第三十三話【案外まとも】
なんだかわかんないけど、フィリアはゲロ男に勝ったらしい。酒飲みとして。
なんにしても、向こうが勝手に潰れて、じゃあこれで別のやつに話を聞きに行けるな……って、思ったんだけどな。
どうしたことか、フィリアはゲロ男を宿に送り届けようとか言い始めた。わざわざ周りのやつにこのクズが泊ってる宿まで聞きだして。
そんなことしてどうするんだ。そうまでして話を聞くほどじゃないだろ。って、何回も止めたんだけど。でも、フィリアはどうしてもそれを譲らない。
まあ……本当に賢いやつなのはわかったから、理解出来ないわけじゃないんだけどさ。でも、だったらなおのこと、深入りし過ぎないようにすべきじゃないのか。
それで、ゲロ男を宿の布団に寝かせて、もうしばらく待ったあと……
「……う……ぁあ……頭いってぇ……? あれ、ここ……俺、いつ部屋戻ったっけ……」
「ああ、気づかれましたか。気分はどうですか、ジャンセンさん」
わざわざ介抱してやった甲斐があったのか、ゲロ男はこのあいだよりはいくらかマシな顔色で目を覚ました。
目を覚ましたけど……そりゃ、知らないあいだに部屋に帰ってたら怖いよな。かなり困った顔してる。
「……フィリアちゃん……? あれ……えっと……? 俺……酒飲んでて……? あー、はい。お持ち帰り成功したのね。それじゃさっそく……さっそく……?」
「……? どうかなさいましたか? ジャンセンさん?」
困った顔で、困ったようなしぐさで、困り果てた様子で、ゲロ男は俺達と部屋とを交互に見ていた。
それで……まあ、ちょっと……なんだろ。なんか、クズだし、キモいし、うざいけど……かわいそうになってきたな。
「……え? え? あれ、なんか微妙に記憶ないけど……俺さ、潰れた……よね? なんか……フィリアちゃんが……フィリアさんがバケモンみたいにがぼがぼ飲んでて……」
「ど、どうして呼び直したのですか⁈ ごほん。その……はい。私達が来る前から飲んでらっしゃいましたし、少し過剰だったようですね」
バケモン……そっか。フィリアのあれは、世間一般には……お酒が飲める大人から見れば、化け物みたいに見えたんだな。よかった、俺だけの勘違いじゃなかった。
それで、そんな化け物みたいなフィリアが、ひとりだけ平気な顔でそこにいるから……
「――お――お――女の子にお持ち帰りされたぁあ――っ! 逆だ――逆だろ普通は――っ!」
「えっ? ど、えっ、わっ……お、落ち着いてください、ジャンセンさんっ。どうなさったんですか⁈」
いや、フィリアも落ち着いたほうがいい。じゃなくて。
言ってることはよくわかんないけど、たぶんキモいこと言ってるんだろう。でも、ゲロ男の心情もわからないでもない。
なんとなくだけど、女子に負けると……ムカつくよな。しかも、自分より弱そうだと思って勝負仕掛けてただろうし。なおのこと……みじめだな。ざまあみろ。
「――フィリアちゃんナニモンだよ――っ! 割としょっちゅう潰れるとはいえ、俺だって結構酒強いんだけど⁉ ザルとかいうレベルじゃ――じゃなくて!」
なんかよくわかんないけど、ゲロ男の目論見は外れたらしい。ちょっと清々した。
そんでもって、ゲロ男は事情を……状況の把握と、自分の目的の未達と、フィリアの企みと、とにかくいろんなものをいっぺんに飲み込もうと大慌てだ。
で……そんなゲロ男を見て、フィリアも慌ててる。アホ。勝手に墓穴掘ってくれそうなんだから、ほっとけばいいのに。
「……あー、くそ。マジかぁ……ええー……へこむ……まさか飲み負けて逆に持ち帰られるとか……だっせぇ……っ」
「あ、あの……その、持ち帰り……というのとは、たぶん違うかと……」
とか言ってるあいだに、なんかちょっと落ち着いちゃったっぽいな。まあ、話しを聞くのが目的なら、落ち着いて貰わないといけないんだろうけど。
それにしても、見事にすれ違ってるな、会話が。どっちもアホだ。
「……え、何。そういう目的がないんだったら、なんでここにいんの。ていうか、なんで帰んなかったの。わざわざこうして連れ帰って……ってことはさ、やっぱなんか目的はあんでしょ?」
