第四十話【絡みつく熱】
「まず第一に、なんらかの組織か、個人が、企みを以って行動しているのは間違いないと考えるべきであーる」
カスタードは姿を現さなかったけど、それでも説明はしてくれるみたいだ。あんなにも慌てた手紙を寄越した……俺達を呼び戻さなくちゃならないと思った理由について。
俺達が戻るよりも前には、本当に街を覆い尽くすほどの魔獣が攻めて来てたらしい。街の兵士だけじゃどう頑張っても耐えられないくらいいっぺんに。
けどそれが、俺達の帰還と同じタイミングで一斉に去っていった……って、カスタードはそう言ってる。
そんな馬鹿な話があるか……って、思うんだけど。でも、そうじゃないと状況的に話が合わない。
だって、俺達が見た魔獣の数は、俺がいなくてもギリギリなんとかなりそうな程度でしかなかったんだから。
そして……カスタードはそれを、誰かが、あるいは何かの組織が、意図的にやったことじゃないか……って、そう考えてるらしい。
「ですが、そんなことが可能なのでしょうか。魔獣を使役するなど、あんな獰猛で理性のない獣を相手に……」
けど、そんなこと本当に出来るんだろうか。フィリアも言う通り、あいつらは本当にただ凶暴なだけの怪物で、理性も知性もあったもんじゃないんだ。
少なくとも、圧倒的に強い俺に対しても襲い掛かってくるし、どれだけ返り討ちにしてもひるむ様子すらない。
そんなのを手懐けるなんて、本当に出来るんだろうか。
「違うのであーる。魔獣は何も、飼われているわけではないのであーる」
「使役されているわけではない……? しかし……」
そんなフィリアの……俺達の真っ当な疑問に、カスタードはそうじゃないと言う。
でも、自分で言ったことだろ。魔獣を撤退させたやつがいる、って。俺が来るタイミングを見計らって、魔獣の指揮を執った何かが……
「逆なのであーる。それらはおそらく、魔獣を食い止めることでバランスを取っていたのであーる」
「逆……魔獣を食い止めていた……?」
タイミングを見計らって魔獣を撤退させた……んじゃなくて、俺達が帰ってくるように……帰らなくちゃいけないように、一時的に魔獣を倒さずにいた……ってことか?
そんなの……そんなこと……それが出来るなら、たしかに……街に迫る魔獣の数を、ある程度は調整出来る……かもしれないけどさ。でも、それって……
「……防ぎきれずに決壊した……わけではないのですよね。事実、私達が戻ったころには
……そして今も、魔獣の脅威は去っています。ならば……」
その組織は、今も魔獣の攻撃を食い止めてる……いや。今までもずっと、ランデルに迫る魔獣を倒し続けてくれていた……ってことになる。
そんな組織があるだろうか。って、フィリアもまったく同じ疑問に行き着いて、ふたり揃って黙り込むしか出来なかった。
そんなに力があって、しかも命令を受けたわけでもなく、報酬を要求することもなく、姿も見せずに戦い続ける組織……なんて、あり得ないだろ。
それをするメリットがない。それをする理由も動機もない。それを実現出来る強さがあるなら、隠れてそんなことする意味なんて……
「――あるのであーる。ひとつだけ、この停滞にも価値を見出せるものがいるのであーる。すなわち、この拮抗こそを良しとする集団――」
国の混乱と疲弊、そして回復に努めるがゆえに上向く経済。物流を支配し、物価上昇を是とし、そして自らに迫る法の手を遠ざけることを最善手とする組織。
カスタードはそんな大仰な言いかたで、ひとつの組織の名前を……まだ名前すらわかってないやつらを挙げた。
今、俺達がずっと探している、例のコウモリ盗賊団だ、と。
「まさか……私達がヨロクの視察に訪れていることを知って……っ。いえ、いいえっ! あり得ません。まさか……どうして、何故――」
あり得ない。と、フィリアは珍しく取り乱して大声をあげた。
たしかに、条件に当てはまるのはそれしかないかもしれない。でも、盗賊団がどうしてそんなことをするんだ。
魔獣を倒していたことじゃない。魔獣の数を抑制していたことでもない。
もっと根本的な――それこそ、カスタードが俺達に手紙を寄越したのと同じところから、そんなのはあり得ないんだ。だって……
「――何故――ユーゴのことがもう知られてしまっている――っ⁈ そんな、だってこの子は……」
誰が子供だ……って、つっこみたかったけど、それどころじゃないな。
フィリアの言う通り、その部分が一番おかしい。一番……あっちゃいけないことだと俺も思う。
