第二十二話【わからないことだらけ】
「……街の東部では、すでに魔獣の被害は出ていない……ですか」
拍子抜けな調査を終えて街に戻ると、フィリアはすぐに役所で事情を……魔獣による被害の調査書を受け取った。
それに記載されていたのは、街の南東……つまり、今ではもうこの国ではない部分から現れた魔獣による被害は、これっぽっちもない……というものだった。
それでも、魔獣による被害そのものがないわけじゃない。事実、宮にはこの街での被害の報告書が届けられていたんだから。
しかしその実情は、被害のすべてが街の北側の魔獣によるもの……つまり、ここへ来るまでに倒した群れによるものだった、と。
「しかしその一方で、盗賊被害は後を絶ちません。住宅と公的施設の区別もなく、あるものは手当たり次第に持って行く。金品はもちろん、作物や家畜、それに石鹸や馬車の車輪に至るまで」
そんな報告を受けてちょっと気が緩んだように見られたのか、役人のおっさんはすぐに別の被害をフィリアに訴えた。
この街では盗賊による被害がどんどん増えている。時、場所、物を問わず、好き放題に荒らされているのだ、と。
「それで、盗賊団の姿を見たものはいるのでしょうか。その……恥ずかしながら、宮ではその素性のほとんどを知れていないのが現状です。立ち寄った街で聞き込みを行っても、ほとんど情報を得られていません」
「……申し訳ありません。これだけの被害が出ていながら、その足跡のひとつも見つけられていないのです。わかっているのは……」
そんな訴えを聞けば、王様として無視するわけにもいかない。フィリアはすぐに緊張感を取り戻して、おっさんの話に耳を傾けた。
でも……そこまで大きな被害が出てて、手がかりらしいものは何ひとつ残っていなかった……なんて、おっさんはがっくりとうなだれる。
ただひとつ、宮にも届けられた、コウモリの紋章だけが残されていたんだ、って。
けど、そのコウモリの紋章について、宮では知れなかった話をひとつだけ聞けた。
それは、紋章は決まって、公的施設に盗みが入った場合にだけ残されていた、というものだった。
フィリアもそれの異常性……メッセージ性みたいなものに違和感を覚えたのか、ちょっとだけ眉間にしわを寄せて首をかしげる。
「ほかの街でも同じように紋章が残されていなかったか、調査させましょう。ほかには何かありませんか? たとえば……魔獣と戦っているところを見たなんて話はないでしょうか」
「魔獣と……ですか。あいにく、そんなところは誰も。現れる魔獣は、駐屯兵と街の男どもが協力して追い払うばかりで……」
公的施設にだけ紋章を残した……ってのはきっと、国に、あるいは街や役所に対して、強い敵対心を向けている……ってことなんだろう。
少なくとも、同じように盗むにしても、店からパンを盗むことより、役所から資材を奪うことを重要視していると思って間違いない。
ある意味では、挑戦状みたいなものなのかもしれないな。悔しかったら捕まえてみろ……みたいな。
絶対に捕まらない、見つからない自信があるからこそ……ってことだ。つまり、完全に舐められてるんだ。この街も、国も。
「……女王陛下。その……国は、宮は、この街を助けていただけるのですよね……? 予想外に被害が少ないからと、見捨てられたりは……」
たぶん、フィリアも同じことを考えて、そっちにばっかり意識を割いてたんだろうな。
役人のおっさんはすごく不安そうな顔で、縋るような声でフィリアに尋ねた。見捨てたりはしないよな……? って。
それを前にフィリアは、ほんのわずかも動揺することなく、決してそんなことはしないと断言した。
それが実現出来るかどうかもわからないくらいいろんなものが足りてないのに、よく即答出来るな……
でも、そういうとこを絶対に譲らないのはフィリアのいいところだよな。
まあ、後先考えてなさそうなときもあるから、見ててちょっと危なっかしいけど。
「まず、国の兵力だけで魔獣を排除出来るようにしましょう。それから、盗みの被害を減らす。見張りを立て、とにかく進入を難しくする。それでも……」
完全になくなることはないだろうな。でも、やらないよりはずっといい。
少なくとも、今こうして直訴するくらい疲弊してるこの街を安心させるには、どんなに小さな成果でも、王様が直接手を下してくれたって事実が重要だろうし。
「それでは、直接住民にも聞き込みを行いましょう。報告や連絡がなされていないだけで、もしかしたら何か情報があるかもしれません」
「……げっ」
フィリアが直々にやってくれた、対策するために奔走してくれたって知るだけで、きっと勇気を貰えるハズだ……とは思ったけどさ。
だからって、街を歩いて話を聞いて回る……のは、いくらなんでもやりかたが不器用過ぎないか……?
兵士を連れていたら威圧するかもしれない……とか言って、俺とふたりで行くつもりみたいだし。
いや、まあ、そりゃあ、護衛なしで王様をうろうろさせるわけにはいかないけどさ……
結局、ふたりで街を練り歩いて、行く先々で住民から話を聞いて回った。
誰もフィリアが王様だなんて……こんなふうに護衛らしい護衛も連れずにのんびりしてるアホが偉い人だなんて思わないからか、みんな気楽に話をしてくれたよ。
でも……そうやって聞いた話の中に、盗賊団の手がかりになりそうなものはなかった。
みんな何かを盗まれた経験はあっても、その犯人に心当たりはない、って。そればっかりだったんだ。
「お疲れさまでした。歩き回って疲れたでしょう。今日もゆっくり休んでください」
「……だから、疲れないって、このくらいで」
街を歩き回って、ロクな手がかりも得られないまま、その日は終わりを迎えた。
明日にはまたここを出発するからと帰り支度を早々に済ませて、日暮れの少し前には宿の部屋へと戻る。
そうしてまたひとりになると……ちょっとだけ、いつもより足が重たいのに気づいた。
「……疲れてたのか。でも……うーん……?」
魔獣と戦ってるとき、もっともっと走り回って、跳び回って、ずっと強い負荷がかかってる……ハズなんだけどな。
でも、戦ったあとにはこんなふうに疲れたりしない。それがどうして、ちょっと街を歩いただけでこんなに疲れてるんだろう。
「この世のあらゆるものよりも強い……の中に、歩き回っても平気な強さは含まれてない……のか?」
だとしたら……身体が強くなってるわけじゃないのか。
前に雨の中で走り回って、びしょ濡れになって、身体を冷やしたことがあった。フィリアと一緒に。
でも、そのときには体調も崩さなかったし、風邪を引く気配すらなかった。
いや……この世界に来てから一度も、具合が悪い瞬間なんてなかった……よな。
「強いやつはいつでも健康……ってことか? だとしたら……うーん。怪我……も、したことないけど、それも治ったりとかするのかな……」
それとも、そもそもケガなんてしないんだろうか。いや、でも、リリィに頬をつねられたときはちゃんと痛かったしな。
それも……もしかして、強いやつはそもそも頬をつねられるようなことにならないから、そこには防御力がない……とか。そんな理屈があるのか?
なんにしても、フィリアがくれた力の全貌は、今になってもまだまだわからないままだ。
「……あのニオイのおおもと……きっと、かなりデカいやつがいる。そいつと戦ったら……」
空を飛ぶ魔獣と戦ったときには、壁を垂直に走って登れるようになった。それまでには出来なかったことが……出来ると思わなかったことが、簡単に出来てしまった。
もしも、戦う敵の強さに合わせて強くなる力……なんだとしたら。
それで……もしも、今よりもずっとずっと強くならないと勝てないような敵が出てきたとしたら……




