第十三話【待ってるあいだに】
カスタードに人探しを頼んで二日。まあ、流石にそんなに早く見つかるわけないよな……とは思いつつ、しかし暇に耐えかねてイライラもする。
本を読んでもつまらなくて、ゴロゴロしてても眠れなくて、このまま植物にでもなりそうなくらい暇。
唯一することがあるとすれば、フィリアが運んでくるご飯を一緒に食べることだけ。
なんか……結局、一緒に食べるのが当たり前になってるけどさ。フィリアは王様で、忙しいんだから、こんなとこでのんびりしてる場合じゃないと思うんだけど……
「――雨、強くなるでしょうか。明日はやっと出かけられそうなのですが……」
それで、ご飯を食べてる最中、不意にフィリアがそんなことを言った。
外は夕暮れどきで、けれど夕日の赤さは黒い雲に覆われて暗くなってしまっていた。
「天気予報とかないのか? 別に、雨でも俺はいいけど」
雨は……ちょっとだけ降ってる。でも、それがこれから強くなるとか止むとかはわからない。
こういうとき、テレビでもスマホでもなんでも、見ようと思えば週末の天気まで全部わかる世界のほうが便利だな。当たり前だけど。
この世界だと、雨が降ったら出来ることがかなり限られるから。道が舗装されてる街中はいいけど、そこから外へ馬車を出すのは難しくなるし。
それに、フィリアも一緒となったらもっと難しい。大雨の中に王様を連れ出すわけにはいかない……って、猛反対を食らうだろう。
「カスタードからはまだ連絡ないのか? ま、アテにはしてないけど」
「ユーゴ、そんなことを言ってはいけませんよ。まだ数日、いくらなんでも気が早過ぎます。それに、私達はあの人物の力量を知りませんから」
力量……なんて言うけど、どうせ大したことないだろ、あんな変なおっさん。
そりゃ、コウモリを操れるのはすごいけどさ。でも、それってつまり、コウモリが飛ばない昼間には探し物も出来ないってことだろうし。
夜だけの捜索となったら、外にいる魔獣ならともかく、建物に入っちゃう人間の動向を探る……なんてのは苦手なんじゃないかな。
まあ、昼間の明るいうちから泥棒するやつなんていないし、そういう意味では今回だけ役に立つかもしれないけど。
「……カスタードはどうやって連絡寄越すつもりなんだろうな。まさか、こっちにまでコウモリ飛ばして終わり……とか」
で、そんなことを考えていれば、もっと早くに気づいて当たり前の問題を思い出す。
そうだ。コウモリで人を探せたとしても、それを俺達に報せる方法がないぞ、あのおっさんには。
だってあいつ、フィリアが王様だってことすら知らなかったんだ。
じゃあ、この王宮にいることも知らないし、それをコウモリの力で知ったとしても、門番がいるから入れっこないじゃん。
そのことを伝えると、フィリアはちょっとだけ苦い顔で……それでも、カスタードを信じようと答える。
たぶん、それ以上のことは何も言えないだけだろう。フィリアとしても、それを覆すほどの材料を持ってないから。あのおっさんを信用するための材料を。
「……だ、大丈夫です。大丈夫な筈です。きっと……」
きっと。たぶん。おそらく。と、フィリアは心底不安そうな顔でそんな単語をいくつも呟く。
なんて言うか……信用するって言った割には……ってやつ。そういうとこあるよな、フィリアって。下手な嘘をつくのがとことん下手って言うか。
そして翌朝……いや、朝にもならない時間に、あまりのうるささに目が覚めた。
窓の外は……見るまでもない。台風だ、これ。
「ちぇっ」
じゃあ、外には出られないな。こんな嵐じゃ、たとえこのあと晴れたとしても、魔獣がいるような場所はぬかるんでて馬車じゃ通れそうにないし。
そうなると……また何日もこのまま暇なんだろうな。だって、今日がダメなら明日……とはいかないだろうし。王様の予定がそんな簡単に動かせるわけない。
「……ちぇっ」
つまらない。退屈だ。ムカつく。
この世界に来たばっかりのころは、歴史の教科書で見たような建物で、歴史映画で見たような生活をするだけでも楽しかったのに。
でも、生活は生活。繰り返してるうちに特別じゃなくなって、あって当たり前の刺激のないものになってしまった。
それに、俺には生活らしい生活も存在しない。学校もないし、仕事をするわけでもない。ただ、部屋の中でぼーっと出番を待ってるだけ。
こんなのが退屈じゃないとしたら、とんでもない変人くらいなもんだろう。それこそ、カスタードとか。
「……よし」
つまらない。退屈だ。ムカつく。じゃあ、たまにはそれを自分の手で解消してやろう。
そう思い立った……悪いことを考えついたから、そっと、誰にも気づかれないように、静かに部屋をあとにした。
向かう先は……決めてない。目的地はなかった。あるけど、それがどこかはわからなかったから。
わからないから、とりあえずうろちょろ探し回って、そして……なんとなく、胸の奥が引っ張られた場所に目をつけた。
俺の身体は、俺の命は、俺という存在は、フィリアがこの世界に呼び出してくれたものだ。
だから……なのか、フィリアが近くにいるか、遠くにいるかは、なんとなくだけどわかるときがある。
それ以外にも、魔獣がどこら辺にいるのかとか、そいつが怒ってるのかとか、そういうのもわかる。
じゃあ……あれか? もしかして、本当はフィリアも魔獣で、魔獣が人間の王様に化けてる……なんて、そんなことが……?
