第二十三話【片鱗】
次の日の朝、馬車は日が昇るよりも前に出発した。
来るときのことを思えば、ここからまたバンガムって街まで丸一日近くかかるから、こうでもしないと間に合わないんだろう。それはいい。
ただ……帰りになってちょっと変わったことがあって、それは……
「はい、何名かにはカンビレッジに残っていただきました。全員が全員帰ってしまっては、街の人々に不安を感じさせてしまいますから」
行きよりもずっと広くなった馬車と、ずっと少なくなった護衛の数。元々要らないと思ってたけど、いきなり減るとちょっと驚くな。
でも、なるほど。フィリアの説明を聞いてちょっと納得。
街の人……特に、あの役所のおっさんとか。みんな、ずっと不安そうな顔してたもんな。もしかしたら見捨てられるんじゃないか、って。
そんな不安を、疑念を残さないために、目に見える形で国からの支援を置いて行ったんだ。
「……ふーん。まあ、俺がいるからいいと思うけど」
しかし……なんだかなぁ。あんなに俺のこと信用してなかったのに、こうなったらもう、俺が戦えなくなったらフィリアなんてすぐに食われちゃうだろ。
ダブルスタンス……とまでは言わないけどさ。まだ信用しきってないくせに、こんな条件引き受けるなよな。
「ふふ。私は心配していませんよ。だって、ユーゴがいますから」
「……だから、そう言ってるだろ。なんだよ、ったく」
違う、フィリアじゃない。フィリアはそもそもそんなに深くあれこれ考えて判断してないだろ、たぶん。
俺が文句言いたいのは、護衛についてきた兵士のほうだ。カンビレッジに残ったほうも、一緒に馬車に乗ってるほうも、どっちも。
まあでも、だからって手を抜いたり、誰かを見捨てたりするなんてしないけどさ。
それはさすがにダサいし、余計に信用を失いかねない。ちょっとムカつくけど、まあ、王様に決められたら反対もしにくいだろうし、今日は見逃してやる。
「陛下、この先は道が荒れています。揺れにご注意ください」
「はい。ユーゴ、あまり窓から身を乗り出さないでください。頭を打ってしまいますよ」
はあ、なんか……テンション上がらない。味方が俺を信じてないままなのに、俺ありきで考えてるっぽいの。わかっちゃうと結構……しんどい。
なのにフィリアはアホみたいな顔でボケたこと言ってるし。はあ……本当に大丈夫かよ、この王様で……
「打ったって別に平気だし。はあ……フィリアはいいよな、のんきなことしてても平気で――っ! いった……ぐぅ……」
「ああっ。ほら、だから言ったでしょう」
ガィン! って、車輪が何かを弾き飛ばす音が聞こえるのと同時に、身体を預けてた窓枠が思いっきり胸を叩いた。
痛みもそうだけど、その衝撃で息が詰まって……かっこ悪いのに、どうしてもうずくまってしまった。うざい……最悪……
「大丈夫ですか。ほら、こちらへいらしてください。大事があってはなりません、打ったところを見せてください」
「……べ、別にそんな大したことじゃない。平気だって」
でも、フィリアのその反応はいくらなんでも過剰だ。ムカつく。こんなくらいでどうにかなるわけないだろ。痛かったけどさ。
しかし……また、ちゃんと痛かったな。リリィにつねられたときも痛かった……から、俺が貰った強さって、痛みがなくなる……みたいなものじゃないんだな。
だとしたら……今まで全部雑魚だったからケガなんてしなかったけど、魔獣にぶつかられたりしたら……もっと痛いのかな。
もし、もっともっと痛くて……動けないくらい痛かったら……俺、そのあとちゃんと戦えるかな……
「ユーゴ。危ないですから」
「……乗り出さなかったら別に危なくないだろ、もう。フィリアはおせっかいなんだよ」
防御力は上がってない……としたら。じゃあ、これから先、どんなに強いやつが現れたとしても、全部一撃で倒さなくちゃまずい……のか。
そんなことを考えながら外を眺めてたら、フィリアはまたアホみたいにのんきなことばっかり言って……はあ。
「……ん。フィリア、ちょっと出てくる。魔獣だ、そんなにいないけど」
っと。考えごとしてたら、魔獣の気配が近づいてきた。
