第百九話【わずかな隙】
ヨロクでの調査を終えて、ひとまずマリアノはこの街に戻って来なかっただろうって結論を出した。
それと併せて、カンビレッジの砦に残されていたような、俺達に何かをさせようとするゲロ男の意図も確認されていない。
だから、なんて言うか……大雑把に言ってしまうと、今回のヨロク遠征では、これと言った成果はなかった……ってことになる。
それでも、何もかも意味がなかったわけじゃない。
マリアノがヨロクに戻らなかったってことは、それ以外の場所で何かをする必要があったって、それがわかるわけだから。
まあ……それに大きな意味があるかは別の話なんだけど。
とにかく、マリアノはヨロク以外で何かをしていた……してなくちゃいけない状況にあった。
そこは間違いないんだから、これからはそういう前提で動けばいい。
で……しかしながら、表面上ではやっぱりなんにも手に入らなかったようにしか映らないから。
数日の滞在を終えてランデルへ戻れば、またフィリアは王様としての仕事に忙殺されるようになってしまった。
しょうがないけど、もうちょっとだけ自由にさせてくれないもんかな。フィリアだって進めたいことがいっぱいあるのに。
「しかたがありません。望む望まない、望まれる望まれないにかかわらず、私は王なのです。その公務よりも優先されるべきものはないのですから」
って、いつも通りご飯食べながらそんな話をしてたら、フィリアは諦めた顔でそう言った。諦めて受け入れた……けど、それを嫌がってるわけじゃない顔で。
まあ……王様っぽくないとこはいっぱいあるけど、王様を投げ出そうとするとこは一度も見てないもんな。ちゃんと向かい合ってるのは知ってたよ。まあでも……
「……その公務をさぼるからリリィに怒られるんだろ。パールにも睨まれるし。わかってるならちゃんとやってやれよ」
「っ⁉ わ、私の味方をしてくれていたのではなかったのですか……?」
味方はしてやるけど、だからってパール達の敵になってやるつもりもない。たまに愚痴とか聞かされるくらいには打ち解けたからな、ふたりとも。
まあ、最近はずいぶんマシになった……って聞いてるから、フィリアなりに頑張ってるのはわかるけど。でも、じゃあ、前はどんだけひどかったんだって話だし。
「私としても、決して手を抜いているわけではないのですよ。ただ……やはり、私の未熟さに嫌気が差すこともあります。ゆえに、どうしても……」
「めんどくさくなってあとに回しちゃう……のか。なんか……たまに子供みたいなとこあるよな、フィリアって」
苦手なことあとまわしにする王様、普通に情けなくて嫌なんだけど。
でも、そういうことならちょっと話もわかるな。最近はマシになったっていうパールの話。
たぶん、俺が来たからだ。俺が来て、魔獣を倒すのがずいぶん楽になったから。
今まで苦労してた部分が解決したから、そっちの仕事に関してはあとまわし癖が抜けたんだろう。
ってなると……今のフィリアの苦手をなんとかサポートしてやれば、もっとテキパキ働いて、外に行く機会も増える……のか?
だとしたら……うーん。なんだろ、フィリアが苦手なこと。得意じゃないこと。
「……そもそもアホだしな。考えごと全部苦手でも変じゃないか……?」
「あの……ユーゴ? もしや、その……とても失礼なことを考えていませんか……?」
失礼……かどうかで言えば失礼な気もするけど、間違ってはないとも思う。って、そう言ったらさすがにフィリアでも怒りそうだな。
別にフィリアに怒られても怖くないけどさ。ただ……まあ……顔は怖いから、一応やめとくか……
「まあいいや。なんか手伝えることあったらさっさと言えよ。フィリアが動けないと俺も出来ること少ないんだから」
「わかっています。貴方の力を持て余すことがどれだけ国に不利益をもたらすかも、重々と。ですが……はあ。どうにも、保守的な人物が多くてですね……」
……もしかしてそれ、愚痴か? いや、もしかしなくても、議会に対する愚痴だな、これ。
よくわかんないけど、フィリアの王様らしくない部分……王様自らあっちこっち行ったり、魔獣退治に積極的だったりする部分、あんまりいいように見られてないのかな。
まあ……そうだよな。俺から見て王様らしくないなら、大人から見ても王様らしくないもんな。
でも……王様らしくないからダメ……ってわけじゃないと思うんだけどな。
