第二十一話【予定外の平穏】
次の日の朝早く、馬車はカンビレッジに向けて出発した。
結局、魔獣と戦ったのは夕方までで、まだ日も出てるうちには寝たんだ。
でも、そんな早くから眠れるわけもなくて、俺もフィリアも、馬車の中で揃ってあくびをしてる。
「……皆はすごいですね。私など……ふわぁ……もう、なかなか寝付けなくて……」
「陛下、やはり街に残ってお休みになられたほうがよろしいのでは? カンビレッジの視察だけなら、我々だけでも……」
そんな俺達に……って言うか、フィリアに、護衛の兵士は不安そうな顔を向ける。
まあ、そうだよな。守る相手がふらふらしてたら、しかもそれが王様なら、嫌でも緊張するし、心配にもなる。
でも、フィリアはそんな心配にも首を横に振って、自分が行かなくちゃ意味がないって押し通した。
兵士の立場でそれを拒めるわけもないから、みんな暗い顔のまま引き下がるしかない。
まあ、俺がいれば魔獣なんて敵じゃないから、心配は必要ないんだけどさ。
そこのところ、いい加減理解して貰えないもんかな。
「……ん……フィリア、ちょっと馬車止まらせろ。魔獣だ、それも結構多い」
「っ! さっそく……ですね。ユーゴ、お願い出来ますか」
だから、そのために来たんだろ。まったく、フィリアはずっとこの調子だよな。
せっかくだ、みんなの中にあった不安もついでに払ってやるか。って、そんな気持ちで飛び出すと、それからちょっとして馬車が止まって、兵士の何人かが追いかけて来た。
来たけど……まあ、追いつけるわけないんだよな。近くに魔獣がいるわけじゃないから待つ必要もないし。
「……はあ。そろそろ信用しろよ、ったく」
フィリアはもうそれなりには信用してくれてる……少なくとも、俺の力をアテにして作戦を立てるくらいはしてる。
でも、周りの兵士や大人はこれっぽっちも信用してくれてない感じのままだ。
そもそも、今だって俺ひとりなら馬車を止める必要もなかったんだ。
だけど、魔獣の数が多いってわかったら兵士も戦いに出るし、近づいてからもたもた準備してたらちょっと危ない。
もちろん、魔獣を馬車に近づけないくらいは出来るけど、変なとこで出しゃばられても邪魔だから。
味方を振り切るために、ちょっと離れた場所で分かれるほうが都合がよかったんだ。
まあ……それだけでもないけどさ。
「……数、かなり多いな」
なんでかは知らないけど、俺は魔獣の気配がわかる。どのくらいのやつがどこら辺にいるのか、って。
それで……今わかってるのは、もうすぐ着く場所に大きい群れがあって、そこからカンビレッジへの道のりに、同じような群れがいくつもいくつも待ち受けてるってことだ。
ちょっとめんどくさいな。一頭でも倒し損ねたら馬車に近づいちゃうし、群れとぶつかる前にはいちいち止まらせないといけないかも。
万が一にもフィリアのところまで魔獣が近づいたら、俺ひとりで大丈夫なんて一生思って貰えないもんな。
「しょうがない。ちょっとだけ丁寧にやるか」
たくさんいるけど、所詮は全部雑魚。雑魚なのに、簡単に蹴散らせるのに、ちょっとだけ手間かけなくちゃならないの、ムカつく。
ムカつくけど、しょうがない。フィリアも、護衛の兵士も、弱っちいからちゃんと守ってやらないとな。
そして、途中で何度か休憩を挟みながら馬車は進んで、暗くなったころにカンビレッジの街に到着した。
魔獣の群れはやっぱり多かったけど、馬車には一頭も近づかせなかった。余裕だ、こんなの。
ただ……ちょっと気になったのは、魔獣の死骸なのか、生臭いニオイが強烈に漂ってきたときがあったんだ。
たぶん、群れに混じってた魔獣よりずっと大きいやつがいるんだ。どこかに餌を溜め込んでるんだろう。
出来ればそいつと戦いたかったけど……通り道にいなかったし、どこにいるのかまではわからなかったんだよな。
「ユーゴ、お疲れさまでした。先に宿へ入っていてください。貴方には負担をかけてしまいましたから」
「別に、こんなの平気だってば。荷物くらい運ぶよ」
でも、わがまま言ってひとりで戦いに行くわけにはいかない。そしたらフィリアが絶対に追いかけてくるから。
そんなことになったら、兵士がまた心配するし、リリィにも怒られかねない。パールには、ちゃんとフィリアを見てろって呆れられる可能性もある。
せっかく王宮の仕事をちょっとだけ任せて貰えそうなんだ。今はあんまり無茶しないでおくべきか。
そんなわけだから、荷物を宿に運び込んで、今日はゆっくり寝よう。