アホ……だけど。やっぱり、ゲロ男のほうがフィリアよりいくらか賢いんだな。まだ酔っぱらった顔してるのに、冷静にこっちの話を引き出そうとしてきた。
って言っても、店で見たあの威圧感みたいなのはなくて、腹の探り合いってよりは本当に事情を掴めてないってだけなのかな。
「はい、目的は別にあります。その、最近の情勢について……いろんな街の事情について、話を聞きたくて」
そんなゲロ男に、フィリアがまっすぐ目的を伝えれば……信じられないくらいアホな動機を、考えられないくらい取り繕わずに言えば、頭を抱えられてしまった。
まあ……ムカつくけど、ゲロ男の気持ちはちょっと……ほんのちょっと、わかる。
「……はあ。めっちゃ……めっちゃへこむ。逆なら逆で、まあおいしい思い出来るならそれも……って、思ってたのに……っ。なんだよ……なんなんだよ、それ……」
「あ、あの……ええと……?」
わかんなかった。思ったよりキモいこと言ってそうだ。やっぱりこいつ、人間のクズなんだろう。
「……あれ? あのさ、そーいや金どうした? 俺の財布……は、減ってる感じないけど。もしかして、ぶっちぎった? 見かけによらずやるねぇ……って……」
クズ……だろうけど、やっぱり察しはいいんだな。それと……もう、フィリアが頭おかしいアホだってこともいい加減に理解したらしい。
「ええと、酒場の代金のことですか? はい、それならこちらでお支払いしておきました。つき合わせてしまたのはこちらですから」
ゲロ男はもう驚きもせず、疑うこともせず、ただ……あり得ないものを見るような……見下げるような、そういう嫌な目をフィリアへと向けていた。
「マジで言ってんの、フィリアちゃん。悪いけどとても信じらんねえな。それするメリット、どこにあんの」
信じられない……ってのは、その話が信じられないんじゃなくて、そんなことするアホの存在が信じられないんだろうな。
もうゲロ男はフィリアの性格について把握してて、本当にそんなアホなこと言ってるんだって理解してる。理解したから、納得出来ないんだ。
でも……フィリアは本当にアホだから、のんきな顔で、ほかの人とは感覚がズレてるんだろうか……? とか、ボケたこと言い出して……それは今更だろ、このアホ。
「ズレてるってか……いや、もうそれはいいや。いろいろ感謝するぜ、フィリアちゃん。俺に出来る範囲でなら、なんだって礼するよ」
「本当ですか? では、早速ですが……まず、このヨロク周辺の魔獣の分布について、教えていただけませんか」
アホ。このアホ。アホ過ぎる。アホ過ぎる……けど、そのおかげで、またしてもゲロ男の目論見を外せたっぽいな。
こうまでしたからには何かしらの要求があるんだろう。って、俺でもそう思うんだ。なら、ゲロ男もそういうのを身構えてたに違いない。
なのに、飛び出したのは魔獣の分布がどうとか……アホな質問だったから。ちょっともう、疲れた顔になってる。
「……天然なのか、それともまじめなのか、区別がつかねえな。まあでも……なんでもするって言ったしな。いろいろ教えてやるよ」
疑い疲れた……んだったら、こっちとしては好都合だけど。そこらへんはわかんない。ゲロ男はフィリアと違って、考えを表に出さないから。
でも、聞かれた話にはちゃんと答えてくれて、この辺りの魔獣について、結構詳しく教えてくれた。
南には、獰猛で数の多い、狼みたいな魔獣がいる。これは、俺達がここへ来るまでに倒したやつだな。嘘は言ってなさそうだ。
そして西にも似たようなのがいて、そっちにはさらに虫の魔獣も巣を作ってる場所があるとか。
「東……特に北東の方角には大したのはいない。けど、それはたぶん、もっとやべえやつがどっかに潜んでるからだと俺は読んでる。併せて北も同様だ」
魔獣どもが近寄らないくらいやばいもんが何かなんて、俺じゃ想像も出来ない……って、ゲロ男は両手を挙げて、降参って顔でそう続ける。
今のはカスタードの話と重なるから、やっぱり嘘は教えられてなさそうだな。意外と信用出来る奴なのか……?
