリアはそれに気づいてない……っぽいけど、どうなんだろ。気づいてないから、無警戒だから、こうやって話をしてくれてる……って可能性もあるしな。
まあ、その話の内容はどんどん盗賊団と関係なくなってってるから、あんまり意味もないような気がするけど……
「一緒よ、一緒。苦労の大小なんて、言い出したらきりがない。戦場の兵士も、平和に遊んでるガキも、聞いて貰わなくちゃ我慢ならない苦労はみんな抱えて……」
「……? ジャンセンさん? あの……もしもし。ジャンセンさん?」
どんどん……関係ない話になって、それで……ゲロ男はついにテーブルに顔を伏せてしまった。
フィリアはまだ全然酔っぱらった様子もないけど、どうやらあっちは酔い潰れたらしい。まあ……気づけばいっぱい飲んでたもんな。
「ん……んあー……いやいや、聞いてるって。それよりほら、フィリアちゃん、飲んでる? 全然酔っ払って……ない……あの……」
酔っぱらって、まっすぐ座ってられなくなって、それでもフィリアの様子を窺うくらいは出来るみたいで。
それで……フィリアが座ってるとこに、テーブルの端に、ゲロ男が飲んだのと変わんないくらいの空き容器があるのを睨みながら……
「……あの……フィリアちゃん……も……飲んでたよね……? えっと……っぷ……ば、ばけもん……っ」
最後には怯えた顔をしながら、そのまま気絶するように眠ってしまった。
おい。肝心な話を聞けてないぞ、どうするんだ。って……もしかして、また……