議会からは……責任があって、今まで積み上げたものがある大人からは、それがよくないものに見えるのかな。
なんかちょっとやだな、それ。フィリアだってフィリアなりに考えて、何が国のためになるかって必死でやってるんだから。もうちょっと聞いてやればいいのに。
とまあ、そんなこと言ってもしょうがない。俺は議会に出られないし、そもそも関わりもないんだから。
フィリアにしか出来ないことは、フィリアを信じて任せるしかない。あんま頼りにならないけど、こんなでも王様だからな。俺に選択肢はないんだ。
って、そんな話をしてるうちにご飯も食べ終わって、フィリアはまたのそのそと部屋を出て行った。
心なしか普段よりも背中が丸まってたな。俺に言われて余計に意識したから、気分が下がってるのかも。ごめんって。
しっかし……本当にやれることないから、フィリアには頑張って貰うしかないんだよな。
ならもうちょっと励ましてやったほうがよかったかな……? でも……なんか、それは……恥ずかしいしな……
そして、ランデル滞在がしばらく続いて、さすがにやれることも尽きてきたころ。宮に一通の手紙が届いた。
差出人は……カスタード。そこには当然、至急参られよ以外のことは何も書かれていない。つまり、漏れちゃ困る情報が手に入ったってことだろう。
そんなものが届けられれば、フィリアもほかの仕事なんて後回しで宮を飛び出す。
馬車に乗って、洞窟を通って、そして……
「よく来たであーる、もてなす……暇は、今回はないのであーる。早速であるが、本題に入るであーる」
「っ! 火急の事情が浮かび上がった……のですね。ありがとうございます、伯爵」
いつもの大広間……もとい大空洞に到着すれば、そこで珍しく真面目な顔をしたカスタードに出迎えられる。
礼はいらんであるとか言ってる姿もいつもとは様子が違うから、もしかしなくてもかなりヤバい状況なのかも……
「結論から言うと、北の組織について……わかったと言うには憚られるであるが、戦況についてはいくらか見えてきたであーる。それを伝えるであーる」
戦況……つまり、盗賊団と謎の組織が戦ってる状況がちょっとわかった……ってことか。
今までに聞いた話を鑑みれば、拮抗してる……って、そう思ってたけど。もしかして、動きがあったのか?
「どうにも、盗賊団の旗色が悪いであーる。大きな被害はないのであるが、押し込まれつつあるのであーる。それもひとえに、件の少女の不在が大きいのであーる」
少女……っ! それ、もしかしなくてもマリアノのことだよな。アイツが……いない……?
フィリアと顔を見合わせてふたりで驚いてると、カスタードはかなり深刻そうな顔で頭を抱えた。
もしかして、アイツに何かあったのか……? マリアノが……あんな強いやつが、戦えないくらいやられちゃった……とか……
「どうやら盗賊団は、かの少女を南部に配備しているようであーる。おそらく、カンビレッジ以南での作戦に欠かせないと判断したのであーる。であるが……」
「そっちに気を取られてるあいだに一気に攻め込まれて、連絡する暇もなくヤバい状況に陥った……ってことか」
っ。何やってんだ、あのゲロ男。考えるくらいしか取り柄ないくせに、アホな作戦立てるなよ。ヤバいとこには素直にマリアノ置いとけ。
でも……そんなのわかんないアホじゃない。ってことは、南がもっとヤバいことになりそうだった……ってことか……? だけど、俺達がナリッドに行ったときには何も……
「至急、ヨロクへ向かって欲しいであーる。この際、手段は問わないのであーる。なんとしても北の戦線を維持させるのであーる。ここが食い破られれば、協力はおろか……」
「防衛線内にまで攻め入られかねない……ですか。承知しました、すぐに出撃します。ご報告感謝します、伯爵」
是が非でも食い止めるであーる。って、カスタードに見送られると、俺達はちょっとだけ小走りで洞窟を出た。
別に、今は急いでも関係ないんだけどさ。どうせ今日のうちに馬車を出すなんて無理だし。
それでも、気持ちが逸って、居ても立ってもいられなかった。
もしここでゲロ男達がやられたら、フィリアの望む形にはもう手が届かなくなる。それだけは避けないと。
そして翌日、俺達は馬車に乗って北へ……ヨロクへ向けて出発した。
ついこのあいだ調査で行ったばっかりなのに、そのときとは気分が全然違う。俺もフィリアも、事情を深くは知らないギルマン達さえも、みんなずっと静かだった。




