第二十四話【目的と手段】
フィリアがくれた力。この世のあらゆるものよりも強いっていう、かなり大雑把な俺の能力。
それの本当の意味……いいや。それの最も重大な意味は、この世のあらゆるものを殺せてしまう……というところにあるのかもしれない。
カンビレッジからの帰り道に現れたのは、倒れ込めば林の木々すらもなぎ倒せてしまいそうなほどの巨大な魔獣だった。
熊だとか、象だとか、クジラだとか、そんなものの比じゃない。普通じゃ存在し得ない巨体が、俺達の行く手を塞ぐように現れたんだ。
でも……俺はそれを、倒せるものだと思った。この世のあらゆるもの――目の前のそいつも含めたすべてよりも強いって、そう聞かされてたから。
だから、俺はそいつを倒すイメージを浮かべた。魔獣なんかよりもずっと短い剣で、そいつを真っ二つにする想像を。
そうしたら……それは、現実になった。あるいは、それが出来るって直感的に知ってたのかもしれない。
なんにしても俺は、普通の剣で、普通じゃあり得ない化け物を、普通とはかけ離れた方法で倒した。それが結果で、揺るぎない事実。
その事実を鑑みて……自分の胸の中にひとつ、絶対に譲ってはいけない決意が生まれた。
この力は、あまりにも恐ろし過ぎる。あまりにも暴力的で、あまりにも威圧的過ぎるものだ。
林の木々よりも大きな化け物を斬り倒す俺を見て、みんなはどう思う。それは当然、もっと恐ろしい化け物が現れた……としか思わないに決まってる。
この力は、たしかにその言葉通りの強さを発揮する。けど、それを発揮することはつまり、誰ひとりとして逆らえない暴力を見せつけることにもなってしまう。
だから、俺の手でそれを変えなくちゃいけない。俺の振る舞いで、俺の活躍で、この力を恐ろしくないものへと変えていかなくちゃならないんだ。
でなくちゃ俺は……俺とフィリアは、ただの怖いやつに成り下がってしまう。そんなのはごめんだ。
俺はダサいやつになんてなりたくない。力を振り回して周りを怯えさせるだけのガキなんて絶対に嫌だ。
だから、たとえどんなことがあったとしても、俺はこの力の使いかたを間違えちゃいけない。
「……間違えようがない。まあ……そういう意味では……」
と、そんな決意を馬車の中で固めたものの、ランデルへ帰って宮の部屋に入ってしまえば、そこからはもう何もすることのない時間がだらだらと続くだけ。
カンビレッジ視察の報告だとか、そのあいだに溜まった仕事だとかで、フィリアはずーっと忙しそうにしてて、魔獣退治なんて行く暇はこれっぽっちもない。
もう数日はこのままだ。珍しいことじゃないけど、しかし慣れたわけでもないから……
「……この時間に押しかければ、前みたいに……いや。それでフィリアが寝不足になって仕事が捗らなかったら……」
暇過ぎて変な時間に寝ちゃって、気づいたら早朝……って言うか、夜中に目が覚めちゃった。まだ部屋の中も外も真っ暗だ。
前はこの時間に……これよりはもうちょっとあとに、フィリアの部屋に押しかけたんだよな。それで、雨の中をふたりで遊びに……じゃなくて、魔獣の調査に出かけたんだ。
でも、もうそれはしないほうがいい……よな。だって、王宮内でのフィリアの仕事を手伝うことがあるかもしれないんだから。
もしここで変なことして、フィリアの足を引っ張ったって思われたら、その機会はもうないかもしれない。それは……困る。
「でも……はあ。せめて、本が読める時間に起きればいいのに……」
困るけど、でも……暇なのは変わんないからなぁ。それにしたって、なにもこんな暗い時間に目覚めなくていいのに……
それからもう何時間かゴロゴロして、日が昇って部屋の中にほんのちょっとでも明るい場所が出来たら、それからは本を読んで時間が過ぎるのを待った。
そして、すっかり朝日が昇って、部屋の中がちゃんと照らされるようになったころのこと。
「ユーゴ。ユーゴ、起きていますか。おはようございます、フィリアです」
「……フィリア? なんだよ、こんなに朝早くから」
もしかして、今日は外に出かけるのか……なんて、そんな淡い希望は持たない。そんなわけないし。
おおかた、今日もまた出かけられそうにないから、リリィあたりに頼んで新しい本を準備させる……みたいな話だろう。
「読書中でしたか。朝から勤勉ですね、ユーゴは」
「別に、ほかにすることないだけだし」
フィリアが視察のあとに持って来てくれた本は、それまでに置いてあった学術書みたいなのよりはいくらか面白い。伝記とか、歴史とか、神話とか、そういう本だ。
だから、出来ればほかにもやることは欲しいけど、これを読んでる時間は楽しい。
楽しいけど……ちょっと言いかた間違えたな。ロクな娯楽を与えてあげられなくて申し訳ないみたいな顔で肩を落とされちゃった。
「実はですね、近日中に北へ遠征に出られそうなのです。そこで、私なりに策を考えてみたのですが……」
「……策……? なんか……嫌な予感がするな。フィリアがそうまで張り切って、こんな時間に押しかけてまで話そうとしてるってだけで……」
