第百七話【もう何度目かの空振り】
ヨロクを訪れた翌日、予定通りに馬車は街の北側へと向かって出発した。
目的は、あの魔獣がいない林を調査すること。ただし、深入りし過ぎないように注意する必要はある。
そもそも、ヨロクの調査をあとに回してたのは、こっちでは盗賊団と別の敵が小競り合いを続けてるから、それを刺激しないためだった。
そしてそれはまだ解決してない、戦いは続いてるままだから。協力を申し出た以上、足を引っ張るようなことはしちゃいけない。
そういう気をつけるべきことがありつつも、それでも立ち止まってるわけにはいかないから。
南ではアイツらの力を借りられた以上、同じような作戦を別で準備してるかもしれない。って、それを確認するためにも、一度こっちに来る必要があったんだ。
「……そろそろでしょうか。ユーゴ、準備してください。ここからはまた歩いて行くしかありません」
「わかってるよ、言われなくても。初めて来てたとしても見たらわかるって」
と、そういう事情でヨロクへ来て、林へと向かってるんだけど。あいかわらず道が悪過ぎて、馬車だとあんまり近づけないんだよな。
困りはしないけど面倒だ、やっぱり。俺ひとりならまだしも、フィリアとギルマン達もいるから時間かかるし。
それに、魔獣がいないってわかってたとしても、街から出れば危険地帯だ……って、そういう常識があるからな。
俺がどれだけ安全だって言っても、みんなはどうやったって緊張で疲れちゃうんだ。
そういう意味では、調査を手短に……って制約は、むしろ都合がいいのかもしれない。
どこまで進むのか、いつになったら戻れるのか……って、そんなこと考えてたら、みんな余計に参っちゃうしさ。
「では、帰りにはまた信号を撃ち上げます。魔獣の姿はありませんでしたが、くれぐれも注意して戻ってください」
「承知いたしました。どうかご無事でお戻りください、陛下」
そして、街へ戻る馬車を見送って、俺達は……俺とフィリアと、ギルマンとグランダールは、四人で林へ向かって歩き始める。
初めて行ったときよりも人数を減らしてるのは、ちょっとでも街の復興に人手を割きたいから……だけじゃない。
ちょっとでもアイツらを刺激しないため……刺激する気がないことをアピールするため、だ。
「魔獣、あいかわらず気配すらないな。いた形跡もないし、通りがかった足跡すら見当たらない。カンビレッジのほうもだけど、いったいどうなってるんだろ」
「以前に挙げた可能性のひとつとして、より強大な何かが存在し、そのテリトリーに近づけないのではないか……と、そう考えたこともありましたね。ですが……」
そういえばそんなこと考えたな。って言うより、なんにもわかんないまま考え続けて、わけわかんない可能性ばっかり羅列してた……か。
今となってみれば、その可能性はちょっとだけ否定されている。完全にではないけど、理由としてはかなり弱いものになっただろう。
と言うのも、ナリッドの近辺には魔獣がいたんだ。カンビレッジからずっと南に行った街の、その周辺には。
地図を見せて貰ってちゃんと勉強したからよくわかる。カンビレッジからナリッドまでのあいだは、そこまで距離があるわけじゃない。
そして、魔獣がいない区画がそんなに広くなかったことも、実際に走ってみて知ることが出来た。
そのことから考えるに、魔獣のいない場所は、カンビレッジの南側の、ごく限られた範囲にしか存在しないことになる。
その狭い範囲の中にとんでもなく強い魔獣がいたなら、さすがに俺が見つけてるハズだ。見つけられなかったとしても、魔獣は俺達のことを見つけたハズ。
でも、そうなってない。気配すら感じなかったし、襲われもしなかった。じゃあ、あの場所には何もいないんだ、本当に。
地理的にも、ナリッドとは別の方角に隠れてる可能性は考えられないから、そう思ってほぼ間違いないだろう。
ただ……あっちがそうだったからって、ここもそうとは限らない。そもそも同じ理屈で魔獣がいないなんて保証もないし。
