第三十話【そして、北の街へ】
次の日の朝、まだちょっと寝足りない感じで目が覚めた。
昨日の晩に汚いもの見たからなのか、それともわくわくし過ぎたからなのか、ちゃんと寝つけなかったらしい。
それでも、ふらふらするほど眠たいわけでもないし、これくらいなら別に大丈夫だろう……って、そう思ったけど。
「ん……ぷあっ。うう、さむ……」
もし、俺が……魔獣を倒す役割のやつが眠たそうにしてたら、ちょっとでも不調を見せたら、みんなは不安になるよな。
だから、冷たい水で顔を洗って、鼻も指先も痛くなるくらいしっかりと目を覚まさせる。
うん、そうだ。俺は、魔獣を倒さなくちゃならない。それが、俺以外の誰にも務まらないことだから。
信用されるためには、子供扱いをやめさせるには、宮で仕事を手伝うのも大事だけど、頼まれたことをちゃんと出来るやつだって思わせるのが一番だろう。
そしてそんな考えは、着替えて部屋を出て、馬車の前に集合したときに、やっぱり正しかったんだって証明される。
「――出発しましょう。時間がありませんから、朝食は車内で。アッシュ、今日もよろしくお願いします。皆も力を貸してください」
昨日あんなに笑って話をしてたのに、護衛の五人も、馭者も、フィリアまで、みんな緊張しきった様子で準備を進めていた。
これから危ない場所に行く。危ないってわかってる場所に王様を連れて行く。自分の身の安全すらもままならない場所で、国で一番偉い人を守らなくちゃならない。
みんなが緊張してるのはきっと、そういう……義務って言うか、やらなくちゃって気持ちのせい……だと思う。
そして……フィリアもそれは同じようなものなんだろう。
戦わせなくちゃならない。自分が無事に行って帰るために、ここにいる六人に危ない思いをして貰わなくちゃならない。
となったら、自分が足を引っ張ったり、間違った指示を出してはならない。とか、そういう緊張のしかた……だと思う。
よかった。ちゃんと顔を洗っておいて。これで俺があくびなんてしてたら、きっとみんな顔を真っ青にして、出発どころじゃなかっただろう。
まだ信用されてないのはわかってる。わかってるけど、でも、俺なら魔獣を倒せるって思われてるのもわかってるからな。
「そして……ユーゴ。私は貴女を信じています」
「……ん」
緊張したままのみんなの前で、もっと緊張した顔のフィリアが、緊張なんて関係ない俺を信じていると言う。
うん。やっぱり、よかった。ちゃんと先に気づいておいて。こうなるだろうなって予想しておかなかったら、俺も釣られて緊張してたかもしれない。
そして、馬車はゆっくりと進み始めた。心なしか、昨日までよりもちょっとだけ揺れる……のは、道路がガタガタになってるから……かな?
