第四話【一件落着……】
何日もかけて魔獣を倒して進んだ森林のその向こう、山のふもとの洞窟の奥には、吸血鬼が住んでいる……って、噂があった。
でも、所詮は噂。ほかのところにいるのとは違う魔獣が住んでるくらいだろう……って、なんとなくそう思ってた。
だけど、そうじゃなかった。真っ暗な洞窟を進んで、縦穴を降りて、地底湖を渡ったその先で、でっかいコウモリに襲われたんだ。
そいつら自体は強くもなんともない、ただの雑魚だった。でも……そんな生き物に命令をしてるやつがそこにはいる。
それがわかったとき、そいつの声が聞こえたときには、すごくわくわくした。
今の俺には力がある。フィリアから託された、この世のあらゆるものより強い……なんて、すごくいい加減な力が。
その力を、めちゃくちゃな強さを、発揮する場面がやって来たんだ……って。そう思って、ドキドキして……でも……
洞窟の奥にいたのは変なおっさんで、一発殴ったら気絶するくらい弱くて。がっかりだ、本当に。
「――むっふ……えらい目に遭ったのであーる……そち、我輩をもう少し敬うであーる……」
で……念のため話を聞きたい……って、フィリアが言うから。
全然面白くないし、楽しいこともないし、うざいし、キモいし、ムカつくのに。がっかりおっさんが起きるまで待つ羽目になった。
「おい、カスタードクリーム。お前、本当に吸血鬼なのか? 吸血鬼って言ったら、もっとこう……空を飛べたり、不死身だったり、血を吸ったり……」
でも……このおっさん、頑丈ではあるんだよな。俺が殴ったら魔獣は死ぬのに、このおっさんは気絶しただけ。それもなんかムカつく。
じゃあやっぱり、ただの人間じゃないのかな。本当に吸血鬼なのかも。強くはないし、見た目は変なおっさんだけど。
「バスカーク! バスカーク=グレイム伯爵であーる! 敬えと言ったばかりだというのに!」
変なおっさんは俺の質問に答えもせず、アニメみたいにじたばたしながら怒ってた。
その動きとか声とか、いろんなものが面白くて……悪いやつじゃなさそうだし、倒さなくてもいい……よな?
「……バスカーク=グレイム。力の差は分かったでしょう。大人しく投降しなさい。そして、目的を——この国で何をするつもりなのかを話していただきます」
でも、ふざけた見た目のおっさんを前にしても、フィリアはまじめな顔で、ちゃんとした質問を……尋問を始めた。
それを見てたら笑ってばっかりもいられなくて、ちょっとだけ背筋を伸ばして静かにしてなくちゃいけない気になった。
「目的――であるか。しかし、ならば我輩からもそちらに問いたいのであーる」
そんな空気をおっさんも感じ取ったのか、変な見た目のまま、変に真面目な顔をして、変な声でフィリアの問いに切り返す。
そいつが発する雰囲気がさっきとは全然違って……もしかしたらただ者じゃないのかも。
「……どうして……我輩は殴られたのであるか……?」
ただ者じゃない……こともなかった。俺を睨んでは、フィリアに理不尽を訴える目を向ける。その姿は、先生に泣きつく子供みたいだった。
なんか……そういう顔されると、流石に申し訳なくなる……
「……バスカーク=グレイム。貴方は……ええと……そうです。吸血鬼だというのであれば、貴方は人を襲って血を吸うのでしょう。そんな存在を放置するわけには……」
「血……であるか。確かに、我輩は処女の血を吸う趣味も持ち合わせたのであーる。しかし、それも若いころの話。食の趣味は年を経ると変わるものであーる」
それで……殴った側として、殴った理由をフィリアが説明……は、してないか。
殴らなくちゃいけないと思った理由について質問すると、おっさんは……首をかしげてしまった。
吸血鬼のくせに、血を吸うのは趣味だったとか言って……しかも、今はそうじゃないみたいな口ぶりで……
「今の我輩は、リージィの町のプッディングが大好物であーる」
で……なんか、バカみたいな顔で好物を発表し始めた。なんだこいつ。
しかも、プリンって……もしかして、プリンが好きだからカスタードって名前なのか……?
