第三話【吸血伯爵】
「――これならば、水位の上昇にあっても、水没することはないかもしれませんね」
服も乾いて身体もあったまったら、また洞窟探検……じゃなかった。魔獣探しを再開した。
そして、湖を越えた先の横穴を進んで、魔獣も吸血鬼も出て来なくて、ちょっと飽きてきたころにフィリアが変なことを言い始めた。
ここは広くて、たとえ雨が降って水位が上がったとしても、横穴すべてが水没することはないだろう、とか。
それでも、こんなにも出入りに不便していたら、居住用の空間としては成立しないだろう、とか。
ちょっと難しい言いかたしてたり、ちゃんと考えてたり……やっぱりフィリアは賢いんだろうな。
でも、賢いなら俺ひとりで調べたほうが早くて安全だってことにも気づいて欲しい。ムカつく。
「ユーゴ、何か痕跡は見当たりますか? 動物の死骸……貯蔵された食料など……」
「ないよ、そんなの。今のところ、どこ見ても岩ばっかりだ」
ムカつくけど……でも、フィリアが一緒じゃなかったら、そういうことにも気づかなかったのか。
それを思うと……もっとムカつく。なんだよ、フィリアが心配してた通りじゃないか、って。
でも、フィリアひとりじゃこんなとこ調べられない。
俺みたいに強くないし、ランタンがないとロクに前も見えない。その明かりがあっても、周りの様子がわかってないくらいだし。
じゃあ、ちゃんと守ってやらないとな。この人、デカいくせに弱いし。
それにしても、なんにも景色が変わらないのはつまんないな。ずっと同じようなとこばっかり歩いてて、迷ってないのに迷ったみたいでムカつく。
そんな気持ちになってイライラしてたら、また別れ道にぶつかった。なんだここ、広いとこか別れ道しかないぞ。
「……こっちだ。こっちに何かいる」
「ユーゴ……? 何か手がかりがあったのですか? 私には何も……」
手がかりなんてないよ……とは言えない。そんなこと言ったら……ダサいし。
でも、どっちが正解かなんて俺にもフィリアにもわかるわけない。だったら、立ち止まってるだけ無駄だろう。
だから俺は、いいからついて来い……って、別れ道を右に進んだ。
フィリアはちょっと困った顔してたけど……でも、何も言わずについて来てくれた。まあ、ひとりで取り残されたほうが困るだろうしな。
でも……選んだ道をどれだけ進んでも、次の別れ道も、広い場所も出て来なくて……
「……ユーゴ、一度休みましょう。温かいものではありませんが、食事の準備もあります」
ハズレの道に来ちゃった……かもしれない。そう思ったのがバレたのか、フィリアは優しい声でそんなことを言った。
でも……
「……いらない。さっさと終わらせて帰ればそれで済むんだ、そんなのいらない」
自分で勝手に選んで、間違ってて、疲れたから休む……は、ダサいから嫌だ。だから、フィリアの提案を拒否した。
でも……もしかしたら、フィリアが疲れたのかもしれない。俺と違って強くないし、荷物だってたくさん持ってるし。
それに気づいたのが遅かったから……フィリアは下ろしかけた荷物をまた担ぎ直して、ちょっと疲れた顔で俺の後ろを歩き始めた。
謝ったほうがいい……のは、流石にわかってる。でも……
イライラしてるのと、それが自分のせいなのと、気を遣って貰ってる恥ずかしさで……言えなくて……
「――誰だ――吾輩の屋敷に忍び込むものは――」
「――っ! 声……まさか、吸血鬼――」
言い出せないままもうちょっと歩いてたら、いきなり声が聞こえてきた。洞窟の奥のほうから……だと思う。
それにフィリアが反応して……小さな声で呟いて――すぐ近くにいる俺がようやく聞こえるくらいの声で呟いた言葉にも返事があって……
「――出てこい! 吸血鬼でも魔獣でもなんでもいい! さっさと出て来て俺に倒されろ――っ!」
もしかしたら、結構やばい状況かもしれない。
いくら音が響くからって、ささやき声が遠くから聞き取れるわけない。
じゃあ、マイクとか盗聴器みたいなのが仕掛けられてて、こっちの行動が全部筒抜けになってたんだ。
それに……ちゃんと言葉が通じてるってことは、きっと人間だ。少なくとも、人間と同じくらい賢い吸血鬼だ。
そんなのが侵入者の様子をチェック出来るような仕掛けをしてたってことは……俺達は罠にハマったに違いない。
「――不敬である――」
低くてくぐもった声が狭い横穴の中に響く。不満そうな、不服そうな声だった。やばい……俺、変なふうに挑発しちゃったかも。