「林の奥……えっと、渓谷になってるんだっけ? そっちはたぶん、アイツらも調べられてないよな、きっと」
「そう……ですね。断定は出来ませんが、状況を鑑みれば難しいかと。北へ行けば行くだけ危険地帯に踏み込むことになるわけですから」
ううん……って、フィリアは自分で言った言葉に頭を抱えてしまった。たぶん、問題が大きいとかじゃなくて、領土って単語がすらっと出たから頭痛くなったんだろうな。
昔に切り離したとはいえ、あくまでもアンスーリァの国の中の街だったんだから、そこも。
それを、まるで別の国のものみたいな言いかたが、自分でもがっかりするくらい自然に出ちゃったんだろう。
「……あのとき、マリアノさんが私達を待ち伏せしていたとは考えにくいです。そんな余裕があるとは思えませんから。であれば……」
マリアノはあのとき哨戒中で、アイツを見張りに立てなくちゃならないくらい何もわかってない場所だった……って、そう思うべきだろうな。
って、これもやっぱり憶測だから、あとになってわけわかんない仮説だったってなるかもしれないけど。
「……ったく。あのクズ。アイツがビビらずにさっさと協力してれば、こんなことで悩まなくて済んだのに」
そうだよ。アイツがあのときフィリアの手を取ってれば、こんな愚痴をこそこそ呟かなくて済むんだ。
まだ、ギルマン達にも事情は知られてない。知らせてない。盗賊団と協力しようとしたなんて事実は、まだどこにも打ち明けていないんだ。
当然のことだけどさ、そんなの。相手は犯罪者で、犯罪組織で、国の敵なんだから。
だから、ギルマン達もいるこの場では、どうしても核心に迫った話は出来ない。何話しても言葉がちょっとだけふわっとしちゃう。
まあ、歩きながらする話じゃないからさ、もともと。それ自体は困んないんだけど。
でも、こうやってこそこそしなくちゃならないことがムカつく。その原因があのクズだってのはもっとムカつく。
と、過ぎたことにイライラしててもしょうがない。ムカつくもんはムカつくけど、それで集中切らしたら元も子もないからな。
それに、ゲロ男が何か企ててたとして、それをこの林に残してたとして、だ。
今回はそれを、大っぴらに見つけちゃいけない。俺とフィリアだけでこっそり探す必要がある。
これもさっきの文句に繋がるんだけど、ギルマン達はナリッドでの出来事も知らないから。
だから、盗賊団からのメッセージが……なんて、知られるわけにはいかない。
そういう余計な条件を隠し持ったまま、ようやく辿り着いた林へと足を踏み入れる。
あいかわらず魔獣の気配はなくて、やたらと静かで、不気味……ってより、違和感が強い。
みんなほどじゃないけど、俺もなんだかんだでずっと戦ってるから。こういうとこには魔獣の気配とニオイが充満してるもんだって、感覚的にそう思っちゃう。
「……人の気配もないな。ってことは、マリアノもさすがにいないか」
「間違って飛びかかられないことを安堵すべきか、それともいざというときの助力が望めないことを嘆くべきか。判断に困りますね」
助力なんていらないんだから、その二択なら安心しとけばいいだろ。まあ、マリアノがいないことが安心につながるかは別として。
アイツに襲われる危険性より、アイツが別の場所で戦わなくちゃいけない状況に陥ってる危険性のほうがはるかに高いんだから。そこんとこわかってんのかな……
そんな調子で林を奥へと進み続けて、前にマリアノと遭遇した辺りで一度足を止めた。
別に、何か目的があったわけじゃない……ようには見せたけど、さすがにこのくらいじゃ疑われないよな……?
もし何かあるならここだろって思って調べたけど……それらしいものも見つからず、魔獣やほかの危険についても特に感じられず。完全に空振りに終わってしまった。
まあ……こっちは俺とフィリアだけで来るのも難しいって、ゲロ男もわかってるだろうし。ここには何も残してなくても変じゃない……か。
それとも、やっぱりこっちでは……北では俺達に出しゃばって欲しくないのかな。ううん……




