第三十一話【望んでなかった】
ヨロクに到着した翌朝、いつもよりちょっとだけ明るくなってから目が覚めた。
思ったより疲れてたのかな。それとも、危ない場所を通るっていう緊張から解放されて、ゆっくり休めたのかな。
理由はわからないけど、とにかくしっかり休めたみたいだ。まあ、寝なくても平気だったと思うけど。
そして、起きてしばらくするとフィリアが呼びに来て、朝食と一緒に今日の予定を持って来てくれた。
予定って言っても、やることはそう変わらない。昨日はすぐに切り上げたけど、今日はちゃんと聞き込みをしようってだけ。
いわく、魔獣と戦うために、砦や武器がここに来るまでの街よりもずっとちゃんとしたものになっている、と。
それらを生産、整備するために、建築や工業もずっと発達した街だ……って、フィリアは言ってた。
それこそ、ランデルよりも盛んになっているだろう、って。火急の需要があったから、比較的安全な王都よりも更に進化したんだとか。
まあ、そういう事前知識をちょっとだけ入れて貰いはしたけど、だからって比較出来るほどほかの街をちゃんと見てたわけじゃないしな。
だから、そう変わったものに見えるとは思わない……思ってなかったんだけど……
「……へー。なんか、ここはちょっと違う街なんだな。あんまり田舎っぽくない」
ご飯を食べ終えて、フィリアと街に繰り出したら、すぐに違和感に……今までに見たのとは違うってことに意識が行った。
そう言われてたからそう感じるのか、それとも本当に違いがわかるのかは、正直俺もよくわかんないけど。
「田舎……そうですね、ここはランデルともほかの街とも違い、農業もあまり盛んではないですから。建物も大きいですし……」
農業……なるほど。たしかに、ランデル……宮のある街でも、普通に畑や果樹園があるもんな。
この街にはそういうものがあんまりないから、それが違和感なのかも……って、そういう話じゃなくて。
「なんとなくだけど、ここはのんきなやつばっかじゃない感じがする。フィリア、あんまりふらふらするなよ」
「のんきな……ええと……?」
たしかに、街としての機能が違うのはわかった。言われたとおりにしかわからなかった……とも言えるけど。
だけど、違和感として引っかかったのはそこじゃない。気になったのは、そこに住んでる人の……温度? 空気……って言うか……オーラ? みたいなものだった。
この街はほかの街よりももっと危ない場所だから、魔獣の数が多いから、それでピリピリしてる……だけかな?
それに、今までに行った場所に比べて、出歩いてる人の数が少ない……気がする。それはまあ、屋内での仕事が多いってことでもあるんだろうけど。
とにかく、この街の人達はあんまりのんびりしてなさそうだ。いい意味でも、悪い意味でも。
「……ま、どうせ大した問題にはなんないけどな。それより、今日はどこから回るんだ? あんまり外に人いないけど」
「そうですね……まずは商店に入りましょうか。情報を得るには、やはり人の行き交う場所を訪れるのがいいでしょう」
のんきなやつばっかりじゃないから気をつけろよ……って言ったそばから、人の集まる場所へ行こうになるの、俺の話を全然聞いてない感じがしてムカつくな。
でも、人のいる場所へ行かなかったら話を聞くも何もないからな。それは許してやるか。
ひとまずフィリアの言う通りに商店をいくつか巡って、店員に、そして買い物客に、この街について話を聞いて回った。
誰からも魔獣と盗賊の被害については聞けたけど、ことの核心に……盗賊団を逮捕出来るだけの直接的な証拠になるものはなかった。
みんな、結構……かなり、疲弊してる感じだった。いや、感じじゃなくて、本当に疲れ果ててるんだろう。
自分が、家族が、近所の住民が、危険な思いをして魔獣を退治して生活しているのに。それでも盗賊団は遠慮なく物を盗んでいく。やってられないもんな、そんなの。
だけど、証拠になるものを聞けなかった以上、すぐには解決してやれない。
この街からちょっと行ったところにある砦跡にいるって、わかってるのにな。乗り込んで全員ぶっ飛ばして終わりに出来ないのは……ムカつく。
そして、そんな生活が三日続いた。
とは言っても、フィリアはフィリアでやることがいっぱいあるし、魔獣退治もあるから、日がな一日中聞き込みをしてたわけじゃないけど。
でも、三日も調べて回ってるのに、盗賊団の手がかりらしいものはひとつも手に入らなかった。
「おはようございます、ユーゴ。今朝もいい天気ですね」
