第百十二話【隠す意図】
ゲロ男の口から、人を操る魔術師の話は出てこなかった。当然と言えば当然だけど、俺達が操られてる可能性を懸念している……んだと思う。
でも、そうじゃない可能性も考えておかないといけない。知ってて隠してるんじゃなくて、操られてるから隠してる、とか。
いや……むしろ、そうである可能性のほうが高い。でなくちゃマリアノを遠くへやったりなんてしないし、それを周りに悟られたりもしないだろう。
そういうやつだ、ゲロ男は。そういうとこにはちゃんと頭が回るし、頭が回れば過剰かもしれなくても備える。ビビりのヘタレなんだから。
だから、最悪の場合もちゃんと考えておかないといけない。いけない……けど。
それでも、こっちが何かを察知してるとは思われちゃいけない。操られてても操られてなくても、ここで関係がこじれるといろいろと立ち行かなくなるから。
出来る限りこっちが握ってる情報を隠しつつ、隠してることも悟らせないで、そのうえでヨロクの北で起こってる戦いを手伝う。
簡単なことじゃなさそうだし、そもそもこんなのやったこともないけど……でも、やってやる。そう決めて、ゲロ男から指示を仰いだ……んだけど……
「……本当にこれでいいのか……? フィリア、どう思う」
「どう……と、言われても。私から言えることは、与えられた役割を全うする以外に道はないでしょう……としか」
マリアノは戻って来ない。そういう前提の下で、俺は何をしたらいいか。ゲロ男から下された指示は……街へ戻ること、だった。
別に、いらないから帰れって言われたわけじゃない。さすがにそんな余裕もないだろうからな、アイツらも。
でも、今はまだ待ってろ、って。それだけ言われて、次にはいつどこへ行くかも伝えられずに、ひとまずヨロクの街へ帰されたんだ。
「援軍があったことを周りに知られたくなかった……操られてるやつから敵に察知されたくなかったってことなら、まあわかる。どんなに少人数でも、何かあれば警戒されるし」
ゲロ男ならとっくに気づいてるハズなんだ。盗賊団の中にも操られてるやつがいるかもしれないって。だからこそ、俺達との話し合いを筆談にしたんだから。
なら、こうして一度俺達を遠ざけることにも筋は通ってる。たったふたりでも知らないやつが増えてれば、マリアノ不在に手を打ってきたと敵も考えるから。
だけど、本当にそうだとして、合流場所や連絡方法を伝えなかったのはなんだろう。
まあ、前にもこういうことはあったけどさ。俺が気配を察知すれば合流は出来るだろう……って、今度もそうするつもりなのかな。
いや、そうじゃなくて。そもそも、俺達のことを隠してる余裕があるのかどうかからわかんない。
カスタードの口ぶりからしても、戦況はかなり悪いハズだ。ゲロ男の態度だってそれを物語ってた。
なのに、増援を遅らせてまで隠した。敵に知られることがそんなにヤバいって思ってるのかな。だとしたら、その敵っていったいどんなやつらなんだろう。
「……あるいは、懸念があったのやもしれませんね。貴方が……マリアノさんさえも凌ぐ特級の戦力が、敵の手によって操られてしまうことを」
「アホ、俺が操られるか。でも……ゲロ男からはわかんないもんな、そんなこと。じゃあ……そっか」
もし俺が操られたら……操られる前に気づけると思うけど、気づけても防げなかったら……防げるだろうけど、万が一操られたら、アイツらはもう終わりだもんな。
それに、操られたのが俺だったらまだマシなほうで、もしもフィリアが操られでもしたら……文字通り、国が敵の手に落ちるわけだもんな。
じゃあ、ゲロ男の判断は正しかった……のか? だけど、俺が手伝わなかったら結局は押し込まれて潰されちゃうかもしれなくて……
「ユーゴ。今はジャンセンさんを信じましょう。そして、いつどこで出番があってもいいようにと、常に身構えておくしかありません」
「それはわかってるけどさ……」
常に身構えてても、合図がなければむやみに動けないんだぞ、こっちは。
俺が気配を察知出来るのは、街の中にいればダランの砦よりもいくらか手前まで。そこより向こうでの戦いの様子まではわからない。
