第十六話【デブ! アホ!】
カスタードからの手紙には、情報過多、至急屋敷にまで参られよ。とだけ書かれてたらしい。
それだけ聞かされて、俺はフィリアに急かされるまま馬車へと乗り込んだ。
なんでも、便箋一枚だけがコウモリの足に括りつけられた状態で届いたらしいけど……あのおっさん、フィリアがここにいるって知ってたんだ。
じゃあ、王様だってことは知ってるのかな。いや、知ってたらあんな態度取らないか。俺が言えたことじゃないけど、不敬不敬言ってるアイツが一番不敬だもんな。
そして出発した馬車は一度も魔獣と遭遇することなく洞窟に到着し、そこから先は前と同じように俺とフィリアだけで進んだ。
護衛にはあいかわらず不安そうな顔されたけど、俺がいるんだから大丈夫だって、そろそろわかって欲しい。ムカつく。
それで……また、縦穴を降りて、地底湖のある場所までは来たんだけど……
「……これは……大変ですね。いくら袋に入れてきたとはいえ、多少は乾かさなければならないかも……いえ、そもそもランタンに水が入らないようにするのも……」
このあいだの雨の影響なのか、更に水位が上がってて、前には多少乾いた地面があった場所まで水の中だった。
これ……雨降ったその日には、この空洞全部沈んでたりとかするのかな。だとしたら、あいつはどうやって生活してるんだろ。
でも、今考えるべきは普段のおっさんの生活じゃなくて、今この湖をどうやって渡るか、だ。
前みたいに泳いで渡ってもいいけど、今回はフィリアでも足が着かなくなりそうだから、そうなると荷物が……
「……フィリア。その……俺が泳ぐから、フィリアは俺に掴まってろ。そしたら荷物も濡らさなくて済むだろ」
「ユーゴ……はい、よろしくお願いします」
俺は平気だけど、ランタンが使えなくなったらフィリアはどうしようもなくなっちゃうもんな。
しょうがない。フィリアには荷物を濡らさないことだけに集中して貰って、それを俺が向こうまで運ぶしかないか。
「では、失礼します。その……お……重たいかもしれませんが……」
「……? っ⁉ あ、あんまりくっつくな! デブ! バカ!」
フィリアを引っ張って泳ぐだけならなんとかなるか。って、そう思ってたんだけど。
どういうわけか、フィリアは荷物を頭の上に乗せて、俺の背中におぶさるように抱き着いてきた。
び……びっくりした。いきなりわけわかんないことするし、それに……な、なんか……その……っ。
でも、俺が結構強めに拒んだからか、フィリアはかなりショックを受けた顔で落ち込んでしまった。
そ、そんな顔するなよ。お前が変なことしなかったらあんなこと言わなかったんだし……
「……肩に掴まるくらいで……それだと、危ないか……? なら……しょうがないけど……」
「ええと……そうですね。あまり安定しませんし、そうなると荷物を落としてしまう危険も高くなります」
うっ……そ、そっか。手を引っ張ってくくらいでなんとかなると思ってたけど、足が着かなくなったら、フィリアは片手だけで荷物を持ってなくちゃいけないもんな。
そうなったら……俺がおぶって泳ぐほうがいいのか。でも……でも……ううん……
それしかないなら……どうしてもそれしかないなら、しょうがない……か。あんまりやりたくないけど。
帰りが遅くなるとまた変な心配されるからな。俺がいるから大丈夫なのに、みんなして不安そうな顔するんだ。ムカつくけど、急ぐか。
歩ける深さのあいだは手を引っ張って進んで、それで……もう腰まで水が来て、泳いだほうが楽になったところで、フィリアに背中を差し出した。
「では……お、重たかったら無理はしないでください。今日は荷物も多いですし、服も……」
「い、いいから早くしろよ! このデブ!」
いいから早く乗れよ、さっさと泳いで渡っちゃえば問題ないんだから。
そう思って急かしたんだけど……フィリアは今にも泣きそうな顔で落ち込んで、でも……落ち込んだままでも俺の背中に……わっ……わ……
「……ユーゴ。無理はしなくていいですからね……」
な、なんか……近づかれると、知らない匂いとかするし……それに……せ、背中に……っ。
重たいのはなんとなくわかってたから平気だけど、でも……でも……っ。
そのうえ、いつもより顔が近いから、声も近くで聞こえて……っ。
「っ! わ、わかったから動くな! デブ! このデブ!」
キモい! 気持ち悪い! フィリアなんか……アホだし、まぬけだし、どんくさいし、全然……全然、そういうのじゃないのに。
なのに……なんか……うざい! うざいうざいうざい! ムカつく!
フィリアなんか……フィリアなんか、ちょっと頭おかしいし、変なところで頑固だし、俺のこと子供扱いする癖にガキみたいなことで喜ぶし、フィリアなんか……
「……ぐす……す、すみません……ユーゴ……っ。その……出来れば……た……体形のことでは罵倒しないでいただけると……」
「わっ……わ、わ……な、なんだよ、いきなり! 泣くなよ! デブ! アホ! デブ!」
い、言い過ぎたのかな……? 背中の上で、耳のすぐ近くで、フィリアがすすり泣く音が聞こえたから、それで余計にパニックになって。
でも、なんか、フィリアもフィリアでパニくってるみたいで、苦しそうな声で、悲鳴にもならない悲鳴を上げて……
「――ですからっ! その……生活習慣を見直しますから……どうか、あまり体形のことは揶揄せずにいただければ……っ」
「えっ、えっ……わっ……わ……う、うるさい! デ……アホ! アホ! バカ! アホ! まぬけ!」
あっ……デブって言われるの、嫌だったのか。そっか、それは……ごめん。で、でも……だって、こんな……ふぃ、フィリアが悪いだろ! それは!
でも、嫌だって言うなら……じゃあ、言わないであげよう。こんな……泣くほど嫌だとは思わなかったから……ごめん……
「……ごめん、言い過ぎた。その……そんなに……そんなに太ってないぞ、フィリアは。その……リリィとかと比べたらデブだけど」
「うぅ……そう……ですね……っ。彼女は華奢で、小柄で、女性らしくて、ただ無駄に大きい私とは正反対で……」
もしかして、背が高いのとかも嫌なのかな……? それは……別に、いいだろ。まあ、兵士と並んでも変わらないくらいデカいから、それは……デカ過ぎると思うけど。
王様のくせに、そんなくだらないこと気にしてたんだな、フィリアも。なんか……やっぱりフィリアのほうが子供だろ、俺よりずっと。
話してたらちょっと落ち着いた……けど、落ち着くと……また、背中に……む、ムカつく! キモい!
だから大急ぎで泳いで、前に焚き火をしたところまで辿り着いた。はあ……はあ……
でも、そこもすっかり水に浸ってて、焚き火をするのはちょっと無理そうだ。どうしようかな……
「……これでは火に当たって身体を乾かすのは難しいですね。すみません、着替えるので少し待ってください」
「――っ⁈ ば、バカ! デ……アホ! いきなり脱ぐな!」
人が悩んでるところなのに、フィリアは荷物を腰に提げても平気になった途端に服を着替え始めた。
こいつ……っ。フィリアはそういうのじゃないし、全然……どうでもいいけど! フィリアはそういうの気にしろよ! 俺は男だぞ!
でも、そういうの言うと……なんか……気にしてるみたいで嫌だし、キモいから、俺はひとりでちょっとだけ先に進んで待ってることにした。
ムカつく。ムカつく。デブのくせに。アホでどんくさくてまぬけでガキなだけなのに。ムカつく!