「……いや、ゲームじゃあるまいし。それに、だとしたらなんで俺を呼ぶんだよ。呼んだとして、どうして同族を殺させるんだ」
フィリアは人間だ。魔獣じゃない。少なくとも、フィリアと魔獣とじゃ、感じ取ったときの……熱? みたいなものが違う。
そういうのを抜きにしても……完全に人間の姿を真似出来る魔獣なんている気がしない。そんなに賢い生き物じゃないだろ、あんな雑魚敵。
うん、そうだ。フィリアは人間だ。ちゃんと、本物の、アホな人間だ。
そんなこといまさら確認するまでもないけど……考えちゃったらちょっとだけ怖くなったから、ちゃんとそうじゃない根拠を頭の中で並べる。
並べて、そして気持ちが落ち着いたら……
「……流石にまだ寝てるか」
大きな部屋の大きな扉をノックする。この向こうにフィリアがいる。たぶん。
でも……ノックに返事はない。そりゃそうか。だって、まだ外は真っ暗だもんな。
だけど、この真っ暗な中じゃないと俺の作戦は実行出来ない。最悪の場合は、勝手に踏み込んで叩き起こせばいい。いつも勝手に入ってくるんだから、おあいこだ。
でも、念のためにもう一回ノックする。だって、やっぱり寝てるとこに押しかけるのはかわいそうだし……
「――リリィですか? おはようございます。今朝は雨が凄いですね」
こんこん。こんこん。こんこん。と、ドアを叩き始めてから三回目で、寝ぼけた声の返事があった。
リリィ……こんな時間から叩き起こしに来る奴だって思われてるのか。王様に。なんか……すごいな……
「――パール……でもないのですか? ええと……ならば……」
っと。よく考えたら、名乗らない限りは誰かなんてわかるわけないよな。
俺はフィリアが近くにいるってなんとなくわかるけど、フィリアはどうもそうじゃないみたいだ。なんだよ、めんどくさいな。
「開けろ、フィリア。迎えに来たぞ」
それで、リリィでもほかの誰でもない、俺だぞって声をかければ、足音が近づいて来て、そして……
「……行くぞ。雨でも俺はいいって言っただろ」
「行く……って……こ、この嵐の中をですか⁈」
鍵を外す音がすればすぐに、ゆっくりとドアが開けられた。
その向こうには…………寝起きでいつも以上に目つきの悪いフィリアが、それでも驚いた顔で立っていた。ちょ……ちょっと怖いな、その顔……
「……わかりました。ですが、せめて食事は摂りましょう。それと、荷造りもしっかりしていきましょう」
で……ここまでやっておいてなんだけど、正直断られると思った。いや、断るだろうと確信さえしてた。
だって、大雨だ。風も強い。そんな中を、馬車にも乗らずに歩いて出かけるしかない……となったら、そんなの誰だって嫌だろう。
でも、こうやって主張しないと、いつもいつも後回しにされそうだから。
だから、俺はもっと戦いたい、もっと敵を倒せるんだって、アピール……の、つもりだったけど。
フィリアはどうやら乗り切らしくて、のそのそと荷物を纏めて準備をし始めてくれる。
キッチンに忍び込んで朝ご飯を盗み出してまで、俺の頼みを聞いてくれたんだ。
無茶させちゃったな。って、後悔した。でも……それ以上に、身体が熱くなるくらいうれしかった。




