第百三話【船を出すには】
ランデルに戻って、カスタードにもナリッドの無事を報告して。それからはやっぱり、予想通り宮から出られない日が続いた。
カンビレッジ訪問がちょっと長引いたぶんだけフィリアの仕事も溜まってたし、そうでなくてもやるべきことが山積みだから。しょうがないけどさ。
だけど、もう部屋の中で暇してるだけじゃないからな、俺も。
前にパールから借りた地図と、それにカンビレッジでグリフィーに見せて貰った地図の記憶を頼りに、出来るだけ南側の地形を把握する。
それして何が変わるってものじゃないけど、次にまた南で何かするとき、地形を知ってるのと知らないのとじゃ出来ることが違うからな。今から備えておくんだ。
それ以外にも、パールやリリィからちょっとした手伝いを任されたり、フィリアの話し相手……まあ、ガス抜きの相手をしたり。
なんだかんだ、ひと月近くをランデルで過ごして……
「――着きましたね。ユーゴ、見てください。ほら、あんなに海がきれいですよ」
「いや……別に、生まれて初めて見るわけじゃないけど……」
なんなら先月見たけど、ナリッドで。って、それはよくて。
しばらくぶりに宮から出る用事が出来たフィリアと一緒に馬車に乗って、俺はランデルから東へ行った街……カンスタンって街に来てる。
そしてここは、前にナリッドでちょっとだけ話題にした、ランデルから近い港のある街だ。
で、なんでそんなとこに来てるかって言うと……これもやっぱり、そのナリッドの港が関係してるわけだけど……
「……おい。あんまりはしゃぐな。それと、表向きには別の目的でここに来てるって顔してろ。アホ」
「だ、大丈夫ですよ、そこまで気を張らなくても。海の景色に心落ち着けるくらい、誰にだって……」
だから、そういう話じゃなくて。いや、そういう話か?
そう。ナリッドの港に関係した用事でここへ来てる……のは、俺とフィリアのあいだだけにある認識。ほかの誰にもそのことは伝えてない。伝えられない。
当然だけど、そもそもナリッドの無事を知ってるのは俺達だけだからな。間違っても口を滑らせちゃいけない。
だって……王様が、許可も取らずに、護衛もなしに、盗賊と一緒に、危険地帯に、魔獣退治を含む調査をしに出かけた……なんて、バレたらとんでもないことになる。
だから、表向きにはただの視察……普段からほかの街でもやってるような、ある意味では形式的な仕事の一環として来てるわけだ。
しかし、フィリアはめちゃくちゃ忙しい。それこそ、一ヶ月近くランデルから出られないくらい。
無論、その一ヶ月のあいだには、そういった形式的な視察も出来なかった。なのに、今になってどうして……って話には、またなんとも身勝手な話がついて来るのだ。
早い話が、ナリッドの港まで行く船を出せる場所を視察するために、カンスタンの訪問だけは受けたってわけ。
まあ……文字通り仕事を選り好みしたんだよな。ほかの視察は全部あとに回して、ここだけを優先したわけだから。
たぶん、パールとリリィにはちょっと怪しまれたと思う。でも……疲れが溜まってるから、海でも見てリフレッシュしたくなったんだろうか……とも思われただろう。
そのくらい……普段のフィリアはだらしないからな……
さて。それで……だけど。
表向きの視察をささっと終わらせたフィリアは、俺を連れて……俺だけを連れて、街を散策し始めた。
と言っても、いつかみたいに聞き込みをするとかじゃない。あくまでも、仕事してる感、視察してる感を出すためだけ。
目的はやっぱり、ほかに誰もいない状況を作って、港について……ナリッドについて話をすること、だ。
「……ここのほうがデカいんだな。いや……そりゃそうか。ランデルが近いんだもんな」
「そうですね。栄えた街が近いというだけで、港の需要は大きくなりますから。発着する船の数も違いますし、人の数だってそうです」
繁華街を抜けて、住宅街を抜けて、港に辿り着いて最初に出た感想は……ナリッドの港よりもデカいな、だった。
そう。真っ先にそんな感想が出るくらい、目で見て明らかに違うくらい大きくて広いんだ、ここの港は。
その理由は聞くまでもなくわかったけど、聞いてみて説明されれば余計に腑に落ちる。
