第二十六話【普通の話】
盗賊団の本拠地を発見してからの作戦についてパールから許可が下りて、また数日が経った。
そもそも、拠点を見つけることそのものが難しいって話なんだから、そっちの議論が長引いたらしい。
そして……結局、離れた場所にいたままじゃ、結論を出すだけの材料も増えないままだ。ってことで、一度ヨロクへ行くことになった。
この話し合いには俺も参加したけど、パールもリリィも、当然フィリアも、案のひとつも浮かばなくて、しょうがないから……って感じで決まったことだ。
でも、どんな事情であれ、部屋から出て戦いに行けるならなんでもいい。
それに、北へはほとんど行ったことないから、今までに見たことない魔獣も出てくるかもしれない。その中には、ちょっとくらいは強いやつがいるかも。
「――では、行ってらっしゃいませ。ユーゴさん、陛下のことをお任せします」
「任されなくても守るよ。大したことでもないし」
そんなわけで、俺とフィリアはまた馬車に乗り込んで、今までよりも護衛の数を減らしてランデルを出発した。
大人数で動けば盗賊団に察知される、警戒されるから……ってことだけど、そういうのってどうなんだろうな。
一台でも普段と違う馬車が通れば、それだけでも警戒されそうなもんだけど。
それに……
「ヨロクってとこには強い奴いるんだよな。盗賊団が戦ってるって言う、もっと強いやつが」
「その筈です。伯爵からの情報によれば、北は魔獣との戦いよりも、その脅威への対処を優先している……手いっぱいになっている可能性が高いとのことでした」
なら、倒しきれてない魔獣もいっぱいいる可能性が高いってことだよな。
そんな状況で、そんな環境で、街に出入りする馬車をいちいち監視してる余裕があるとは思えない。
とすれば、こっちの行動は関係なく、盗賊団は常に警戒態勢にあるんじゃないかな。
だとしたら……盗賊団を捕まえるチャンスはまだまだ先になるだろう。それは、俺にとってはちょっとだけラッキーかな。
フィリアには悪いけど、時間がかかればかかるだけ、ヨロクで魔獣と戦う機会が増えるから。
「ユーゴ。わかっていますね。今回の目的は、盗賊団の情報を入手すること。あまり派手に動いては警戒されますし、こちらの素性もバレてしまいます。魔獣との戦いは、必要最低限に抑えてください」
「わかってるよ、うるさいな。昨日も散々聞いたって」
そんな俺の考えを見透かしたかのように、フィリアは変に間のいいタイミングで忠告をする。
でも、それは昨日聞いたし、ちゃんと理解もしてる。したうえで、それでも俺が戦わなくちゃならない場面が少なくないだろう……ってことだ。
まあでも、派手にやり過ぎるとまずいのは……どうなんだろうな。前にあの臭いデカいやつを倒したみたいな力は使わないほうがいい……んだろうけど。
そこらへん、加減出来るのか知らないんだよな。あのあとには大きい魔獣と戦わなかったし。
ランデルを出発してからしばらく走って、馬車は次の街へ……今日の目的地へ、まもなく到着する……らしい。
マチュシーって名前の街らしい。ヨロクじゃなくて、そのずっと手前の街。
で……だ。
「……おい、フィリア。本当にこっちには魔獣がいるんだよな。ここまで一回も遭遇しなかったけど」
「遭遇を期待しないでください……」
いっぱい魔獣がいると思ったのに、いっぱい戦えると思ったのに。もうすぐ目的地だってのに、ここまでにその機会は一度もなかった。
「ランデルからマチュシーまでは、整備された道がありましたから。国軍による安全維持が機能しているので、魔獣もそう易々とは近づけません」
なんだよ、期待して損した。まあでも、ランデルのすぐ近くに魔獣がいっぱいいたら、それはとっくに倒してるか。俺が。
しかし、ここまでの安全を説明したフィリアの表情はちょっとだけ暗くて、この先に問題が待ち構えているのが見てわかった。
「ハルから北……ヨロクまでは、国道の整備も進んでいません。なので、魔獣が現れるとすればそこでしょう」
そしてフィリアは地図を取り出して、マチュシーの場所と、ヨロクの場所と、そのあいだにある、ハルっていう小さな町を教えてくれる。
このハルを越えると、そこからは魔獣がいっぱいいる……かもしれないのか。
今日にはマチュシーまで、明日にはハルまで。そして明後日には、ハルを出発しヨロクを目指します。って、そう言うと、フィリアは俺に小さく頭を下げた。
「そのあいだは、貴方にもかなりの無茶を強いてしまうでしょう。相当な数の魔獣が予想されます」
「……明後日だな、よし。じゃあこんなとこはさっさと通り過ぎよう。面白くない」
面白くない。うん、面白くない。ここからここまでは危険だから、たくさん苦労を掛けてしまう。申し訳ない。みたいな顔されるのは、本当に面白くない。
どうせだったら、前のあのバカデカい魔獣を倒したときみたいなののほうがいい。フィリアだけはアホみたいに喜んでて、みんなは驚いてて、みたいな。
俺はこの世のあらゆるものよりも強いんだ。なら、心配だとか、苦労だとか、そんなので暗い顔されるのはつまらない。
もっと強くなって、魔獣なんてどれだけ出ても平気だってわからせて、もっともっと多くの魔獣と戦わせて貰わないとな。
「……そうだ。ユーゴ、甘いものは好きですか? ここマチュシーでは、甘くておいしいぶどうが……」
「……? 好きじゃない。皮とか種とかめんどくさいし」
よし。って、ちょっと遠い明後日に期待してたら、フィリアがまた意味わかんないこと言い出した。
もしかして、ふてくされてると思われてるのか……? 魔獣がいないから、戦えないから、それで拗ねた……って。
