第三十八話【さっさと話をしたいのに】
気がついたら、窓から差し込む朝日で部屋が照らされていた。どうやら、すっかり寝てしまってたらしい。
疲れてなんてない、もっと戦える……って、そう思ってたけど、パールの言う通り、自分でも気づかないくらい疲れ果ててたのかな。
「……ふう」
でも……ちゃんと、無事な街で目を覚ませた。旅先の知らない天井じゃない、知ってる部屋の、知ってる平和の中で。
昨日はあんまり余裕なかったんだな。いまさらになって、ひと晩明けてからやっと安心を実感してる気がする。
けど、安心で済ませていい話じゃない。ひとまず街は守られたし、問題は解決したけど、どうにも嫌な予感がする。
少なくとも、カスタードは大事だと思ったから手紙を寄越したわけだし。なら、そう思うだけの何かがあったんだろう。
「って言うか……いや、そうだよな。ってなると……もっとまずい……のか?」
カスタードは北も南も調べてくれてる。今のこの国が領土として認めているその範囲よりも外……もっと危ないところも含めて。
それを知ってるカスタードが、至急戻れなんて連絡をするんだから。とてつもない脅威が迫っていた……ように感じられたんだろう。と、そう思ってたけど。
そもそもそれも、ちょっとだけ前提が違うんだな。なんて言うか、あいつが普通じゃないから。
カスタードは洞窟の中にいたんだ。外なんて見えない、聞こえない、関係ない、洞窟の奥深くに。
それが気づくくらいだから、もしかしたら、本当にとんでもない事態に陥ってたんじゃないか?
カスタードだけが気づくような水面下の問題じゃなくて、俺達があとちょっと遅かったら、そのまま街が潰されちゃうような……
「……ひとりで悩んでもしょうがないか。聞けばそれで済むことだし」
まあ、それを何も情報がないまま考えたって、答えが出るわけないんだけどさ。でも、気になるものは気になる。
さっさとフィリアを起こしてカスタードのとこに行きたいけど、昨日もその前も大変だったし。叩き起こすのはちょっとかわいそう……だよな。
それからちょっとして、今朝は珍しく朝ご飯をリリィが運んできてくれた。いつもはフィリアが持ってくるのに……いや、王様が運んでくるほうが変だな。
「おはようございます、ユーゴさん。今朝も早くから起きてらっしゃいましたね」
「なんだよ、知ってたのか。なら、フィリアも早く起こして欲しい。カスタードのとこに行かないといけないんだ」
これから起こして参りますよ。って、リリィは困った顔でそう言うと、ポットのお茶をカップに注いでくれた。
そのくらいは自分でやるのに……って思ったけど、もしかして、怒ってるからなだめてやろう……みたいに思われてるか?
「陛下にもお持ちするところですから、もう少しだけ待っていてください。お食事が済み次第いらっしゃいますから」
「……ん、わかった」
リリィはちょっとだけ笑って、それからすぐに部屋を出て行った。このままフィリアの部屋に行くんだろうな。
しかし、王様より先に俺のご飯を運ぶんだな。なんか……いや、優先されたとかじゃない……よな?
フィリアがそんなに早くに起きないから、起きる時間までは待たないと……みたいな、そういう……
「……ごめん……」
誰に、何に、なんのために謝ったかわかんないけど、ひとりでご飯に向かって謝っておく。
違うとは思うけど、王様より先にご飯を運ばなくちゃいけないやつ……だとか思われてるとしたら、それは……ちょっと、ダメだろ。わがままで嫌なやつになっちゃう。
でも、そんなちょっとした反省は意味も持たなくて、ご飯を食べてしばらく待ったら、ふたりぶんの足音が近づいてくるのがわかった。
廊下を誰かが通る音くらいはいつでも聞こえるけど、明確にこっちに来る足音ってそんなにないから。誰も俺に用事なんてないし。
「……遅いぞ、フィリア。俺はもう行けるから、早く支度しろ」
「おはようございます、ユーゴ。すみません、もう少しだけお待ちください」
それで、ドアが開けば、リリィに連れられたフィリアが姿を現した。なんか、まだちょっと眠そうな顔してるな。アホみたいだ。
「貴方がバスカーク伯爵の手を借りようと思うほどにまで、事態は深刻そうなのですか? 私は数字でしかものを見ていませんから。貴方の直感を今は何よりも信じますが……」
アホみたいな顔してるけど、ちゃんと俺が感じてる気持ち悪さはわかってるみたいだな。まあ、フィリアの中にも同じような違和感はあったんだろうけどさ。
でも、念のために考えは共有しておこう。わかってない可能性もあるからな、フィリアだし。
「別に、俺も大したことないと思ってる。だけど、それなのにカスタードのやつが手紙寄越したんだ。アイツ……たぶんだけど、本当にやばいと思ったんだと思う」
