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異世界転生  作者: 赤井天狐
第一章【信じるものと裏切られたもの】

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第十四話【雨の中】


 雨が弱まることはなかった。


 黒い雲の向こう側に朝日が昇ったことにも、フィリアは自分で気づかなかった。

 それがわからなくても困んないけど、ただ、朝になったなって教えてやったら驚いた顔をしたから、わかんないもんなんだな、って。それだけ。


「ふふ。なんだか、楽しいですね。宮の外へなど仕事でいつも出ているのに、まるで御伽噺おとぎばなしにある冒険の旅に出たみたいです」


「……意外と子供なんだな、フィリアは。そんなに笑ってる顔、初めて見た」


 朝になっていることに驚いたのか、それとも雲に隠れた朝日を見つけられることに驚いたのか。それもどっちでもいい。

 驚いたり、楽しそうに笑ったり、びしょ濡れになりながらはしゃいでる姿は……小学生みたいで、なんか……


 でも……そんなフィリアを見てたら、すごく……すごく、怖くなってきた。


 フィリアは王様だ。王様に……ならなくちゃならなかった人だ。それは、自分で選んだものじゃなかったんだ。

 こんなにはしゃいでる姿なんて見たことなかった。見せてくれなかった。見せないようにしてたんだ。王様だから。王様にふさわしくないから。

 それが……怖かった。フィリアは、俺が思ってるよりもずっと子供で、それなのに、ずっとずっと大人として働いてるんだな、って。


「それで、今日はどこまで連れて行ってくださるのですか? ユーゴが言い出したのですから、きちんとエスコートしてくださいね」


「えっ……あ……おう」


 フィリアはすごい人なんだな。って、そう思ったら、いつもよりずっと遠い存在に感じた。いや……王様なんだから、近いわけはないんだけどさ、もともと。

 毎日一緒にご飯食べたり、一緒に洞窟探検したり、仲良くなったつもりだったけど。でも、やっぱり遠い人なんだな、って。


 けど、俺がそんなことを考えてるなんて知らずに、フィリアはにこにこ笑って変なことを言い出した。

 エスコートしろ……なんて言われても、俺はただ魔獣と戦うつもりで……ああ、いや。違うか。暇だから外に出たくて、外に出る機会は魔獣退治のときしかないから……


「……こっちだ」


 じゃあ……今日は魔獣なんて気にせずに遊ぶだけでもいいのかな? そう思ったら、フィリアが楽しそうにしてる理由がちょっとわかった。


 フィリアは今、仕事とは無関係に外に出てる。遊ぶために宮を出た。俺と同じ、退屈な日常から飛び出したところなんだ。

 このあと魔獣と戦うかもしれないってわかってても、それが仕事じゃないならなんでもいい……くらいの気持ちなのかもしれない。


 いつも大変そうだからな、フィリアも。だったら……ちょっとは手伝ってやるか、どうせなら。

 それに……雨の中を走り回ってるだけで楽しい歳でもないし、俺も。


 そんなわけだから、俺はフィリアを連れて、初めて魔獣と戦った場所を目指すことにした。

 別に、そこへ行くって伝えたわけじゃないけど。でも、街を出たあたりでフィリアはすぐに察したんだろう。


 ただ、行ったのはそのとき限りで、しかも馬車に乗ってったから、詳しい場所なんてわからない。

 わからないけど……とりあえず、そっちに行って魔獣がいたら、それを倒せばいい。ちょっとでも倒せば、フィリアの助けになってやれるんだから。

 って……そう思ってたんだけどな、俺は。


「楽しいですね。凄く楽しいです」


 まだ何もしてない、雨の中をずぶ濡れになりながら歩いたり走ったりしてるだけなのに。フィリアは顔に書いてあるまま、楽しいって言って笑っていた。


「……でも、きっとパールには叱られてしまいます。そのときは、ユーゴも一緒に謝ってくださいますか? くださいますよね。だって、貴方が振り回したのですから」


「っ⁈ お、おい。人聞きの悪いこと言うなよ。別に俺は……」


 楽しいって笑って、俺よりずっと遊び気分なくせに、叱られたら庇え……なんて、本当に子供みたいだな。

 でも……まあ……パールって人にはまだ会ったことないけど、叱られてたら……助け舟くらいは出してやるか。


「――っ。フィリア、魔獣だ。ちょっと待ってろ、すぐ片づけて……」


……っと。遊び気分だったし、これから起こることも退屈しのぎのつもりではあるけど。でも……フィリアにとっては危険な魔獣が近くにいる。その気配がした。

 だから俺は、一度立ち止まって、そいつがいる方向をちゃんと確認して、見つかる前にさっさと倒そうとした……んだけど。


「いえ、一度身を隠しましょう。この雨ですから、向こうもこちらをニオイでは見つけられないでしょうし。それに、ぬかるんだ足下にもまだ慣れていませんよね」


 フィリアは俺の手を引いて、少し待てと目で合図を送った。まだちょっと遊びの顔してるけど、精一杯まじめな表情で。


「こんなの平気だ。どうせ雑魚魔獣だし、すぐ終わる」


 そんな真面目な顔されると……せっかく楽しんでたのになって気分になるから、ちょっと申し訳ない。

 でも、さっさと倒せばまた……


「……いいえ、一度隠れましょう」


 また……楽しい時間が戻ってくる……って、思ったんだけど。どうしてかフィリアは、もっと楽しいことを見つけた……みたいな顔で、俺の手をグイグイと引っ張った。