ほら、すぐこれだ。フィリアはすぐに俺を子供扱いする。
そんなのでいちいちふてくされないし、ふてくされててもぶどうなんかで機嫌直さないよ。幼稚園児じゃあるまいし。
「好きな食べ物などはないのですか? ヨロクの調査が終われば、食べたいものを準備させますよ。ずっとずっと活躍して貰ってますから、多少の無茶だって通してみせます」
本当はもっと褒美をあげたいのですけど……って、フィリアはちょっとだけ申し訳なさそうに肩をすぼめて、またどうにもピントのズレた話をし続ける。
次はあれか、ただ働きが嫌になったんじゃないかとか思われたのかな。
「別に、そんなのいいよ。褒美とか言われても、特に欲しいものもないし」
でも、宮で生活させて貰ってるしな。ご飯にも困らないし、身の回りのことも自分でやらなくちゃならないものはない。
それに、いまさら小遣いなんてあっても、買い物に行ったって漫画すら売ってないんだから。食べ物くらいしか買わないなら、貰ってるご飯だけで十分だ。
「……それでも、好きなものくらいは何かあるでしょう。教えていただければなんでも準備します。たとえこの国にはないものだとしても」
な、なんだよしつこいな……って、ちょっとうざかったけど……ああ、これ、あれか。
周りに人がいるから直接は聞かないだけで、元の世界の生活が恋しくなってないか……って、心配されてるのか。
フィリアは本当に……なんて言うか……アホだよな。
もし、そうだ。って、俺が答えたとしても、それをこっちで再現なんて出来っこないのに。
「……ラーメン食べたい。味噌ラーメン」
「……らーめん……ですか? みそ……ええと、それはいったいどのような料理で……」
アホ過ぎて、ちょっとだけ意地悪したくなった。だから俺は、この世界に存在もしない料理の名前を口に出す。
もしかしたら、中国とか日本とかは存在して、そこに行けばあるのかもしれない。ラーメンも。
だけど、俺が思い浮かべてるラーメンは……カップラーメンは、流石にまだないと思う。
でもそれは、今はそう問題じゃない。本当に食べたいわけじゃないし。
ただ、フィリアじゃ聞いたこともないような単語を出して、それがなんなのかもわからないって思い知らされれば、もう変なことは言わないだろう……って。
「……わかりました。宮の料理人は腕の立つものばかりです。きっと作ってみせます。なので、どのような料理かだけ教えていただけませんか?」
「……って言っても、味噌とかないだろ。こっち来てから見たことないし。そもそも作りかたまでは俺も知らないよ。お湯かけて三分待つくらいしかやったことないし」
言わないだろう……って、思ってたんだけど。なんか、想像以上に食い下がってきたな。
しまったな。変に向こうのものを挙げたりしたから、本当に元の世界が恋しくなってると思われてるかも。めんどくさいな……アホのくせに……
「……お湯……を……かけて……かけるだけで、完成する料理があるのですか……?」
「……ん? ああ、うん。あるよ」
もしそうなら、どうにかして訂正しないとな。って、悩んでたら、フィリアは目を丸くして、首をかしげて、本当に子供みたいな顔で尋ねる。
そんなものがあるのか。そんな、想像も出来ないようなものが、俺の知ってる世界には存在するのか、って。
「ラーメンだけじゃない、いっぱいあるんだ。焼きそばとか、うどんとか。簡単だし、あったかいし、うまいし。毎日食べてたよ」
「やきそば……うどん……お湯をかけるだけで出来る料理がそんなにもあるのですか。ユーゴが育った場所はすごいですね」
全部一緒だけどな、カップ麺だし。でも、こっちでは絶対に食べられない味だと思う。
なんか……そんな話をしてたら、ちょっと食べたくなっちゃったな。でも……こっちでは絶対に食べられないんだよな……
「……たぶん、こっちじゃ作れないよ。でっかい工場で作ってるんだ。子供のころに行ったから、それだけは知ってる」
話せば話すだけカップ麺が恋しくなるけど……フィリアの反応が面白いから、つい話が弾んじゃうな。何言っても驚くんだもん。
お湯をかけるだけで食べられる。そのうえ、日持ちもする。こうやって長距離を移動する機会が多くなればなるほど、カップ麺のすごさが身に染みるんだろう。
「ユーゴ。宿に入ったらもっとたくさん聞かせてくださいませんか。貴方の世界のこと、貴方のことを。聞いているだけでわくわくしてきました」
そして、気づけばフィリアは好奇心旺盛な子供みたいな顔してて、またずいぶんと楽しそうに笑ってた。
そんな顔されると……まあ、話してて悪い気はしないからさ。そのくらいなら、別にいいかなって。
「俺だってあんまり詳しくないぞ? うちにあるやつ食べてただけだから」
「それで構いません。ユーゴの口から聞かせて貰えるだけで十分です」
でも、この話は別の世界の……ここにいる護衛達には奇妙にしか聞こえないものになっちゃうから。
続きは宿でふたりきりになってから。って、そんな約束をすれば、フィリアは誕生日が待ち遠しい子供みたいにそわそわして窓の外を見つめ始めた。
「……カップ麺の話が聞きたいとか、本当に女王様かよ。フィリアって結構子供だよな」
「かっぷめん……また新しい言葉が出てきましたね。それも料理なのですか?」
料理って言うか、うーん。さっきまで話してたやつのことだけど、なんて説明すればいいんだろ。お菓子……でもないもんな。
それからもちょっとだけ出自を誤魔化した話で盛り上がって、馬車は気づけば街に到着していた。
魔獣は出なかったけど、でも……まあ、暇ではなかったかな。つまんなくもなかった。




