第三十四話【あっちもこっちも】
ゲロ男から貰った情報は、それなりには役に立つものだった。特に、魔獣退治の、その順番を決めるときに。
ただ、ちょっとだけ問題なのは、優先して解決するべきものがそれじゃないことか。今は魔獣より、この街で盗賊を捕まえるのが目的だから。
そういうわけで、せっかく貰った魔獣の情報を活かすこともせず、フィリアは街での聞き込みを繰り返した。
見張りを増やしたけど、それも連れて来た数人の兵士が加わったってだけの話。やっぱり、被害者から情報を募るのが一番手っ取り早そうだから、って。
けど……二日経っても、それらしい手がかりは聞けないまま。それどころか、俺達がここへ来てからは、まだ一件も盗みの被害は報告されてないらしい。
「……あの酔っ払いに聞いてみたらよかったかもな。次に盗賊団が現れるのはいつか、って」
たぶん、俺達が……よそから馬車が来たから、警戒して様子を窺ってるんだろうな。
その馬車が役場に停まって、何日も経ったのにまだ出て行くそぶりを見せないから。自分達を逮捕しに来た憲兵だと思ってるのかも。
少なくとも、あのゲロ男は俺達が国軍の力を借りてここまで来たって見抜いてた。なら、盗賊団にも賢いやつがいれば、同じように気づいても変じゃない。
そういう意味では、ゲロ男に聞いておくべきだったかもしれない。もしもお前が盗賊団なら、次に動くとしたらどういう条件が揃ったときか、って。
とは言っても、そんなの思いついたのは、こうして被害が出ない日が続いてからだから。いまさら言ってもしょうがないんだけど。
「……もう一度会う機会があれば、聞いてみてもいいかもしれませんね。どうしたら盗賊団を捕まえられるか……と」
で……俺よりフィリアのほうが現状に参ってるから。半分冗談、半分嫌味みたいな言いかたになった俺の提案に、ため息交じりに賛同したんだろう。
いつもみたいにアホでいればいいのに、こんなときだけちゃんと悩むなよ。なんか……悪いことしたみたいになるだろ、俺が。
「……ふう……少し、北の様子を見に行きましょうか。北東には魔獣そのものは少ないとのことでしたし、あまり派手な戦いはせずに済むでしょう」
それでも、フィリアはしばらく悩んだあとに、眉間にしわを寄せたまま変わった提案をする。
魔獣がそんなにいない北側……その中でも、盗賊団と別の何かが戦ってるらしい場所を避けた、北東の様子を見に行こうって。
もしも魔獣がいない理由が、より危険な存在によるものなら。それに対する警戒を早いうちから深めるために、って。
「北……か。ちょっとは面白そうだし、いいぞ」
魔獣はいない。戦うことにはならない。何より、直面している問題の解決には一切かかわらない。
たぶんフィリアは、俺が暇そうにしてるから、ちょっとでも退屈しのぎになれば……とか、そんなこと考えて言ったんだろうな。また子供扱いだ、ムカつく。
でも、待ってても結果が出ないなら、関係ないことでも手を進める価値はある……と、思う。
じゃあ、聞き込みを続けるよりはいくらか楽しそうだし、フィリアがいいならやってみるべきだ。
とは言っても、いつもみたいにふたりで勝手に……ってわけにはいかない。
この辺りは知らない場所だし、迷って帰れなくて、それで騒ぎが大きくなれば盗賊はもっと動かなくなるだろう。だから……
「今回の目的は、街の周囲に住まう魔獣の種類の確認です。襲われれば当然撃退しますが、しかし可能な限り戦闘は避けるようにお願いします」
だから、案内役の護衛をつけて、馬車に乗って、また別の名目をでっちあげて出発する必要がある。
ゲロ男から魔獣の情報は貰ってるけど、それはあくまで信用ならないもの。みんなに共有するには、どっちみち自分達で確認してからじゃないとな。
でも……うーん。実際、ゲロ男の話は本当っぽいんだよな。門から馬車が出発して、しばらく走った今も、魔獣の気配を感じないし。
これだと本当に、行って帰って何もなかったって、それだけで終わりになりそうだ。
「ユーゴ。気持ちはわかりますが、もう少し真剣に……集中してください。南から来たときよりも危険にさらされる可能性だってあるのですよ」
「わかってるよ。別にサボってるわけじゃない。まだ魔獣の気配もないし、いいだろ」
っと、フィリアに注意されるほどふてくされて見えたのか。なんか……自分で思ってるよりも子供っぽいのかな、俺って。ムカつく。
でも、本当に何もなさそうなんだよな。少なくとも、目の前の荒れ地には。
そして、馬車はしばらくのあいだまっすぐに走り続けた。何も出ない荒れ地を、何ごともないままに。
だけど……
「……ここから歩いて進む……というのも、なかなか難しいですね……」
急にゆっくりになったと思ったら、何もない場所で止まってしまった。
何ごとだろうと進行方向を見ると、どうやら段差や大きな岩が邪魔で、馬車だとこれ以上は進めないらしい。
なんだよ、やっぱりふたりで来たほうがよかったじゃないか。ムカつく。
「仕方ありません、戻りましょう。予想以上に魔獣の数が少ない……どこかへ逃げてしまっているのだと、それが確認出来ただけでもよしとしましょう」
止まった馬車ののぞき窓から身を乗り出して、その荒れに荒れた地面が続く先を睨むと、もう少し先に林があるのがわかった。
フィリア達からは、それが山なのか森なのかもわかんないくらい遠い……けど、緑があることくらいは見えてるかな?
