第百五話【休みの日にまで】
いまさらになって宮を出る許可を貰えて、俺はやっと街を……ずっと守ってた、ランデルの街を歩くことになった。
前に魔獣が現れたときにはあっちこっち走り回ったけど、ゆっくり見て回るのは初めてだな。それ以外でも、夜中にフィリアと抜け出したとき以来か。
それで……なんだけど。まあ、今まで一度もこういう外出なんてしたことなかったから……
「……こういうとき、何するんだろ」
何したらいいかわかんないし、何したいかもわかんないし、どこへ行けば何が出来るかも知らないから。もう、いきなり立ち往生だ。
お金もないから店に入る意味もないし、せっかく出てきたけどなんにもすることないな、これ。
それでも、出てすぐ戻ってたらなんか……ダサい気がするから、とりあえずうろうろしよう。
デカい街だし、観光するとこくらいあるだろ。アトラクションがあるとは思わないけど、なんか、景色とか、展示とか、なんか……なんかあれよ。
「と、そしたら……あっちか?」
観光が出来るとすればどこだろ。って、それを考えたら、まずは賑わってるほう……繁華街へと目が向いた。
店には入れない……入っても買い物出来ないから用事ないけど、人が集まるとこにはなんかあるだろ。
まあ……変な像とか見てもおもしろくないけどさ。けど、出かけたからには……なんか、そういうのって見とくものな気がするし。
そんなわけで、とりあえず繁華街のほうへ……繁華街だと思うほうへ歩き出すと、ちょっと進んだだけでもう人混みが見えてきた。
あそこ突っ切るのやだな……迂回して進めないかな。魔獣の群れなら全部倒すだけなのに、人の混雑は蹴飛ばして進むわけにもいかないんだよな……
「……っと。狭……」
でも、そこ進まないと道わかんないしな。裏通りとかで変に迷ったら、宮に戻るのも怪しいし。
だから、嫌だけど、気が進まないけど、とりあえず渋滞のほうへと踏み出してみた。
案の定、暑苦しくて狭苦しくて、この時点でもう帰りたくなってきたけど……そんな気持ちとは裏腹に、足はどんどん前へと進む。
なんだかんだ楽しいとか、わくわくしてるとか、そういうのじゃなくて。人の流れがあるから、戻ろうにももう戻れないんだ。立ち止まれもしない。
「わっ……こ、これ……お、おい。押すなって」
ヤバい。道間違えたな、これ。こんなとこ入っちゃダメだった。
魔獣だったら倒せばいい。だけど、ただの通行人を突き飛ばしたら問題になる。そうなると、大人の中に混じった俺は、どうやっても流れから抜け出せない。
なんかどっかでおもしろいものでも探すかって思ってたけど、そのどこかも、おもしろいものも、見つける間もなくどんどん奥へと押し流されてってる。
俺のほうが強いのに。なのに、だいたい俺よりデカいやつばっかりだから、簡単に押し流される。ムカつく。
「……まあいいや。どっかには出るだろうし」
もう、こうなったらなるようになるしかない。そもそも目的地もないんだから、流されるまま辿り着いた場所でなんか探そう。
そうやって諦めてしまえば話は簡単で、とりあえず人の流れに気をつけて歩くだけでよくなった。
不本意だけど、まあこれはこれでいいや。人が集まるってことは、それなりにおもしろいものがあるってことだろ。たぶん。じゃあ、そこに着けばそれで。
そうしてしばらく押し流されて、宮からずいぶん離れたころに人の流れから吐き出されると、そこは……どうやら商店街の終わりだった。
さっきの人混み、全部買い物客だったのか……? それとも、単にデカい道路だから通る人が多かったのか。わかんないけど……もう二度と来たくない、ここ。
まあ、ここがどこでも、人混みがなんだったかもどうでもいい。
やっと落ち着けるようになったんだ。ちょっと休んで、今度はもうちょっと空いてる道に……
「おーい。お前、何やってんだよ。珍しいな、ひとりか」
「……うわ。なんでお前がこんなとこにいるんだ。話しかけんな、キモい」
空いてるとこに行こう……って、思ってたら、めちゃくちゃ嫌な顔が覗き込んできた。盗賊団のボス、ゲロ男だ。
もしかして、ずっとここにいたのか……? それとも、俺と同じように大通りから出てきたのか。まあ、どっちでもいいけど……
「お前、こんなとこいていいのかよ。捕まるぞ」
「おうおう、いきなりご挨拶だな。なんだって俺が捕まんなくちゃならないんだよ」
いや、盗賊なんだから犯罪者だろ……って、そうか。こいつが盗賊だってこと、知ってるのは俺とフィリアだけか。
