第十五話【報せ】
ムカつく。ムカつく。ムカつく。親のくせに、子供を食いやがって。
腹が立って、頭が熱くなって、雨に打たれてるのも忘れて、その魔獣の親の死骸を視界にも入れたくなくて。
わかってる。野生動物にだって子供を食っちゃうやつはいるし、もっと凶暴な魔獣ならそのくらいは日常茶飯事だろう。
それでも、目の前で見せられたら……最悪の気分だ。
けど……そんな苛立ちも、ムカつきも、雨に濡れながら帰れば、宮に着くころにはすっかり冷めていた。
ここが別の世界で、フィリアが隣にいて、また子供みたいにはしゃいだり、帰ったら怒られると嘆いたりしてるのを見てた……からかな。
それで……
「――っくしゅん! ううっ……さすがに冷えてしまいましたね……」
部屋に帰ってすぐ暖炉に火を点けて、ふたりで揃って身体を乾かしていた。
俺は……意外と平気だけど、フィリアはまだ寒そうだ。外にいるあいだはなんともなさそうな顔してたくせに。
「まったく、何をなさっているんですか、陛下。こんな雨の中を、どうして外になんて」
そんな俺達を叱っているのは、フィリアの……王様の付き人であるリリィだった。
ずぶ濡れで戻ってきたところを見つかっちゃって、それはもう怒り心頭って顔でタオルとか着替えを持って来てくれたんだ。
「……この際、何も言わずに出かけたことはパールには黙っておきます。が、もう二度としないでくださいね。無事に帰ってきたからいいものの……」
「すみません、リリィ。その……どうしても気になることがありまして……」
帰り道に決めた言い訳は、今回の一件は、普段の調査とは違う状況での魔獣の様子を調べたかった……ってもの。
でも、リリィはそんなのすぐに嘘だって……少なくとも、それが本当の目的じゃないって見抜いてたと思う。
それでも呆れた顔ひとつで済ませてくれたから……フィリア、普段からよっぽど迷惑かけてるんだな。
「ユーゴさん。出来れば貴方からも陛下の無茶を咎めていただきたいです」
うっ。俺が連れ出した……って言ったら、また頬をつねられそう。フィリアには悪いけど、ちょっと黙っておこう。
それにきっと、俺が言い出しっぺだってわかったら、ダメなものはちゃんとダメって言えとか、フィリアも余計に怒られそうだし。
「くしゅんっ。ユーゴはすごいですね。あれだけの雨に打たれたというのに、そしてあれだけ唇を青くしていたというのに。もうすっかり元気になってしまって」
「別に。フィリアが弱っちいだけだ」
怒られてる最中にもフィリアは寒そうにしてて、俺を見ながら妙に感心そうな顔をする。
ちゃんと話聞いとかないと、もっと怒られるぞ……とは思ったけど、言わないでおいた。言ったら俺が怒られそうだし。
「それで、そんな建前を準備したからには、何か得られましたか? 魔獣の新たな一面とか」
「た、建前ではなくて……ごほん。はい。新たな一面、習性というものではありませんが、魔獣の……あの地域の現状は把握出来ました」
しかし、リリィがちゃんとまじめな顔でまじめな話をすれば、まだ震えながらでも王様としての話をし始める。
こういうところは偉いよな、フィリアも。じゃあ、俺といるときにもちゃんとその王様っぽいことして欲しいんだけど。
それからフィリアは、あの遊びの時間のあいだにわかったこと……推察出来たことを、リリィに対して詳しく説明し始めた。
とは言っても、見たものなんて魔獣が共食いしてる姿だけだから。ほとんどはでっち上げなんだけどさ。
魔獣は餌を確保することも出来ない状況に陥っている。俺達がほとんどの魔獣を倒したから、ほかの餌になる生き物がいなくて、同族を食うしかないほどに。
こうなってしまったら、あとは時間が経てば勝手に絶滅するだろう。って、フィリアは得意げに話したけど……あくまでも推論でしかない。
まあでも、実際にそうなるんだろうな、って。動物のドキュメンタリーとかで聞きかじった知識しかなくても、なんとなく想像は出来る。
あいつら、本当に頭悪いからな。たぶん、最後の一頭になるまで共食いしてると思う。
で、残ったそいつを倒せば全滅だ。そんなの待たなくても、俺なら全部倒せるけど。
しかし、なんにしても今日はもう出かけられないだろうな。無茶させたから……じゃなくて、そもそもあんな状態じゃ馬車を街の外へは出せないし。
となったら……はあ。もう何もやることないし、ちょっとだけ疲れたからもう寝よ。
「……お疲れさまでした、ユーゴ。ゆっくり休んでください。昼食はまた一緒に食べましょうね」
……だから、なんでそれが確定事項になってるんだ……?