せめてあの場所まで行けたら、魔獣とも戦えるんだろうか。あそこなら隠れる場所もあるし。
だから、たぶんいるよな。まだ気配を感じ取れるほどは近くないけど――
「――っ!」
突然、胸の奥のほうがざわざわした。わかんないけど、嫌な予感……ってやつだろうか。
前に、めちゃくちゃデカい魔獣が見えてなかったことがある。気配を感じてても、それがなんなのかわかってなかったことが。
もしかして、それか? 今も、そういうのがあるのか? まだ、何もいない……って、そう思ってるけど……
「……っ。フィリア、俺達だけでも見に行ったほうがいいぞ。この先、ヤバい」
「っ。やはり、ジャンセンさんの読み通り……でしたか」
ゲロ男は言った。北には魔獣さえ近寄りたくないような何かがあるかもしれない……って。そして、ゲロ男の情報は、ここまで全部完璧に当たってる。
うざいし、キモいし、クズだったけど、あいつの話は信用しても問題ない。だとしたら……俺が感じてるこの変なざわざわも、あいつの言ってた通りな可能性が高い。
見に行くべきだ。少なくとも、俺は行ったほうがいい。行けば、それがなんなのかを理解出来る。理解出来れば、次に何かあったときに先に感じ取れるハズ。
そう思って、フィリアの手を引いて提案した……んだけど……
「……いえ。今日のところは一度引き返しましょう。後日、調査としてしっかり兵力を整えてから向かいます」
フィリアは小さく首を振って、それはしないと否定した。それは、王様としての判断……そして、命令なんだと思った。
「出発時に言った通り、今はその危険を刺激しないことが肝要です。貴方とて、慣れない環境では後れを取る可能性もあります。負けるなどとは思いませんが、しかし……」
もしも取り逃したら、倒せなかったら、そいつが次に襲うのは街かもしれない。フィリアはそう言って、まっすぐに俺の目を見た。
そうなったら、盗賊団は余計に活動を控えるだろうし、そもそも街に被害が出かねない。それは……たしかに、絶対に避けなくちゃダメだ。
「わかった。フィリアがそう言うなら」
「ありがとうございます。では、今日のところは戻りましょう」
本当は今すぐに見に行きたい。見に行って、逃がさずに倒す自信だってある。
それでも、それをやっちゃうと……フィリアの命令に背いてまで戦うと、俺はただの危ないやつになりかねない。好き勝手に暴れる、怖いやつに。
それはダメだ。なら、ここはちゃんと言う通りにしよう。少なくとも、フィリアの言い分にも一理あるんだから。
そして、馬車は何ごともなく街へと戻った。得られた情報は、ゲロ男の話はちゃんと本当だった……ってものだけ。ムカつく。
それで、フィリアはそのまま役場の大人と話をしてて、俺は先にひとりで部屋に戻ることになった。
何をするにも、俺がひとりで出歩くわけにはいかないから。次の予定が決まるまでは待ってなくちゃいけない。
「……何がいるんだろ。魔獣……なのかな。もっと強い、もっとデカい、もっと……」
林の木よりもずっとデカい魔獣は……その近くに魔獣が寄らないなんてことは引き起こさなかった。じゃあ、アレよりももっとデカいのか、もっとヤバいのか。
考えてもイメージは出来ない。少なくとも、現実に存在しそうなのは。ゲームのボスキャラなら思い浮かぶけど。
ってことは……もしもあの林を調べて、魔獣が近づかない原因のボスと戦ったら。俺はまた、もっともっと、今では想像も出来ないくらい強くなる……のかな。
「これ以上強くなったら……どうなるんだ……? そのうち地球も壊せるようになる……のか?」
もしそうなると……どのくらい加減しなくちゃいけないんだろ。ちょっと……怖いし、面倒だな。
そこまで強くなったころには、俺もちゃんとひとりで戦えるようになってるかな……? もしなってなかったら――
「――ユーゴ! ユーゴ、いますか! ユーゴ!」
突然、フィリアの声が聞こえた。まだちょっと遠くから、いつもののんきさからは想像出来ないくらい切羽詰まった声が。
その声が足音と一緒に近づいて来て、ノックもせずにドアを開けて、そして……
息を切らしてまともに話も出来ないフィリアから手渡されたのは、一枚の手紙だった。便箋に直接封をした、厚手の立派な紙。
そして、そこに記されていたのは……
「……至急……戻られよ。ランデルに…………っ!」
――ランデルに危機あり。それは、カスタードからの火急の報せだった。




