第百十話【窮地の将】
北の戦線で盗賊団が押されてる。カスタードからそう聞かされた俺達は、その翌日にはランデルを出発し、大急ぎでヨロクへと向かった。
そして、街に到着してすぐに言い訳をでっちあげて、また俺とフィリアだけで隠れて街を飛び出した。
本当だったらギルマン達にも手伝って貰ったほうがいいんだろうな。単に魔獣と戦うだけじゃなくて、組織を守る必要があるから。とにかく人の手は多いほうがいい。
でも、そういうわけにもいかない。だって相手は……助けなくちゃならないやつらは、盗賊団なんだ。国の敵に手を差し伸べるなんて、そんなことを国軍にはさせられない。
それもこれも、ゲロ男があのときフィリアの誘いを断ったりなんてするからだ。協力関係が結ばれていれば、こんなときにもみんなで助けに行けるのに。
そんな文句を叩きつけるためにも、出来るだけ周囲には警戒しながら、急いでダラン砦跡へ……盗賊団のアジトへと訪れた。
「――ごめんください。フィリアです。ジャンセンさん、いらっしゃいませんか」
「おい。知り合いの家に遊びに来たんじゃないんだから、もうちょっと緊張感出せ。アホ」
訪れて……それで、ドアを叩きながら、さっそくフィリアが気の抜ける挨拶とかしてるから……はあ。
そんなんじゃダメだ。って、無理矢理押し退けて俺が思いっきりドアを……叩き……叩いて……お、重い。退かない……なんでこんなときにまで意地張ってんだ……
「アホ! デブ! 退けって! 俺がぶち破れば早いだろ!」
「で……っ⁉ い、いけません。ここは彼らにとって重要な拠点です。それを破壊したとあれば遺恨が残ります。そうでなくても、いざこざを起こしている時間もないのです」
ドアくらい別にいいだろ……とは思ったけど、たしかに、揉めて話が進まないのはめんどくさいな。むむ……
じゃあ……しょうがない。フィリアのやりかたが正しいとは思わないけど、なるべく乱暴じゃない方法で呼びかけるか……
「ごめんください。ジャンセンさん、いらっしゃいませんか。フィリアです。フィリア=ネイです」
「おい! ゲロ男! クズ! さっさと出てこい! さすがにお前はいるだろ! 早いとこ開けろ!」
いや……うん。やっぱりこれ、ドアを蹴っ飛ばして乗り込んだほうが早いよな……
そもそも、騒ぎになればアイツも出てくるだろうし。うん、そっちのほうが手っ取り早いし、性に合ってる。じゃあ……
「おーい。ちょっとちょっと、何してんの、おふたりさん。その……言いたくないけど、めちゃくちゃおバカさんに見えるんだけど」
「っ! 誰がバカだ! クズ! 人間のクズ! 汚物! アホ!」
じゃあ、今すぐ蹴飛ばそう。って、助走距離を確保したところで、不意に声をかけられた。それは、砦の中……じゃなく、俺達の背後からだった。
急いで振り返れば、そこには呆れた顔で俺達を見てるゲロ男の姿があって……なんだその顔は。お前がさっさと出てこないからデカい声出す羽目になったんだろうが。クズ。
「お久しぶりです、ジャンセンさん。ご無事で何よりです」
「うん、久しぶり、フィリアちゃん。で……うん? ご無事で……ってのは、いったいなんの話? 俺たちゃしがない商売人なんだ、わざわざ危険な橋なんて渡んないけど?」
うざ。こんなときにまでもったいつけんな。クズ。アホ。カス。ゴミ。
って、そうか。カスタードのことなんて知るわけないから、俺達が北の情報を手に入れてるとは思ってないのか。
ああもう、めんどくさい。こういうとこも、協力さえしてれば全部説明しなくていいのに。このクズが日和ったせいでいちいちめんどくさいことになってる。ボケクズ。
「申し訳ありません。こちらでも北方の戦況を常々窺っていたのです。そして、さる情報筋から均衡が崩れたとの連絡を受け、何かの助けになれればと」
「……っと、なるほど。さすが、王様んとこにはそれなりの役者が揃ってるってわけね。いやはやしかし、隠してたつもりもないけど、劣勢を嗅ぎつけられるとは」
弱みを見せたのが悔しいのか、ゲロ男はちょっと大げさにため息をついて、頭を抱えるフリをしてみせた。
でも、それはあくまでもフリ。真意はわからない。本当に悔しいのを隠したいのか、それとも全然どうでもいいから雑なリアクションしてるだけなのか。
「ふう……いや、このタイミングでの援軍はめちゃくちゃ助かる。心から恩に着るよ、フィリア=ネイ陛下。ちょっとばかしマズい状況なんだよね」
