第四十二話【考えかた】
狭い洞窟の中に舟を運び込むのには苦労したけど、みんなに手伝って貰ってそれはなんとかなった。
そして、懸念点だった舟のボロさについても、とりあえず湖を渡るぶんには支障もなかった。
そうやっていつもより手間も時間もかけて洞窟の奥へ向かうと、いつものアホみたいな声に出迎えられる。
よく来たのであーる。歓迎するのであーる。って、また間抜けなこと言いながら、カスタードがいつもの部屋で待っていた。
「カスタード。ちょっと聞きたいことがある」
「バスカークであーるっ! そち、いい加減我輩を敬うのであーる! 話はそれからであーる!」
よかった。今日はちゃんといたな。それに、ケガとかしてたわけじゃなさそうだ。
前はどっかに隠れてたからな。それがなんだったのかは気になるけど、とりあえず無駄に元気そうだからいいか。
それだけ確認出来たら、さっさと本題に入ろう。って、そう思って話を切り出したんだけど。
カスタードはいつもみたいにアホみたいな顔で怒り始める。めんどくさいな、いちいち。
「ちっ。うるさいな、まったく。いいだろ、なんでも。プリン好きだって自分で言ってたくせに」
「好物と名前とは関係ないのであーる! 我輩は、バスカーク=グレイム伯爵であーる!」
不敬であーる。不敬であーる。って、顔を真っ赤にしながらわめいてる姿は変で面白いんだけど……でも、遊んでる場合じゃないんだよな。
そのことはカスタードも理解してるみたいで、ムッとした顔のままでも静かに俺の質問を待ってくれた。
「お前、なんであれがわかった。なんで盗賊団の仕業だって、あいつらが魔獣を抑えてたって思ったんだ」
さて。聞きたいことってのは、昨日の時点で浮かんでた疑問。
ランデルを襲った魔獣は、たしかに奇妙だった。数だけめちゃくちゃ多くて、それなのに大した脅威になってなかったんだ。
でも、そんなのは普通あり得ない。数が多かったら、その時点でもうとんでもない脅威になるハズだから。
少なくとも、人間が素手で立ち向かったら絶対に敵わないくらいの強さと凶暴さはあるんだ、どんな雑魚魔獣でも。
じゃあ、その数が増えたら、武器や技が間に合わないくらいあっちこっちから攻撃されたら、脅威にならないわけがない。
にもかかわらず、数が多かったうえで被害も出なかった。被害が出ないような襲われかたしかしなかった。
カスタードはこれを、盗賊団が意図的に制御しているからだ……って、前の時点でそう言ってた。
「それは前にも話したのであーる。裏は取れていない、確証はない。けれど、状況的にそう見るのが筋だ、と。そちは覚えが悪いのであーる」
そう言って、その理由、根拠についても説明してくれた。今、もう一回話してくれたようなことを。
でも、そうじゃない。そこじゃない。俺が不思議に思ってるのは、どうして盗賊団にそんなことが出来るってわかったのか……じゃないんだ。
「そうじゃなくて。お前、言ってたろ。北になんかある、盗賊団が魔獣よりも優先して相手してるのがある、って」
俺の中にある疑問は、どうしてそれをやったのが盗賊団だと思ったのか、だ。
カスタードは結構前に話してくれた。盗賊団について調べた結果について。
盗賊団は北にも南にもいて、その中でも北では、魔獣とはまた別の問題に追われている様子だった、って。
だったら、盗賊団だけが怪しいわけじゃない。
盗賊団と小競り合いをしてるその別の問題……組織か、それとも魔獣みたいな怪物かはわかんないけど、そっちが原因だって可能性は否定出来ないハズ。
それでもカスタードは、盗賊団が魔獣の数を制御しているって言った。盗賊団か、あるいはまた別の組織か……じゃなくて。盗賊団が、って。俺はそれが気になったんだ。
「そういえば……いえ、そうです。ユーゴ、それは……」
「フィリアじゃなくてカスタードに聞いてんだ」
そんな俺の問いに、フィリアは横から割って入ろうとした。でも……それは違う。
たしかに、フィリアでも理由を説明出来るかもしれない。けど、俺が知りたいのは理由じゃない。どうして、カスタードがそう思ったか、だ。
魔獣の群れと戦ってるとき、カスタードのコウモリは見当たらなかった。でも、だからってカスタードが絶対に関わってないと言い切る根拠もない。
かなり賢いやつが裏で糸を引いてる可能性が高い。そして、俺のことを知ってるやつがいる。となったら、カスタードを怪しまないわけにはいかない。
そうじゃないとは思うけど、念のため。確認したら、もう疑わなくて済むし。
それに……アホみたいな顔してるくせに賢いのは知ってるから。そいつの考えかたみたいなのを知りたい。たぶん、俺にもそれが必要になるから。
「……まったく思わなかったわけではないのであーる。しかし、それは現実的ではない、第一候補には挙がり得ないのであーる」
俺の真意を見抜いたのか、疑われてるって思ったのかどうかはわからない。
でも、カスタードはしばらく黙ったあとに、ゆっくりと説明を始めてくれた。いつもみたいに、気の抜ける声で。
