第三十五話【危機を報されて】
――至急戻られよ。ランデルに危機あり。
カスタードから届けられた手紙には、それしか書かれていなかった。
もうちょっと具体的な説明をしろとか、そういう文句もないわけじゃない。でも、この一文だけだからこそ伝わってくるものもある。
ランデルが……宮があるこの国の首都が、想像以上にヤバいことになってるんだ。
「……っ。戻る……んだったら、どうする。もう今からでも出るか?」
とすれば、俺達は今すぐにでも戻ったほうがいいんだろう。一刻を争う事態だと思うべきだ。
フィリアもそれはわかってるハズ。だからこそ、話せなくなるくらい大急ぎで俺のところへ来たんだから。
「はあ……はあ……よほどのことがなければ、伯爵も文を寄越したりしないでしょう。無茶を承知で今から出発します」
今はまだ日も出てて、ハルはそこまで遠くないから。何ごともなければ、日暮れには到着出来るだろう。
そして、明朝にハルを出発すれば、マチュシーを飛ばしてもランデルまで戻れるハズ。と、フィリアはそう続けた。
だけどそれは……とてもじゃないけど現実的じゃないように思えた。少なくとも、話を聞いてた俺からは。
「それ、出来るのか? 前に行ってただろ、馬を休ませないといけないって」
馬車はずっと走り続けられるわけじゃない。人間の疲労も問題だけど、馬はもっと問題だ。疲れただろうけど頑張ってくれなんて、言っても通じないんだから。
それに、ここからハルまでは魔獣の数も多い。来るときにたくさん倒したけど、それで全部いなくなったなんてことはあり得ない。
となったら、馬への負担はとんでもないことになってしまう。フィリアだってそれはわかってるだろう。
「……いえ、方法はあります。別の馬を借りるのです。ハルで休み、明朝からマチュシーへ向かい、到着し次第交渉すれば……」
馬を代えれば走れる……か。だけど、それだとマチュシーでの滞在時間が伸びて、ランデルに着くのはもっと遅くなる。
しかも、到着が遅れるだけならまだマシで、遅くなったらなっただけ、真っ暗な中を走らなくちゃいけない。
俺はいい。だけど、馬はそんなに暗い道を走れない。それに、馭者だってみんなだって、どこが道なのかわからなくなるかもしれない。
フィリアもそれはわかってる。だけど、その問題に目を瞑ってでも戻るべきだ……って、そう言ってるんだ。
なら、俺はそれに従う。そして、それで問題が起こらないように手伝ってやらないと。
「そうと決まればさっそく準備を。ユーゴ、私の部屋から荷物を持って来てください。何が足りなくても構いません、目についたものはすべてカバンに放り込んでください」
「ん、わかった」
緊急で馬車を動かすから、街を離れるから、役場の手続きと、それに護衛の召集もしなくちゃならない。
そういうの、全部フィリアにしか出来ないんだよな。俺がもうちょっといろいろ出来るようになってれば、もっと手伝ってやれるのに。
けど、今は出来ないことに文句を言ってもしょうがない。せめて、任されたことを……荷物の準備をさっさと終わらせよう。
そう思って、フィリアの部屋に向かって、丁寧にまとめられた資料とか、畳んである着替えとかをカバンに詰め込んで…………
「……? っ⁉」
それで……着替えの中には、当然…………アホ! デブ! まぬけ! デブ!
荷物を纏めてちょっと待ってたら、息を切らしたフィリアが役場に戻ってきた。どうやら、連絡は全部終わったっぽいな。
けど……なんて言うか、フィリアが走ると……
「はっ……はっ……はあ……? ユーゴ、どうかしましたか?」
「……うっさい、デブ」
ムカつく。ムカつく、ムカつく。本当にムカつく。フィリアはデカいから、ただでさえ目立つんだ。それが……ムカつく!
でもそれ以上に、もっとムカつくのが……
「近寄るなっ! デブ! アホ! まぬけ!」
「で……っ。な、何があったかは知りませんが、そんなに毛嫌いしなくても……」
荷物準備させるなら、その……ちゃんとしとけ! アホ! デブ! そういうところが子供扱いなんだ! ムカつく!
でも、フィリアがどれだけアホで、俺がそれにどれだけイラついてても、今は遊んでる暇もない。邪魔はしないから、さっさと出発の準備進めろ。アホ。
「手早い準備、感謝します。先ほど説明した通り――」
そして、ちょっと待ったら一緒に来た兵士も揃って、フィリアから正式な頼みが……指令が下される。
ランデルで問題が起こった。それも、今すぐに対処しなくちゃならないほどの問題が。
だから、今から馬車でハルまで戻って、次の日にマチュシーまで戻って、そこで馬車馬を借りたらその日のうちにランデルまで戻る。
最終的な到着は夜中になるかもしれないけど、なんとしても急がなくちゃならない、って。
それを聞いた兵士は、みんな迷うことなく頷いて、それぞれが出発するのに必要な準備に取り掛かった。
荷物を運び込んで、馬車と馬を繋いで、その確認をして、俺とフィリアが乗り込むのを見届けて、そして……
「――では、出発します。陛下、揺れにお気をつけください」
「はい。アッシュ、暗い中の移動になりますが、どうかよろしくお願いします」
どれだけもしないうちに馬車は走り出した。
いつもよりテキパキ進んだように感じたけど、それはきっと、確認すべきものをいくつかすっ飛ばして無理矢理間に合わせたってことなんだろうな。
となると……ちょっとしたトラブルでも大きな問題になりかねない。来るときよりも慎重に……一頭の魔獣も寄せつけないくらいの気持ちで戦わないと。
「……あの、ユーゴ……」
「――っ! お、俺はもう外に出てるから! どうせすぐに魔獣が出てくる。街に着くまではずっと外にいるからな!」
俺がみんなを守るんだ。って、気合入れてたら、フィリアに声をかけられて。そんなのはいつものこと……なんだけど。でも……今はちょっと……ムカつく!