ここはランデルに近い……一番大事な街に近いから、そのぶん人も多い。交通って意味でも、居住って意味でも。
だから、荷物も乗員も圧倒的に多いんだ、ナリッドの港より。もちろん、今よりずっと前、まだアンスーリァの内側だったころのナリッドと比べて、だ。
「で、どうだ? もしナリッドの港が使えるようになったら、ここから船を出せそうか?」
「そう……ですね。ううん……」
そして、そんな感想も納得も、本題にはあんまり関係ない。これはあくまでも、俺の中の気分の問題だから。
重要なのは、ナリッドの港。あそこを使えるようにするには、ほかの港から船が来なくちゃ始まらない。
今はまだ盗賊団の管理下にあるだけのものだけど、いずれはアイツらを手下にして俺達も使うんだから。今のうちから目算立てとかないと。
何より、アイツらはたぶん、今から新しく船を作ったり、ほかの港から余分に移したりする余裕はないだろうから。
船を準備出来る、ナリッドの港を有効活用出来るってなれば、それもゲロ男を納得させるための交渉材料になるだろ。
「……どうでしょう。難しい……のかな、と。今の段階では、船をナリッドまで向かわせられそうにない……のかもしれません」
だけど……その重要なふたつの港を繋ぐ船について、フィリアはかなり渋い顔で、今はまだ難しいと言う。
ナリッドが解放されたことを誰も知らないから、船なんて出せない……って、そんなボケた話じゃないんだよな、これ。
「至極単純な話なのですが、新たに船を出すとなれば、船そのものの数も、船乗りも増やさねばなりません。ですが……それをするには、相応の時間がかかります」
ナリッドの港が使える、そのことを周知した……と仮定したうえで、それでも難しいと思う理由をフィリアは説明してくれる。
まず、船を作る、そして人を集めるのには、それなりの時間とお金がかかる。
そもそも、周知が完了した段階からしか募集を始められないんだ。だって、ナリッドは国の外側で、無事であることを公表出来ない状況にあるから。
だから、どれだけ急いだとしても、盗賊団との和解が完了してから。
つまり、和解の交渉に差し出す条件としては、きっと人も船も準備出来るだろう……って見込みまでしか立てられない。
次に、心情の問題。これは、俺とフィリアの気持ちじゃなくて、ナリッドへ向かう船に乗る人達の問題だ。
あたりまえのことだけど、ナリッドはついこのあいだまで安全確認さえ出来てなかった場所だから、そんなところへ進んで行きたがるやつはそういない。
それに、さっきの募集の話にもあるとおり、ナリッドが安全になったって話をみんなが知るのは、今からずいぶん先になるんだ。
先になればなるだけ、まだ危険な場所って認識を拭いされない。ずっと危険だと思ってた場所を安全だと思うには、やっぱりそれなりの時間が必要だから。
さらには、港の使用状況の問題もある。ランデルに近い、大きくて栄えた港となれば、今の時点でもかなりの数の船が着けていることだろう。
となると、そこに新しく船を出そうと思ったら、場所と時間の取り合いになってしまう。船同士の事故なんて起こすわけにもいかないからな。
それ以外にも、フィリアや俺じゃ気づけない……現場でしかわからない障害がいくつかあるハズだから、簡単にはいかないだろう。って、フィリアはそう言って頭を抱えた。
「船は国で準備することも出来ます。船員も、最悪は国軍から派遣して賄えます。ですが……やはり、今この街にある生活を蔑ろにするような政策は打てませんから」
「……そっか。そうだよな。ナリッドを救うためにこの街がつらい目に遭ったんじゃ、なんのために解放してるのかわかんないもんな」
でも……出来ないわけじゃない。時間もお金もかかるし、条件を整えるのに大勢が悩む必要もある。
それでも、ナリッドへ船を出すのは不可能だ……って、そういう話にはならないだろう。
そんな俺の問いには、フィリアも力強く頷いてくれたから……じゃあ、ここはゲロ男と協力出来てから、ナリッドの無事をみんなに報せてからまた考えよう。
今日のところは、このデカい港なら、ナリッドまで行く船を……ナリッドから来た船も受け入れられるようになるだろう。って、それだけ確認出来たから、まあいいだろ。