フィリアは王様なんだから、もっと、こう……でっかいテーブルで食べろよ。やたら長いテーブルの一番端っこで、ほかの貴族とかと一緒に。
でも、まあ……嫌じゃない。何か話をするわけじゃないけど、一緒にご飯食べるのは……悪くない。
だけど、そういうの言うのはキモいから、黙ってベッドに入った。
もう髪も身体もちゃんと乾いてるし、これならリリィにも怒られないだろ。
「……せめて、本を揃えますね。東国の冒険譚や、大陸の伝記。それに、魔王と戦った勇者の物語。この国には御伽噺も多いですから」
そしたらフィリアが、また変なことを言い出した。なんの脈絡もなく、いきなり本がどうとか。
もしかしたら、もう出かけられないのが退屈で、ふてくされて布団に入ったと思われてるのかな……? それは……ムカつく。子供扱いすんな。
だから、別にいらないって返事したけど……あるなら欲しいのが本音。
少なくとも、物語の本があるなら最初から欲しかった。いや……ここは王宮だから、そんなの置いてなかったんだろうけど。
それからすぐにリリィはフィリアを引きずって……じゃなかった。ふたりで部屋を出て、またひとりぼっちで退屈な時間がやって来た。
まあ、今日はまだマシなほうだよな。だって、大雨の中でもちゃんと外に出られたんだ。それなりに楽しかったし。
「……フィリアに引っ張られてる気がする。なんか……ムカつく」
こんなので満足するほど子供じゃないつもりだったけど、どうもフィリアに影響されてる感じがする。ムカつく。
そしてまた、数日が経った。雨の中を遊び回ったこととは無関係だろうけど、やっぱりフィリアは忙しいみたいで、俺が外に出る機会は一度もなかった。
「……ユーゴ。すみません、今日もまだ……」
「わかってるって、リリィからも聞いてる」
でも、それに文句を言うつもりもない。フィリアが忙しいのはよくわかってるし、わがまま言っても余計に出られなくなるだけだからな。
それに、たまにリリィが顔を出して、ボードゲームの相手をしてくれるときもあるしな。フィリアには内緒にしろって言われてるから、黙っとくけど。
「必ずすぐに終わらせますから。今届いている公務を終わらせたなら、また泊まりがけで街へ出ましょう。いいえ、次は街から街へと渡り歩くのです。まるで旅人のように」
しかし、フィリアからはよっぽど退屈そうに見えるのか、まじめな顔で必死に弁明されてしまった。
大丈夫だって言ってるのに、心配も押しつけられるとムカつくな。
まあ……そりゃ、暇か暇じゃないかで言えば暇だし、それが嫌かどうかで言えば嫌なんだけどさ。
けど、暇でも嫌でも我慢するくらいは出来るって。そういうところも子供扱いなんだよな、フィリアは。
それでも、あれこれ説得し続けるフィリアを見てると、なんか……まあ、気にされてるのは悪い気もしないから、あんまりやっきになって否定しなくてもいいかなって……
「――陛下!」
突然、どんどん。と、珍しく大きな音でドアが叩かれて、向こうからリリィの声が聞こえてきた。
怒ると怖いけど、基本的には静かでちゃんとした大人なのに。声まで荒げて、いったいどうしたんだろう。
「陛下! 連絡が――件の吸血鬼伯爵から文が届きました!」
「っ! すぐに戻ります! ユーゴ、準備をしておいてくださいませんか。数日中に外へ出ます。公務としてなので、必ず」
リリィは部屋に入りもせず、ドア越しに王様へと報告した。調査を依頼していた吸血鬼伯爵から連絡があった、と。
それを聞いたフィリアは、ご飯も残したまま急いで部屋を出て行った。準備しておけ。って、それだけ俺に言い残して。
カスタードからの連絡……か。コウモリを使って情報を集めるとかなんとか言ってたけど……
「盗賊団のアジトも、ボスの正体も、何も掴めなかったであーる……とか、そんなんじゃないといいけどな」
大丈夫かな……? あのおっさん、今のところはただの変なやつでしかないけど……




