第百八話【英雄は戻らず】
ヨロク北の林には、ゲロ男からのメッセージみたいなものは残されていなかった。
もとよりある前提では考えてなかったけど、いざ本当にないと……ちょっとがっかりだ。
ナリッド解放をあまりにぴたりと当てられたもんだから、本当に何もかもお見通しなのかも……って、変に期待してた気がする。
しかし、それはそれ。そんなのは俺とフィリアのあいだだけで共有されてる裏の事情。
表の事情……林の調査に許可が下りるようでっち上げた、まんざら嘘ってわけでもない目的のほうには、実はちょっとだけ進展があった。
「結局、あの場所には活動の痕跡らしいものもありませんでしたね。と言うことはやはり、あのとき彼女は偶然哨戒中だった……ということでしょうか」
ゲロ男からのメッセージを探すための言い訳。それは、マリアノの手がかりを探すことだった。
もちろん、アイツ自身を追っかけるわけでも、それを見つけてどうするわけでもない。そもそも、アイツの正体はわかってるからな。
でも、それはあくまで俺達の話。公には、林では女王を襲い、ヨロクの街では魔獣を退けた戦士……と、そのくらいしか明かしていない。
そういうわけだから、理由としてでっちあげるのに都合がよかったんだ。危険人物とも、協力者ともつかないあの子供の素性を知りたい……って。
それに、マリアノの素性については……盗賊団の仲間って部分じゃなくて、あの場所で何してたかについては本当に知りたいから。
あの林にどのくらいいたか……から、ひとつずつ順を追って調べることにしたんだ。
ただ……まあ、残念ながらと言うか、ある意味では当然ながら、林にはアイツが寝泊まりした形跡もなければ、初遭遇時の戦闘の痕跡を消した様子もなかった。
それはつまり、アイツはあれ以来あの場所には行ってない……立ち寄ったとしても、ほんのわずかな時間だけ滞在して、すぐにどこかへ行ってしまった……ってことだろう。
「なんだかんだで街の人に顔見られてるし、あとで聞き込みに行ってみるか。あれだけの数の魔獣を追い払ったんだ、ちょっとした英雄扱いでもおかしくないだろ」
「そうですね。住民にとっても喜ばしい存在に映った可能性はありますから、そういった話題ならば話も聞きやすいですし」
話を聞きやすい……って、それたぶん、出来れば暗い話題は避けたいから……とか、そんな意味だよな。
本当に……フィリアってアホだよな。まあ、気持ちはわかるけどさ。街は今しんどい状態だし、どうせなら明るい話題を……って。
しかしまあ、そんなフィリアののんきな意図は置いといて、だ。
実際、街の人に話を聞けば、それなりにマリアノの情報は手に入る……かもしれない。と言うよりも、その後のマリアノの行動がちょっとわかるかもしれない。
さっきフィリアも言ってたように、マリアノの戦いぶりは、街の人にとってうれしいものだった……と思う。それこそ、街を守った英雄扱いでも変じゃない。
となれば、姿を見かけたらきっと覚えてるハズ。つまり、話を聞けたかどうかで、アイツがヨロクに戻ったかどうかがわかるんだ。
「陛下。僭越ながら申し上げますと、かの人物……大剣の少女が街へ戻っていたのならば、すでに役場から報告されているのではないでしょうか」
と、そんな話をしていたら、ギルマンがちょっとだけ控えめに異議を申し立てた。
危険人物とみなした場合であれ、英雄として迎えた場合であれ、どちらにせよ大きな事態として記録、報告されるのではないか、って。
たしかに……言われてみれば、あんなのがまた現れたらすぐ報せるよな。
どういうふうに思われてるかは関係なく、あの一件に関わった人間を無視は出来ないだろうし。
じゃあ……聞き込みをするまでもなく、マリアノは街に戻って来なかった……って、そう思ってもいいのかな。
「いえ、それは少し……違うとは言い難いのですが、本質から外れているのでしょう。私達のでも、この街のでもなく、あのマリアノという人物の本質から」
「……? マリアノの……本質がわかるほど深い仲じゃないだろ。何言ってんだ」
そうではなくてですね……なんてフィリアは困った顔をしたけど、どうじゃないんだ。
そもそも、なんだよ、本質って。アイツが街に来たかどうかを知りたいんであって、街に来るようなやつかどうかを推測したいわけじゃないんだけど。
「こほん。その、もしも彼女がもう一度ヨロクを訪ねたとして、果たして大っぴらに姿を現すでしょうか。私が思うに、彼女は用心深い人物に思えましたから」
「……その後の様子を窺いには来たけど、堂々と手伝ったりはしないだろう……ってことか。まあ……それはそうだろうけどさ」
そもそもはお尋ね者だしな。ゲロ男は平気な顔でランデルの街に入り込んでたけど、それはあくまで商売のため……盗賊団を維持するためにしかたなく、だ。
そういう意味では、マリアノはきっと戦闘が主な役割だろうし、わざわざ目立つようなことはしない……させない、か。そういうセコイやつだ、あのゲロ男は。
「であれば、たとえば街の片隅で、がれきに埋もれた民家をひとつ建て直す手伝いをひっそりとしてくれた……と、そんな感謝の言葉のひとつも飛び出すかもしれません」
「……それはいくらなんでもアイツを美化し過ぎだろ。最初、襲われてるってこと忘れてないか……?」
悪いやつじゃなさそうだとは思ったけど、そこまでいいやつだとは思わないぞ。少なくとも、善人だったらゲロ男とは組んでないだろうし。
「ま、どっちにしても、か。どうせほかに何か探すアテがあるわけでもないしな。やることないんだから、とりあえず思いついたことはやっとくか」
「頷きたくない発言ですが、困ったことにその通りですね。ギルマン。馬の世話が済み次第、アッシュと共に街へ出ていただけますか。こうなっては、人の数だけが頼りです」
なんとも情けない、後ろ向きな理由だけど。でも、やれば答えは出るから。
たとえそれが、マリアノがヨロクへ来てたかどうか……だけの、価値があるかわかんない答えでも。ないよりはずっといいだろう。
そうして俺とフィリアは一足先に街へと繰り出して、繁華街ではなく、特に被害の大きかった、南西側の住宅街へと向かった。
まあ、それと……ついでだからな。なんか手伝えそうな作業があったらちょっと手を貸してやろう。
あんなに強くなったのに、別に力持ちにはなってないからさ。がれきの撤去とかだと、ちょっと役に立てないかもしれないけど……
それからしばらく、フィリアとふたりで街の住民に聞き込みをして、みんなでその結果を持ち寄ったのは日が暮れてからのこと。
それぞれのもとに集まった情報、そしてそれをもとにした考察によって導き出されたのは……マリアノは、あのあとはヨロクには来ていなさそうだ……ってこと。
つまり……まあ……あれだ。結局、なんにもわかんないままだ……ってことだけがわかったわけだな。はあ……