もう。と、フィリアは頬を膨れさせて、珍しく怒ったような拗ねたような顔になった。
そのリアクション自体は子供みたいで、いつものアホっぽいフィリアなんだけど……眉間にしわが寄ると、結構怖い表情になるんだよな……フィリア……
「こほん。ユーゴ、聞いてください。今回は回りくどい調査もなしです。直接北へ赴き、そして砦跡地を解放する。そこで、ユーゴにお願いがあります」
「……なんだよ。今回は盗賊団と戦うんだろ? 魔獣より強いわけないし、そんなの余裕だろ。つまんなそうだけど」
おい、策はどうした。北端のヨロクって街に行って、俺が盗賊団を倒して砦を取り返す……だけなら、策なんてとてもじゃないけど呼べないぞ。
こんなのを自信満々に持ってきたのか、このアホ……って、ちょっとがっかり、ちょっと安心してたら、フィリアは小さく頷いて話を続けた。
「そう、魔獣よりもずっと弱い。相手は人間です。この国の民です。ユーゴ、どうか誰も傷つけぬように戦ってはいただけませんか。貴方の力なら、それも可能な筈です」
「……誰も傷つけずに……? まあ、そりゃ、弱いやつ殴っても面白くないし、それが出来るならそのほうがいいけど……」
それはもちろん、弱っちいやつを殴ったり、間違っても剣で斬り殺したりなんて、絶対にやらないよ。そんなのただのヤバいやつだし。
でも……でも、だ。相手は盗賊。そして、こっちはそれを捕まえようとしてるわけだから。
そしたら当然、向こうは捕まるまいと反撃する。あるいは、襲い掛かってくることだって考えられる。
そう思って、ちゃんと伝えて、流石にフィリアもそのくらいはわかってるか……って、表情からそれを読み取ったら……その先の考えが透けて見えてきた。
なるほど。策ってそういうことか。って、納得した……けど……
「はい。反撃はしません。貴方には、力を見せつけていただくだけでいい。もちろん、それだってあまりいいやりかたではありません」
反撃されることも、襲われることも織り込み済みで、それでもこちらからは絶対に手を出さない。それが、フィリアが俺に頼みたいこと。
そりゃあ、殴らなかったらいいわけじゃない。脅しが問題にならないわけもない。言われるまでもなくそんなのはわかる。だけど……
「それだと、流石にフィリアが危ないけどいいのか? その……兵士とかも連れて行かない……んだよな。その言いかただとさ」
脅さないってことは、脅せる状況さえも持ち込まないってこと。じゃあ、フィリアの周りに装備を固めた兵士をぞろぞろ並ばせるわけにもいかない。
となったら、無防備なフィリアと、攻撃出来ない俺のふたりだけで、倒せない敵に取り囲まれる可能性だって考えられるだろう。
けど、それでもフィリアは断言した。危険は覚悟の上。盗賊団のアジトへは、ふたりだけで乗り込む、と。
はあ。アホだし、どんくさいし、まぬけだけど、決めたら絶対譲らない、頭の固いやつなんだよな、フィリアって。
「……まあ、いいけどな。俺が守ればいいんだろ。フィリアも、そいつらも」
でも……その提案は、その策は、俺の目的とも合致する。それをこなせば、そのうえで魔獣だけを倒す活躍をすれば、俺は大勢に信用して貰えるだろう。
じゃあ、やろう。難しいかもしれないけど、危ないのは間違いないけど、それでもやってやろうと思える。
それに……そもそもの話、まずは盗賊団を見つけるところから……だから。行っていきなり取り囲まれる……なんてことにはならないだろうし。
「……それで……その……ユーゴにはもうひとつお願いがあるのですが……」
「……? なんだよ、まだあるのか。ほかに戦う相手がいるとか、先に魔獣を倒すとか、そういう話か?」
そこらへんはフィリアが好きに決めてくれていいんだけどな。俺はあくまでもフィリアの言う通りに戦うだけだから、今のところは。
それに、戦い以外での順番についても、そっちはフィリアに都合のいいようにやって貰わないと。また仕事が溜まって困るのはフィリアだし。
だから、まあ、でも……うーん。相談に乗って欲しい。みたいなことなら、いつかは俺もそういうの考えなくちゃいけないから、そのくらいなら……
「……その……これからこの作戦をパールに伝えるのですが、その際に、どうか私の味方をしていただけませんか……?」
「……しょぼい話すんなよ。女王様なんだよな、一応……」
アホ。デブ。まぬけ。デブ。ちょっと真面目な相談だと思った俺がバカだった。
けど、まあ、そう……か。たしかに、盗賊団より、魔獣より、リリィとパールのほうが厄介な可能性は大いにあるもんな。
「はあ。俺がなんかいって変わるとも思えないけどな。ま、やれって言うならやるけど」
「ありがとうございます。では、さっそく執務室へ参りましょう。話をつけるなら早いに越したことはありません」
なんか……情けなくなってきた。なんで王様のハズのフィリアが付き人の顔色を窺ってるんだ。子供と保護者だな、すっかり。
それでも、俺に都合のいい策はなんとか許可して貰いたい。やれることがあるとは思えないけど……まあ、庇える範囲では庇ってやるか。