「で、そんなわけだからさ。北のほうでしか取れない作物とか、そっちで作ってる工業品なんかは高く売れるわけ。もちろん、苦労はデカいけどな」
「なるほど……しかし、そんな危険な場所を巡って、採算は合うのですか? とても労力に見合うだけの利益が出るとは思えないのですが……何か特別な、魔獣に襲われにくい経路を知っているとか?」
信用出来るかも。って、俺でもそう思うくらいだから、フィリアが信じないわけもなくて。
もし特別に安全な方法があるなら教えて欲しい。って、頭を下げて頼み込んだ。王様なのに。命令すればいい立場なのに。
でも……
「……ごめん、そんなのはさすがにない。でも、なんか……あー、わかっちゃった感じある」
ゲロ男は申し訳なさそうに目を伏せて、そして……身体を起こして、膝に肘をついて、呆れた顔でフィリアと向き合った。
「フィリアちゃん、素がそれなんだ。だから、俺の介抱も当たり前にやったし、金も出したし、見返りも求めない。たぶん、誰にでもそれやるんだよね。誰にでも、分け隔てなく」
「……ジャンセンさん……?」
その目は、フィリアを叱ってるときのパールとそっくりだった。
そして、そんな目のままこっちに顔を向けて、なんか知らないけど勝手に納得した感じ出して、またゆっくりとフィリアのほうを見つめ直した。
「……それ、絶対損するからやめといたほうがいいよ。善意には善意が返ってくるとか、そんな都合いい話ないからさ」
嫌なやつ……だと思ってた。最初は、ただのクズだと思った。クズで、どうしようもないキモいやつだって。
でも、頭がいいってわかって、それがこっちの腹の中を見透かしてくるみたいに思えたから、嫌な敵だと思ってたんだ。
けど、今のゲロ男は……違う。嫌なやつでもないし、キモくもない。いや、キモいけどさ。
キモいけど……たぶん、大人として、フィリアに注意してる感じがする。
「……ごめん、まだ酔ってるわ。余計な話だったね。で、なんだっけ。俺が採算取れてるか……だったよね」
だけど、すぐにまたキモい顔に戻って、今のまじめな話をからかうみたいに元の話題へと戻した。
もちろんぼろ儲け出来てる、でなくちゃやってない、って。
「都合のいい安全ルートはないけど、危険な道をなんとか押し通る方法ならある、とだけ。あんまり大きな声では言えないけどね」
「国軍と通じている私には、とても話せない内容……ということですね。わかりました、これ以上の詮索はしません」
ゲロ男にはもう、店で見た威圧感も、さっきあった大人っぽさもなくて、へらへらしてるクズに戻っちゃったみたいだった。
それでも、フィリアは態度を変えずに頭を下げる。欲しかったものをくれてありがとう、って。
「見て回った感じ、どこの街も同じだよ。魔獣がいて、人がいて。魔獣が多い地域があって、それでもうまいことやって生き延びてる人がいる。ま、ここほどヤバいとこはそうないけどさ」
「なるほど……貴重な話をありがとうございます。また機会があれば、そのときはゆっくりお酒を飲みながらでも聞かせてください」
フィリアちゃんとはもう飲みたくないかな……って、ゲロ男が心底嫌そうな顔でそう言って……そして、この話はおしまいになった。
聞きたかった魔獣の分布について、そしてほかの街の様子について、思ったよりもちゃんと聞けたな。
じゃあ……あんだけ嫌な思いしてでも、粘った甲斐はあった……のか……?
宿を出て自分達が寝泊まりする役場へと向かうあいだ、フィリアは伝えられた情報を上機嫌でまとめていた。
それをもとにすれば、もっと多くの魔獣を倒せる、もっと多くの人を守れる。って、そんな顔で。




