第三十九話【声だけでも】
結局、渡らなくてよくなったハズの地底湖を泳いで渡って、焚き火で身体を乾かして、それからカスタードのところへ行くことになった。
どうしてこんなときに限って洞窟が崩れてるんだよ……って、文句言ってもしょうがないのはわかってるけどさ。でも……ムカつく。
「あらかた乾きましたね。これなら伯爵も許してくださるでしょう。では、行きましょうか」
「……おう」
あいかわらずフィリアは……アホだし、まぬけだし、どんくさい。ムカつく。
でも、今はカスタードに早く話を聞きたいし、怒るのはあとでいいや。
「火を消しますから、少しだけ待っていてください。ランタンがあるとはいえ、いきなり暗くなっては前など見えません。しばらくは手を引いてくださいませんか?」
「えっ……ま、まあ……そのくらいはいいけど……」
さっさと行こう。って、急かしたつもりもないけど、そういう態度に見えたのかな。フィリアは焚き火に水をかける準備をすると、こっちに手を伸ばした。
前はそんなことしなくてもついて来てたような気がするんだけど……もしかして、あんまり見えないまま無理してたのかな。だとしたら……ごめん。
こんなとこで頭ぶって怪我されても困るし、手くらいなら引っ張るから。もっと早くに言ってくれればいいのに。
「……ユーゴの手は小さいですね。べ、別に、私の身体が大きいこととは関係ありませんが……」
「な、なんだよ、急に。別に……小さくないし、これからデカくなる」
それで、手を引きながら洞窟を進み始めたら、フィリアは俺の手をたしかめるように握って、また変なことを言い出した。
俺の手が小さく感じるのは、どう考えてもフィリアがデカいからに決まってるだろ。ムカつく。デブ。
でも……どうしたことか、フィリアは俺の手を、指を、爪を、なぞるみたいに触り始めて……
「……っ。も、もうそろそろ目も慣れただろっ。いい加減離せよ、そんな触んなっ」
「すみません、なかなかない貴重な機会でしたから、つい。ありがとうございます、ユーゴ。おかげでもう目も慣れました」
な、なんか……気持ち悪い、ムカつく。手なんてみんな同じだろ。それをなんか、珍しいものみたいにありがたがって……キモい。
嫌じゃないけど、なんか変な気分だったから。俺はフィリアの手を振りほどいて、さっさと先へと進むことにした。
それからちょっと歩いて、前にはカスタードの声が聞こえたくらいのところまで来た。
けど、コウモリの出迎えも、あのまぬけな声も聞こえなくて……そのまま歩き続けて、アイツがいつもいる空洞に到着しても誰もいなくて……
「……留守……でしょうか。もしかして、崩落があったから避難したのでしょうか。いえ、むしろそれが当たり前と言ってしまえば……」
「おい、そんなのもっと早くに気づけよ」
こんな奥まで来てから言うなよ、そんなこと。戻るのにまた湖を泳がなくちゃいけないんだぞ。
でも……納得。洞窟が崩れてたんだ。それも、普段使ってるだろう出入り口が。なら、避難くらいするよな。
「カスタードのやつも洞窟が崩れたら流石に慌てるか。あんなまぬけでも、自分が死ぬかもしれないってなれば焦るだろ」
じゃあどうしよう。ここまで来たけど、引き返して外を探すしかないのか。って、そう考えてたら、奥のほうからやっと声が聞こえてきた。
不敬であーる。って、いつもより低くて響いた音だったけど、間違いなくあのアホみたいな顔のおっさんだ。
「よくぞ帰ってきてくれたであーる。フィリア嬢、今日は大変な思いをさせてしまって申し訳ないであーる。玄関の掃除がまだ済んでいなかったのであーる」
「掃除……伯爵こそ、ご無事で何よりです。崩落があったようですが、ここは大丈夫でしたか?」
あいかわらず、こんな洞窟を家だと思ってるんだな。変って言うか、頭おかしいだろ。
でも、フィリアはもうそこにはつっこまずに、のんきな顔で会話を続けてた。アホばっかだ。
ふたりのアホさ加減はいつもと同じ……なんだけど……? なんか、今日はいつもと違う……な。
声が聞こえるのに、もう部屋まで来たのに、カスタードが一向に姿を現さない。
「……バスカーク伯爵、どちらにおられるのですか? 出来れば、面と向かって話をしたいのですが……」
「別に、顔見る必要ないだろ、あんなやつ。うっとうしいだけなんだから」
こら。いけません。って、フィリアにちょっと叱られたけど……でも、それはあいつがすることだろ。
いつもみたいに、不敬であーる。って、アホみたいな顔でまぬけなこと……なんで言わないんだろ。
いない……わけじゃないよな、声は聞こえるんだから。じゃあ……もしかして、別の場所も崩れてて、ここには来られない……のか?