賢いやつだとしたら、こっちが向こうの居場所を突き止めてないって知って、もっと危ない罠に誘導してくるかもしれない。
それこそ、このまま洞窟を崩して生き埋めにする……とか……
「……? 音……っ! フィリア! しゃがんでろ!」
「――っ。はい!」
どんなことをしてくる。何が起こる。って、しばらく身構えていたら……洞窟の奥から音が聞こえてきた。
ばたばた……って、たぶんこれ、羽ばたいてる音だ。でも、鳥じゃない。洞窟の中で、吸血鬼が仕向ける飛ぶ動物って言ったらやっぱり……
「――ここが我輩の――バスカーク=グレイム伯爵の居城と知っての狼藉か――」
飛んできたのは、バスケットボールくらい大きいコウモリの群れだった。
魔獣かも……って、最初はそう思ったけど、たぶん違う。違うと思う根拠は特にないけど……でも、吸血鬼だとしたら、魔獣じゃない気がする。
「不埒者には裁きを――無知なる者には鉄槌を――」
それが、えっと……なんとか……かんとか……? の、声に従うように、一斉に襲い掛かってきて……
「――うるさい――っ!」
このままだとフィリアも危ない。そう思った瞬間には、俺の腕は剣を振るっていた。
そして、気づいたら飛んできたコウモリ全部がバラバラになっていた。
こ、こんなこと出来たんだ……って、びっくりしてる場合じゃない。この世のあらゆるものより強い力なら、このくらいは出来て当然なんだ。たぶん。
それよりも――
「――そこにいるんだな――カスタードクリームパクパク! フィリア! ついて来い!」
「はい!」
コウモリが飛んで来たほうと声がしたほうが同じだった。じゃあ、その先に吸血鬼がいる。進むべき道は定まった。
名前は……ちょっと覚えられなかったけど、どうせ今から倒すんだ、関係ない。
フィリアを置いて行かないように、ちょっとだけゆっくり気味で洞窟を進むと、またコウモリが迎撃に現れた。
うん、そうだ。これは迎撃だ。これ以上進むなって、追い返そうとしてる。やっぱり、この奥にいるんだ。
「無駄だぁ――っ! フィリア、あんまり遅れるな! 戻るのはめんどくさい!」
「はい! 足は引っ張りません、前だけを向いていてください!」
すぐ後ろにフィリアがいることを確認しながら突き進んで、何度も何度も現れるコウモリを蹴散らしながらさらに進む。
そして――湖があったところよりももっと広い場所に飛び出して――
「おらぁあ! これで打ち止めか! カスタード!」
「――バスカーク=グレイム伯爵である――っ! 身の程を弁えぬ不埒者めが――我輩自ら裁きを下してやろう――」
間違いない。こいつはきっと強い。少なくとも、ただ暴れてるだけの魔獣なんかよりもずっと手ごわいハズだ。
そう思ったら……怖かった。だって、後ろにはフィリアがいるんだ。コウモリ一匹に襲われるだけでも死んじゃうかもしれない、弱いフィリアが。
だけど大丈夫。だって、俺が一番強いんだ。一番強いなら、みんな守れるに決まってる。そういう力だからこそ、フィリアが願いを託したんだから。
怖い。でも、大丈夫。むしろ、ちょっとだけ楽しい。
だってこんなの……お姫様を守る騎士……って感じじゃん。まあ、フィリアはそんな歳でもないだろうけど。
そう思ったらやる気も出るし、わくわくもする。怖いのはフィリアが怪我することだけ。それ以外は全部、楽しいことだけ――
「――これが――」
「――吸血鬼――」
――だと、思ってたんだけど。
広くて真っ暗な空間のど真ん中に、俺でも見えないくらい濃い影が現れて……そのときまではすごくドキドキしてた。
でも……その影から出てきたのが……
「――我輩がバスカーク伯爵であーる――っ! ひれ伏せい――愚民ども――っ!」
チビで、デブで、変な口ひげがついた、雑魚キャラみたいなやつ……だったから……
「ひれ伏せい! 我輩自らが出向いたのであーる、こうべを垂れて敬うのであーる!」
「……お前が……カスタードクリームパクパクか……?」
なんか……一気に萎えた。全然強そうじゃないし……しかも……これ、敵キャラじゃないっぽい……?
「――少年、名をなんと申す。そちは非常に強い、それはよくわかった。であれば――我輩の家来にしてやってもいいのであーる! 光栄に思――」
「――うるさい――っ!」
いきなりニコニコ笑って、間抜けな顔で、偉そうなこと言いながら無防備に近づいてきたから……つい、殴っちゃった。
さっきまでちょっと楽しかったのに……なんだよこの雑魚モブ……




