第十九話【やるべきことは決まった】
「――曰く、南東の砦では、魔獣とのせめぎ合いが続いているそうです。もちろん、北も同じように魔獣の脅威には晒されているでしょう」
フィリアと同席して、その発言……報告が、カスタードのものと食い違ってないか、見落としがないかを確認して欲しい。
そんな役割を与えられて、俺は王宮の執務室にいた。
でも……ここへ来てハッキリとわかった。あんなんでも、フィリアはやっぱり王様なんだなって。
俺が口を挟むまでもなく、堂々と、ド忘れもせず、すごく重苦しい空気の中でもちゃんと話をしている。
それが……ムカつかなかった。フィリアのくせにって、なるところなのに。でも、腹は立たなかった。
「しかしどうやら、魔獣以外の脅威がこの国に巣食っているらしいのです。北の砦では、その脅威への対策を強いられているとのことでした」
フィリアはすごいやつなんだ。それがわかったら……じゃあ、フィリアの言う通りに戦うことは、きっと間違いにはならないだろう、って。
そう思ったら、ちょっとだけ勇気が湧いてきたような気がする。別に、何に怯えてたわけでもないんだけど。
とにかく、前向きな気分になったからには、この場でもちゃんと働かないとって気にもなる。
とは言っても、なさそうな出番を探して、フィリアとパールの会話に耳を傾けるくらいしか出来ないけど。
「魔獣以外……もしや、魔人と噂される者たちでしょうか。しかし、ヨロク以北、カンビレッジ以東となれば、国が保有していた砦の半分近くが含まれます」
それだけの拠点を構えられるような組織と拮抗状態にあるとは……って、パールは頭を抱えて目を伏せた。
手放した砦の全部を使われてるわけじゃないと思うけど、そうやって無数にある拠点をいくつも占拠してるってのは聞いてるから。そりゃ滅入るよな。
でも俺は、ちょっと別のことを思った。切り離しちゃった街って、そんなに多かったんだな、って。
宮があるこのランデルやその近くの街は特に防御を固めてるだろうから、それを含めても半分しか残ってないってことだもんな。
パールやリリィはこんなのとっくに知ってることだから今更嘆かないだけで、ちゃんと聞かされると……思ったより限界だったんだな、この国。
そりゃあ、別の世界に助けを求めたくもなる。よかった、来たのが俺で。全然戦わない、役に立たないやつだったら、今頃どうなってたか。
「……国が三つに割かれてしまったかのような気分です。前王様の時分より状況が悪くなっている可能性があるとは……」
「言わないでください……こほん。さて、そういう前提のもとに、伯爵はひとつの策……いえ。方針を授けてくださいました」
でも、滅入っても落ち込んでても、パールはそれで話を遮ったりはしなかった。
大人だから当たり前なんだろうけど、この人はフィリアやリリィよりももっとしっかりしてるな。
そんなパールに、フィリアはカスタードからの方針を伝えた。
北の競り合いには関与せず、南の街を解放して国を強くする。盗賊団も、北の正体不明な勢力もまとめて制圧出来るくらいの戦力を揃えるんだ、って。
それを聞いたパールとリリィは、またしばらく黙り込んで、考えに考えてから小さく頷いた。
それが無難だろう、堅実だろう。って、カスタードの方針に賛成みたいだ。
「現時点では、盗賊団も謎の勢力もと、一挙に相手取るだけの体力はありません。遺憾ながら、ユーゴがいなければ現状維持が精いっぱい。地区の解放など不可能でしょう」
よって、まずはカンビレッジを目指し、拠点を定め、地区の復興と完全解放を成す。
フィリアはそれが最も堅実だと言って……言ったけど、でも……どこか、不満げな顔をした。
そんなフィリアに、パールも首をかしげる。どうかしたのか、って。
「伯爵という人物の素性は知れませんが、方針としては間違っていないかと。得体の知れぬ人物の手に乗って策を決めることは、たしかに危険ではありますが……」
「いえ、そうではありません。バスカーク伯爵は信用に足る人物だと思っていますし、そこに懸念はないのです。ですが……」
カスタードを信じてないわけじゃない。でも、カスタードの提案に乗っかるだけなのは気が引ける。って、そんな単純な話じゃないよな、きっと。
フィリアはもうちょっとのあいだ黙って考え込んで、それからまたパールへと顔を向けた。すごくすごく、真剣な顔を。
「……私は、まずヨロクの街を目指します。そして、可能ならば盗賊団と協定を結びたい」
真剣な顔で、まじめな声で、本気でそれを口にした。それがわかったから、パールは慌てた様子で口を挟もうとした。
でも、それさえ制してフィリアは言葉を続ける。
「彼らもまた、国民に変わりありません。北にさらなる脅威があるというのならば、そんな危険を彼らだけに押しつけることなどあり得てはいけない」