フィリアは先に休んでろなんて言うけど、そんなに疲れてるわけじゃないし。って言うか、あんな雑魚相手に疲れるとか、まだそんなふうに思われてるのか……
「ありがとうございます。今晩はしっかり休んでくださいね。貴方でも疲れは溜まるのですから」
「……わかってるって、うるさいな」
まだそんなふうに思われてるんだな。ムカつく。
そもそも、フィリアがアホみたいに心配してついて来るせいでひとりで戦えないんだ。
ここに来るまでに大きいのがいたかもしれない。心配だから倒してきて欲しい。とか言って任せてくれればいいのに。ムカつく。
心配してくれてるのはわかるけど、フィリアのは子供に対する心配であって、戦いに出る戦士に対する心配じゃない。
そうだよ。そこんところがまだ子供扱いなんだ。うざい、ムカつく。デブのくせに。
でも……心配かけると信用は得られない。だから……今は我慢する。
フィリアはもうかなり慣れて来てるから、そのうちにひとりで魔獣と戦うことも認めてくれるだろう。
そうなるまでは、ムカつくけど、近くで守っててやろう。
翌朝、俺達は街の東側へ……切り捨ててしまった線の外側へと向かうことになった。
まず、自分の目で状況を確認したい。そして、可能ならば魔獣の数を減らしたい。そんなフィリアの頼みに応えるために。
「ユーゴ、気をつけてください。ここから先は、一切情報のない魔獣も出てくるでしょう。貴方でも油断は禁物です」
「平気だって、何が出ても」
そのために、俺も、フィリアも、護衛の兵士も、いつも以上にちゃんとした装備で、街の東側の門の前にいる。
知るために。調べるために。戦うために。戦って、この街を平和にするために。
この向こう、この街の南東すべては、もう国ではなんの情報も得られていない場所だ。
だから、きっと強い魔獣が……今までにはいなかったような敵がいっぱいいるに違いない。
そう思って……俺はワクワクするけど、みんなは不安そうな顔ばっかりしてる。フィリアも護衛も、門番も。
「……陛下、本当に大丈夫でしょうか。この門をくぐれば、そこから先は……」
ムカつく。門番が一番ムカつく。俺のことまったく知らないから、こんなのが一緒で大丈夫か。みたいな目でこっち見てるのがすっごいムカつく。
でも、フィリアも護衛の兵士もムカつく。俺がいるのに、わざわざ装備を整えたり、緊張感出したり。大丈夫だって、いい加減わかれよな。
それでも、フィリアが開けろと言えば門を開けるしかない。王様の命令に逆らえるほどの力はないから。
そうしてゆっくりと門が開かれて、その向こうが……別に、なんてことのない普通の道が目の前に現れて……
「……? うーん……」
ちょっと歩いて、しばらく歩いて、結構歩いて、そして……それでも……
「……フィリア。ここ、ほんとに危ないとこなのか? 全然、魔獣の気配もないけど」
「気配がない……ですか。それは、魔獣が上手く身を隠している……ということでしょうか。それとも……」
全然いない。一頭もいない。強いやつや大きな群れはおろか、雑魚の一頭すらもいる気配がない。
どうなってるんだ。そりゃ、門一枚隔てたくらいなら気配でわかるし、街の近くにはいないって知ってたけど。
でも、もうそろそろ街の兵士が見回りをする範囲を出るのに。それでも、魔獣の気配なんてこれっぽっちも感じない。
「本当にいるのかよ、強い魔獣。これっぽっちも出てくる気配ないぞ」
フィリアが言うように気配を消してる……んだとしたら、それこそもっと意味がわからない。
だって、ここには人が立ち入らないんだろ? だとしたら、気配を消して身を隠す必要なんてどこにもないじゃないか。
もしも身を隠してなくちゃいけないくらい強いやつがいたとしても、そいつも絶対に魔獣なわけだから。なら、そいつの気配は感じ取れるハズだ。
なのに、そんな強い気配はおろか、それから逃げ隠れしてるような雑魚の気配すらない。
こんなの……
「ユーゴ。そのまま周囲を窺い続けてください。今は姿が見えなくとも、必ずどこかに潜んでいる筈です」
「ほんとかよ……そんな気配、全然ないんだけど……」
こんなの、つまらない。ムカつく。せっかくこんなとこまで来たのに。わざわざ二日もかけて、なんだったんだ。ムカつく。
結局、ここに魔獣はいないって結論を出して、俺達はそのまま街へ帰った。
なんだよ。ちょっと期待してたのに。ちょっとくらい強いやつと戦えるって思ってたのに。ムカつく!