「フィリア嬢はもう気づいているのであーる。ここより離れたヨロクよりも北、そこに根差す盗賊団よりも更に更に北で勢力を伸ばす組織。これがランデルに危害を及ぼすには、越えなければならない問題があまりにも多いのであーる」
「遠いから、こっちに来るには問題が多いから、やるメリットがあんまりないから……か」
そうして聞かされた話は……とりあえずは納得出来るものだった。でも、確信を持つにはちょっと弱いものに感じる。
俺がそう感じたのを察したのか、それとも元からその予定だったのか、カスタードはさらに説明を付け加えた。
盗賊団には、国が停滞することにメリットがある。盗みやすく、そのうえで盗むだけの価値がある。そういう状態に陥るから。
そして、別の問題に抗っているからこそ、自分達が付け入る隙も生まれる。
状況証拠にはなるけど、盗賊団ならばそれをする理由がある。
反対に、正体不明の別の何かは、盗賊団との衝突のさなかに、わざわざ遠くのランデルで魔獣の管理をするメリットがひとつも思い浮かばない、って。
「そちの言いたいことはなんとなくわかるのであーる。確証がない以上、疑ったところで間違っている可能性もある。そうなれば、今打っている対策のほとんどが無意味になる可能性がある」
状況が不利な現状、無駄な手に時間をかけるのが嫌だと考えているのであーる。って、最後には俺の考えを見透かしたようなことを言われて……ムカつく。
まあ、それがないわけじゃないけどさ。でも……ムカつく。そうなんだけど……そうだけど……ムカつく。
「……そうだよ。これでもし、盗賊団の仕業じゃなかったら。それで……盗賊を捕まえて、フィリアの言う通り和解したとして、それでも何も解決しなかったら……」
そう……なんだ。ムカつくけど、カスタードの言う通りだ。
もし仮に、盗賊団を捕まえたとして。それで本当に、魔獣の問題は一旦解決するのかどうか。
少なくとも、ランデルを大群が襲うなんてことが二度と起こらないかどうか。それについては、かなり大きな問題だ。
ランデルが襲われれば、宮が危険にさらされれば、俺もフィリアも、遠くの街へ行く余裕なんてなくなってしまう。
そうしたら、せっかく守れそうな街をいくつも諦めることになってしまう。
だから、確証が欲しい。盗賊団を捕まえたら、遠くの街へ行っても大丈夫だって。
「……ユーゴ。そち、ちょっとはマシな頭を持っているようなのであーる。しかし、使いかたがなっていないのであーる」
だからちゃんと説明して欲しい、根拠を教えて欲しい。って、そう思ってたんだけど。
カスタードはちょっとだけ困った顔をして、でも、なんか知らないけど……上から目線でちょっと褒めたと思ったら、いきなりけなしてきた。うざ。ムカつく。
「そちは一度ですべてうまくいくようにしか、ものごとを考えていないのであーる。失敗を恐れ過ぎている、取り返しのつかない事態を怖がり過ぎなのであーる」
「っ。取り返しのつかない事態は恐れろよ、お前もフィリアも。どうしようもなくなるって意味なんだし」
けなされて……それで、なんとなくだけど、痛いところを突かれた気がした。
一度で全部うまく行くように……考えるだろ、普通。だってそれが一番効率いいんだから。
別に、失敗を恐れてるわけじゃないけど、でも、取り返しのつかない事態に陥らないようにはするだろ、絶対。
なのに……なんか、そんな言いかたされたら、俺がビビってるみたいで……ムカつく。なんだよ、アホみたいな顔してるくせに。
「……むふぅ。そちは少々がさつで、どうでもいいことには粗暴なやりかたも不格好な結果もいとわない、そんな子供のままな価値観が見え隠れしているのであーる」
誰が子供だ。ムカつく。って、噛みつこうとしたら、カスタードは手のひらをこっちに向けて、もうちょっとちゃんと……最後まで話を聞け、って。
それから間を置かずにまたため息をついて、こっちが口を挟む余地を与えないまま言葉を続けた。
「しかし、特定の条件を含むことがら――つまり、そちにとって価値の高いものに対しては、臆病になり過ぎてしまう弱さも持っているのであーる。悪いことではないのであるが、しかし過ぎると成長の妨げになるのであーる」
ぎゅっと、腹の中を掴まれたような気になった。さっき痛いとこを突かれたような気がしたけど、それよりももっと……身に覚えがある感じだ。
「……そ、そりゃ、どうでもいいことは適当にやるだろ。大事なことに慎重になるのも当たり前だ。何言ってんだ、お前は」
「そうではないのであーる。ユーゴ、そちは……」
別に、言われたままのこと全部が当てはまるとは思わない。でも、たしかにそういう考えかたをしてる自覚があった。
だけどそれは、当たり前のことだ……から、そうしてる……んだ。そう……だと、思ってる。
大事なことだから慎重にやる。間違えられないものは大切に扱う。それは……当たり前……だと思ってるけど。もしかして、カスタードは違うのか……?
