第二十七話【旅は道連れ】
宿でフィリアとふたりきりになったら、それまでよりももうちょっと踏み込んで向こうの世界の話をした。
別に、特別なことは教えてない。教えられるほど知らないし。
ただ、カップ麺以外にも簡単でうまい食べ物はいっぱいあって、カスタードが好きなプリンなんてどこでも買えて、しかも軽くて割れない容器に入ってて、とか。
それ以外でも、馬車よりずっと速い自動車や電車があったり、ボードゲーム以外にも山ほど遊ぶものがあって……って。
そういう、俺にとって身近な当たり前のものを教えただけ。
でも、フィリアにはそれが想像も出来ない夢のような話……に、聞こえたのかな。
終始楽しそうで、けど、最後には頭を抱えてくらくらしてた。途方もなさ過ぎてついていけない……とか、そんなこと思ってたのかも。
それで、食べ物の話をいっぱいしたから余計に腹が減って、ふたりで宿をこっそり抜け出して、街のレストランでご飯を食べたんだ。
本当は持ってきた保存食を食べる予定だったけど、せっかくだからって、フィリアが。
そういうとこ、本当に王様っぽくない……偉い人、ちゃんとした大人っぽくないよな、フィリアは。
予定と違うこと、ルールを破ることを平然とやっちゃう。なんか……どんくさいけど、ブレーキは踏まないんだよな……
そしてまた、こっそり宿に戻って、布団に入って、ちゃんと寝て、目を覚ましたら……
「おはようございます、ユーゴ。今朝もいい天気ですよ」
「ふあぁ……おはよう、フィリア。朝から元気だな」
また、次の街へ向けて出発する。目的があるから、ぼーっと観光してるわけにはいかないしな。
「それで、今日はどこまで行くんだっけ。ヨロクってとこには明日着くんだよな」
「はい、その予定です。今日はハルまで。大きな街ではありませんが、きれいな湖のある町ですよ」
湖か……うーん、あんまりいい印象ないんだよな。
小さいころに琵琶湖へ連れてって貰ったことあるんだけど、虫が凄くてさ。車のフロントガラスにバチバチぶつかってたのを覚えてる。
あれも季節的なものだと思うけど、でも……キモかったから、悪いイメージが……
「……で、ハルってとこまでは魔獣もあんまりいないんだよな? ちぇっ」
ただでさえ面白いことも少ないのに、見どころが湖だけ……ってなると、やっぱりテンションは下がる。
そもそも、湖があっても面白いことはないだろ。釣りとかするやつなら楽しめるのかな。でも、釣りは餌がキモいしな。
「そうつまらなさそうにしないでください。人々が懸命に抗って、やっと手に入れた安全なのですから」
早く強いやつと戦いたいな。って、そう思ってたら、フィリアにちょっと怒られてしまった。
まあ……その……ごめんなさい。そうだな、フィリアの言う通りだ。魔獣がいて楽しいのは俺だけで、街で暮らしてる人は怖い思いしてるんだもんな。
でも、だからこそ戦いたいんだけどな。俺が戦えば、魔獣を倒せば、その怖い思いをさせないで済むんだから。
フィリアがそういう在りかたを望んでくれた以上、それを叶えたい。ダサいやつにならないためにもさ。
そして馬車は早い時間から出発して、北へ……ヨロクの手前の、ハルの町へと進み始めた。
魔獣は……いなさそうだな、本当に。つまらない……って思ってると、またフィリアに見抜かれて怒られるから、まあ……よかったって思っとこ。
「退屈ですか? 私としては、また貴方の話を聞かせていただきたいのですが」
うっ。本当に見抜かれてる。でも、今度は怒られた感じじゃない。
なんて言うか……フィリアって、アホなくせにたまに鋭いよな。そういうの、ちょっと大人っぽくて……ムカつく。デブのくせに。
「別に。話っていうなら、今度はフィリアの話を聞かせてくれよ。俺のはまたあとでいいだろ」
でも、退屈なのは間違いない。って言うか、俺だけの話じゃないだろ。
ここは安全な道で、魔獣なんて出ない。となったら、揺れるだけの馬車の中が暇じゃないわけない。
じゃあ、話をしてちょっとでも時間を潰そう……ってのは普通のことだ。
だけど、俺の話じゃ出来ることに限りがある。だって、俺が別の世界から来たってことは隠してるんだし。
なら、俺よりもフィリアの話をするべきじゃないか、って。少なくとも、護衛でどうこうしてる兵士も、王様の暮らしには興味あるだろ。
「……では、面白いかはわかりませんが。ええと……何から話しましょう」
「なんでもいいけど……じゃあ、食べ物の話。俺が食べたことないやつ」
まあでも、護衛の仕事で来てるからには、こんな話しても混ざったりは難しいのかな。けど、聞いてるだけでもちょっとは退屈しのぎになるだろ。
少なくとも、ご飯の話ならみんな興味持つハズだ。好き嫌いはあっても、食べないわけにはいかないものだし。
で……それを促して、フィリアが話し始めるのを待ってたんだけど。
なんでか知らないけど、ちょっと困った顔になって、首を傾げて、俺の顔色を窺い始めて……
「……落ち込まないでくださいね……?」
また奇妙なことを言い始めた。もしかして、俺が向こうの料理はうまいぞって教えたから、こっちのご飯は好きじゃないとか思われてるのか……?