アンスーリァという国は、ここに属するすべての人民を守る器でなくてはなりません。そう言ったフィリアの肩は震えてて、握った拳には力が込められていた。
「本気ですか、女王陛下。貴方が手を差し伸べようとしているのは、善良な国民を傷つけた者たちですよ。裁かれなければ、民は納得しません」
けど、パールはそんなフィリアにも食い下がる。王様が間違ったことを言えば正すのがこの人の役目だから、これっぽっちもひるむことなく。
それでも、フィリアは首を横に振る。そうじゃない。それじゃいけないって。
「彼らとて、盗まなくても済むものなら盗まなかったでしょう。しかし、彼らにそれを強いたのは、ほかでもないこの国の弱さです。ならば、その罪は私達も背負う責務がある筈でしょう」
「それを言い出してはキリがありません。国が見るべきものは、ひとつの組織、ひとりの人間ではない。陛下、お考え直しください」
フィリアもパールも、どっちも引くつもりはなさそうだ。自分の信じる正しさを力いっぱい主張してる。
そのうえで、フィリアはどうしてもここは譲れないって顔してる。どっちも全力なそのうえで、もっともっと、どうしてもって気持ちがこもってるように見えた。
「……それに、です。彼らが台頭し始めたのは、魔獣の侵攻が激化してから。魔王が台頭し、この国に強く影響を及ぼし始めてから、まだ長い年月は経っていません」
それなのに、盗賊団はすでにこれだけの規模に膨れ上がっている。フィリアはそれを、まるでいいことのように言う。
苦しそうに、悔しそうに。けど、それが悪い意味だけを持つものじゃないんだ、って。
「可能ならば、彼らとは協力関係を築きたい。経済、物流、それに軍事。少なくともそれらの分野については、彼らの力で国を大きく成長させることが出来る。私はそう思うのです」
「……理想論ですよ、それは。しかし……」
そんなに大きな組織があるなら、ただ排除するより、仲間にするべきだ。って、フィリアはそう考えてるらしい。
俺は……それはさすがに無理があるだろって思う。パールも同じ考えだから、そんなのは理想論だって突っぱねたんだろう。
でも、その理想がもしも叶うのなら。そう考えたら……たしかに、やってみる価値はあるよな、って。
魔獣と戦うのは俺がいればそれで十分だけど、それ以外のことは出来てない。だから街を切り離す羽目になったんだろうし。
なら、それをやってくれる仲間が出来れば、それに越したことはないだろう。パールもそう思ってるから、ちょっとだけ言葉が弱くなったんだ。
「ユーゴ、貴方はどう思いますか? 貴方の力があればこそ、この方針でも無理は出ないと……いえ。貴方の力がこれまで以上に発揮されるのならば、決して難しいことではないと私は考えています」
「……俺の……力って……」
そんなパールを見て、もう一押し……って思ったのか。それとも、自分の意見が本当にめちゃくちゃじゃないかを確かめたかったのか。フィリアは俺に話を振った。
俺の力があればきっと出来ると思う。フィリアはそう思ってるけど、俺自身はどう思うのか、って。
俺はそれに……すぐには答えられなかった。答えられるわけなかった。
考えてなかったわけじゃないし、話を聞いてなかったわけでもない。でも……そんな重要なことを、聞かれていきなり答えられるわけないから。
「……北に、もっともっと強いのがいるんだろ」
でも、出来るだけしっかり考えて、そのうえで、俺に出来る範囲でちゃんと答えを出した。
それがあってるかどうかはわからないけど、フィリアにもパールにもちゃんと聞こえるように伝えよう。
「だったら、盗賊団なんか無視してそっちを俺が倒せばいい。協力がどうとかはわかんないけど、倒すだけならいつでも出来る」
「そう……そうです。貴方がいれば、どんな障害も結局は同じですから」
同じ……ではないと思うけど、まあ、俺なら全部倒せるからな。だって、この世のあらゆるものよりも強い……んだから、俺は。
俺とフィリアのやり取りを見て、パールは頭を抱えてうめき声を上げたけど……でも、納得したみたいだ。
難しい話なのは承知の上。でも、それが成功したら、とんでもないリターンが見込めるって理解してるから。
「伯爵には申し訳ありませんが、国としての矜持をしっかりと示すためにも。まずは北、ヨロク。そして、盗賊団との和平と、そのさらに北に存在するであろう脅威への対抗」
方針はこれで決定しました。と、フィリアが堂々と宣言したから、よほどのことがない限りはこれが覆ることはないんだろう。
王様だからな、フィリアが。王様の決定は、周りの人と相談したうえでの答えは、簡単に変えていいようなものじゃないから。
パールはまだ頭を抱えてるし、リリィも困った顔をしてる。でも、フィリアはどこか満足げに笑ってた。
それがいいことか悪いことかはわからない。わからないけど、俺はフィリアの隣で戦うだけだ。やっぱりそれは間違ってない。