それこそ、連絡する暇もなくゲロ男がやられでもしたら、敵が街に近づくまでわかんないんだ。それじゃ準備してても手遅れになりかねないのに。
「……フィリア。俺、しばらく単独行動しててもいいか?」
「……? はい、構いませんよ。ですが……何かしたいことがあるのですか? もしも復興作業の手伝いならば、私も……」
いや、王様ががれきの撤去に参加するなよ。じゃなくて。
街の中にいたんじゃ戦況はわからない。でも、万が一連絡もなしに攻め込まれたとき、どこからどう来られると危ないか、それを先に知っておきたい。
前に魔獣の大群と戦ったときには、地形がわかんなくて苦労した部分もなくはなかったからな。せめて、どこに何があるかくらいは知っとかないと。
それと……合図があったとき、フィリアを街に残して出る選択肢を作っておきたい。
一緒にいたら、何言ってもついて来そうだからな。別々でいるぶんには、合流するかどうかをそのとき決められるし。
ゲロ男だってわかってるハズだ。フィリアに何かあったらその時点で終わりだって。なら、俺ひとりだけでどこへ行け……みたいな指示があっても変じゃない。
そうなってからフィリアを説得するのはめんどくさい…………難しいだろうから。なら、最初から別々でいるほうがいい。
まあ……ちょっと不安だけどさ。フィリアをひとりにしたら、むしろ勝手にどっか行って危ない目に遭いそうだし……
「指示が出るのはまだ先……だと思うから。そのあいだ、フィリアは役場で仕事を手伝ってればいい。それこそ、復興の手伝いなんてそっちのほうが大変だろ」
「そう……ですね。壊された建物を片づけるだけが仕事ではありませんから。わかりました、私は役場の手伝いをしています。暗くなる前には戻ってくださいね」
子供扱いすんな。アホ。でも……指示がない限りは、暗くなる前に一回様子見に来よう。フィリアが暴走してないか、確認しとかないとな。
そうしてひとりで街へ出ると、まずは前に魔獣を追っかけた道を辿ることにした。
別に、何か確信があるわけじゃないんだけどさ。あのときの魔獣は、何かを目指してまっすぐ進んでる感じだったから。それがなんだったのかをたしかめたくて。
「タヌキ魔獣に集まってた……のか。それとも、タヌキ魔獣も何かに引き寄せられてたのか。それもわかんなかったんだよな」
おかげで人に被害が出なかったから、ラッキーだったんだけどさ。でも、原因がわかんないラッキーはあとが怖いから。
そんなわけで、街の南西部へ向かって、そこから北上して……と、まだあんまり知らないヨロクの街を探索し始める。
ついこのあいだ、フィリアと歩き回ったときにも通ったけど……やっぱり、まだまだ元通りにはならなさそうだ。
道はボロボロになってるし、ボロボロのところを荷車が通るから、余計にボコボコになってて……
「……こんなとこにまた攻め込まれたら、今度こそ耐えられない。わかってんのか、アイツ」
前みたいに誰も襲われなかったとしても、魔獣の大群が通るだけでもう道路は使い物にならなくなるかもしれない。
ゲロ男だってこの状況は知ってるわけだから、それは防ぎたいハズ。じゃあ、やっぱり俺を前線に送って、さっさと事態を解決しようとすればいいのに。
操られたら困るなんて言っても、突破されて街に侵入されたら結局は一緒なんだから。
じゃあ……今のうちに、もう一回交渉に行くか……? 俺ひとりだったら……フィリアがいなかったら、アイツだってもうちょっとだけリスクを追えるし……
「――っ! っと……いきなりだな。もしかして、こうなるってわかってた……わけないよな……?」
ばち――っと、首の後ろ辺りがびりびりしびれて、嫌な気配を北のほうに感じた。それは、いつか酒場から感じたゲロ男の……悪だくみの気配だった。
あいかわらずなんでこんなものがわかるのかわかんないけど、便利だからなんでもいい。
街へ帰しておいてすぐに合図を寄越したあたり、やっぱりアイツもフィリアを引っ込ませたかったんだろう。それはほぼ間違いないから、なおさら急いでやるか。
暗くなる前には戻れ……って言われてるけど、戻んなかったら心配して探し回ったりするかな……?
だとしたら……さっさと片づけて戻ってやんないとな。フィリア、アホだから。下手すると街の外まで出かねないし。