なんて言うか……ごく稀に鋭いくせに、本当にどんくさいしアホだよな、フィリアって……
「この国では、海産物と穀物、それから根菜が主たる食材です。宮でもお出ししている通りですね。あるいは、街のレストランでも似たようなものが食べられるでしょう」
ちょっとだけ自信なさげに、それでもがっかりさせないように、フィリアは困った顔のまま話を続ける。
いつも食べてるものが全部……なわけではないけど、あれと基本的には変わらないって。
まあ、そうか。いつもフィリアと同じもの食べてるもんな、俺も。じゃあ、王様だからってあれ以外に特別なもの食べてるわけじゃないのか。
だとしたら……王様なのに、あんまりいいもの食べてない……のかな。それとも、あれでいいものなのかな。
その……文句は言わないけどさ。味薄いし、なんか全体的にパサパサだし、お世辞にもおいしいとは……
ああ。だから、落ち込まないでくださいね、か。これからどこへ行っても別段おいしいものがあるわけじゃないけど、がっかりするなって言いたかったんだ。
「……別に、がっかりはしてないよ。まあ……たまには塩とか酢以外で食べたいけど。マヨネーズとか」
「まよ……ええと……?」
あれ? マヨネーズってそんなに新しいものだっけ。なんか、ヨーロッパで生まれた……くらいのイメージしかないけど。なんだ、まだないのか。
マヨネーズさえあれば、だいたいのものはおいしくなるのに。かつお節にマヨネーズと醤油かけてご飯食べるの好きだったな。そっか……あれ、食べれないのか……
「……でも、昼に食べるお菓子は好きだぞ。クリームつけて食べるクッキーとか」
「スコーンのことでしょうか。私もお茶菓子は大好きです。バスカーク伯爵の言っていたリージィのカスタードプディングも、いつか食べに行きたいですね」
やっぱりフィリアも甘いものは好きだったんだな。まあそうだよな。ご飯はあんまりおいしくないけど、お菓子はおいしいんだ。
でも……たまに出てくる果物はあんまりおいしくないんだよな、こっちのやつ。酸っぱくてさ。
「陛下。差し出がましいことと存じておりますが、進言させていただきます。この先、ハルの町は、ラズベリーのジャムが美味なことで知られております。よろしければ、私共でお届けいたしますが」
「まあ、いいのですか? では、よろしくお願いします。聞きましたか、ユーゴ。ラズベリーのジャムですよ。宮でもたまに使いますが、さわやかでおいしいですよね」
っと、そんな話をしてたら、護衛のひとりが混ざってきた。ほら、やっぱり食べ物の話ならみんな興味持つだろ。
でも、混ざってくるのは予想外……予想以上だったな。まあ、話しちゃダメとは言わないけどさ。仕事中だし、相手王様だし、そういうの緊張するかなって。
「……そうです。皆の名前を教えていただけませんか? 私はいつも守って貰っているのに、貴方達の名前すらも知りませんでしたから。いまさらですが、そんなに冷たい話もないでしょう」
でも、そういう小さなきっかけがあったからか、フィリアは護衛の兵士のほうを向いて、せっかくならと話に混ざるように招いた。
まずは自己紹介から。って、そこにいる五人と、馬車の壁越しに向こう側にいる……操縦士? の、もうひとりに向けて。
「はっ。私はギルマンと申します。ハルは私の故郷ですので、今日のお茶菓子選びはお任せください」
「まあ、そうでしたか。ふふ、では期待しています。ハルには私も何度か足を運びましたが、自然豊かで穏やかな、気持ちのいい場所ですよね」
フィリアは……やっぱり、王様っぽくないのかもしれない。別に、悪い意味じゃなくて。
こうやって誰かと話をするとき、にこにこ笑って、偉い人っぽさを全部どっかにやって、楽しそうにしてるからさ。
だからか、ひとりめの護衛……ギルマン以外の兵士もみんなちょっと緊張がほぐれたみたいで、どことなくリラックスした顔で自己紹介を始めた。
フィリアに、王様に、堅苦しい挨拶をする……んじゃなくて。一緒の馬車に乗り合わせたフィリアと俺に、楽しい話を聞かせるように。