「……のんきだな、ずいぶん。こんなんでほんとにいいのかよ」
そんな状況でも、フィリアは焦ったり苛立ったりする様子を見せない。まあ、方針は固まってたからな。イライラする理由もないんだろうけど。
俺達はあくまでも、盗賊を現行犯で逮捕するつもりなんだ。証拠がどこかから見つかって、それで解決……と、そうならないことは織り込み済み。
だから、全然進んでないような気がするのも予定通り……ではあるんだけどさ。
「今日は繁華街のほうへ出向いてみましょう。また酒場か何か、人が集まる場所に。ハルでは散々な結果になってしまいましたが、しかし人々が心を開いてくれやすい空気は実感出来ましたし」
「……あんなことあって、よくまた行こうと思うな。それでいいなら別にいいけど」
予定通りだからって、こうまで平常運転なのは……どうなんだ? そこらへん、フィリアが大物なのか、それとも……どんくさいだけなのか。判断に困る。
まあ、俺はフィリアが言う通りにするしかないんだけどさ。どっちにしても、王様ひとりだけをほっとくわけにもいかないし。
そしてふたりで繁華街へと出向くと、まずは予定通りに酒場へと足を運んだ……んだけど。
まだ日の高いうちから飲んでられるほど暇なやつはいないらしくて、とてもじゃないけど話を聞けそうな相手は見つからなかった。
だから、ここはそれで終わり……に、すればいいのに。大通りで時間を潰して、客が入るころになったらまた来ようって話になった。
なんか、変なとこでこだわるよな、フィリアって。どうしても酒場じゃなくちゃダメな理由なんてないと思うのに。
一回失敗したから……もうちょっとで話が聞けそうだったから、今度こそ……みたいな。
それで……繁華街の商店をいくつか回って、大通りを帰る人の数が増えてきたころ。
「そろそろいい時間でしょうか。あまり遅くなると、それはまたハルのときのようなことが起こりかねませんから。少しだけ急ぎましょう」
「はいはい。どうせどこでも同じだろうけど」
やたらに張り切った様子で、もう一度酒場へと足を運んだ。
大通りの店じゃロクな情報も得られなかったからか、余計に気合入ってるな。はあ……
しかも、さっきはあんなに静かだったのに、店の中はもう酔っぱらいでごった返してて……
「……ん。げっ。そっか、そういやあいつ……」
「……? ユーゴ? どうかなさいましたか? もしや、お知り合いが……あっ」
その酔っぱらいの中に……ハルの酒場で見かけたクズの顔があったから。余計に……やる気なくなってきた……
「ええと……そう、ジャンセンさん。ちょうどいい機会です、声をかけてみましょう」
「うえぇ……正気かよ。またゲロかけられるぞ。今度は守ってやんないからな」
そう言えばアイツ、いろんな街を転々としながら商売してる……って、別の酔っぱらいがそう言ってた。
だからって、よりにもよってこんなとこで出くわさなくてもいいのに。最悪だ。ムカつく。
まあでも、この街に来た……来られたってことは、やっぱり魔獣がいる街でも商売してたんだな。
そういう意味では……そう意味でだけなら、話を聞く価値はあるけどさ。でも……うーん……
「あの、もしもし。すみません、ジャンセンさんですよね」
「ひっく……んお……? おっ――おおっ⁈」
だとしても、絶対に関わらないほうがいいタイプのクズだと思うんだけどな。
なのにフィリアは、意気揚々とそいつに話しかけた。今日はまだ酔い潰れてない、酔っぱらいのクズに。
でも……そのクズは、いきなりフィリアに声をかけられて、かなりびっくりしてた。
まあ、いきなり知らないやつが名前呼んで来たらビビるよな。それに……フィリア、デカいからな。初対面だと結構圧あるって言うか……
「――美女――っ! すっげぇ美女――っ! おい! オヤジ! こっちに酒持ってこい! 一番いいやつ! お姉さん、ほら座って。俺のことどこで知ったの? え? どっかで会ってる? いやでも、こんな美人なら絶対忘れないよなぁ」
「え? あ、あの……ええと……」
思ったのと違うびっくりだった。それで……キモ。なんだこいつ、初対面の印象よりもっとキモいぞ。
しかも、俺のことなんて見えてないみたいに、フィリアにだけ話しかけてる。
いや、本当に見えてなさそう。フィリアがデカいから、座ってるクズの視線は上を向いてて……うざ。キモいしうざい、最悪だろ、このクズ。
ほんとにこんなのに話聞くのかよ……やめとけばいいのに。アホ。まぬけ。デブ。