「幸い、この近辺の魔獣はあらかた駆除してしまっています。ならば、いるのははぐれた魔獣のみ」


 群れがいるわけじゃない。なら、急いで倒す必要もない。フィリアはそう言って、悪だくみでもしてるみたいな口ぶりで俺をそそのかす。

 それがどこで何をしているのか調べに行こう。ハラハラして、きっと面白いから、と。


「……やっぱり、子供だな。俺のこと散々子供扱いしておいて、フィリアのほうが子供だ。わがままだし、悪巧みばっかりだ」


「そうでしょうか? でも、ユーゴも人のことは言えませんよ」


 だって、貴方も笑っているじゃありませんか。って、フィリアがそう言うから、俺も似たようなもんだったんだなって気づいた。

 そしたら、それが面白くて、ふたり揃って声を上げて笑う……と、流石に魔獣に見つかるかもしれないから。口を押さえて魔獣のあとを追うことにした。


 たぶん、フィリアは魔獣の背中なんて見えてないんだろう。でも、俺がいるって言ったから、それを信じてる。

 だから……もしかしたら、ただのそのそ歩いてるだけで、全然楽しくないのかもしれない。


 それはちょっと……かわいそうだから。だから俺は、今どこにいる、何してる、どういう形でどういう顔かって、そういうのを説明しながら魔獣を追った。


 そして、魔獣の追跡を始めてからしばらく歩き回って、お互い泥だらけになったころ……


「……アイツ、帰るところがないのかな。ずっとウロウロしてて、何かする気配もない」


 魔獣の行動がちょっと変なことに気づいた。まあ、そもそも全部変なんだけど。

 どこかへ行くでもなく、その場で寝るでもなく、何もせずに歩き回ってるんだ。これはさすがに変だって、俺でもわかる。


「もしかしたら、帰るべき場所を探しているのかもしれませんね。魔獣にも当然、親子の関係はあるでしょうから」


 あるいは、倒してしまった魔獣の、その子供なのかも。なんてフィリアが言うから……ちょっとかわいそうになっちゃった。言うなよ、そんな……倒しにくくなること。


 でも……そうだよな。そういうことも当然あるよな。魔獣だって生き物なんだから、何もないところからは生まれてこない。

 魔獣にも家族はある。自然の摂理として、これは絶対だ。


 だけど……だからって、人間を傷つける生き物を倒さないわけにはいかないだろ。


 フィリアも同じ考えみたいで、ちょっとだけまじめな顔になって、そろそろ倒して宮に戻ろう、って。この遊びの時間を終わらせようって提案した。


「このまま別の街まで赴いてもっと遊んでいたい気持ちもありますが、一度帰ってパールに事情を説明しなければ。先に謝っておけば、叱られる時間も短くなります」


「…………子供だよな、やっぱり」


 まじめな顔で何言ってんだ。いや、もしかして、まだ全然遊び気分だったのか? じゃあ……ごめん、勝手に切り上げるつもりになって。

 でも、もう日は昇ってるんだし、そろそろ戻らないとまずいのは本当だから。剣を握って、隠れるのをやめて、そこにいる魔獣を倒して……


「……? ん……? あれ、アイツ……」


 倒して、帰ろう……って、思ったんだけど。でも……


 まだこっちに気づいてない。今ならフィリアに危険が及ぶこともない。気づかれても危なくないけど。

 だから、倒すなら今だ。今……なんだけど。その隙があまりにも大きくて、今までに見たことないもので。

 気になって、もうちょっとだけ様子を見ようと思って、そいつの行く先をじっと見てたら……


「……小さいのがいる。たぶん、、同じ魔獣だ。もしかして……」


「……親と逸れた子ではなく、子のために餌を探していた親だった……ということでしょうか」


 だ、だから、そんな倒しにくくなること言うなよ。そうかなって俺も思ったけどさ。


 また身を隠して魔獣の様子を窺ってると、そいつとそっくりな、でもかなり小さい魔獣が近づいてくるのが見えた。

 小さいほうは大きいやつを警戒してる様子もなくて、よく懐いた犬みたいにその周りをぐるぐる回り出す。

 フィリアの言う通り、こいつらは親子なんだろう。やっぱり、魔獣にも家族はあるんだな。


 でも……


「……いや。別に、そういうのじゃないらしいぞ」


 剣を握り直して、隠れるのもやめて、フィリアを残して魔獣の背中へ向かって走り出す。

 まだちょっと遠いけど、このくらいはすぐだ。俺は。で……フィリアはちょっとだけかかるから、そのあいだに倒しちゃおう。


――ああ、ムカつく。


「――ユーゴ! はあ……はあ……こ、こんな中でもやはり貴方は速いのですね。私は転ばないようにするので精いっぱいで……っ。これは……」


 親子だった。この魔獣は、間違いなく親と子供だった。でも……

 よく懐いているように見えた小さいほうの魔獣は、俺が追いつくころには大きいほうに食い殺されていた。


「ちょっとかわいそうだとか思って損した。平気な顔で子供食いやがって」


 ムカつく。ムカつく。ムカつく。そもそも、こんな怪物に家族の愛情みたいなものがあるとか思った自分が一番ムカつく。

 魔獣は魔獣だ。敵だ。倒すべきモンスターだ。経験値は入らないけど、倒せば倒しただけフィリアとこの国が助かるんだ。

 なら、かわいそうとか、そんなのはやっぱりいらない。それがわかったと思えば、このムカつきも……許せなくはない。


 ムカつく。ああ……ムカつく。怪物でも、敵でも、魔獣でも、親は子供を守ってやれよ。ムカつく。


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