ここまでは魔獣が少なかったから、人の手が入ってて、きれいに舗装された道を進んでたから。
でも……きっとそれだけでもないんだろう。
馭者が、そして馬が、いつもよりぎくしゃくしてるから。だから、運転も多少は乱暴になるんだ。
「……フィリア、ちょっと引っ込んでろ。まだ遠いけど、結構いる」
「っ! もう……ですか……っ。お願いします、ユーゴ」
しょうがない。みんなが不安でいっぱいなら、俺がそれをなんとかしてやるか。
魔獣の気配は本当にした。でも、まだまだ遠くて、本当にぶつかるかどうかもわからなかった。
だけど、いつ現れるかわからないより、もういるから倒してくるのほうが気も楽だろう。
「先に倒してくるから、馬車は走らせたままでいい。みんなもここにいて。俺だけで平気だから」
剣を握って、狭い馬車の中で立ち上がって、みんなにちゃんと宣言してから飛び出した。
別に、何も言わずに出てっても一緒だけどさ。でも……不安や緊張をほぐすのが目的なら、ちゃんと大丈夫って言ってやるほうがいいだろ。
魔獣の居場所は……まだ遠い。でも、たぶん進路上にいる。たぶん。
じゃあ、先に行って倒しておこう。幸い、まだ魔獣の群れを追い抜いたりはしてない。なら、後ろから馬車が襲われることもない。
でも……どんどん進んで、いろんな場所を通り抜ければ、ずっとそうも言ってられないよな。
ある程度進むまでは先回りして戦おう。それで、群れがいた場所を馬車が通ったら出来るだけ近くで戦おう。
大丈夫。俺がいるから大丈夫。大丈夫だってみんなが安心するまでは、しょうがないから、ちょっと過保護なくらいに守ってやるか。
魔獣の群れをどれだけ蹴散らしただろう。魔獣そのものの数になると、もう途方もないくらい倒したと思う。
そもそも臭い魔獣の、もっと臭い血のニオイで気が滅入ってきたころになると、体力的なものよりも、精神的なものでちょっと疲れが出てきた。
でも、これくらいは平気だ。って、自分に言い聞かせて、馬車が進む先の魔獣を全部斬り捨てる。
ちょっとだけ、馬車が魔獣に追われてる瞬間もあった。道から遠いやつは倒しに行けないから、通り過ぎてから近づかれるとそういうこともある。
だけど、ちょくちょく戻ってみんなの様子を見てるぶんには、それでパニックになったりはしてなさそうだった。
まあ、本当に馬車が襲われそうになるよりは前に倒したからな、俺が。いるのは見えても近づかれたことはないハズ。
そうやって馬車を守りながら道を進んで、魔獣を倒し続けて、そして……
「……もう大丈夫だな。そろそろ戻るか」
遠くに見えていた街が近くなって、そこまでの道のりに魔獣がいないのを確認すれば、もう大丈夫だぞってみんなを安心させてやる番だ。
正直、出てきた魔獣は雑魚ばっかりだったけど、ずっと襲われるかもしれない状況はしんどかっただろうから。もう終わったぞって言ってやらないと。
「フィリア。もう街までのあいだに魔獣はいないぞ。このスピードなら、追いつかれることもないだろ」
馬車が街に着くちょっと前に戻れば、フィリアも含めてみんな疲れ切った顔で出迎えてくれた。
でも、俺がもう大丈夫だって言えば、どことなく安心した顔で、それでも到着までは周囲を警戒し続ける。
だけど、街に着いてしまえばその最後の緊張もすぐにほぐれて、馬車の中は達成感みたいな空気で満たされた。
「……ふう。お疲れさまでした。ユーゴ、ケガは……ありませんね、流石です。皆もご苦労でした」
ろくに舗装もされてないガタガタの地面から、ちゃんと手の入った道路へと馬車が進入すれば、物理的にも気持ちを揺らすものはなくなるから。
それまでずっと緊張し続けた反動で、護衛の五人も、フィリアも、一気に疲れ果てた顔になって崩れ落ちた。
まあ、俺でもちょっとしんどかったからな。疲れてもしょうがない。
でも、疲れたからってこのまま休んでるわけにはいかない。ここまで来るだけが目的じゃないからな。
馬車が役場に着けば、みんな重たい足取りで荷物を降ろして、それぞれがいるべき場所へと向かう。
護衛のみんなは、街にいるあいだはここの警備隊の手伝いをするらしい。人手が足りてないから、たった六人でも助けになれるだろうって。
フィリアはそのまま街役人から話を聞いてた。宮に報告書は届いてたけど、俺がいてもあんなに苦労したんだから、そう頻繁には連絡なんて出来なかっただろうしな。
それで……俺は、先に部屋へ入って、ひとりで休むことになった。また俺だけやることない……
まあ……今回はちょっとだけ疲れたから、休めるのはいいけどさ。
一応、そのあとにフィリアとちょっとだけ街を見て回ったけど……フィリアもさすがにへとへとだったから、話を聞くのは明日からにしよう。
とりあえずこれで、目的地には着いたんだ。あとは……えっと……盗賊団をおびき出す……ために、街を活性化させる……ために……ええっと……