カスタードからは、本当に一大事に見えてたんだと思う。それはきっと、カスタードがビビり過ぎただけ……って意味じゃない。
たぶん、俺達が戻るその前までは、本当にどうにもならない数の魔獣が近づいてたんじゃないかな。
それを伝えれば、フィリアは首をかしげてしまった。そこまでは考えてなかったか。
「私達が戻ってくるまで……? それは……ユーゴの力がなければいけないほどの強敵が現れた……ということでしょうか」
「違う、そうじゃなくて。俺達が帰ってくるのを知って、魔獣の行動が変わったんじゃないか、って」
どうも、俺の考えが……なんとなくの気持ち悪さが伝わってないみたいで、フィリアもリリィも目を丸くしてしまった。ううん、なんて言えばいいんだろ。
「だって、カスタードにとっては、この街がどうなってもあんまり関係ないだろ? あんな変なとこに住んでて、ロクに外にも出てなさそうだし。それなのに気づいたってことは……」
洞窟の奥深くにいても気づくくらいの異変があったんじゃないか……って、そう言っても、ふたりはイマイチ理解してくれてなさそうだ。
ううん、言葉が上手く出ない。状況的に、ヤバいことがあったのは間違いないんだ……と思う。少なくとも、カスタードが俺達を呼び戻すくらいだから。
でも、結果はそうなってなかった。俺達が着いてから見たものはそうじゃなかった。
じゃあ、考えられるのは、その前に魔獣がどっかへ行ってしまった……とか、そういう話しかない。
「……事情が切迫しているのを知って、私達の様子を確認するためにコウモリを飛ばして……それで、宮にいない私達を必死に探してまで手紙を届けて……」
穏やかで楽天的な普段の姿からは想像も出来ない……とかなんとか、意外と失礼なことを言いながら、フィリアはちょっとだけ話を理解してくれた。
そうだ。そうなんだ。あのアホみたいなカスタードがあんなに慌てた手紙を寄越したってことは、だ。
「アイツがわざわざめんどくさいことやったってことは、それなりにデカいことが起こってたんだよ」
危ないかもしれない。じゃなくて、本当に危ない以外には考えられない。リリィもそれには納得してくれたみたいで、ふたり揃って小さく頷いた。
とすれば、さっさと行ってカスタードに話を聞く以外にない。そもそもそういう予定なんだけど、なんでかフィリアがのろまなんだよな。アホ。
支度が終わって、馬車も準備出来て、いらないのに護衛まで集めたら、それからようやく出発出来た。
ただ、今回は前と違う入り口から……別の洞窟から入れるって知ったから、そっちへ向かった。
またあの地底湖を泳ぐのは……フィリアが大変だからな。昨日は雨だったし、水かさもまた増してるだろうから。
なんにしても、またびしょ濡れにならずに済む……させずに済むと思えば、ずっと気が楽に……
「……? フィリア、ここってこんなんだったか? もっと……いや、気のせいかな。なんか、形変わってる気がするんだけど」
「道が……ですか? 自然に出来た洞窟ですし、簡単に変わるとは思えませんが……ええと……」
なったと思った……んだけど。なんか、前に教えて貰った正面玄関……楽なほうの洞窟の、別れ道があったと思う場所が一本道になってるんだけど……
「……言われてみれば……いえ、間違いなく。ここに別れ道があった筈です。それで……この塞がれてしまっているほう、こちらに進む筈だったかと……」
「……やっぱりそうだよな。どうする? 引き返して、前と同じように……」
いや、だから、あっちから行くと……ううん。俺ひとりならいいけど、フィリアも行かなくちゃいけないなら……ううん……
でも、どう見たって道は完全に塞がれてるんだよな。もしかして雨で崩れたのかな? それとも、魔獣がここまで攻めてきた……のか?
「……しょうがない。ここ、穴開けて通ろう。殴って進めばなんとかなるだろ」
なんにしても、崩れたがれきを退ければなんとか通れるだろう。って言うか、なんとかしてここを通らないと。また……
「い、いけません、そんなこと。一度崩落が起こったと言うことは、すでにこの洞窟内は脆くなっているということ。貴方の力で暴れ回れば、今度は洞窟全域が崩落してしまう可能性だって……」
って言われても……いや、ううん。洞窟が全部崩れてカスタードが生き埋めになったら……元も子もないか。
じゃあ、あっちの……前に使ってた道から……行くのか。また、地底湖を泳いで……
なんとかならないものか。って、考えたんだけど、塞がれてないほうからカスタードのとこに行ける保証もないし。しょうがなくもうひとつの入口へと戻ることになった。
結局……か。結局、また…………ムカつく。デブ、痩せろ。