でも、声だけは届くから、なんとか話だけはしようとしてる、とか。別ルートから入れる場所があって、そこでずっと待ってたのかも。
「……すまないのであーる。少し事情があって、我輩は今、人前に出られないのであーる」
「事情……ですか。もしや、お怪我をなさったのですか? いけません。ならば、なおさら姿をお見せください。宮には腕利きの医師もおります。手当てが必要なら、すぐにでも手配して……」
フィリアの心配に、ケガはないのであーる。って、返事はあったけど……でも、やっぱり姿は現さない。
それに……こころなしか、声がちょっとだけ……低い? テンション低いからなのか、それとも普段より遠いからなのか、いつもよりくぐもった声だ。
やっぱりなんかあったのかな。いや……ここが屋敷だとすれば、それが崩れて平気な顔してるほうが変なんだけどさ。
カスタードみたいな変なやつでも、家が崩れたらへこむだろうし……
「フィリア嬢、我輩の話はいいから、本題に入るのであーる。ごっほん。まず、ヨロクからの急な帰還、心より感謝するのであーる」
そちらが戻らねば、街は潰されてしまっていたかもしれないのであーる。って、カスタードはかなり深刻そうな声でそう言った。
やっぱり、ヤバかったんだな。俺達が見たもの以上に、ランデルはヤバい状況に陥ってたんだ。陥りかけてた……のかな。それはわかんないけど。
でも、カスタードが手紙を寄越してくれたおかげでなんとか間に合った。なんとか守れた。
フィリアもそれに感謝して、姿も見えないあいつに頭を下げていた。それ、意味あるのか……?
「……伯爵、その件について尋ねたいことがあるのです。ユーゴが確認した限りでは、ランデルが押しつぶされるほどの魔獣の数は確認出来なかった、と」
でも、いつまでも頭は下げてなくて、フィリアはすぐに発生した疑問を口にする。
俺達が来たときにはもう大した脅威じゃなかった。それでも、カスタードはかなり緊急のこととして手紙を寄越したように思える。
勘違い、間違いじゃないとしたら、この温度差はなんなんだろう、って。
するとカスタードも、声だけのくせにまじめそうにして、然り。なんて返事をした。
「そちらが戻るよりも前、たしかに魔獣の数はランデルを食い尽くすほどのものだったのであーる。しかし、そちらが目にした魔獣の数は、とてもそんな水準には及ばないものだった筈なのであーる」
ゆえに、それこそを最大の問題であると、我輩は認識しているのであーる。って、俺達の疑問をそのままなぞりながら、カスタードはかなり緊迫した様子でそう続けた。
やっぱり、アイツも同じこと考えてたんだな。そして、俺達以上に身に迫った脅威として認識してたんだろう。
それからすぐ、カスタードは大きく息を吸って……こっちにまで聞こえるくらいしっかりと深呼吸をして、それから話を始めた。
いつもより重苦しい声色のさっきまでよりも、また更に低く、暗い声で。
裏で手を引いているものがいるのであーる。カスタードのそんな第一声で、俺もフィリアも、ぎゅっと拳を握って緊張したのがわかった。
魔獣を……ランデルを覆い尽くすほどの魔獣をどうにか出来るようなやつがいる。そんな話を今から聞かされるんだって理解したから。