だとしたら、ここは……ランデルは安全とは言えないだろ。俺達が警察に情報を渡してたら一発アウトだぞ。
まあ……そんなことしないってわかってるからこそ……なんだろうけどさ。ムカつく。
フィリアが自分達を捕まえる気なんてないって、こいつらもわかってるからな。
「……だとしても、こんなとこいていいのかよ。余裕、ないだろ。絶対」
「……おうおう、そりゃまたご心配どうも。けど、それはちょっと買い被り過ぎってもんだ」
……? 買い被ってたら心配しないだろ。わけわかんないな、こいつ。
でも、そんな俺の文句まで先読みしてたっぽくて、ゲロ男は渋い顔で頭を掻いて、ちょっとイライラしながらまた話を続ける。
「北がどんな状況だとしても、金を稼がなくちゃ組織は成り立たないんだよ。おあいにく、戦争ごっこにだけ躍起になってられるほど余裕があるわけじゃないんだ」
「……そっか。じゃあ、ここに……おい。犯罪者。まさか、標的は宮じゃないだろうな」
金を稼ぐってことはつまり、盗みに入るってことだろ。そんな宣言されたら止めるしかないし、止めようと思ったらボコボコにするくらいしか方法ないけど、いいよな。
そう思ってちょっと本気で拳を握り固めたら、ゲロ男は大慌てで首を横に振る。それは勘違いだ、って。
「初めて会ったときに話しただろ。俺達はあくまでも商売をやってんの。当然、外で仕入れてここで売ることも、ここで買って外に持ってくこともあるっての」
「商売……そっか。まあ、デカい街だもんな。客も多いし、なんでも集まるし、お前らからしても便利な街だよな」
なんだ、本当に盗みに来たんじゃないのか。それはそれでがっかりだ。現行犯でぶちのめせば、脅してでも協力関係を結べたのに。
ちょっと残念だけど……まあ、あれだな。悪さしてないってわかったら、それはそれでちょっと安心した。
「……と、それはそうとして、な。ナリッドの件、報告は受けてる。助かったぜ。おかげでずいぶんやりやすくなった」
「……なんだよ、急に。別に、お前のためにやったわけじゃない」
ナリッドの解放を提案したのはカスタードだし、それを急いだのはフィリアだ。別に、こいつらのためにやったわけじゃない。
そもそも、あんな手紙があるなんて知らなかったし、知ってたら協力なんて頼まなかった。借りみたいになって気持ち悪いし。
けど、そんな俺の考えは知らん顔で、ゲロ男は頭を下げた。
おかげで大勢保護出来た。街ひとつぶんの経済が救われた。って、真剣な顔でそう言うんだ。
「俺達だけでなんとかするつもりだった。でも、そう出来なかった。これが先にある事実だかんな。だから礼を言うんだ。お国の事情は知ったこっちゃない」
「……うざ。まあ……グリフィー達がいなかったら、もっと時間かかったと思うから。そこら辺の根回しが出来てたのは認めてやる」
上から目線だな、ほんと。って、ゲロ男は呆れた顔で笑って、頭をぐしゃぐしゃ撫でてきた。うざい。キモい。汚い。触んな。
「それで、ナリッド解放の英雄様は、なんだってこんなとこで呆けてんだ。もしかして、フィリアちゃん怒らせて追い出されたのか?」
「そんなわけないだろ、お前じゃないんだから。今日は暇だから、ちょっと外に出てるだけだよ」
俺ひとりで魔獣と戦うべきじゃないから……って話はしないでおくか。変に弱み見せるの、こいつ相手には絶対にやっちゃダメだ。
けど……そういうの伏せて、ただ暇だから遊んでただけって思われるのも癪なんだよな。ムカつく。
「ま、いいや、なんでも。だけど、もうちょっと周りに気をつけて歩いたほうがいいぜ。お前、チビだからな。次は圧し潰されるかもよ」
「っ! お前、見てたのか! うざい! キモい! 汚い! 臭いんだよ! 消えろ! クズ!」
ムカつく! 抵抗出来ずに押し流されるの見られてたのかよ。キモいな。
ってか、事情なんとなくわかってて、なのに今見つけたって顔で近づいてきやがったな。本当に性格終わってる、人間のクズだ。
怒鳴ったらすぐに逃げられて、一発殴ることも出来ないうちに見失った。人が多いと簡単に逃げられる……って言うか、俺が追っかけられない。
うざい。ああもう、本気で殺してやりたい。でも、殺すとフィリアの目的が遠退くな。じゃあ、ボコボコにして二度と口きけなくしてやりたい。
けど……ナリッドがどうなったのか、それがちょっとだけ聞けたから、そこは……まあ。
次会ったらほんとにぶん殴ってやるけど、それはそれとして、あの街をちゃんと守ってくれるなら……ほんの少しくらいは感謝しておいてやるか。