「世の中には、どうやっても完璧にはならないものがある……いいや、大体のことは完璧なんて不可能に設計されているのであーる。そして同時に、取り返しのつかないどうしようもない事態は、大体どれもなんとかなるものであーる」
そちにはそういう楽観的な思考が、もう少しばかり必要であーる。って、カスタードはちょっと笑いながらそう言った。
説教っぽい感じじゃなくて、諭すような感じじゃなくて。なんて言うか……カスタードも、当たり前のことを言ってるって顔で。
「……それ、本当にいるか……? なんか……ダメな大人の言い訳にしか聞こえないんだけど……」
「失敬であーる!」
じゃあ……たぶん、本当に当たり前……なんだな。カスタードにとっては、そういう……ちょっと諦めたような考えかたが。
それが、賢いやつだからそうなのか、それとも大人だからそうなのか。あるいは、俺みたいに強いわけじゃないからそうなのかはわからない。
でも、そういう考えかたをしてるカスタードが、とりあえず俺達よりは賢い……わけだから。
ムカつくけど、その考えかたにもちゃんとメリットはあるんだろう。ムカつくけど。
「そちのその考えかたは、いつかそち自身を滅ぼすのであーる。我輩は人を見る目があるのであーる。フィリア嬢のように、図太く呑気な生き方も覚えておくのであーる」
「……っ?! わ、私は図太くも呑気でも…………ありません……よね……? ユーゴ、私は伯爵の言うような大人では……」
で……なんか知らないけど、突然フィリアをバカにするから……バカにしたような気がしたけど、一応……褒めてる……のか? 文脈的には。
でも……ごめん。アホだし、まぬけだし、頑固で図太いし、のんきなのは本当にそうだと思うから……ごめん。
「さて、フィリア嬢の話はいいのであーる。そち、本題に入るのであーる。何も人生相談に来たわけではないのであーる」
っと、そうだった。いや、人生相談みたいな話に勝手にしたのはカスタードだけど。
でも、言い争ってる場合じゃない。聞きたいことはほんとにあるんだ。確認のあとには、選択をしなくちゃいけないんだから。
「もし、魔獣の件が盗賊団の仕業じゃなかったとしたら――北にあるって言うもっとやばい組織が原因だとしたら。俺達は待つべきか、それとも急ぐべきか。どっちだと思う」
そう、そっちが問題。
魔獣を抑えているのが盗賊だったら、そいつらを捕まえたら解決だ。
でも、そうじゃないとしたら。そうだと確信するだけの根拠がなかったら。その根拠を手に入れられなかった今、どうするべきなのか。
きっとこれが、カスタードの言う、一度ですべてうまくいくようにしか考えてないってことなんだろう。
でも、一番いい方法を考えるのは当然だ。カスタードは別の当たり前を教えてくれたけど、だからって、俺は俺の中の当たり前を変えたりしない。
カスタードはそんな俺に、呆れた様子も見せずにしばらく考え込んだ。
そして……ゆっくりと、真剣に、出ない答えを必死に出してくれた。
「――我輩ならば急ぐのであーる。しかし、それは盗賊の問題の解決を、であーる」
原因が別であるかどうかは関係無く、まず態勢を整えねばならない。その為には、どちらにも対処出来る力を蓄えるか、どちらかだけでも対処するしかない。
カスタードはそう続けて、ちょっとだけ言葉を止めた。たぶん、俺が口を挟む余地をくれたんだと思う。
浮かんだ疑問を言葉にしろ、尋ねろ、って。ムカつくな、誘導みたいで。
「……でも、それだと前にお前が言ってた作戦と矛盾するぞ。お前はまず南からって言った。北は他のヤバいのがいるから、そっちはしばらく盗賊団に抑えさせる、って」
「むぉっほん。確かに言ったのであーる。しかし、それらは矛盾しないのであーる。問題をいっぺんに抱え込まない為に、ひとつずつ解決していく。その為に、北を放置して南を抑える、と」
それで、俺が聞けば、待ってましたと言わんばかりに答えを返す。ムカつくけど、わかりやすいから……ムカつくな。
「それと同じく、ランデルに魔獣を差し向ける何かの問題と、盗賊団の問題を同時に抱えない為に、まず目に見えている盗賊団に注力する。ランデルの問題が、その北の組織に起因するのであれば、結局そことの対立だけが残る形なのであーる」
北とか南とか、順番はどうでもよくて、より少ない問題と向き合えるようにするべきだ……か。
なるほど、納得だ。たしかに、何から手をつけるかは本質じゃない。どうしたらちゃんと解決出来るかを考えるのが大事だもんな。
「……なんか、お前がまともなこと言うと、やっぱり気持ち悪いな」
「不っ敬であーるっ! そち! いい加減に我輩を敬うのであーるっ!」
まあでも、ムカつくものはムカつく。アホみたいな顔して、気の抜ける声してるくせに。
だけど……やっぱり、聞いてよかった。ひとりで考えてたら、もし答えが出ても不安だっただろうし。
俺の当たり前とカスタードの当たり前は違う。それで、ふたつの違う当たり前で考えた答えは、ひとりで考えた答えよりはいくらかアテになるだろうから。