別に、そんなの関係ないし、フィリアなんてどうでもいいけど、どうせ魔獣が出てくるのは本当だから。馬車を出て先頭を走ることにした。
「ムカつく……ムカつく……アホ、デブ。デブ。デブ!」
イライラする。本当にムカつく。でも、魔獣の気配がしたらそれもすぐに引っ込んだ。
来るときに結構倒したのに、まだそれなりに残ってるな。たぶん、この数日のあいだに別のやつが流れ込んできたんだろう。なわばり争いで負けたやつとかが。
「ムカつく! ムカつく! お前ら、ちょうどいいからストレス発散させろ!」
じゃあ、帰りはもっと雑魚ばっかりか。そう思ったら……またイライラが戻ってきた。ムカつく!
そして、馬車は何ごともなくハルに到着した。予定よりもちょっとだけ早く、まだ街に明かりが灯ってるころに。
あとは、荷物を降ろして宿へ向かって、今日はさっさと寝るだけ……なんだけど。
「寄るな! デブ!」
「っ⁈ ど、どうしてそんなにまで……」
荷物を持とうとした俺に、代わりに持ちますみたいな顔しながらフィリアが近づいてきたから……ムカつく。子供扱いすんな。ムカつく。デブ。
ただでさえイライラしてるのに……デブ! このデブ! アホデブ!
「……こほん。皆、お疲れさまでした。すぐにでも宿へ入って休んでください。すみません、アッシュはまだ馬の世話をしなければいけないのでしょうが……」
「大丈夫です、お任せください。陛下もおつかれなのですから、ゆっくり休んでください」
アホなフィリアの号令で、とりあえずみんな宿へと荷物を運び込み始める。でも、アッシュには……馭者にはまだ仕事があるみたいだ。
だったら手伝おうかなって思ったんだけど、それを見抜かれたのか、アッシュは俺の頭を撫でながら笑った。
「子供扱いすんな。うざい。俺のほうが強いのは、見てたんだからわかるだろ」
「はは、悪い悪い。だけど、だからこそゆっくり休め。一番強いお前が疲れてたら、俺達全員困っちまうんだから」
それは……そうだけどさ。ムカつく。そういうのも全部子供扱いだ。本当に……ああもう。フィリアのせいで全部イライラする。デブ。
「アッシュは細かいところに目が向きますね。おかげで皆ゆっくり休めそうです」
「いえいえ、私は何も。では、これで失礼します。馬の手入れを怠れば、明日はご期待を裏切ることになってしまいますから」
ムカつく。そうやって俺とアッシュが揉めてるのを見た周りがなんかリラックスしてるのもムカつく。ああもう、どいつもこいつも子供扱いしやがって。
でも、もう言い返す時間は終わりって言わんばかりに、アッシュは馬を連れてどこかへ行ってしまった。お前も自分のするべきことをしろって言われた気分だ。ムカつく。
「それでは、私達も。ユーゴ、また明日もよろしくお願いします」
「っ……わ、わかってるよ! このデブ!」
アッシュを見送れば、フィリアもまた似たようなことを言いながら……近づいてきたから。イライラして、大きな声で怒鳴っちゃった。
そしたら……そんなには太ってません! って、フィリアも怒鳴って……ご、ごめん。そんなに気にしてたのか……
「けほっ、けほっ。と、とにかく、今日はもう休みましょう。いつもありがとうございます。それはそれとして、女性にあまり体形のことを言ってはいけません。わかりましたね」
「お、おう……ごめん……」
むせるほど大きな声出すなよ……王様なんだから……
でも……そういえば、カスタードの洞窟に行ったときにも怒られたっけ。あんまりデブって言うなって。だ、だけど……今日はフィリアが悪い。フィリアが……アホ!
でも、まだ安心していい状況じゃない。まだランデルまでは遠いんだ。
明日は今日より長い距離を戻らなくちゃいけないし、戦わない代わりに、手続きとかやること多いんだから。
だから、まだちょっとイライラするし、文句も言いたかったけど、フィリアをさっさと休ませるために、おとなしく部屋に戻った。
そもそも、着替えは自分で整頓しとけよな。ムカつく。ああもう……ムカつく。




