第百六話【次の目的は】
街でゲロ男に会った……って話は、フィリアには伏せておいた。別に、ムカつくからじゃなくて。単に、それを報告する理由がなかったから。
盗賊団として、商人として、ただ仕事をしてただけなら、そんなのランデルでもそれ以外の街でもずっとやってる当たり前のことだろうから。
なら、いちいち報告する必要はないだろう。そういう生きかたをしてるってのはとっくに知ってるんだし。
まあ、必要性がないってだけで、話題に上げない理由は、やっぱりアイツがムカつくから……なんだけど。それはよくて。
ランデルでの暇な数日があって、それからまたカスタードのところへ行って。調査の進捗が芳しくないって報告だけ貰って、それからもまた数日経って。
それだけの時間があればフィリアも仕事を結構片づけられるみたいで。久しぶりに遠くへ行くことになった。
そうやって訪れた貴重な機会に、フィリアは俺にひとつの提案をした。
それは、遠征の行き先を……調査する場所、目的を、俺と一緒に決める……ってものだった。
理由はそんなに深くなくて、現状はどこをどう探せば何が見つかるかもまったくわからないありさまで、どれだけ考えても正解には辿り着けないから。
だから、俺の直感に委ねてみよう……って、まあ、なんて言うか。運任せなお願いなわけだ。
もちろん、ただやけくそで適当やってるわけじゃない。と、そういう言い訳も聞いた。
俺の感覚……魔獣を見つけるのとか、悪意を嗅ぎ分けるのとか、その能力があいまいなものだから、それに賭けてみる価値があるんじゃないかと思ったらしい。
あいまいだから、俺も意識してないところで違和感に手が伸びるんじゃないかって。なんとなくのつもりでも、実は危険を察知して選ぶことがあるんじゃないか、ってさ。
当事者の俺としては、そんなことないと思うけど……まあ、その感覚に説明がつかないことも事実だからな。
じゃあ、わざわざその可能性を否定することも出来ない。だから、フィリアの言う通り、次の目的地を一緒に選んだんだ。
それで、久しぶりに馬車に乗って訪れたのは……今の最北端、ヨロクの街だった。
「――フィリア、もう大丈夫だぞ。しかし、しばらく来ないあいだにまた増えたな、魔獣。もうちょっと定期的に掃除したほうがいいかもしれない」
「お疲れさまです、ユーゴ。貴方の目からも増えて見えるのならば、相当な数になっているのかもしれませんね。今までは少し避けていましたが、考え直す必要がありそうです」
別に、選んだ理由はなかった。ただ、最近は南に……カンビレッジにチエスコ、ナリッドと、南側でいろいろとあったから。
なら、バランス取るために次は北かな……って、ただそれだけ。それだけ……だったんだけど。
もともと、ヨロクの周辺には魔獣が多かったんだ。初めて来たときにも、かなりの数の魔獣を倒した覚えがある。
そして、それが今回、昔に比べても増えてるように感じられたから……フィリアの言う通り、俺のなんとなくは、知らないうちに危険を察知してるかもしれないな。
「そもそもはアイツらを刺激しないのが目的だったけど、ナリッド解放の手引きまでされてるからな。そんなに警戒されてないと思えば、もうこっち来ても平気だろ」
「そうですね。港の件が予測されていた以上、こちらでの活動にも何かしら準備が進められているかもしれませんし」
それに乗っかるのは不本意だけど、もしこっちにも来る前提でいろいろ考えてたなら、俺達が行かないせいで問題が起こる……ってのも考えらえる。
それで死なれても寝覚めが悪いし、協力する相手がいなくなるのも困るからな。じゃあ、多少は思い通りになってやってもいいか。
そんなやりとりもありつつ、馬車が街を進めば、魔獣の大群に襲われた被害がどんどん復興してる様子が見えて、俺もフィリアもちょっとテンションが高くなる。
なんて言うか、たくましい街だな、ここは。ずっと魔獣と戦ってきただけあって……って言いかたはちょっと変かもしれないけどさ。
でも、あんな絶望的な数の魔獣が街の中に入ってきて、とんでもなくデカい魔獣まで現れて、そこら中ボコボコに壊されたのに、もう立ち直ろうとしてるんだもんな。
「街がこれだけ元気なら、やってやろうって気にもなるよな。まあ、弱ってても守ってやんなくちゃいけないんだけどさ」