強いやつがランデルの外に出た。それが邪魔になるから、引き返させるために魔獣を仕向ける。もし、それがこの一件の発端だったとして。
俺が強いって……とんでもなく強いやつがいて、それが俺だって、どうしてもう知られてるんだ。
魔獣と戦うところを見られた……んだとしたら、そんなのは俺が先に気づいてる。目で見てわかる範囲に誰かがいたら気づく。俺のほうがずっと遠くまで見えるんだから。
それに、俺は宮から出歩くこともほとんどない。少なくとも、ランデルで俺のことを知ってるのは、宮に出入りしてる人間の、そのさらに一部だけだろう。
今までに魔獣退治で行った街で見られてた可能性はないわけじゃない。でも、人前で戦った回数なんて数えるほどしかない。
偶然その場に居合わせて……って、もしそうだったとしても、そのたった一回だけの出来事は根拠にならないだろ。
だって俺は、どこからどう見たって……子供なんだから。ムカつくけど、周りの反応を見てれば、簡単に信じられる話じゃないのは間違いない。
じゃあ、考えられるのはもうひとつだけだ。俺の周りに……俺とフィリアの周り――つまりは宮に、盗賊団と繋がってるやつがいる……ってこと。
「とにかく、対策を急がなければならないのであーる。おそらく、また魔獣の大群は攻めてくるのであーる。今度は前回よりも多く――そちらがいてもなお足りないほどの数が攻めてくるでのであーる」
っ。そう……か。いや、そうに決まってる。
これがもし盗賊団の仕業で、目的がカスタードの言う通りだとしたら、次はもっともっと……俺がいてようやくなんとかなる数の魔獣が攻めてくるに違いない。
だってそうだ。兵士が、見張りが、それぞれの街に派遣されたフィリアの部下が、あいつらにとっては邪魔な存在なんだ。
なら、それを引き上げさせる……戻らせないと宮が危なくなるような攻撃を仕掛けるなんてのは、一番効率がいい。
魔獣と戦うのをちょっとだけ休むだけ。たったそれだけで、ランデルから離れた街の防御力を削り取れるんだから。
「裏は取れていないであるが、しかしほぼ間違いないのであーる。そもそも、魔獣を押しとどめられる戦力など、あの盗賊団意外に持っていないのであーる。早急に手を――」
まず、このランデルを死守するための策を練るのであーる。と、いつもより遠くから、でも、いつもよりデカい声が洞窟の中に響く。
カスタードもわかってるんだ。もしもここで対処を間違えたら、盗賊団を捕まえるどころか、魔獣を倒しに行く余裕すらなくなるかもしれないって。
フィリアもそれは百も承知って感じで、勇ましく返事をすると、そのまま急いで洞窟を引き返した。
カスタードは情報をくれるし、きっと頭もいいけど、でも、実際に兵士を戦わせる能力はない。となったら、ここから先はあいつばっかりアテにするわけにはいかない。
今日の話が全部本当なら……カスタードの予想通りだとしたら、盗賊団はもう、宮よりも強い組織になってしまってる可能性さえある。
少なくとも、広い範囲をまんべんなく守らなくちゃいけない国よりも、局所での力はずっと上だと思うべきだ。
フィリアとそんな話をしながら馬車へ戻って、身体も乾かさないままに大急ぎで宮へと向かった。
策を……なんとかして、次の攻撃を耐える作戦を考えるために。
そして、数日後。近い街からはもう兵士も戻ってきて、十分に防御の備えが出来たころ。見計らっていたかのように、魔獣の大群がランデルを襲った。
ランデルから近いほかの街じゃなくて、一番手厚いこの街が。この街だけが。じゃあもう、そういうことなんだな。
「――ここはいい! あっち行け! このくらいなら俺がひとりで倒す!」
全部、カスタードの予期した通り、か。そのうえで、盗賊団はこっちを完全に潰すつもりなんてない。消耗させて、自分達が活動しやすい状況を作ろうとしてる。
悔しいけど、俺にはそれをどうにかする方法がない。どんなに強くても、どこのどいつかもわからないやつは倒しようがないから。
だから、俺に出来ることはひとつ。魔獣と戦って、ほんのちょっとでも多く減らすこと。ほんの数人でもいいから、外の街に兵士を残せるようにすることだけだ。
そんなわけで、俺はひとりで宮を出て、パールから貰った大まかな作戦と、そして現場の指揮に従いながら戦い続けた。
戦えば戦うだけ実感する。数だけ多いこの雑魚なら、制御することも不可能じゃないだろうって。考えもしなかったバカなことが、実現可能なことなんだって。