たぶん、行きに出たような雑魚ばっかり……って言うか、あれの残りだろうけど。
でも、もしも雑魚でも、ちょっと攻撃食らうだけでアウトかもしれない……のか。なんか……やりにくくなっちゃったな。平気だけど。
気をつけて。と、フィリアに送り出されて馬車から飛び降り、そしてそのまま進行方向へ一気に駆け抜ける。
そして、馬車からそこそこ離れた場所で見つけたのは、やっぱり行きに倒したのと同じ魔獣の、群れとは呼べない程度の集まりだった。
「……っ。雑魚だから、平気だから」
こんな雑魚でも、噛まれたらきっと痛い。痛いなんてもんじゃない。たぶん、腕くらいは食い千切られるだろう。
さっきぶつけた胸がちょっとだけ痛んで、余計なことが思い浮かぶ。戦うのに必要ない、強いやつには関係ない不安が。
だけど……
「――雑魚。もうちょっと強いやつ連れて出直せ」
結局、雑魚は雑魚。ぱぱっと倒してそれでおしまいだ。
なんだよ、ほんのちょっとでも不安になって損した。噛まれるどころか、こっち向いたときには倒せてたぞ。
やっぱり、この世のあらゆるものよりも強い……ってのは、防御なんて必要ないくらい圧倒的に強い……って意味なのかもな。
だとしたら……唯一の天敵はリリィなのか……っ。それは……ちょっと、嫌だな……ダサいし……
「……? 変な……うっ。な、なんだこのニオイ……」
魔獣も倒して、じゃあ馬車に戻るか……って、ちょっとだけ立ち止まったその瞬間。嫌な生臭さが漂ってきた。
これ……行きに嗅いだやつ……か? でも、あのときはこんなに――
「――――こいつか――っ! この辺りのボスは!」
いきなり現れたのは――ずっとそこにいたのは、そこにいたのに気づかなかったのは、木の幹よりも太い四肢を持つ、猿みたいな形の、四足歩行の魔獣だった。
気配を感じなかった。いつもなんとなく感じてた、魔獣の気配を感じなかった。いや、違う。
今、ちゃんとこいつの気配を感じてる。感じ取れてる。そして、それをずっとずっと前から――それこそ、行きの時点から感じられてたんだ。
でも、それがなんなのかを、俺が理解出来てなかった。こんな大きさの化け物がいるって想像もしてなかったから、感じ取ったものを読み取れなかったんだ。
やばい。こいつは、やばいぞ。だって、こいつが立ちあがったら、そのままこっちに倒れ込んだら、後ろから走ってくる馬車もろともぺしゃんこになる。
じゃあ、どうする。斬るか。斬って倒せるのか。この剣で、俺の身体よりも小さい剣で、林から頭が出そうになってるこの化け物を――――
「――っ! は――はは――っ! ははは――ッ!」
倒せるんだよな――っ! だって俺は、この世のあらゆるものよりも――
「――全員退いてろ――ッ!」
後ろから馬車が近づいてくる音がわかった。さっきまでよりもずっとずっと遠くの音まで聞こえるようになったことがわかった。
距離感がおかしくなる巨大な化け物に向かって走れば、さっきまでよりもずっとずっと速く走れるようになってることも気づいた。
震える腕で、うまく握れない手で、つまようじみたいな剣を振りかぶる。その巨体を前にしたら、爪の垢をほじくり出すくらいしか出来なさそうな、頼りない武器を。
だけど、それでも――
「――おりゃぁああ――っ!」
振り下ろした剣はイメージ通りの軌跡を辿って、そして……剣よりもずっと大きい、長い、重い、硬い魔獣の肉体を、斬ったとおりに真っ二つに断ち割った。
「……はは……ははは……っ。これ……なら、そっか……」
理解した。この世のあらゆるものよりも強い、この力。よく理解した。
文字通り、この世のあらゆるものを殺してしまえる力……なんだ。
「――フィリア、進路戻していいぞ。見掛け倒しだった、別になんにも強くないな、あいつ」
止まってた馬車に戻ってそう言えば、フィリアは希望に満ちた顔を俺に向けていた。周りの兵士は……違う顔をしていたけど。
でも……そうだな。たぶん、そっちの反応のほうが正しい。フィリアがおかしいんだ、いつも。
この力は、絶対に使いかたを間違えちゃいけないものだ。
フィリアがくれたこの力を、俺が、怖いものじゃなくしていくんだ。どれだけかかったとしても、絶対に。