「ふふ、そうですね。どうであれ守ることには変わりありませんが、見せてくれる姿によって気持ちには差がつきます」
一緒に頑張るのか、支えてやるのか。やることは同じだけど、気分にはちょっと差が出る。
ボロボロになってるとこ助けるのはこっちも気が滅入るからさ。負けてらんないなって気になるくらいのほうがいくらか気が楽だ。
と、そうこうしてるうちに役場に着いて、フィリアの仕事が終わって宿に移動すれば、次には俺のしたいことの準備が始まる。
こっちへ来た理由はもちろん、街の北側にある魔獣のいない林を調べるため、だ。
最初に近づいたときは、これ以上は馬車で進めないって諦めた。次に行ったときにはマリアノと遭遇して、追い払ったけど撤退することになった。
それからは調べに行く余裕もなくて、盗賊団が別の組織と戦ってるから刺激しないでおこうなんて理由でほったらかされてたんだよな。
「南で魔獣がいない場所の原因はわかんなかったけど、それでもナリッドは解放した。じゃあ、こっちでも手を進めたい……って、アイツもそう考える可能性はあるよな」
「ふむ……あの林の向こうには解放すべき街はありませんが、しかし調査を進める必要性についてはジャンセンさんも理解している筈ですから」
なら、グリフィーへの置き手紙みたいなものがこっちにもあるかもしれない。
それが砦にあるのか、それとも街のどこかにあるのか。はたまた、前みたいに林でマリアノが待ってる……のは、無理か。アイツは戦わなくちゃいけないし。
なんにしても、わかりやすい形で俺達を誘導するものがあっても変じゃない。ムカつくけど、ナリッドの件があったからこそそう思える。
あっちを解決したなら次はこっち……って、俺達の行動を予測しつつ、俺達も予測されてることを頼りに行動するだろうって見抜かれてる可能性まであるからな。
それに……ゲロ男とランデルで鉢合わせたのも、まさか本当にただの偶然だとは思えないしな。
「しかし、問題は山積みです。まず何よりも、林の調査によって何か大きな問題が引き起こされてしまった場合……ですが……」
さて。ここまでは、こっちを調査しようと思った理由……だけど。ここからは、調査するからには解決したい問題について話をしなくちゃな。
現状、盗賊団と謎の組織については、カスタードに調べて貰ってる。だから、それには触れない。効率悪いし、無駄だし、邪魔になるかもしれないから。
だから、調べるのはあの林だけだ。でも……あの林は、本当に何がどうなってるかわかんない場所だから、最悪の場合も想定しなくちゃいけない。
まず、あの林の奥には何かがある……って、最初に俺の直感がそう示してる。そこは意識すべきだろう。
としたら、それが何かを……それがなんだったらヤバいかを考えて、そのヤバいものが街に被害をもたらさないような準備をする必要がある。
「今は住民も総出で復興作業に当たっています。となれば、その作業を止めて一時避難させる……のも難しいでしょう。したがって……」
「踏み込み過ぎない……あくまでも、ゲロ男の意図を確認するのが最優先……ってことだな。顔色窺うばっかりになったら嫌だけど……ま、しょうがないか」
あの置き手紙みたいな指示があるかどうか、それしてる余裕があるかどうかの確認をひとまずメインの目的にする。そのうえで、大丈夫そうなら奥へと踏み込む、と。
最初にマリアノが襲ってきたことを思うと、あそこでがちゃがちゃされるのは嫌なんだろうしな。じゃあ、ちょっと控えめにやってやるか。
「出発は明日の朝、出来るだけ少人数で向かいましょうか。調査の効率は落ちてしまいますが、この際仕方ありません」
「もしなんかいたら、大勢だと刺激しそうだしな。魔獣もいないんだし、それで平気だろ」
よし。そうと決まったら荷物準備して寝よう。フィリアも、ここのところずっと忙しかったし、移動で結構へばってるみたいだし。
明日はあんまり無茶しない予定だけど、だからこそ精神的には疲れるからな。ちゃんと休ませておかないと。
そんなことを俺が気遣うまでもなく、フィリアは大きく伸びをして、のそのそと自分の部屋へと向かった。
なんか……ちょっと迫力あったな。デカいから、熊とかの冬眠前の様子……みたいな感じだった。