「……聞いてるぞ。マリアノ、いないんだろ。とりあえず、お前らのほうで連絡しろよ。持ちこたえる手伝いはしてやるからさ」
ムカつくけど、ここで潰れられちゃ困る。じゃあ、ちゃんと守ってやらないと。
でも、守るにしたって、ずっと俺達がつきっきりになるわけにはいかない。フィリアが行方知れずになればまた大騒ぎになるんだから。
としたら、やっぱりマリアノを呼び戻すのが先だろう。
聞いた感じだと、マリアノを南へ行かせた隙を突かれて、呼び戻す余裕もないくらい押されてる……って状況っぽい。
なら、マリアノに連絡する時間を俺が稼げばいい。俺達がマリアノを呼びに行くのはさすがに無理があるしな。
「おー、こわ。そんなとこまで知られちゃってんだ。とんでもないのがいるね、そちらさんにも。でも……いやはや残念。そういうわけにもいかないんだよね、今は」
「……? マリアノさんを呼び戻せる状況にはない……のですか? 北側の戦況ではなく、彼女の……あるいは、南側の状況が原因で?」
けど、俺の提案を聞いたゲロ男は、苦い顔で首を掻きながら目を伏せた。今度はフリじゃない、本音の弱音だった。
もしかして、南がめちゃくちゃヤバい状況になってるのか……? だけど、ナリッドを解放してからまだ二ヶ月も経ってないぞ。そんな短期間で、いったい何が……
「いんや、南は今のところ平和だよ。平和……に、見えてる。ただ……ちょいとね、姉さんにしか任せらんない事情があってさ」
「マリアノさんにしか任せられない……ですか。では……今から彼女を呼び戻し、戦線を立て直すことは出来ないのですね」
フィリアの問いに、ゲロ男はまたしても苦笑いで頷いた。どうしようもなくて困ってるんだよねとか、そんな軽口を叩きながら。
だけど、その口ぶりとは裏腹に、かなり追い詰められてるっぽいのは伝わってくる。
もっとも、伝わってこなくてもわかるけど。マリアノいなかったら、ほかは素人のチンピラ軍団だって知ってるからな。
「だからさ、正直めちゃくちゃありがたい。一度その手を払っておいてなんだけど、どうか力を貸して欲しい。ここを乗り切らないと、ヨロクはおろか、北側全部が危ないんだ」
「もちろんです、そのために来たのですから。私達に出来ることならば、なんでも力になります」
なんでもはマズいだろ、王様が、盗賊相手に。まあ、この状況でふざけたこと頼めるわけないけどさ。
ただ……多少はイリーガルな頼みでも応えなくちゃなんない場合はあるよな。それこそ、南でやったように物資を融通したり……とか。
「って言うか、そもそもお前らは何と戦ってるんだ? なんか……ただ魔獣を倒してるだけ……じゃないよな。だったら、いったい何が敵なんだ」
さて。じゃあ、そういうとこから話を聞かないと。倒すべきものがわかってないんじゃ話にならない。
そう思って、まずはゲロ男にそれを聞いてみる……フリをした。演技なんて得意じゃないから、出来てるかはわかんないけど。
カスタードは言ってた。北の組織について、絶対に他言するなって。心を操る魔術師がいる以上、間違っても俺達がその存在に気づいてることを漏らしちゃいけないって。
それは当然、一番先頭で戦ってるこいつらの前でも同じこと。いや、普段以上に気をつけてなくちゃいけない。
万が一にも、ゲロ男が操られてて、こっちが情報を持ってることが筒抜けになったら、これまで以上に調査が難しくなるだろうし。
いや……それだけならまだいい。最悪なのは、人を操って操って、どんどん連鎖させて、知らないうちに宮の中にまで手が伸びてる……なんてことになったら……
「……ちょいとな、わけありなんだ。ここで出来る話じゃない、ちょっと中に入って……今度は襲わないし裏切らないから、三人だけで話をさせて欲しい」
「……わかった。まあ、お前ひとりじゃ裏切った瞬間にボコボコだからな。こっちとしても都合がいい」
そしてそれは、敵の情報をより多く手にしてるゲロ男も考えてることだ。だからこそ、協力にも応じられなかったんだろうし。
それでも、この状況を打開する必要はある。お互いに全部を打ち明けられるわけじゃないけど、表に見えてる事情は共有しないと進まないから。
ゲロ男は俺達ふたりだけを砦の奥の部屋へと案内して、誰にも聞かれないようにドアからも壁からも離れ、部屋の真ん中で筆談を始めた。