「……ごほん。どうしてこのような場所に住居を……? 屋敷とは言いつつも、しかしここは天然の洞窟そのまま。伯爵を名乗るのであれば……」
そんなおっさんの間抜けな返答に、フィリアも俺と同じことを考えたのかな。少なくとも、人を襲って血を吸ったりはしてなさそうだ……と。
そうしたら……別の理由で殴ったことを正当化しなくちゃならないから。こんなとこに隠れてた理由を……やましいことがあるんじゃないかって追求し始めた。
「我輩は日の光が苦手であーる。それに、ここは涼しいのであーる」
そんなフィリアの追及を……どこか悪者っぽい要素があってくれという願望を、まるであざ笑うかのようにおっさんはまた間抜けな返答をする。
まあ……そうか。吸血鬼だったら日光は苦手か。薄暗くて涼しい場所にいそうなイメージそのままだ。
で……となると、ここに隠れ住んでるわけじゃなくて、本当に住みやすい場所としてここを選んだってわけだから……
「して、そちらは我輩の屋敷へ何をしに来たのであーる? 盗人かと思いきや、何やら物取りの様子もなし。ただの来客というのなら、我輩は大歓迎であーる」
フィリア嬢のような美人であれば、毎日でももてなすのであーる。と、おっさんはいきなり押しかけられて殴られたとは思えないくらい、にこにこ笑ってそう言った。
殴っておいてなんだけど……このおっさん……
「フィリア。コイツ、ダメだ。ただのおっさんだ。それも、とびきり変なおっさんだ」
これっぽっちも危なくない。変なだけで無害なおっさんだ。
「そちは本当に不敬であーる!」
それも、怒るところ違うよな……? 俺の言葉遣いとか態度には顔真っ赤にして怒るくせに、殴られたことはこれっぽっちも問題にしてないのは……なんなんだ。
なんて言うか……悪いやつじゃなかったみたいだし、謝らないと。って、そう思うのに……そこで怒ってくれないと、こっちもなんか……謝るタイミングが……
「……どうやら、国に害をもたらすものではないようですね。申し訳ありません、こちらの勘違いでした」
「勘違いで叩きのめされてはかなわんであーる……」
いつ、どうやって謝ろうか。って、ちょっと様子を窺ってたら、そのあいだにフィリアに謝られちゃった。
まあ……フィリアがここに悪いやつがいるって言ったから、半分はフィリアのせいでもあるんだけどさ。
でも、殴ったのは俺だし……やっぱり、俺も謝ったほうが……
「しかし、フィリア嬢の美しさに免じてここは許してしんぜよう。そち、感謝するであーる」
あっ……う……謝るタイミング、潰された。フィリアに対して、そして殴った張本人の俺に対しても、許してやるって。
ちょっとキモイこと言ってたけど、でも……許して貰えたなら……
「……なら、もう帰るのか? ちぇっ。吸血鬼だなんて言うから、魔獣なんかよりずっと強い敵を想像してたのに」
でも、謝ってないのが気持ち悪くて、誤魔化したくなって、さっきまでみたいに悪態をついた。
それに、そんなつもりなかったのに、フィリアのせいみたいな言いかたになっちゃった。
「まったく、言わせておけば好き放題。我輩が本気になれば、そちなど一瞬にして干物であーる。自らが赦され見逃されている立場だということを自覚するのであーる」
そんな俺に、おっさんはやっぱり怒ったり悲しんだりしなくて……なんて言うか、子供の言うことだから……って、軽くあしらわれてる感じがする。
ムカつくな、そういうの。でも……ムカついても、今回は俺が悪いから……それもムカつく。
それからもうちょっとだけおっさんと話をして、おっさんが実は百歳を超えたじいさんだったとか、この国が出来るより前から生きてるとか。
そんなちょっと面白い話を聞いて、あんな出会い方したのに仲良くなった気がして……
だから……謝れてないことが余計に……イライラして。なのに……
「お疲れさまでした、ユーゴ。今晩はしっかりと休んでください」
「疲れてない。結局何もなかったんだから」
胸の奥のほうに嫌な感じを残したまま、洞窟を戻って、また宮へと帰った。帰ってしまった。
そして、フィリアと別れて部屋でひとりになると、おっさんを殴ったときの感覚が手の甲をじんじんしびれさせて……
「……次は……謝らないとな……」
おっさんは俺達を……フィリアを歓迎してくれてた。なら、また会いに行くこともある……よな。だって、悪いやつじゃなかったんだし。
あれ……いや、でも……悪いやつじゃないなら、倒す必要もない……から……
この部屋に戻ったら、もう出来ることはほとんどない。ゲームもないし、スマホもない。
だから……ずっと、胸の奥の嫌な感じを飲み込めないまま、自分の手を撫でながら眠りに就いた。
俺は……強い……んだよな……? この世の、あらゆるものより……




